第358話 条件とは?

「おおっ、ユウコ。お久しぶ……わぁお」

「ユウさん、ありがとう!!」


 なんだなんだなんだ。どうしたんだ。いきなり抱きついてきて。おっぱいが俺の手に当たってむにむにむに、ああ、ナツカシイ感触むにに。


「ちょ、ちょっと、こんなときも真っ先にそれなの。でもいいや、これからもよろしくね」

「ああ、よろしく。っていったいなにをだ?」


「ラブシーンはあとにして、事情を話すノだ。なんだかわけが分からんままここに来てしまったノだ」

「誰がラブシーンだよ!」

「事情ってなんの?」


「えっとだな。まずは、お前がどうしてここにいるのかってことから」

「だって、アイヅにはここしか卵産むところがないそうだから」

「たまご?」

「うん」


「なまむみなまもめなまたまも的なやつなノか?」

「全然言えてねぇぞ。それを言うなら。なまもみなまもめなまちちもみだ」

「お主が言うとイヤラシくなるノだ」


「だから、私の卵よ。私、おかーさんになったの」

「「ふぁっ!!?」」


「そ、そう、そういえば、ユウコはまだ」

「うん、衝撃的な初体験だったよ。どうしていいか分からなくお酒ばっかり飲んでいたら」


「飲んでる場合じゃねぇ!」

「見かねたタダミ様がいろいろ教えてくれたの」


「タダミってハニツの嫁だろ。そういえばあの嫁はエルフって言ってたな。あっ、それでさっきタノモが言ってた」

「この神社は奥様が使って以来というのは、そういう意味だったノだな」


「うん、それでこの神殿を教えてもらって、いま卵を祭ってあるの」

「そうか、それはおめでとう、と言うべきなんだよな?」


「まあ、大人になった証拠だからね。お赤飯炊いて祝うのが普通ね」

「なんでお赤飯なんか良く分からんが、ミノ国に帰ったらお祝いをしよう」


「ありがとう。だけどこの子たちが孵らないと私はここを動けないの」

「そうなのか!?」


「そうなのか、ってそれで来てくれたんでしょう?」

「はい?」

「私の卵を」

「はい?」

「孵しに来たんでしょう?」


 なんだろう、この違和感は。ちょっと前話の会話を思い出してみよう。まずは、アシナと最初に交わした会話から回想する。




「それで、ご用件は?」

「返してもらおうと思ってやってきたんだ」


 ……。


「ああ、あれは俺のだからな」

「えっ」


 ……。


「いや、イズモ公はまだお若いのに」

「はい?」

「あれをかえすと言うのですね」


 ……。


 そしてタノモがやって来て。


「あれをかえして欲しいと?」

「あれ? ああ。長い間ほったらかしにしちゃったからな。そろそろかえしてもらおうと、やってきたんだ」

「「えっ」」


 それからこんな会話もあった。


「俺がすること? 俺は返してくれればそれでいいのだが」

「そうそう、それをお主がやるんだよ」


 ……。



「ね? 私の卵、ユウさんが孵してくれるんでしょ?」

「孵さねぇよ!!! ユウコは返して欲しいが、卵は孵さねぇよ!!!」

「いったいなんの話なノだ? 我にはさっぱり???」


「え? 違うの? ならどうしてこんなとこまでやってきたの?」

「それはタノモにユウコがこっちにいるって聞かされてだな」

「タノモさんに、孵してくれって頼んでいるわよね」

「字が違う字が!!」


「字が違うノか?」

「だからタノモさんは、ユウさんがこの卵たちのおとうさんになるものだと」

「勝手に父親にすんじゃねぇよ!! え? この子「たち」?」


「うん、エルフの卵って普通は1個じゃないのよ。タダミさんところも双子だったって言ってた」

「はぁはぁ。そうなのか。じゃあユウコも何人か?」

「えっとね、とおあまりよつ子だった」


 和語での数え方である。ひとつ、ふたつ……とお、の次は十(とお)余りを前に付ける。とおあまりふたつ、なら12の意味となる。

 ちなみに、20になると前にはたちが付き、30ではみそじ、40ではよそじ……となる。まめちしきな。


「ずいぶんと変わった名前を付けたものだな。遠回りする雛子?」

「それ、なんて生き雛祭りなノだ?」


「違うよ。とおあまりよつご。つまり14人ってこと」

「「はぁぁぁぁぁ???!!!」」


 なんという多産系種族!?


「すごいでしょ?」

「すご過ぎるやろ?!」

「で、そのおとーさんがユウさんだからね」


「いやいやいや。だからね、じゃねょ! そんな身に覚えのないことで父親にされてもだな」

「おっぱいをさんざん揉んでたではないノか」

「そんなことぐらいでエルフが……まさか?! ユウコ!?」


「そんなわけないでしょ、あははは。オウミ様も真面目な顔してそういうこと言うのねあはははははは」


「いや、我は真面目に言ってしまったノだ……反省するノだ。エルフは無性生殖であったノだ」


「そ、そうだよな。あぁ驚いた。オウミはあとでお仕置きな」

「ノだ?!」

「まあ、俺も忘れてたんだが。じゃあ、なんで、なんで俺が父親役なんだよ、どぎまぎするじゃねぇか」

「役じゃないよ。正真正銘のち ち お や」


「なんでだよ!! そんな不条理な話があるか。大人しい俺だって怒るぞ!」

「大人しくないと思うんだけど。だって、この子たちを孵してくれるんでしょ? そのためにここに来たんでしょ?」


「違げぇよ!! なんで俺がこの子たちを孵すことができるんだよ! こんなに一気にえっと14個ってことは、2ダースも扶養家族ができてたまるか、痛っ?」

「2ダース言うな!!」


「あ、すまん。仮にもお前の子だったな」

「1ダースとふたりでしょうが」

「そっちかよ!! ってか俺が間違ってたのか」

「意外と恥ずかしいミスなノだわははは」


「う、うるさいよ! そんなことはいい。俺はこの子らに遺伝子を提供したことはないぞ。それともなにか、この子たちにこれから俺のせーしをかけて回るんか。それで父親にご~ん。くてっ」


