第399話 抱いた卵子の変態

「ちょっと待ったぁぁぁ!! その話、私抜きでまとめないで!」

「って前話で私、そう言ったわよね?」


 ああ、面倒なのが出てきてしまったなと、カイとキタカゼが目配せする中、スクナは一方的にまくし立てた。


「仕事を依頼するのであれば、正式にシキ研にしてください。私はレクサスさんから社長代理の権限を預かっています。ユウさんまさかあのこと覚えてませんよね。つまり、私抜きではどんな契約も無効です。たとえ覚えていても私のお尻のことは忘れるように。その前にエゾ家とカイ様との交わした契約の廃棄の件について、まだ結論が出ていません。絶対ですよ、ダメ絶対。すべてはそれをまず処理してからの話になります。でないとぶっ飛ばします新規依頼の話はそのあとです」


「なんだか物騒な単語がちょいちょい混じってたの?」

「物騒な単語は俺に関係したことばかりのような気がしてしょうがないのだが」

「話がこんがらがってよく分からんでござる。だが、拙者とエゾ家とで交わした契約が、どうしてシキ研の社員であるお主に関係があるでござるか?」


 カイは頭がいい。スクナが誤魔化そうとしたところを見逃してはくれない。


「そ、それは、その」


 おおっ、スクナが言い淀んだ?!


「どちらも私が代表しているからです!!」

「「「ふぁぁ!?」」」


 俺まで声を上げちゃったじゃねぇか。いくらなんでもそれは言い過ぎ……。


「しょ、所属はともかくとして。シキ研は社長も所長も、私の言いなりなのよ。それにエゾ家だって私の母親が頭領なのだから私のもののようなものだから私が代表しているようなものなの」


 重複した言葉もなんのその、なかばやけくそ気味にそう言い放ったスクナである。いくらこの世界が成熟していない社会(いい加減)であっても、そんな強引なやり方が通用するはずが……。


「分かったの。交渉相手をスクナ殿と認定するの」

「拙者も同意でござる。机上の天才というものを見せてもらうでござる」


 通用しとるやないかい! あと、机上の天才は俺のことなのだが……。


「ではその石油のカイゼンの話を受ける代償として、先にエゾ家との契約を白紙に戻していただきます」

「うぐっ。そ、それとこれとは……」


 さすがのカイも返答に困ってキタカゼを見た。


「我はそうしたほうが良いと思うの、カイ殿。なにも情報料をゼロにするという話ではないの。それも含めて石油を今後どうするかという話をするの」

「そ、そうか。そうでござるな。いきなり月100万の収入がなくなるのは痛手でござるが、キタカゼ殿がそうおっしゃるのなら」


「カイ様。たかが100万どころではないですわよ。なにしろ、私が手がけるのですから、あの石油はこれから数千万の利益を生み出すホッカイ国の特産品となります」

「「ふぁぁぁぁ!?」」


(おい、スクナ!? ちょっと待て、カイゼンするのは俺だぞ。そんな千万単位の約束なんかして)

(いえ約束なんかしてません。それに、この世界では言った者勝ちよ)

(ふぁぁ!?)


 スクナ。いつの間にこんなたくましい子に育ったんだ。待てよ? スクナが言ったことの責任を取るのは所長の俺じゃね? んなアホな?!


(スクナ、調子に乗りすぎじゃないか。それに机上の天才は俺……)

(ああ、そうだった。あまり皆が持ち上げてくれるものだからつい、私がシキ研の所長になった気分になってしまったわ)

(あれはこの話を転がすための方便だったろ)

(たいして転がってないようだけどね)

(それは言っちゃダメなやつ!?)


 ともかく、いろんなものがごちゃまぜになったところで、話は394話の前半の続きに転換するのである。


「ここで?!」

「もう、構成とか計画性とか、ボロボロの作品なノだ」

「やかまひー」



「ぴんたらぽんたら!!」


 繰り返すが、識の魔法使いだけが使える治癒魔法である。忘れている人のために、アメノミナカヌシノミコトの言葉をもう一度貼っておこう。


ーーーーーーーー

第236話 アメノミナカヌシノミコトの言葉

「全ステータスを一度に回復させられる超絶便利な魔法だぞ」

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 である。これでここにいる全員の原油かぶれを治療することができたのだ。ハルミが珍しく役に立った瞬間である。


