焚火
ティタが再び目を覚ました時、焚火の炎の揺らめきとパチパチと薪が燃える音が近くに感じられた。
「う……」
「気が付いたか?」
穏やかに語り掛けられた声には憶えがあった。さっき自分を助けてくれた女戦士だ。だが、彼女の後ろにいたのは──。
「ひいっ……!」
ティタは悲鳴を上げて後ずさる。彼女の視線の先には、寛いだ様子で女戦士と焚火を囲む豚顔の魔物がいた。
「怖がらなくていい。彼はザジ。魔物ではあるが、君が聞いてるような残酷な性分ではないし、君に何か悪さをしたりもしない」
魔物は左手を軽く上げて挨拶を寄越したが、ティタは身を固くして唾を飲み込んだ。その様子を見た豚顔の魔物は軽く肩を竦めて元の姿勢に戻り、女戦士はその様子を見て頰を緩めながら自己紹介した。
「私はグリステル。君は?」
「……ティタ」
「ティタか。私が言うのもなんだが、何故こんな場所に?」
ティタはハッとしてグリステルと名乗った女戦士に食って掛かるように質問した。
「オベルは⁉︎ 私の近くに傷付いた友人がいませんでしたか⁉︎」
「彼ならそこだ」
女戦士が視線で示した先には、ティタを守って傷付いた彼女の友人が寝かされていた。額に玉のような汗を浮かべて少し荒く呼吸をしているが生きているようだ。
「刀傷は浅かったが、足の骨を折っていた。どちらの傷もできる手当はした。今のところ命に別状はなさそうだ」
「オベル……」
ティタは横たわるオベルに近づくと、その額の汗を袖口で拭った。
『嬢ちゃん』
くぐもった声に振り向くと、豚顔の魔物……ザジが小さな手拭いを投げて寄越した。ティタはそれを受け取ると、小さく礼の言葉を述べた。
「ありがとう」
ザジはまた小さく肩をすくめてそれに応えた。
「骨を折った後は熱が出る。今夜中は動かさない方がいいだろう」
オベルの汗を優しく拭うティタに、女戦士がそう声を掛ける。
「話の続きだ。ティタ。私たちはさる事情で追われる身でな。追っ手から逃げる道中でここに落ちてきた。元の穴には登れそうもなく、蛇だらけのこの穴を探索する内に君たちを見つけたというわけだ」
女戦士は焚火に薪をくべた。暗い洞窟の高い天井に向かって、火の粉が舞いひらひらと昇ってゆく。
「私たちはここから出たい。そこでだ。ティタ。君は何者で、どうしてここにいる? 出口を知っているなら教えて欲しい。教えてくれるなら、友達を運ぶのも我々で手伝うと約束しよう」
ティタの手がピタリと止まった。
目を見開いて女戦士の方を見る。真っ直ぐに彼女を見つめる青い瞳がそこにあった。
ティタは何かを言い掛けて唇を動かしたが、その喉は何の音も生み出さず、彼女は俯いて黙り込んだ。
『無駄だぜ。掟で一族のことは秘密なんだ』
豚男の言葉は正鵠を射ていた。
『その耳。エルフだろう。森に隠れ住む幻の民さ』
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