第319話 ラーメン
そう。ラーメンである。
「いきなりタイトルでバラしているではないか?」
「どうせ気づかれてるんだからええやろ」
俺が1,000万もの予算を費やして開発しようとしているのは、ラーメンである。かつては中華麺と言った。中華ソバという言い方もあったがラーメンである。
ちょこれいとには通算でも30万も使っていないのに、ラーメンという(こちらの人にとって)見知らぬ商品にいきなりその30倍以上使わせろというのだから、苦情が出て当然である。ちなみに、1,000万という予算は当てずっぽうである。
(当てずっぽうでそんなとてつもない金額を出したのか!?)
(ハタ坊、これは極秘事項だからな)
「とりあえず、300万までしか認めませんので。それでは」
「こ、こらこらレンチョン、ちょっと待てっての。300万じゃ足りな……いっちまいやがった」
「いつかの仕返しをされたな」
「ヤサカの仇をハザマで返しやがった?」
まったくもう。ラーメンの市場規模を知らないからそんなのんきでいられるんだよ。
あれは革命だぞ。ニホン料理の最高峰だぞ(個人の感想です)。フランス料理店の三つ星シェフがラーメン屋に修行に来る時代だぞ。それはこっちの世界じゃないけど。俺は大好物なんだぞ。
「やっぱりそこに行くんだな」
「自分が好きなものじゃなきゃ、モチベーションが上がらんだろ」
しかし、ニホンはラーメンに向く小麦がない。以前にも書いたが、ニホンの小麦は薄力粉と中力粉ばかりなのだ。これではケーキやうどんは作れても、ラーメンにはしにくい。パンにもしにくい。だからどうしても、モナカの強力粉が必要となる。
あの細さでコシのある麺にするには、グルテンというものが必要なのだ。数値で言うなら、ラーメン麺のグルテン含有量は、11%ぐらいが望ましい。うどんは8%程度であろう。
グルテンは小麦にもともと存在しているわけではなく、小麦に含まれるグリアジンとグルテニンというタンパク質に、水を加えてぬこぬこすることで生まれるのである。
「いまなんか、この子の名前が呼ばれたようなのですけど?」
「おおっ。モナカやってきたか。別にお前のペットなど呼んでないぞ?」
「そうですか。なんかこちらに着いとたんにこの子が怯えたもので」
ぬこぬこって言うと、モナカの眷属・ぬこが現れるという定期。
「考え過ぎだ。それよりモナカ。強力粉の栽培状況はどうなっている?」
「いま、ミヨシさんに面倒を見てもらった小麦畑を見てきました。生育は順調のようですね。梅雨前には収穫できるでしょう」
「すると来月初旬ってことか?」
「ええ、そうですね。10日ぐらいなりそうです」
「そうか、ちょっと遅いかな……」
「え? でも予定より少し早いぐらいですよ?」
「あ、いや。そうじゃなくて、ちょっと事情があって早く欲しかったんだ」
「しかし、こればっかりはなんとも。収穫してからも脱穀して乾燥させて粉にするという工程があって」
「そうだったな。それは分かってる。無理を言うつもりはない。予定通り勧めてくれ」
「強力粉をなにかに使う予定ができたのですか?」
「ああ、ラーメン……新しい麺類を考えていてな、もっとコシの強い麺を作りたかったんだ」
「コシが強い麺ですか。だいたい薄力粉ですからねぇ。うどんだってせいぜい中力粉……あ、そういえば」
「ん、なんか心当たりがあるのか?」
「ええ。こちらの名物・きしめんですよ」
「きしめんって結局うどんだろ?」
「ええ。だけどあれは平麺なので、生地にはコシの強さが要求されるんです。きしめん用の小麦なら、強力粉まではいきませんが、それなりにコシのある麺になるかも?」
「なるほど。それはいいかも知れない。ちょっと取り寄せよう」
「きしめん用の小麦は、確かトヨタ市で作っているはずですよ」
「そうなのか。それは話が早い。エースかベータに取りに行かせよう」
(エースさんとベータさんって、どちらもユウさんの上役だったような。その人たちに取りに行かせるって……)
「モナカ。その小麦を使って、新しい麺を作ってくれないか?」
