第307話 ふわふわの話
「ど、どう、どうしてこうなった?!」
「まったく分からん。だから相談に来たんだ。イリヒメ、その豊富な経験からなにか分かることはないか?」
「うひょほほほーいほい。ラクチンラクチン、ラクチンなノだ。ひょひょひょひょ」
オウミはすっかりこの筋斗雲の虜になっている。俺たちの周りをあっちふらふらこっちふらふらと漂って、ちょっとうっとうしい。
「うん。すごく幸せそうね」
「いや、そういう感想はいらんから」
「オウミ様。それ魔力は必要なのですか?」
「浮いている分にはいらないノだ。動かすときにはちょっとだけ必要なノだ。しかし自分で飛んでいるよりは、遥かにラクチンなノだ、ひょひょひょふわふわふー」
「ということは、浮くときは雲が魔力を使っているということね」
「なるほど、そういうことになるのか」
「それにしても」
「ん?」
「どうして、こうなった?」
「最初に戻ってんぞ」
「アチラさんは、なにを思ってこれを作ったの?」
「いえ、僕はなにも。あのとき杖のようなものを突然手渡されたので、これで魔法をかけられるなら気持ち良さそうだな、と思ってブンと振ったんです。そしたらこんなことに」
「ふにふにふに、ふにくらふにふに、ノだノだノだ」
「うん。すごく幸せそうね」
「それはもういいから。イリヒメでも経験したことのない現象か」
「こんなの初めて見たわね、こんな不思議なもの……もみもみ。私にもちゃんと触れるのね。ちょっとだけちぎってもいいかしら?」
「ダダダメなノだ。もったいないノだぁぁぁぁって言ってる間にちぎろうとしているではないか!!」
「あら、すごく固いわ……。持った感触は柔らかいのに、ちぎろうとするとものすごく抵抗するのね」
「そうなのか、どれどれ。ふぬっぅ。だめだ、俺の力でもちぎれそうにない」
「ユウの力では綿アメでもちぎれないノだわははは」
「そこまで酷くはねぇよ! ようし、それならハルミを呼んできて斬ってもらおうか」
「ちょっ!! おまっ、そんなことをしてはダメなノだ。よすのだ。ダメなのだ! それは危険が信号なノだ」
「危険信号だろ。危険と信号の間に格助詞を挟むな。ということは、魔刀ならこれが斬れるということか?」
「斬れると思うノだ。だが、そんなことやってはダメなのだ。これは我のものなノだ。大切なノだ!」
「ふむ。ペタペタペタ」
「な、なにをしているノだ?」
「色は付くかな、と思って墨を塗ってみたの。だめね、弾いちゃうわ」
「こら。汚すでないノだ。我に付いてしまうではないか」
「ふむ。水をはじくということは撥水性があるということか。油性ペンがあったら試してみたいところだが、ここにはそんなものはないしなぁ」
「顔料ならあるわよ?」
「そうか、顔料があるならそれを油で溶けば油性塗料になるな、それで塗ってみたら色が付くかも知れない」
「確かラピスラズリの粉末が倉庫に」
「ちょっと待つのだ!! お主ら、なんだか思い付くままやり放題やっているようだが、それになんの意味があるのかを考えてないノだ。面白半分の思いつきで、我の大切なふわふわをいじるのは止めるノだ」
「そいつの名前、いつのまにふわふわになったんだ?」
「ツッコむとこはそこじゃないノだ。ふわふわだからふわふわなノだ。これに乗っている時間はふわふわタイム」
「そこで止めとけ!」
「でも、オウミ様の言うことにも一理あるわね。絵の具が乗ったところで、この雲……ふわふわ? の解明にはなんの役にも立ちませんでした。私たちは反省しないといけません」
「そりゃまそうだけど」
「では、味はどうなのかしら? ちょっと囓ってみましょう。はむっ」
「だから止めろというノだ!!」
反省するとはいったい……?
