第338話 バトルスーツ再び

「お師匠様。それでは今晩の計かぐぎゃぎゃぎゃぎゃ」

「あんたはアホか! ここでなにを言うつもりよ」

「ずごごごががご、すまんかった」


 オヅヌは今晩ここに泊まり、闇に紛れてイセの寝所を襲う計画を立てていたのである。ここでそれをバラしては、なんのためにユウの招待に乗ったのかが分からなくなる。


「なに、こんな試合などちょっとした準備運動に過ぎんよ。1分もあれば終わるであろう。このニホンでワシに対抗できるものなどおらん。ましてはイセになど」

「それはその通りかも知れません。お手柔らかにお願いしますね、ニコッ」


「ちょっと気になるニコッだが。まあ、いい。ところでスクナ殿。得物はなにを使えばいい?」

「それは各自が一番得意なものを持って良いことになっています。オヅヌ様は近接攻撃が得意と聞き及びますが」


「ああそうだ。ワシはこの剣1本でいい。魔法や修法は禁止であろうな?」

「いえ、なんでも使って良いことにしてあります」


「おいおい、それは無茶だろ。会場には人が大勢見ているんだろ? 万が一のことがあったら」

「戦闘場には、結界が幾重にも張り巡らせてあります。流れ玉でも魔法でも、そこから飛び出る気遣いはありません。だから、ご存分に戦っていただけるのですよ」


「ほお。あれだけの広さに結界を張れるとなれば、そうとうな熟練者がいるということだな。有名な魔法使いなのであろう?」

「それは企業秘密です、てへっ」


「可愛いフリして誤魔化すのぉ。まあ良い。それでも相手にキズを与えるようなことはワシは好まんので、どのみち手加減をすることにはなるがな」

「それも心配無用だ、オヅヌ」


 あら、ユウさん、やっと調子が出てきたね。そろそろ出番交代かな?


「ユウ? 殿。それはいったいどういうことだ。ワシは無益な殺生は好まぬぞ」

「ユウでいい。じつは、こういうものがあるんだ」


 そう言って見せたのは、アイヅで作られているバトルスーツであった。そう、全身をくるみ、衝撃を吸収し、受けた衝撃の分だけ少しずつ剥がれて落ちて行くというアレである。


「もじもじ君のコスプレ?」

「なんでもじもじ君を知ってんだよ! これがバトルスーツだ」


「顔と手首足首を除いて身体中をすっぽり覆う全身タイツです。これを着用していると、あらゆるダメージをこれが吸収してくれるのです。しかし、その分だけバトルスーツは剥がれてゆきますが」


「バトルスーツだと? そんなものがあるのか。これがあれば、実戦訓練がいくらでもできるではないか」


「その通り。これを発明したアイヅでは、全兵士が日々実戦訓練を積んでいる。だからあそこの兵は、1対1の勝負ならおそらくはニホン最強の軍団だろう」


「うぅむ。俺の知らないそんな世界があるとは。世間は広いものだな。これはお主の発明か?」


「いや、それは違う。バトルスーツはアイヅ国が独自で開発したものだ。これは俺が頼んで売ってもらったんだ。これを着ていれば、死ぬことはもちろんケガをすることもない。さきほどスクナが思う存分戦える、と言った理由がこれだ」


「なるほど。これを着ていれば、ワシが間違って相手を殺めてしまうことは防げるわけだな」

「その通り。そして勝負の判定は、このバトル―スーツがどれだけ剥がれたかで決まる。剥がれたスーツを拾い集めて集計器にかけると、受けたダメージが計測される。その数値の多いほうが負けとなる」