「ええっ! 私が作るんですか? いいですけどそのラーメンというのは、うどんとは違うのでしょうか?」
「麺の違いが一番大きいな。ラーメンにはかん水というものを入れるんだ」
「かんすい? なんか水害が起きそうな名前」
「それは冠水な。炭酸ナトリウムと炭酸カリウムの混合物のことだが、種類がいくつかある。重曹でも代用は可能だ」
「ああ、重曹ですか。あれを麺に入れるんですか?」
「そうだ。そうすると柔らかくしなやかで、なおかつ弾のある麺になるんだ。ラーメンには必須の物質だよ」
「へぇ。それを入れた麺を作ればいいわけですね」
「その開発を頼みたい。かん水はクセがあるから、入れすぎると匂いが出る。しかし少ないと意味がない。その微妙なところの調整を頼む。あと、麺は弾力がある分だけ、細いものにしてくれ」
「え? 細くするんですか。どのくらい?」
「直径で、うどんの1/3ぐらいが希望だ」
「ひぇぇぇ。それは細いですねぇ。その細さでも切れないのですか」
「そう、それがラーメンだ。よろしく頼む。期限は6月1日までな」
「短っ! それにえらく具体的な期限ですね」
「なにしろそのあと量産に入らないといけないからな。かん水がある分、麺は良く伸びるからうどんとは勝手が違うと思う。頑張って間に合わせてくれ」
「がしがしがしがし」
「あ、忘れてたけど紹介しておこう。こいつが熊野軍撃退プロジェクトチームのリーダーだ。ウエモン、モナカには麺の開発をしてもらう。お前は寸胴だから」
「がしがしがしがっしがし」
「痛たた。寸胴ができたらスープを作ることから始めてくれ。モナカ、コンブは持ってきてくれたよな?」
「はい、計10Kg買ってきました。あれでダシをとるんですね」
「ああ、だがスープはもっと複雑怪奇だ。ウエモン、メモは読んだな?」
「読んだ」
「じゃあ、だいたい分かってるな」
「理解したとは言ってない」
「理解しろよ!!」
「だ、大丈夫だ。そこはスクナがいる」
そんな会話をしていたら、後ろから抱きついてきた女の子がひとり。
「あ、ユウさん、ただいま!! 卒業決まったよ! もうあと卒論を提出するだけだよー……って、これ前回やったよね?」
「スクナ、お帰り。2回目の挨拶乙。試験はどうだった?」
「11教科、全部満点取ったよ」
「すごいな! おい」
「もう卒論以外の卒業案件を満たしているのに、まさか進級試験が必要とは思わなくて、ちょっと慌てちゃった。だからなにも言わずに帰っちゃってごめんね」
「あ、うん。大丈夫、俺は平気だから。スクナを信じてたし」
「がしがしがし」
このウエモンを止める権利は俺にはない。しばらく踏まれてやろう。
「それで、なんなの。今度はラーメンを作るって?」
「そうだ。ラーメン……あれ? スクナはラーメンを知ってるのか」
「え? あ、そう。うん、そう。なんか本で読んだことがある。すごくおいしいんですってね」
「知っているなら話は早い。その知ってることウエモンに伝えてやってくれ。今回はウエモンがリーダーで仕切ってもらう」
「よっしゃーー! ウエモン、じゃあいつものやろうよ!」
「おっしゃーー! スクナ、いつものってとあれだよな」
「「ラーメンすんのかーい!!」」
意外と応用の利くギャグなんだな、それ。
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「なんだ、モナカ?」
「えっと作るのはラーメン、というものですよね?」
「その通り」
「それがなんで熊野軍撃退プロジェクトチーム? なのですか?」
モナカは、本質の分かるやつなのである。さすが俺が見込んだ執事だけのことはある。
それはな、と言いかけたところで、魔王たちが帰って来た。
「ただいまノだ」
「おかえりヨ」
「ウエモン、待たせたゾヨ」
おい、いま違う立場の挨拶したやつがいたぞ?
「ということで、魔王会議編 終わりだヨ」
「どんなことでだよ! ってか早いなおい!」
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