第383話 ルーシ国編の次話
「あらら、それは高すぎますよ。だって運送費がいらないんですよ? 船に積むわけじゃないんです。私たちが直接引き取りに来るのです。なら、このソロバンは<パチリ>こうでしょ」
「うわぁ、それはいくらなんでも酷い! そんなことされたら我らの儲けがありませんよ。だからこのくらいで<パチリ>どうでしょう」
「だからぁ。この在庫をまるごと引き取るって言ってんですよ。それならこのぐらい<パチリ>で充分利益は出るでしょうが」
「だ、だけどそれじゃ、あまりにも。こちらにも都合ってものが」
「いまは、あたなの都合の話をしてるんじゃないの。値段の話をしているの」
「そ、そんな強く出られると困っちゃうんですが」
「こっちは客なのよ?」
「いや、捕虜なんですけど!?」
「……なあ、カンキチ。あれが拉致された被害者に見えるか?」
「値引き交渉をする辣腕商売人にしか見えん」
「だよなぁ。おい、スクナ」
「捕虜だけどいまは商談をして……え? ユウさん? なにやってんの、こんなところで」
「なにやってんの、はこっちのセリフだ。お前を助けに来た……はずだったんだけど」
「ああ、そうか。さすがに魔王の連絡網は情報が早いわね。カンキチさんでしょ、そんな大げさに言ったの」
「大げさ、ではないと思うのだが」
それはこのよう事情であった。
私は最初に立ち寄ったアイヅでベータさんと分かれて(あん肝のみそ漬という珍味を調査したいとのことだった)、ネコウサだけを連れてホッカイ国に来た。
生まれ育った地元であるしもう何度も足を運んでいるので、危険はないと判断してミノウを連れてこなかったのだ。ミノウが長くミノ国を離れられないという事情も考慮した。
結果としてそれが拉致される原因になったのだけど。
「ネコウサ、ハコダテって知ってる?」
「知らないモん」
「そっか。そこでイワシが大量に獲れるはずなのよねぇ。そこで煮干しを作らせてラーメンのダシに使おうと思ったのだけど」
「ごめんモん。知らないとこには転送できないモん」
「ううん、知らなきゃいいのよ。じゃ、カンキチさんとこに転送して。そこで情報収集をしましょう」
「分かったモん。ひょいっ」
「おお、スクナ殿。いらっしゃい」
「こんにちは、ケントさん。あれ、カンキチさんはいないの?」
「エゾ家に呼び出されて、朝から出かけて行きました」
「そうだったの。エゾ家ってどこにあるの?」
「ホッカイ国の南端にある、ウスケシって街です。ホッカイ国にとって物流の要の地です」
ウスケシ? 南端ってことは函館の辺りだと思うのだけど イシカリ大学では、そんな地名を習った覚えがないなぁ。
「ウスケシって大きな街なの?」
「ええ、それはもう。ホッカイ国では最大の都市です」
「ええっ、そうなの? もしかして、沿岸漁業が盛んだったりしない?」
「良くご存じで。その海岸にはあらゆる魚がワンサカと押し寄せて来ます。地引き網でいくらでも魚が獲れるのです」
やっぱり函館じゃないの。
「イワシも獲れるよね?」
「イワシも有名ですね。でもあれはほとんど肥料になります。他にイカやタラ、マグロもワンサカと」
イワシを肥料に……。あ、それは記憶にある! 金肥とかってやつだ。それなら間違いない、ウスケシは函館のことだ。でも、マグロってどうして近海で獲れるのかしらね。
「それならちょうどいい……けど、移動方法がないか」
「それなら私が送りましょうか。2時間ほどかかりますので、防寒対策をしておいてください」
「それは助かります。寒いのは良く分かってます。ここは夏でも冷えますよね。私はここで育ったので、その辺は良く知ってます」
「そうでした。それではジョウさん。私はちょっとこの人を送ってきます。午後には戻ります」
「気を付けて行ってきてください」
そのときに赤紙が着いたのだ。
「あ、あの。ちょっと待ってください!!」
「ジョウさん、どうしたんですか、慌てて」
「スクナさん宛てに、エゾ家から赤紙が着いています。すぐ来てくれ、とのことです」
