謝罪
「なぜ……私を助けた」
泣き腫らした目で膝を抱えるグリステルの元に、ザジはそれでも食事を運んで来た。
「きみの話が真実なら、王国の騎士を匿って助けるのは裏切りで、重罪のはずだ」
ザジは答えず、ブタのマスクはなんの感情も感じさせない。
「殺してくれ」
もうどうでも良い、という気持ちだった。この一週間で、彼女が信じていたものは全て崩れ去り、彼女自身ももう神聖なる神の使徒でも、栄光ある王国の騎士でもなくなった。彼女は陰謀の被害者を蹂躙する愚昧で無慈悲な殺人者だったのだ。疲れた。どうしていいかも分からず、なにかをしようという気も起きない。もうどうでも良い、という気持ちだった。
「殺してくれ」
彼女は虚ろな目で、もう一度そう言った。
『断る』
ザジは短く拒絶した。
『俺はもう、人が死ぬのを見るのが嫌なんだ』
彼ががたがたと扉を鳴らして出て行くと、グリステルは膝に顔を埋めるようにして、また泣き始めた。
***
「済まない」
翌日、また食事を運んだ来たザジにぽつりとそう言うと、ザジは驚いたようにグリステルを見た。ブタのマスクの目の穴の奥で、人間の目が丸く見開かれている。
「謝って済む話じゃない。知らなかったで済む話じゃない。でも……本当に申し訳ない。きみの奥様も、子供も……取り返しが付かないのは分かっている。でも、我々がしたことは……王国の罪は……」
『あんたのせいじゃないさ』
「しかし……!」
『王国に帰っても魔族の秘密は墓場まで持ち込むことだ。でないとあんた、魔女だと言われて磔になるぜ』
「帰る?」
『ああ。最初からそのつもりさ。この見張り小屋の丘の下には川があってな。俺が気を失ったあんたを見つけた川だが。その川は雪解けの水が来れば、かさが上がって小さな船でも海までくだれるんだ。海岸近くまで出たら海岸沿いに南下しろ。港町ポートカルナバルは、今は王国領だろう』
「それは……そうだが……」
『包帯ももう取れる。あんたの装備一式は取ってあるが、船に積んどいてやる。目立つから身に付けるのは谷を抜けてからにしろ。森林地帯に入ればイノシシやシカがいるだけで、あとは海岸まで一本道さ』
「ザジ……きみは……どうして」
『言ったろ。これ以上、誰かが死ぬのを見たくないんだ』
「…………」
『あんたの言う通り、あんたの事がバレれば俺が磔になる。さっき確かめたら川の水は充分に増えていた。長居は無用だ。今日はしっかり食べて、ぐっすり休め。明日の早朝、俺はあんたを送り出す』
「……させてくれ」
『なに?』
「……今晩の食事は私に作らせてくれ。せめてもの御礼に」
『飯なんて作れるのかよ、春光の騎士』
「元々は教会の給仕係だ。頼む。今の私にできることは、それくらいだから」
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