第303話 増えたイッコウ
「ということなのよイリヒメさん。引き受けてくれる?」
「もちろんいいわよスクナさん。ここを救ってくれた大恩人ですもの。守衛でも護衛でもストーカーでもなんでもやりますわよ」
「いや、救ったのは俺なんだけど?」
「ストーカーはいりませんから!」
ということでこちらの話はついた。ヤサカの里から強面の守衛を派遣してくれるそうだ。神社前に詰め所を建てて、そこに常駐してもらうことになった。
詰め所(守衛)を通ると、ダンジョンへの前にはネコウサをモデルにした像がある。
カネマルさんに作ってもらったのだ。それをキーアイテムとして、頭を撫でることで中に入れるように調整もしてもらった。
そこまでは良かったのだが、あの道祖神は地元の人たちに大変人気があるそうで、壊すことは反対された。やむなく目立たない場所に移動してもらうことで妥協した。すごく残念。
紅水晶(表向きは生成物とはいわない。あくまで宝石扱いである)は、カメジロウさんに渡して、試験をしてもらっている。
どのくらいの粒度にまで砕くか、配合する量、加熱する温度に時間、投入するタイミング。それらの試験はこれからである。結論が出るまでには、もう少しかかるようである。
色違いの水晶を手にしたタッキーは、それをサンプルケースに詰め、あちこちの伝手をたどって見せて回ったらしい。
大きいものは1個100万で売るとうそぶいているが、さすがにそれは厳しいのではないかと思う。でも、真っ白イッコウを失って穴の開いた売り上げを、埋めるぐらいにはなってもらいたいものである
どちらも、ネコウサに売ってもらえれば、の話だけどね。
そして最後に残った問題。それはヒダ国の決算と、ハクサン家へのペナルティである。
ユウさんはずっと、太守の座と貴族としての権利の剥奪を主張している。だけど反対意見もある。
「なぁユウ。ハクサン家にはもう決算をやらせないのかヨ?」
「うむ、もう許してやるノだ」
「お主には特に被害はなかったゾヨ?」
「嫌だ、俺は許さん。スクナを捕虜にしたあげく、俺に不正をさせようと企みやがったんだぞ。しかも、自分たちは知らぬ存ぜぬを決め込むつもりだった。こんな汚いやり口、許せるものか!」
「しかし、それには事情があったノだろ?」
「ハクサン家がないと、我の面倒が増えるのだヨ」
「3才で当主になってヒダ国の運命を背負わされた重荷に、この子はずっと耐えてきたゾヨ。そのぐらい分かってやるべきだゾヨ」
「3才なら許されることもあるが、いまは10才だ。経験が浅いとも思えん。あの手口を見ろ。お前らまですっかり手なずけているだろうが。そんなやつにヒダ程度の国が重荷か?」
「すべてはシロトリがやったことで良いではないノか。シロトリもずっとそう言い続けていたノだ」
「ハクサン家なしでは、いままでみたいにのんべんだらりんとできなくなるヨ。それは困るヨ」
「そうだそうだ。ひとりを悪者にして組織を守る。それが政治家の務めだとお主も言っておったゾヨ」
「政治家の務めとは言ってないが。待て待て? お前ら。ひとりだけ、なんかおかしいこと言ってるやつがいるぞ?」
「「「それはいったい誰ノことヨゾヨ?」」」
「お前だよ、ミノウ!!!」
「きゅぅぅぅう」
「お前は自分が楽になりたいがために、ハクサン家が手を引くことを嫌がってるな!」
「そ、そんなこと。あるのだヨ」
「あっさり自白してんじゃねぇ」
「太守でなくなってもいいが、決算だけはいままど通りやってくれると思っていたのだヨ」
「ミノウ様、そんな都合の良いことだけがあるわけないでしょ!」
「もっともだ。それに関してはナガタキが正しい。いままでハクサン家がやっていた業務は、すべてミノウ。お前がすることになるんだ」
「そ、そ。そんなご無体な!! そんなことしたら我は我は我は」
「我は?」
「遊ぶ時間がなくなってしまきゅぅぅぅ」
「魔王が遊び時間欲しさで魂を売るな!」
「魂なら1/5ぐらいやってもいいヨ?」
「いらねぇよ!! ってか、どうやって1/5だけ削るんだよ。お前の魂はネコウサのうんこか!」
「た、ただの例えだヨ。困ったヨ。ナガタキ、シロトリ。この決着どうつけるヨ」
「私が最初から言っていますように、ナガタキ様はなにも知らないことです。すべては私がやりました。だから処分は私だけにしてください」
「そうだな。お主がすべて仕組んだことで、ハクサン家は騙されていただけなノだ」
「それなら、決算はそのままやってもらえるヨ」
「うむ、政治家らしい決着ゾヨ」
「お前らまだ分かってないな」
「「「なにが分かってないノだヨゾヨ?」」」
「シロトリ。お前だけを処分した場合、決算は誰がやることになる?」
「え? あ、そ、それは重鎮の誰かが」
「できるやつがいるのか?」
「そ、それは、私が引き継ぎをすれば」
「できるのか?」
「なんとか、その、あの。実はちょっと不安が」
「他にできるやつがいるなら、最初からそいつがやっていたはずだよな、シロトリはナガタキの執事であって、この国を代表しているわけじゃない。重鎮でさえもない」
「ええっ!?」
「その重鎮ってのがそろいもそろってあまりに無能だから、このそこそこ計算のできるシロトリが代行せざるを得なかったんだろ」
「タッキー、そうなの?」
「う、うん、スク姉。ハクサン家の人間で、2桁の計算ができるものはシロトリと私だけなの」
そろばんを普及させなきゃ。しかし、それには時間がかかる。もしいま、シロトリさんを決算処理から外してしまったら?