「なに? ということは、ワシもこれを着ないとダメなのか?!」

「もちろん! 着ないのなら試合はさせられない」

「うぅむ」


「勝負ごとだ。不正を防いで正統な判定ができるアイテムなんだよ。この剣武大会には進行役はいても審判がいない。だからこれがないと試合そのものが成立しないんだ」

「うぅむ」


「まだ迷ってんのか。なんか不都合でもあるのか?」

「これ、恥ずかしい」

「そんな理由かよ!」


「どうせワシに攻撃を当てられるものなどおらんのだ。ワシだけ特別になしでも良いのではないか」

「それはダメだ。これはルールだ」

「しかし、ワシぐらいになるとだな」


「そうか。じゃ、オヅヌは不参加っと。それじゃスクナ。別の参加を探しに行ぐぉぉおぉぉお」

「まあ、そう結論を急ぐでない」

「襟を引っ張るな、襟を! お前の手で引っ張るのは、殺人の1歩手前だぞ!」


「それはすまなんだ……お主は武芸はやらんのだな。鍛えた筋肉がひとつも見つからん」

「ひとつもなくて悪かったな。俺は机上の天才って言われている。身体を使うのは俺の手下がやることだ。俺はその指揮をとるだけだ」


「なるほど。完全に武官というやつだな。では、書とかは得意なのか」

「いや、字は下手だ」


「そ、そうか。なら、文章力があるとか」

「それもないな」


「えっと。詩をたしなむ?」

「そんな風流は持ち合わせてねぇよ」

「役に立たん文官だなおい!」

「やかましいよ! 俺はカイゼン士だ!」


「なんだその回転寿司というのは」

「へい、らっしゃーい。ご注文はうさぎですかい、やかましいわ!!」


「お主」

「なんだよ」

「意外といける口だの、ギャグ的な意味で」


「ま、まあな。どっちかって言うとツッコみ役が多いがなんの話だよ。そんなことより、バトルスーツだ、着るのか試合を止めるのかどっちにするんだ」

「分かった。お主に免じて着てやろう」


「そんな恩着せがましく言うな。それなら出番になったら呼ぶから、それを着てここで待機していてくれ。着るのは大変だから弟子たちに手伝ってもらえ」


「試合まで、まだ時間はあるのか?」

「いや、もうすぐだ。こちらの準備が整い次第試合だ。10分とかからんだろう。とっておきの相手を用意してあるから、準備しておいてくれ」

「とっておきの相手を用意してあるのか。つまり最初からそのつもりであったのだな」


「ありゃあ、バレちゃったか。そうだ。オヅヌが断るわけがないと思って対戦相手も選出済だ」

「もっと恩着せがましいことを言っておいても良かったわけだな。そういえば相手のことをまだ聞いてなかったが、教えてはくれんのか?」


「それはまだ言えないが、オヅヌにはこれ以上はないというぐらいの強敵だと思ってくれ」


「そうか。それは楽しみにしていよう」



 そして俺とスクナが部屋を出ると、こんな話になっていた。


「オヅヌ様。対戦相手について、私にはひとり心当たりがございます」

「ほう、ヤマメ。それは誰だ」

「あの関ヶ原で伝説となった斬鉄の剣士ですよ」

「ああ、あれか。遠く離れた場所から戦車を斬りまくったという?」


「そうです。ユウというものの噂を集めていると、どうしてもセットで出てくる名前なのです。ハルミというそうです。どうやらそやつは、ユウの配下にいるようです」

「なんと! あの者は魔王だけではなく、そんな剣士まで配下にしているのか?!」

「ですから、今日の対戦相手というのは、おそらく」


「ふむ。だとすれば、ユウが強敵だといった理由が分かる。飛ぶ斬撃に鉄までも分断する破壊力か。ワシでも鉄ぐらいは斬れるが、離れた相手にはとても無理だ。なんとか間合いを詰めて一撃を食らわすしかなかろうな」


「オヅヌ様のスピードに付いてこられるものなどありますまい」

「それに、その技を放つには詠唱も必要でしょう。その間にこちらから攻撃してしまえば、あっという間にケリはつきます」


「それはワシも同意見だ。だが、試合開始前に詠唱を終えている可能性もある」

「そ、そ、そんな卑怯な!?」

「卑怯なことあるか。そういうことをしてはいけない、というルールでもない限り相手はそうするだろう」

「でもそれなら」


「そうだ、初太刀……魔法を外してしまえば、もうこちらのものだ。そこはワシにまかせておけ」

「「はい、もちろんです」」



 そして、決戦のときが来る。

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