そんなこんなで、調査とは名ばかりの新しいおもちゃをいじってみただけの俺たちであった。結局、分かったことはほとんどなく、ただオウミを苛立たせただけであった。
「はむっ。すごい歯ごたえだこと。それにちょっと酸っぱいわね」
「だから囓るでないノだ!!!!」
酸っぱいのは、オウミの冷や汗じゃないのか。
「アチラはこれにどのくらい魔力を使ったか分かるか?」
「それがまったく使った感じがないのです。これならクロムを還元したときのほうがよほど使った感がありましたね」
「これを作るのに、魔力はそれほど必要ないということか。そういえば、お前はレベル1なんだよな。魔力が多いわけはないか」
「ああっ、そうでした。僕のいまの魔力でいままで通りの仕事できますか?」
「どうだろ? しかし、1からのレベルなんてすぐに上がるだろ?」
「そうですが、仕事に支障が出るのは困ります」
「まあ、今さらそれはどうしようもないから諦めてくれ。どのみち、しばらくの間だけだ」
「それはそうですけど。ああ、識の魔法なんて授かるんじゃなかったなぁ」
「どうしてだ? それはすごいことができる……可能性があるんだぞ?」
「僕の仕事に錬金術なんて必要ないんですよ。ましてや、こんな雲ができたところで……。せっかく中級まで来て、やれることが増えてきたのに」
アチラは現実問題に捕らわれている。だが、目の前の異常事態に萌える俺たちには、そんなのは他人ごとである。
「いつものことながら、酷いノだ」
「では現物調査はこのぐらいにして、ことの成り行きを聞きましょうか」
「そうだな。イリヒメがすでに知っている話もあるが、まとめがてらその話をしよう。そもそもの発端は、ホシミヤダンジョンの不思議な成り立ちだ」
「ええ、そうですわね。あそこを作ったのは確かタカミツという法力僧だったはず」
「そう、タカミツは比叡山の僧侶で、魔物狩りに長けた仏法の人だった。彼はその力で地下洞窟を繋げてダンジョンを作った」
「ところがそこに大地震が来てダンジョンが崩落。被害を修復しているときに、タカミツは補強の必要にかられた。そこで仲のいい友人であるカネマル氏に依頼して、虚空蔵菩薩を作ってもらった。それを奉納してからは、どんな地震にも耐えられるダンジョンになった」
「ここですでに、ニホンにふたつとない仏法と修法とによる複合ダンジョンができあがったわけだ」
「ところがその仏像からは、どういうわけか好素というものが常に放散されていた。そのことに、作った本人たちでさえも気づいていなかった」
「そして、その状態が長く続いたためか、ダンジョン内の好素濃度たるや、魔王曰く『下界には存在しないほど高い』そうだ。それが、今回の事件の主原因にもなったのだが」
「ダンジョン内の岩石は、長年に亘って好素を吸収し、変質していたと思われますね」
「うむ。その岩石をぽりぽり食べるのが、ネコウサなどの魔物だ。魔物の体内に入った好素は、発情を促しカップリングの成功率を高める働きがある。しかしその反面。長くダンジョンにいると溜まり過ぎた好素が魔物の健康を害することになる」
「魔物の健康を害するってなんかヘンですけどね。でもそういうことよね。そのために、ダンジョン内に長く住む魔物は、定期的に岩を囓って体内に入れ、好素を岩に吸着させた。それを定期的に排出することで健康を保つと」
「そうして排出されたのが、あの水晶というわけだ」
「その水晶には、ダンジョン内の法力・修法による好素が浸透しているわよね。しかも魔物の身体を通過したことで、魔力までもが封じられていると考えて良いでしょう」
「そうしてできた水晶には不思議な性質がある。魔力を注ぐことで好素が固定できることがひとつ。魔力を注ぐ量で色が変わることもひとつ。そして」
「魔力量によっては、形状まで簡単に変えられるということがひとつ。ですわね」
「しかも、それはかなり複雑な形状まで作れる、ということが分かっている。魔力を注ぐ者の能力によるのだろう。なにしろ、ミノウは自転車なんか作りやがった」
「私もそれ一度見たかったなぁ。なんでもペダルをこいで走らせる二輪車だそうですね」
「あれを二輪車と言っていいものかどうか。結局、車輪が回るわけじゃなくて、魔力で走らせるものらしい……あれ?」
「おかしいですよ、その話。車輪じゃないのなら、地面との摩擦抵抗はどうなるのでしょう。ペダルをこいだ力はどうやって車輪に伝わるのでしょう」
「俺も走っている場面は見てないんだ。後からスクナに聞いただけで。だが、ミノウの自転車は見ている。車輪が回る構造などまったくなかった。前輪と後輪を繋ぐチェーンも見当たらなかった。ということは」
「自転車は浮いていた、ということになりそうね」
「この雲のようにな」
「ふわふわほーん、のーん、ふわーんノだん」
「のんきなやつめ」
「ナガタキ様は自転車に乗ろうとして転んだそうね」
「その自転車にアチラは触ってもいない。触ったのは」
「作った本人を除けば、転んだナガタキ様とスクナぐらいでしょ」
「ミノウ本人は乗れなかったらしいな。そもそもあのサイズでどうやって乗るつもりだったのかと問いたいが」
「ナガタキ様は乗ることさえできず、転んでしまった」
「でもスクナは乗れ……」
「そうね、スクナさんは乗れた……」
俺たちは顔を見合わせた。
「「ネコウサかっ!!?」」
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