「赤紙ってアレよね。ユウさんが良く呼び出されるやつ。どうして私が呼ばれたのか不思議だけど、どうしてここにいることが分かったのかも不思議よね」
「エゾ家に行っているカンキチ様の情報でしょうか?」
「でもカンキチさんは私がここに来ているって知らない……ああ、あれか。魔ネットワーク回線で誰かに聞いたのか」
「そうかも知れません。急いだほうがいいと思います」
「うぅん。ジョウさん、ちょっと待って。確かその赤紙に触るとそちらにすぐ飛ばされてしまうのよね」
「はい、そうです」
「いつもユウさんはなにげに飛ばされているけど、相手の用件も事情も分からずにそこに行くって、危険だと思うのよね」
「は、はぁ」
「なにか理由があるのでしょうから、ちょっと調査してからにしましょう」
「あ、あの。あまり時間がかかるのはまずいかなと」
「それって『ちょっとこちらに遊びに来て下さいませんか魔法』でしょ?」
「は、はい。そうですけど?」
「すぐに来いってわけじゃないと思うの」
「いや、それは、その。確かにそうですけど」
「待たせておけばいいのよ。ケントさん、予定を少し変えてウスケシの街を見に行きましょう。エゾ家でなにが起こっているか、それで分かるかも知れない。最悪でも市場調査ができます」
「「な、なん、なんて豪胆な人だ!」」
ということで、私たちはウスケシという街に着いたのだ。
「す、すごい!」
それがこの街を見たときの私の第1声である。実際にすごかったのだ。ホッカイ国はもちろんのこと、ミノ国でもこんなすごい街は見たことがない。いままで私が仕入れのために訪れたどんな街よりもすごい。一軒一軒の造りも大きさも、とても立派なのだ。
「家がみんなまっさらの木でできてますね。災害でもあって作り直したばかりなのかしら?」
「いえ、ここは裕福なので、10年も経たずに建て直しますね。古い家屋は嘲笑の対象になったりするそうです」
なんてもったないことを。廃材でいいから安く買えないかしら?
「つまり、そのぐらい裕福だ、ということね?」
「そうです。ホッカイ国でもここだけ例外なのです」
「信じられない。ホッカイ国にこんなところがあったなんて。でもどうして?」
「魚が簡単に獲れることと、それを加工して付加価値を付けて販売する、という手法が当たったのです」
「魚だけじゃ、そんなに売れないもんね」
「魚は、普通では保存が利かないですからね。せいぜい干物ぐらいでした。だけどイワシを肥料にするということを思い付いて、それを船でカンサイまで運ぶことで、巨万の富を得たのです」
「肥料にすれば日保ちするから長距離輸送が可能になったのね。良く思い付いたわね。そんな立派な人がエゾ家にいたのね」
「ええ、先々代の当主エゾ・カムサスカ様が立派な人だったのです」
「どこかのでかい半島のような。あれ、先々代ってことは?」
「カムサスカ様は3年ぐらい前に亡くなって、2代目のノツケ様も後を追うように亡くなられて」
「またずいぶんとちっちゃな半島になっちゃったのね。あれ、砂が溜まっただけのサシでしょ」
「いや、半島の面積で名前を決めているわけではないと思いますが。それで跡取りがいなくなって、急遽もらった養子がいまの当主・トシ様です。それがまたできの悪……いや、なんでもないです」
「なんか悪口を言いかけたような? まあいいわ、ここで煮干しの買い付けをしたいのだけど、その3代目さんとこに行ったほうが早いかしら?」
「それならこの赤紙を使えば早いですが。カンキチ様もそこにいるはずです」
「うぅん。その前にこの街をちょっと見学したいなー」
「私は戻らないといけないので、あまり時間がないのですが」
「戻るときはボクが送るモん。もう転送ポイントは設定できたからすぐだモん」
「おおっ。そんなことができるのですか。ネコウサさんは素晴らしい能力をお持ちですね」
「てへへへモん」
「だから少しだけ、街の案内を、ね?」
「分かりました。そういうことなら、私の知る限りの案内をしましょう」
「それで市場調査をしていたら、なんかとっ捕まって」
「いまココだモん」
