第356話 かえして欲しい!
アイヅは雨であった。ミノ国よりも早く梅雨に入ったのかも知れない。雨がしとしとである。しとぴっちゃんである。そしてじとじとである。じどびっじゃんである。
「ほんとにじとじとなノだ。気温はそれほど高くないけど、気持ち悪いノだ」
「なんだか不快指数がすっごい高い気がするなじとじと」
俺たちはアイヅに着いた。以前に来たお城の中にある1室である。
「なんの前触れもなくこんなとこ来て、俺たち大丈夫か?」
「ユウが転送しろと言ったノだ。我はここしか知らないノだ」
前回はスセリに転送してもらったんだったな。そのときはアシナって子が案内役で出てきたが。
誰も来ない。
ってか、俺たちが来ていることに誰も気づいていない。
そりゃそうだ。予告もせずアポもとらずに勝手に来たのだから。
「ユウが脊髄反射で行くとか言ったからなノだ。反省するノだ」
「分かってるけど、お前に言われるとなんかむかつく」
「それでこれからどうするノだ」
「どうしようかな。とりあえず、捕らわれているユウコを探しだして救出しないとな」
「ユウコは捕らわれていないノだ。お主が置いてきぼりにしただけなノだ」
「雰囲気だよ、雰囲気。なんか潜入捜査員って感じで格好いいではないか」
「雰囲気ならいいノだ」
いいのかよ。ちょろい魔王は好きだけどな……もしかして、雰囲気の意味が分かってないのか? まあいいや。それでは出かけるとするか。
「で、まずはどこへ行くノだ?」
「決まってるだろ。ユウコが閉じ込められている座敷牢を探すんだよ」
「閉じ込められているのが前提なノか。それがなんで座敷牢なノだ?」
「この前スクナが閉じ込められてたから」
「そんな程度の理由なノか?!」
「まいったか」
「呆れてるノだ」
抜き足差し足忍び足。ここは以前に来たところだ。勝手知ったる他人の家。抜き足差し足。
「うっとうしいから早く歩くノだ」
「お前がうっとうしがるな! こういうものには作法ってものがあるんだよ」
抜き足差し足……あれ? これはどっちだっけ?
「勝手知ったるではなかったノか?」
「うん、忘れた」
「そんなことだとは思ったノだ。最初の角を曲がるところから間違っていたノだ」
「それならそのときに言いやがれ!!」
「指摘すると怒るではないか」
「眷属なら怒られるぐらい我慢しやがれ!」
「なにこの暴君!?」
「誰かそこにいるのか? なにをしている?」
「ほ、ほら見ろ。見つかっちゃったじゃねぇか!」
「おぬ、お主がわけの分からんことを言うからなノだ!」
「やかましい。そもそもお前が道を覚えていればだな」
「あんだけ自信たっぷりに歩き出しておいてそれはないノだ」
「誰か……あれ? あなたはイズモ公?!」
「すみませんで……あれ? なんだアシナか。苦しゅうない。案内せよ」
「「どこに?!」」
というようなことがあって、俺は座敷に通された。もちろん格子などはまってはいない。上客用の立派な座敷である。
「それで、ご用件は?」
「返してもらおうと思ってやってきたんだ」
「えっ」
「えっ」
「なにそれ怖い」
「なんでだよ! あの、ユウコは、まだここにいるよね?」
「え、ええ。そりゃ、いますけど。それで、かえすんですか?」
「ああ、あれは俺のだからな」
「えっ」
「えっ」
「なにそれ怖いノだ?」
「あの。どうしても?」
「そりゃそうだろ。あれは俺のものだ」
「ええええっ」
「なんでそこで驚くんだよ!」
「いや、イズモ公はまだお若いのに」
「はい?」
「あれをかえすと言うのですね」
「ん? かえせと言ってるのだが」
「えっ」
「だからなんだよ、その反応は?!」
「そういうことでしたか。良く分かりました。ちょっと上司と相談してきますので、しばらくここでお待ちください。煎茶と、茶請けのアイヅ名物薄皮まんじゅうの皮の部分だけ置いて行きます」
「ちょっと待て!? 前回来たときは、くだり物の玉露とかだったし、まんじゅうもちゃんとあんこが入っていたぞ?」
「今はこれなのです。では」
「あ、おいっ! ……逃げるように行っちゃった」
「もくもく。あんまりおいしくないノだ。中身のあんこが欲しいノだもくもく」
「それでも食べてんじゃねぇか、この味覚なしが」
「もくもく。これならユウご飯のほうがずっとマシなノだ。ざくざくざく。ああ、うまい」
「自分だけ食べてないで俺にも寄こせよ」
「ほい、皮」
「皮じゃねぇよ! ユウご飯のほうだ」
「今日はたくさん持ってきたノだ。エチ国産小麦が今年は大豊作だったノだ。イズナからいっぱい納品があって、ホッカイ国でユウご飯は大量に作られているノだ。まだまだ作ると言ってたノだ」
「あ、その報告、俺はまだ聞いてないぞ。モナカのやつサボって……ラーメン作りをさせてそれどころじゃなくしたのは俺か?」
「その通りなノだ。それでも忘れずにチェックしていたモナカはエライノだ」
「分かった。帰ったら褒めておこう。それにしても豊作で良かったな。ざくざくざく。うん、うまい。これは煎茶にもけっこう合うなざくざくざく。これを販売したら売れるだろうなざくざく」
「ざくざくざくうまいうまいノだ」
それから10分ほど経ち、俺たちがユウご飯で満足したころ。
「お待たせしたな、ユウ。久しぶりだ」
「おっ、タノモじゃないか。お久しぶり」
「このアシナから聞いたんだが、お主まさか?」
「まさかとは?」
「あれをかえして欲しいと?」
「あれ? ああ。長い間ほったらかしにしちゃったからな。そろそろかえしてもらおうと、やってきたんだ」
「「えっ」」
「今度はふたりでそれかよ!」
「アシナの言ったことは間違ってなかったようだな」
「はい?」
「いや、アシナはすこし気が早いというか、先走る傾向があってな。念のために俺に確認しろってハニツ様に言われたんだ」
なんの確認?
