第337話 オヅヌ来る
「ムシマロ。シキミとはどういう人間だった?」
「それが、その。よく分からなくて」
「分からんのに、こんなものを預かってきたのか?」
「それはなんというか、分からないからこそ受け取るしかなかったというか」
「まさか、お前もラーメンとやらに釣られたわけではないだろうな?」
「どきっ!」
「あんたって人は、仕事もしないでラーメンを食べていたの!」
「ヤマメ。俺は仕事はしていたぞ。ラーメンは食べた……なんでラーメンことを知っている?」
「あれ?」
「ふたりともラーメンを食べていたということだ。だが、そんなことはいい。ヤマメ、イセの所在は分かったか?」
「はい。私は1杯しか食べてません。イセ市の山あいにあるイスズという土地に居を構えていました。スープが極上でした。これといった防御態勢を引いてはおりません。急襲するのは容易いかと思われます。うまかったです」
「合間合間にラーメンの感想を混ぜるな。報告が分かりづらい。しかしその分なら、ワシがひとりでも忍び込めそうだな」
「できると思いますが、軍勢はどうしますか?」
「それが、どうにも戦意喪失状態でな。1服盛られたようだ」
「ええっ!? まさか毒を盛られたのですか?」
「お前らも食べた、そのラーメンってやつだよ」
「え? いえ、あれに毒は入っておりませんでしたが」
「修行者にとっては毒も同然だ。人は一度贅沢を覚えると堕落するのだ。ワシの弟子が食べ物にうつつを抜かすなどあってはならんことだ。そうだろ? ヤマメ、ムシマロ」
「「は、ははあぁぁ」」 滝汗平伏。
「ふたりとも、今日から見習いに格下げする」
「「は、ははあぁぁ」」 平伏。
「異論はないようだな」
「覚悟しておりました。でも、お師匠様も一度あれを口にしたら」
「意見は変わるかも知れん。だから、ワシは食わぬ。話に聞くかぎり、あれにはとても危険なものを感じるからな。お主らも今後、そのラーメンというものを食べることは禁止する」
「「えええっぇぇぇぇっ!!!」」
「格下げより、そっちのほうが悲鳴が長いではないか」
「そ、それは、それだけは」
「今後、1口でも食べたら破門だと思え。良いな」
「「は、ははあぁぁ」」 大汗平伏。
「それでムシマロ。この書状の件だが」
「はい?」
「俺に来いと書いてある」
「はい」
「明らかにこれは罠であろう?」
「それは違います。招待主のユウという人間は、そのような姑息な罠を仕掛ける人間ではありません。そこは信用できると、私は判断いたしました」
「ムシマロははさっきよく分からんと言ったではないか」
「その本質まで把握はできませんでした。しかし、人を罠にかけるような人間ではありません」
「そこは断言するのか」
「はい」
「お主が、ラーメンさえ食べてなければ信用してやったのだがな」
「うぐぐがっ」
「私がミスズを調べていたときにも、そのユウと言う名前がときどき出てきました。12才の少年でありながら、イズモの太守を務め、魔王を4体も使役し、ミノ国では知らぬものがいないほどの人物であると」
「魔王は2体だと俺は聞いたぞ?」
「細かいことはいい……いや、細かくはないが。魔王ひとりでもすごいことなのだが、複数名を眷属にしているというのは確かなのだろう。それも12才という若さでなら、それだけでも充分驚きだ。そんなやつがイセの側についたのであれば、興味深くもあるが警戒せねばなるまいな」
「ただ、性格には問題があるようでして」
「それはどんな風にだ?」
「傲慢でわがままで自分勝手で自分には甘く他人には厳しい上司にしたくないナンバー1、だそうです」
「えらく嫌われたものだな。まあ、良い。ワシがじきじきに見定めてくれよう。もううちの兵は当てにはできんのだから、この誘いはもっけの幸いと考えよう。いざとなったらそこでイセを組み伏せて、ユウともど言うことを聞かせてやるまでよ」
「「そのときは我らも一緒に戦います!!」」
と、けんかっ早い3人は一路、イセへと向かったのであった。
そしてお祭りの当日である。
「な、なんだこれは?」
「お、お師匠様。これはどう見てもお祭りではないかと」
「それは見れば分かる。どうしてここでお祭りなどやっておるのだ。ムシマロ。お主、場所か時間を間違えてはおるのではないか?」
「いえ、そんなはずはありません。確かにここです。招待状にちゃんと書いてあります」
「会談をするのにふさわしい場所とは思えんのだが」
「G20なら、どうにか」
「誰が先進国首脳会議をやれと」
「迎えを寄こすと言っていたのですが……あっ。来たかな?」
「またまたまたまたせたノだ。我はユウの使いで来たノだノだ。3人ともこちららにに来るノだ」
「おや、オウミではないか。お主であったか、ユウという少年の眷属になったというのは」
「そうなななうななノだ。オヅヌはお久しぶりなノだ。これからマンナンライフするノだ」
「マンナ……なんだ、それは?」
「案内するノだ」
「分かりずらいっての!」
((いや、お師匠様のほうがよほど分かりづらいです))
「ユウからの言付けなのだ。そこで待っていてくれとのとのとのことなノだ」
「なにをいちいちビビっておる。では、そこに案内してもらおう」
「ひょいっ!」
「こちらノだ。もうちょっと待つノだ。じゃ」
「手間をかけたな」
「お師匠様。どうしてオウミ様はあんなに怯えてるんですかね?」
