第313話 久しぶりのタケウチ工房

 一方。魔王どもに休暇をやった俺はといえば。


「もぐもぐぱくぱく、むっしゃむっさもっさ」


 と、タケウチ工房で朝ご飯を食べているのである。


「朝からすき焼きとは豪勢だな、ミヨシ。また、誰かに野牛でももらったのかもぐもぐ」

「これは市場で買ってきたのよ。いまは大量に作るから、まとめ買いすると結構安くしてくれるの。それに、食費ぐらい、いまは困らないしね」


「そういえば、知らないやつが増えたなぁ、もっさもっす」

「去年と比べたらすごいことになったわね。社員はもう41人よ」


「もぐもぐ。そうか、聞くたびに増えて行く社員数だな、もむもむ。しかし、ミヨシの料理の味だけは変わらないのが嬉しいね、お代わり!」


「はいはい。もっとも私はいまは指導するばかりで、直接料理を作るのは寮母さんたちだけどね」

「寮母さんたち? もにもに」


 もにもに?


「料理する人を雇ってこらっ! どさくさ紛れに胸を揉むな!」

「あ、しまった。久しぶりだったので、勝手に手が走った」


「少しもしまったとか思ってないくせに、もう。みんなが見てるじゃないの」

「なんか視線が痛いのは気のせいだと思っている、もにもには反省してない」

「こらこら、よしなさいってば。そゆことは食べてからにしなさい、はい、ご飯のお代わり」


「あいよ、ぱくぱくぱく。あれ? 食べてからなら良いのか? ああ、おしいご飯が揉める幸せ」

「私の胸とご飯を混ぜないで! はい、ハクサイの浅漬けと味噌汁のお代わりね」


「おお。ハクサイの漬け物は大好物だ、ぱくぱくぱく、ずずずずっ。ああ、味噌汁もうまい!」

「今年はハクサイが豊作ですごく安いの。それにしても相変わらずすごい食欲ねぇ。それでどうだったの?」


「もぐもぐ、なにが、っていうかどれの話だ?」

「ハルミ姉さんからだいたいのことは聞いたけど、なにか隠してる気がするのよねぇ」


 あのことだけは隠しておいてあげるのが、武士の情けというものであろう。


「ハルミなら、識の魔法まで授かって聖騎士見習いになったぞ?」

「うん、それは知ってる」


 そりゃそうだ。そんな自慢になることを本人が言わないはずはない。


「俺の護衛として連れて行くと、あちこちで大人気でな、ヒダなんかファンクラブまであるそうだ」

「あら、すごい。近いといってもヒダは別の領地なのに。そんなところまで剣士ハルミの名が轟いているのね」


「いつかアイドルとしてデビューさせたいぐらいだな、エロエロ剣士として」

「エロエロ剣士? そこんとこくわしく」


 あ、しまった。武士の情けとはいったい? だが、俺は武士じゃないから良いのだ。そもそもミヨシに秘密などできるはずがないのだ。壁にミヨシあり障子にもミヨシあり床からもミヨシあり。


 ということで、ハルミのエロエロ度7,250のこととか、グジョウのハチマンやヒダのシロトリが、ハルミをエロエロ目で見ていることなどを、きっちりしゃっきりと報告を痛っ。