「そういえば、ハニツは元気か?」
「ああ、元気にしているよ。それと、俺たち結婚したからな。報告が遅くなってすまん」
「結婚……って、アシナとお前がか?」
「ああ、そうだ」
「だけどアシナってまだ14才……だっけ? 早くないか」
「私はまだ13才になったばかりよ。ちょっと早いけど、特別珍しいことじゃないの。むしろタノモのほうが早すぎるって言われてる」
「タノモはいくつだっけ?」
「俺は26才になる。男としても剣士としてもまだまだ駆け出しだ。改めて言うけど、ユウ。アシナのブレスレットをほんとうにありがとう。あれが俺たちの縁を結びつけてくれたんだ」
「そうなのか?」
「そうなんだ。あれはスクナが帰ってきた日。こちらで大事件が起こってな。そのとき」
「あ、そういうのはいらないから。それより話を進めよう。確認ってなんだ?」
「俺たちは始めての……なんだ聞いてくれないのか。がっかりだよ」
「のろけ話なんか読者が退屈するだけだろ。それより、確認って」
「あ、そうだった。もういい、確認は終わった。それで、これからユウにしてもらうことがある」
「俺がすること? 俺は返してくれればそれでいいのだが」
「そうそう、それをお主がやるんだよ」
俺がやる? ユウコを? ヤっちゃって良いのか? アイヅ国承認の上なら犯罪にはならないよな。そもそもユウコの見た目は17才だが、年齢は80才ぐらいだったはずだ。よし、児童福祉法違反にも抵触しないな。
「なにをしょうもない言い訳をしているノだ」
「これも予定調和ってやつだよ。しかしこの話、まだ一度もそこまで露骨な描写をしたことがないのだが、大丈夫だろうか。18禁指定は避けたいものだが」
「いらぬ心配だと思うノだ」
「それではユウコ殿のいるところに案内する」
「ああ、頼む」
そこでユウコとついに!? わくわくどきどき。
待てよ、俺にはスクナがいるのだが……ベータとよろしくやってるのかな。
ハルミは……エースと婚約したか。
ならいいか?!
「じゃあ、よろしく頼む。場所を教えてくれるだけでもいいが」
一緒に行くなんてテレクサイではないか。
「場所? ああ、そうか。分かってるよ。もうみなまで言うな。ユウがそれだけ固い決心なら、こちらから口を挟むことはない」
「はい?」
なんだ固い決心って? まさかユウコの身になにかあったのか? ミニにタコでもあたったのか?
「それ、古すぎると思うノだ」
「ところでアシナはまだそのブレスレットをしてるんだな」
「もちろんですよ。肌身離さず付けています。寝るときもお風呂入るときも一緒です」
「どこかで聞いたような話だ。オタクのすることはみんな同じか」
「なんでか、おたくって? でも、これのおかげで2級に進級できました。ハルミさんのおかげです」
「いや、それ作ったの俺だからな」
「いやいや、我なノだ」
「お前は見ていただけだろうが!」
「お主だって作れと命令しただけではないかぼかすかぼか」
「いててててて、この野郎。魔王の分際で俺に楯突くとはふてぇやろうだこちょこちょこちょ」
(ま、魔王のぶ、ぶんざいって?! この世で一番強い者だと思うんですが。ユウって人はいったい何者なんだ?)
「そ、そんなことぐらいで我はわははははは、我はわはははは、ちょと、止めるちょとちょとあははははは、我は笑われている止めわはははははは」
「ふん、勝ったな」
「きゅぅぅぅ」
「ネコウサには苦戦するが、お前には楽勝だ」
「どうして低級魔物に弱くて魔王に強いノだ!」
「アシナ、大丈夫かな、こんな人だけど」
「だ、大丈夫ですよ、きっと。ユウコさんがついているし」
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