「ああ、昔ちょっとイジワルしたからな」
「お師匠様が?!」
「仏教との戦いになったとき、あやつは自分の領地を安堵してもらって知らぬ存ぜぬを決め込んだのだ。古来よりニホンに住む魔物のくせにな。ワシはそれが許せなくて、嫌がらせにニオノウミに竜を送り込んでやったのよ」
「竜を!?」
「オウミのやつ、たかが竜退治に5日もかかりおったわ、わはははは」
「いや、竜と戦えるってことがすごいですけどね」
「それ以来、ワシには頭が上がらんようだ。さて、お茶も出ているのでよばれよう。手も付けないでは失礼に当たるだろう。お主らも飲め」
「まさか、これに毒が?!」
「それはないと言ったのはムシマロであろう? だが、たとえ入っていたところでワシなら大丈夫だ。カエンタケぐらいの毒なら何度も食べて慣れておる」
「「ふぁぁぁぁ!?」」
カエンタケ。最凶の毒キノコである。触っただけでも手がただれ、致死量はわずか3gである。手がただれるようなものを、口にするのはよほどの物好きである。
「ちなみに、それは市場では売っておらん」
「そ、そりゃそうですよ! そんな毒性の高いものが売れるはずが」
「だからカエンのだよわははははは」
「「あ? あ、ああ、ああははははは、そうですね、あはは」」
オヅヌがアマテラスに嫌われているのは、こういうところなのかも知れない。
そこにユウがスクナを伴ってやって来た。当然、挨拶をするのはスクナである。
(スクナがユウを伴って来たノだ?)
(ややややかましいよ)
「オヅヌ様。遠路はるばるこのようなところにご足労いただき、ありがとうございます。私はシキミユウの執事を務めます、スクナと申します。以後お見知りおきくださいませ」
「お招きに預かり痛み入る。ワシがオヅヌだ。そして、こちらが弟子見習いのムシマロとヤマメである」
「どどど、ども。始めましてて。おれ……私がシキミユウというけちなこぞうさんでありありま」
「こちらが私の上司、シキミユウです」
(ユウさん、緊張でコチコチじゃないの。早くどこかでツッコみを入れさせないといけないわね)
「あ、ああ。それはご丁寧に。シキミ卿? と呼べばいいのかな。私も堅苦しいことは苦手だ。楽に行こう」
「あ、ああ。それはどうも。いま、コチコチでこちらで大会をやっているのでごらんあそばせ」
「どこの言葉よ! あんたがコチコチになってんじゃないの!!」
「あぁ。あ? あれ。スクナ。お前はいままでどこにいた?」
「ずっとここにいました!」
(ムシマロ、こいつらは夫婦漫才師か? えらく若いようだが)
(女のほうは知りませんが、男は確かにシキミユウです。漫才師をやってるとは聞いてませんが)
(ギャグに決まってるだろうが。こういうときはツッコみをするのだ)
(え? あ、はい、す、す、すみません)
(お師匠様、ギャグを言うときは、もう少し柔らかい表情でお願いします)
(長い弟子生活だ。いい加減に慣れろ)
「こっちがふざけると怒るくせに、もう」
「なんか言ったか?」
「あ、しまった。声に出ちゃった。いえ、なんでもないです。それよりお師匠様にどんな用件があったのでしょう」
「そうでした。ヤマメ様でしたね。まずはこの演武を見ていてください。イセを代表する武芸自慢たちの演武大会となっております」
「演武だと? 実践ではないのか」
「はい、第1部では元服前(13才以下)の子たちによる演舞です。そこでは型だけを披露しますので実践はありません。第2部では、少年組による剣舞大会となります。そこでは実践さながらの大会となっております」
「ほぉぉ。そんな楽しそ……面白そうな大会をやっておるのか」
「お師匠様。楽しいと面白いではほとんど意味は同じです。言い換える意味があ痛っ」
「分かっておる。これもギャグだ!」
「いててて。はい、すみません」
「オヅヌ様におかれましては、大変ご興味ありそうなご様子ですね?」
「それはもちろんだ。我はまだまだ修行中の身。だが、相手をするのはいつもこの者たちだけでな。弱すぎて話にならんのだよ」
「「す、すみませんデス」」
「よろしければ、飛び込みで参加されますか?」
「良いのか? だが、相手によっては手加減というものができないのだが」
「それについては、こちらに用意がありますので、ご心配に及びません。思う存分戦っていただけます」
「なに? 思う存分だと!?」
思う存分戦う。オヅヌはそのことに憧れ続けてきた。ニホン1ともされるその剣技に、対抗できるものがいなかったのだ。
弟子たちの稽古をつけるときも(ふたりとも紀伊では有数の手練れであるのだが)、かなりの手加減をしないと殺してしまう可能性さえあった。
手加減をしながら戦う。弟子たちを相手に、そんなことをオヅヌはもう数百年も続けて来た。それはとてもフラストレーションの溜まる行為なのである。
弟子の前ではおくびにも出したことはないが、スクナに「思う存分」と聞いた瞬間に、オヅヌの修験者としての本能が騒いだのである。
「スクナどの。無理を言うつもりはないが、もし参加できるのであれば、ぜひワシにも機会を与えて欲しい」
そのとき、スクナとユウは目を見合わせてわずかに笑った。思った通りになった。これで、やつと対戦させられるぞという笑みであった。
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