「なにがきっちりしゃっきりだ、ユウ。私のいないところで、そんなありもしにゃ痛い、ことを言いふらすんじゃない!」


「いま『ありもしない』ってところで舌を咬んだだろ?」

「かんでひゃい!」


 咬んでるじゃねぇか。


「お前は聖騎士見習いになって、ウソがつけない体質になってんだ、自覚しろよ!」

「うがぁぁぁ!!」


 ゴジラの雄叫びかよ。


「いいじゃないの、ハルミ姉さん。人気があるってことは良いことよ?」

「そんな人気はいらん! 私は剣士として一人前になりたいのだ!」

「エロ度ではすでに一人前だが」

「ユウ、やかましい! 斬るぞ!」


「お前は誰のおかげでミノウオウハルが使える……ちょ、ちょっと、それニホン刀だから。それだと俺なんか簡単に斬れちゃうから、こっちに向けないで!」


 そんなこんなで食事が終わると、さしあたってすることがない。ちょっと現場でも見に……と思ったが、知らないやつらばかりの現場なんかにひとりでは行けない。


 なんとか知り合いを捕まえて案内をさせたいものだが。ミヨシは水場へ後片付けに、ハルミは山へ柴刈りに。


「行くか!」

「ハルミ、暇そうだな。ちょっと工房を案内してくれ」

「私はこれから出勤だ。案内なら暇なやつに頼め」

「お前、出勤できるようになったのか」


「いつの話をしてるんだ。仕事なんだから行っているに決まってるだろ」

「クドウに言われてしぶしぶか?」

「最初はしぶしぶだったな」


「セ、センちゃん、それは言わない約束」

「そんな約束した覚えはないぞ」


「クドウか、久しぶり。ミノウオウハルの居心地はどうだ?」

「極めて快適だぞ。特にお主が光の属しゃしゃしゃしぇしぇ」

「センちゃん、それは言っちゃダメ!!」


「どうしたクドウ?」

「い、いや、なななんでもない。最近は光……が強くなって斬れるものが増えてきたぞって話だ。この間なんか水まで斬れたぞ」

「水を斬った?」


「ああ、コップの中の水だけをすぽんってな」

「それでどうなった?」

「刀の厚みの分だけ水がふわっと持ち上がって」


「おおっ!」

「すぐに元に戻った」

「戻ったんかよ! そのまま宙に浮かせろよ!」


「そんな無茶を言うな! ミノウオウハルはマジックアイテムじゃないんだ。それにコップの中身だけ斬るってのは、ものすごい高等技術なのだぞ」


「いや、どんな高等でも、それはなんの意味もないと思うのだが」

「だが、それが良い!」

「良かねぇよ! 役に立つ高等技術を編み出せよ」


 仕方ない。案内人なしで視察するか。まずはめっき場に行ってみよう。アチラがいるだろう。


「アチラ、いるかー?」

「はい、どちら様で?」


「誰?」

「えっと。君こそ誰?」

「俺はユウ。アチラはいるか?」

「……アチラ係長! なんか変な子供が来てますよー」


 誰が変な子供だよ! 俺だよ!


 って係長だと!?