「ちょっと待て? 私はもっといろいろ役に立っているだろ?!」


「おおっ。素晴らしい。あっという間に皮膚のただれが消えた!」

「ハルミ殿、ありがとうございます」

「「「ハルミ、助かったノだヨゾヨ」」」


「あ、ああ、いえいえ、お力になれて光栄です」


 褒めてもらえたし経験値もたっぷりもらえたし良いではないか。


「なあ、ユウ。俺の後ろがちょっと変なことになってるんだが」


 識の魔法による治癒魔法が成功して、それで話は終わるはずであったのだが、そうはならなかった。


 最初に気づいたのはカンキチであった。こいつらが並んで立っている場所は、オウミとイズナの作った原油池のほとりである。


 範囲魔法である識の治癒魔法を並んだ全員にかけるために、ハルミはやや気張った。そして必要以上に力を入れた(そもそも必要がどのくらいなのか分かってはいなかったが)。


 その結果、ハルミの魔法はかなり広い範囲に届いてしまったのだ。原油の一部を乳白色の砂のようなものに変えてしまうほどに。


「な、なんだこれ?」

「真っ黒の原油が、白くなっちゃったね?」

「まるで海岸の砂のようだが」


 俺は池に近づくとしゃがんで手を伸ばし、指先でつまんでみた。


「ベタベタもない。さらっさらの砂だ」

「我らもさらっさらの関係にするのかヨ?」

「別にしたくねぇよ! あれも舞台は北海道だけど、その手つき止めろ」


 手で触った感触では、海岸の砂よりはやや粒が大きい気がする。それに乳白色に近い色には微かに光沢がある。


「くんくん。匂いはないな。これはいったいなんだ?」

「我の見るところ、さっきの油のようだヨ」

「油なのか、これが?」


 池の砂を指で押すと簡単に凹んだ。どうやら原油の上に浮いているだけのようだ。さらに指を差し込むと、10センチメートルほどの深さで原油に届いてしまった。


「わぁ、指先に原油が付いちゃった。スクナ、拭き取ってくれ」

「はいはい。よく分からないものにユウさんは手を出しちゃだめよ。ふきふきふき。そういうことは魔王にやらせるべきよ」


「スクナの我らへのリスペクトが、日に日に減っているのを感じるノだ」

「それもまた楽しだヨ」

「むしろ快感ゾヨ」


「ミノウ。この砂について、もう少し詳しいことが分からないか?」

「うむ。我のシャーマンスキルによれば、ほとんどが炭素ヨ。それに微量成分としてイオウ、リン、窒素、ナトリウム、シリカ、それによく分からない魔草の成分が入ってるヨ」


「また魔草か……。それが話をややこしくしてるんだよなぁ。それに、もっと不思議なことがあるな」

「そうなのだヨ。どうしてこうなったヨ?」


 治療対象者が並んだ後ろ側までハルミの魔法が届いてしまったために、原油がなんらかの化(魔)学反応を起こしたということは、まあ理解できる範疇である。理解できないのは。


「どうしてその後ろに道みたいなのができているノだ?」


 ということである。


 乳白色の砂は、皆の後ろに直径2メートルほどの円を描いたあと、10センチメートルほどの幅となってずっと池の奥まで続いているのだ。まるでなにかに導かれるように、それは1本の道……。


「ああああっっ!!! 分かったゾヨ。あそこだ、きっとあそこにあるゾヨ!!!」


 そう言うやいなや、脱兎の如く……脱イタチ? のごとく道の上を走り出したのは、イズナだった。


「お、おい。その道は油の上に浮いてるだけだ。お前の体重がいくら軽くても通れるはずが……」

「走っているノだ?」

「起用なやつだヨ」


 イズナはオウミやミノウと違って空を飛ぶことはできない(近距離のテレポートはできる)。その代わりにとてつもない速い足を持っている。とはいえ、重力を無視できるわけじゃない……と思っていたのだが。


「すごい早さで砂の上を走ってるノだ」

「簡単ヨ。右足が沈む前に左足を出して、左足が沈む前に痛いヨ!」

「ブルックじゃねぇから、そんなことができるか! マンガかよ」

「マンガのようにサクサク読めるラノベという設定だったヨ?」

(そんなこともありましたねー)


 いくら身軽で四つ足だといっても、油の上に浮いているだけの砂に埋もれずにあんなに長く走れるわけが……ん?


 俺はある説を思い出して、砂をゲンコツで強く叩くように押してみた。すると。


「おっ、硬いな」

「たかが砂が硬いとか笑えるノだノだノだなにをするノだ、わぁぁお、痛いノだ」


 生意気なことを言いかけたオウミを手でつかみ、砂に向かって、ぺいって投げつけてみた。


「投げつけてみた、ではないノだ!! なにをするノだ!!」

「硬かったろ?」

「硬かったノだ、カチンコチンでコブができそうなノだ! プンプン……ノだ。あれ?」


 つまりこの砂は、強い力を与えたときには固体、弱い力を与えると液体になるという物質があるということだ。


「ダイタランシー流体だ」

「抱いた卵子の変態なノか?」

「分からんボケをかますな。またぶつけたろか」


「それはもう懲りたノだ。でも、不思議な砂なノだ」

「液体と粉末をうまいこと混ぜると、力が加わったときに体積が増えて粘度が上がるという現象があるんだ」

「すごくざっくりな解説なノだ」


「それでイズナがこの上を走れる理由は分かったヨ。だけど、あいつはどうしていきなり走り出したのヨ?」

「あいつがダイタランシー流体なんか知っているはずないのに、確認もせずにいきなり走り出したな」


「走り出す前に、なんか叫んでいたヨ?」

「この道の先になにかがあるようなことを言ってたな」

「きっとそれを取りに行ったのヨ」

「なにを取りに行ったんだ?」

「さぁ? しかもなんでそんなに慌てる必要があるかも不思議ヨ?」

「頭より身体が先に動くタイプなノだ」


 お前らみんなそうだろが、というツッコミを心に秘めて、俺はイズナが走って行く後ろ姿を呆然と眺めていた。

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