「そらもう、恐ろしいことになるだろうな」
「とんでもない数字が出てきそうね」
「正しい決算も大切だが、その前の数字との整合性も大切だ。そのために、シロトリはこんな苦労して不正行為まで働いたわけだからな」
そこに、空気の読めない伝令がやってきた。
「ナガタキ様、シロトリ様。イッコウの件で緊急報告です!!」
「あ、ああ。なにかあったか?」
「現在、あちこちのイッコウが続々と帰って来ているとのことです」
「そうか。繁殖も終わったのだな。それがどうして緊急だ?」
「それが、数が増えているそうで」
「増えている? それは良いことではないか」
「ええ、少し増えたのなら良いことなのですが」
「少しじゃないのか?」
「ほぼ3倍を超す規模だとか」
「「「はぁぁぁ!??」」」
「このままではどの牧場もあふれてしまいます。どうしましょうか」
「一番広い牧場はタカヤマにあります。そこならある程度の収納は可能です。まずはできるだけそちらに移してください。それであふれる分は、ハクサン家で引き取りましょう。この場所にはまだ使ってない土地がたくさんあります。そこを整備して、イッコウの住み処にします。すぐ手配してください」
「分かりました!」
「シロトリ、それでも到底足りませんね」
「はい、私はちょっと詳細を調べに行ってきます。あの、ユウさんたち。この件ですが」
「シロトリ。いつもひとりで無理をするな。ここには俺たちがいるんだぞ」
「え? あ、それはそうですが。でも、なにを?」
「その前に現状確認だ。3倍ということは、全部で1,500匹ぐらいということか?」
「ええ、そのぐらいのようです」
「ヒダや奥ミノに散らばっていたイッコウは、なぜかいきなり3倍にも増えて帰って来た。増えた理由は不明だが、まずはそいつらを収容しなければならない」
「はい、その通りです」
「だが、キャパは500匹分しかない」
「ええ、550匹ぐらいはなんとか」
「残り950匹をどこに入れる。ハクサン家には土地はあっても収容できる施設はない。いまから作ってどれだけ収容可能だ?」
「そ、それはやってみないことには」
「やらなくても分かる。無理だ」
「え、ええ。全部は無理です。でも、できるだけたくさん」
「ネコウサ。そいつら、お前のとこで引き取れないか?」
「できるモん。いま、ほとんど魔物がいないモん。1,000匹でも2,000匹でも来てもらっていいモん」
「え? あ、そうか。そんなこと。してもらっても良いのですか」
「あのダンジョンはうまいぐあいに魔物が減ったところだ。そこなら魔ネコ……イッコウを入れても問題あるまい。なんならそこでずっと飼うという手もあるぞ」
「ずっと、ですか?」
「ああ。そうすると、水晶もそれだけ作れることになる。イッコウだから小型の生成物になるが、俺は砕いて粉末にするから別に問題はない。ナガタキにしても、サイズはいろいろあったほうが売りやすいだろ?」
「う、うん。それはそうね。欲しいけど高すぎるっていうお客さんがずいぶんいたから。小型なら安くして売ってもいいよね」
「ボクも仲間ができて嬉しいモん。それに売り上げも伸びるモん」
ネコウサが、売り上げとか言っている。なにがこの子をそうさせたの?
「もっといいことがあるぞ」
「といいますと?」
「あそこでずっと飼えば、生まれた子はそのまま真っ白になる。しかもそこでイッコウという言葉も教えられる」
「「「ああああっ!!!」」」
「そこで出た利益をどう分配するかは後から考えるとして、いまはイッコウをすべてネコウサダンジョンに送ることを考えよう」
「わ、わ、分かりました。それではすぐに人を手配して、集めさせます」
「運搬は、ハタ坊とオウミに手伝わせる。特にハタ坊は大量に転送できるから、多く集まった場所を指定してくれ」
「魔物なら我も運べるヨ」
「我も少しなら運べるゾヨ」
「そうだったな。お前らにも働いてもらおう。しかしいま必要なのは情報だ、それをシロトリ」
「はい! すぐに調べてきます!」
そういってシロトリは部屋を出て行った。
「こういうとき、私はなにもできない無能なのよね」
「ほぉ。ナガタキらしくないな。自覚してるのか」
「してるわよ! 私なんてシロトリがいなかったらなにもできないもん」
「それが分かっているなら、シロトリに罪を全部おっかぶせることがどれだけ無謀なことかも分かるよな」
「うん、それはもちろん。分かる……けど、だけどどうしたらいいものか」
「俺に案がある。聞いてくれるか?」
「もう、なんでも聞くわよ。私に腹を切れというなら切ってもいいわよ。下着だけ」
「下着だけかよ!! この前の銀行のおっさんより少しだけエロくなったなおい!」
「ユウさん、そんなことより、案ってなに?」
「結論を先に言おう」
「なんでも聞きます」
「イリヒメをこの国の監査役にすることで、ハクサン家の統治継続を認める」
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