「産んだあとに遺伝子を渡したって手遅れでしょうが! 卵が孵るには条件が……あれ? ユウさん、聞いてる?」

「ユウコがどついて気を失ったノだ」


「え? 私そんなに強く殴った覚えはないけど」

「母は強しなノだ」

「そんなことって?」


「まあ、ここへ来るまでにかなり疲れていたようなノだ。おそらくそっちのほうが原因なノだ」

「そっか。それにしても困ったなぁ。これでこの子たちを孵せると思ったのに」


「このままでは孵らないノか?」

「エルフの場合、父親がなくても卵は生まれるし子も育つんですが、父親がいないと孵らないんですよ」

「ほほぉ。変わった生態なノだ」


「なにしろ育てるにはご飯がいるでしょ?」

「そ、そりゃそうなノだ。それが?」

「子供にご飯を運ぶのは男の仕事なの。でも、エルフにはオスはめったにいないから、ご飯を運べる男を見つけて父親にするんです。そうすることで卵を孵すことができるのです」


「ご飯というか、それは経済力ということなノだ」

「いまの時代ならそうですね。私もお給料が良くて食生活も良かったものだから、安心してこんなにたくさん卵を産んじゃった、てへ」


「み、見事なものなノだ」

「だけど、生活の糧が得られる環境にしないと、卵は孵ってくれないのです。これまでに3回は雷が落ちたのに、孵ってくれませんでした」


「アイヅの人間では無理なノか?」

「ダメだったの。いろいろな人が来てくれたんだけど、あの人もこの人も年収不足で落選に」

「年収で落選するノか?!」


「あ、それは例え話ですけどね。卵たちには役不足と映ったみたいで。それにこのアイヅは、今年は長雨続きでかなり厳しいようです」


「年収で父親を選別するのノか。我が儘な卵なノだ。父活なノだ」

「そんなこと言ってもこの子たちにも生存がかかっているし、それに14人もいるものだから」


「なんと?! 14人分全員の面倒を見れるほどの財力が必要なノか?!」

「それはそうですよ。ひとりだけご飯なしってわけにはいかないでしょう?」


「そ、そういうことなノか。それならこのユウは適任ではないか」

「はい、その通りです。そういうことを全部知った上で来てくれたのかな、って思ったんだけど」


「我でさえ知らなかったエルフの生態を、ユウが知るわけないと思うノだ。お主は説明したことあるノか?」

「ないです」


「じゃあ、知るわけがないノだ!!」

「そ、それ、それもそうですよね。どうもエルフって行き当たりばったりなところがあって」


「それはお主を見ていると良く分かるノだ。簡単に置いて行かれるし、足踏みマットにはなるし」

「足踏みマットは生態ではありませんから!」


「ん? 待つノだ。雷が落ちると孵ると言ってたノだ?」

「え? ええ。そういうのが卵が孵るきっかけになるのですよ。卵が危険を感じるようなことなら、なんでもいいようです。大風でも地震でも孵る条件になるようです」


「まるで椎茸なノだが、それなら我に考えがあるノだ」

「まさか、この子たちを収穫して出汁を取ろうなんて」


「それじゃ椎茸なノだ!! お主もいい加減ブラックな子なノだ。そうじゃないノだ」

「それは良かった。それで、どうするのですか?」


「雷なら我が作ることができるノだ」

「え? でもオウミ様は水属性では?」

「得意ではないノだ。でもできないわけでもないノだ」

「ああ、そうか。魔王様ですものね。そのぐらい」

「そうなノだ。簡単なノだ。イズナのように光属性はないし、ミノウのように上手ではないけど、小さな雷なら難しくはないノだ」


「それでは、それをここでやっていただけるのですか?!」

「必要ならやるノだ。父親になる者は寝ていてもかまわないノであろう?」

「え? それは、まあ。そうでしょうね。多分、近くにいれば」


「経済力に関しては、ユウはニホンでも有数の金持ちなノだ。そして我が雷を落とせばすべての条件はそろうことになるノだ」


「え。ええ。そうですよね。ここにいるんだから、父親として合格ですよね。え? ユウさんってそんなに収入があるんですか?」


「本人には教えないことになっているノだが、銀行口座にはすでに数億の金があるらしいノだ」


「はぁぁぁぁぁ!?!?!?! おおおおおおお、オウミ様、オウミ様。すすすすす、すぐすぐすぐすぐにでもかみなかみかみなりかみなりかみなり!すでのな」


「分かったからうろたえるでないノだ。ユウを卵の近くに運ぶノだ。そしたら我が雷を発生させるノだ」

「はい!! よろしくお願いします!!」


 そして雷は落ちた。



 読者よ。君たちは、12才で14人の子持ちになったことはあるか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る