「また面倒なとこを端折ったな、この作者!」
(気にしたら負け)
「だから私は市場価格を知っているのよ。誤魔化そうたってそうは行きますか」
「こ、ここに来る前に市場調査をしてきたのですか!?」
「ユウさん、こっちではねニシンの干物がべらぼうに安いのよ。キロ10円しないでいくらでも買えるのよ」
「そんなに安いのか?!」
「そうなの。それを海水で煮て天日干しすると、だいたいキロ15円ぐらいになるでしょうね」
「それでも安いな。それでダシをとろうということか」
「ダシにもするんだけど、ベータさんがね、それをもう一度焼いて粉にしてタレに入れたいって言うもので、サンプルは多めにもらっていこうかなって思ってる」
「なるほど。それはやってみる価値がありそうだ」
「でもそれを本土まで持って行くとそれがキロ750円なんて言うのよ、その人」
「それはボリ過ぎだ! いくら船便でしか運べないからって」
「で、でも、キロ12円で売りなさいよって、その人が言うんですけど」
「「「それは値切り過ぎだ!!」」」
「あれ、私の味方はいないの?!」
「あ、いや。スクナが安く仕入れようと、してくれているのは分かるんだが、相場ってものがあるんじゃないかなって」
「ユウさんが、相場なんて知ってるの? 市場も見たことがないのに」
「あ、いや。それは、その、あれだな」
「ついこの間、キタカゼさんにいいようにやられちゃったのもう忘れたの?」
「いや、あれは、その。やられたとか、若い子がそんなことを言っては」
「そういうことを言ってるんじゃないの。値段交渉は私の仕事なのって話をしているのよ」
「はい、すいません。おまかせしますデスハイ」
女って強い定期。
「わはは、尻に敷かれているノだ、わははきゅぅぅ」
「う、うるさいな。ふわふわごと枕にしたろか!」
「オウミ枕なノか?」
「ちょっと興味を持った体(てい)でボケるのやめろ!」
「あの、スクナさん。その偉そうな子は誰です?」
「あ、この人、私の許嫁で上司のユウ・シキミです」
「い、いいぃぃぃ?!」
「いい で止めるな。なづけ までちゃんと言えよ。俺がユウだ。お前か、ぼったくり野郎は?」
「いや、ぼったくりはそっちのお方じゃないかと」
「なんですか?」
「あ、いや、なんでもないです、はは」
女って強い、定期2。
「ところで、お前さんは誰だ?」
「あ、申し遅れました。私はエゾ家の番頭をやっております、ソウシと申します」
なんだか早死にしそうな名前だこと。
「そ、そうか。俺はユウ・シキミ。シキ研の所長をしている。ついでにイズモ国の太守だ」
「いいいっ?!」
「ズモ国の太守、までちゃんと言いなさいって」
「太守様なのですか!? それは知らないこととは言え、申し訳ありませんでした」
「ところで、この屋敷。俺が占領したからな」
「「ふぁぁぁっ!?」」
スクナまで気づいてなかったんかーい。
「どどどど、どうして、そそそんんな。あの、トシ様はご無事でしょうか?!」
「拘束はしたが、ケガさえもしてないぞ。そんな強敵じゃなかったからな」
「だけど、護衛とか警備員とかがいたはず」
「全部、武装解除した」
「あの魔カブトムシ軍団を出さなかったのでしょうか?」
「ああ、出てきたけど壊滅させた」
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
そもそも魔王を使役できる段階で、ユウさんは無敵なようなものだ。それが4人もいるのだから、ニホンで最強といっても良いぐらいだ。こんな屋敷を落とすぐらい簡単だったでしょうね。
ただし、そのことを本人だけが自覚していないという。
「あんなものが軍団のうちに入るかよ。それで、どうしてスクナを拉致したのか、お前は知ってるか?」
「ええ、それはもちろん。私が進言したのですから」
「どういうことか、聞こうか。ことと次第によっては、この地からエゾ家は消えることになるぞ」
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