「はーい、ああユウさん、どうもいらっしゃい」

「お前、係長になったのか」


「ええ、人が増えて指導する係がいないもので、僕にやれって」

「すごい出世だな。給料も上がっただろう。ところで、魔法は使えているか?」

「基本給がちょっぴり上がりました。魔法は、ちょっと苦労もありますが、なんとか使えています」


「どうして苦労がある?」

「ええ、思っていたより出力が弱いんですよ。それと思ってもみなかった方向に行っちゃうことがあって」


「出力が弱いのはステータスが下がっているからだろうな。レベルが上がれば解消するだろう。で、思ってもみなかった、とは?」


「あのクロム鉱を還元させようとしたんですが、いつもと違うものができちゃって。これなんですけど」


 と言って1塊の石を差し出した。


「なんか怖くて、それ以来やってない……ああっ、なんか錆びてる!? こ、これ、なんでしょうね?」

「錆びてるな。俺には鉄にしか見えんのだが。ミノウには見せたか?」


「いえ、まだです。これを作ったときにはもう、魔王会議に出かけていましたから」

「そうか。帰って来たら分析させよう。だけどどう見ても鉄だよな、これ」

「クロムがどうして鉄になんか???」


 そういえば、アイヅで聞いたのは、土が燃えるようになるって話だったな。つまりは、ケイ素がリンになったということだ。


 クロムって何番だっけ? すいへいーりべー


「新しい呪文ですか?」

「しっくすくらーくかかあ」

「長い呪文ですね」

「すこっち暴露まんてつこ……おっ?!」

「なんか出ました?」


「暴露……バナジウム、クロム……はここだ。で、マンガン、鉄、あ! これか!?」

「もしかして、外国語ですか?」


「いや、そうじゃない。クロムが鉄になったとすると、また原子番号がひとつ飛んだことになる」

「はぁ?」


「なんで飛ぶんだろ? ひとつ前のマンガンなら有益な元素なのになぁ」

「僕にはまったく分かりませんが、どうしましょう、これ?」


「ミノウが帰るまで保管しててくれ。それと、いまクロムの無毒化できるやつは他に誰がいる?」


「僕の他にはウエモンだけです。スクナもできますが、ホッカイ国に帰っているので」

「そうか。還元済みの在庫はまだあるか?」

「とりあえずひと月分は確保してあります」


「ひと月か。それならしばらく止めても大丈夫だな。アチラ、クロムを還元するのはしばらく禁止する、いいな」

「ええ?! ええ、そうですね。これが鉄だとしたら」


「そうだ。せっかくのクロムを、わざわざ安い鉄になんかする理由がないからな」

「……はい、分かりました」

「どうしても必要になったらウエモンにやらせてくれ……アチラ?」


「え? あ、はい。分かりました」

「頼んだぞ」

「はい」 やっぱり識の魔法使いなんかになるんじゃなかったなぁ。



 なにやら不満げなアチラをあとにして、今度はゼンシンのところである。もちろん、炉のある部屋には暑くて入れない(入りたくないとは言ってない)ので、前室から中に声をかける。


「ゼンシンはいるか?」

「はい、どちら様で?」


「誰?」

「えっと。君こそ誰?」

「俺はユウ。ゼンシンはいるか?」


 なにやらさっきと同じことをしているような。


「あ、ゼンシンさんは2階の加工室に籠もっていますよ」


 2階に加工室なんてあったっけ? まさか!?


 そんな嫌な予感に怯えつつ、俺は息を切らして2階に上がる。……誰もツッコんでくれないので、寂しく上がるとことこ。


「ほらほら、また線が傾いたぞ。切っちゃダメだなんだ。そこはこすり取る要領だ」

「はい! お師匠様」


 やっぱりな。俺の嫌な予感は当たらないと話が進まないルールになっているのだ、この話は。


「邪魔するぞ」

「ああ、ユウさん、お帰りなさい」

「ユウか。邪魔しているぞ」


「この部屋、すっかり見違えちゃったなぁ」


「お師匠様が見えるというので、慌てて倉庫を片付けて加工室にしたんですよ」

「狭いが仏像を彫るにはいい部屋だ。このぐらいのほうが集中できる」


(ここ、俺の寝床のはずだったんだけど。倉庫だったと? とうとう、ここもなくなってしまったか……。俺の居場所はもうなしか)


「カネマル、ゼンシンの技術はどうだ?」

「ひと言で言うと、荒っぽい、だな」

「ほほぉ。それは洗練されていない、ということか?」


「そうとも言えるかな。ノミの持ち方ひとつとっても、独創的だ。それは悪いことではないが、非効率でもある。繊細な線を出すときに力が入り過ぎたり、逆に入らなかったり。その辺はこれからおいおい指導してゆくつもりだ」


「そこは我流の弊害だな。だが、基礎を知っているカネマルが指導すれば、そんなものすぐに覚えられるだろう。それより、ゼンシンの才能はどうだ?」

「うむ。見たものをそのまま造形する才能はたいしたものだ。だが、あまりに写実的に過ぎる」


「写実的過ぎる?」

「そのものズバリを彫ろうとするんだよ。そこには高い技能はあっても、芸術性には欠ける」

「なるほど」


「それは自分で見いだしてもらうしかない。とりあえず、俺の仕事は基本をたたき込むだけだ」

「それでいい。あとはゼンシンが自分で考えることだ。そうだな」

「ええ、自分でそれは分かっています。がんばります!」


「そんなことより、ユウ」

「なんだ?」

「大事な約束を忘れていないか?」


「忘れるわけがないだろ? 俺だって楽しみにしているんだから」

「そ、そうか。それならいいが。で、いつだ?」

「もう少し待ってくれ。魔王どもが会議から帰って来てからだ」


「それまでここで待つとしよう」

「お主も悪よのぉ」

「別に悪くないだろ?!」

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