第277話 ネコウサの生成物

「でもスクナ。そこまで必死になることはないだろ。俺だってこういうのをひとつやふたつは部屋に飾りたいぞ。思わず頬ずりしたくなるようなこの美しい光沢を見ろよ、すりすり」

「だから、ユウさんもそれに触らないで!!」


 あぁ、それをこれから説明するのか。気が重い。


「「「スクナ、どうしたノだゾヨヨ?」」」


 どうしてこの魔王たちは、私が言いにくそうにしているとこんなに嬉しそうにするのだろう。ユウさんに魔王の日干しの作り方を教わっておかなくちゃ。


「なんか一瞬背筋が寒くなったヨ?」

「暖めてあげるって話よ」

「ゾクゾクゾクヨ」


 しかし、こんなこと、私からは言いにくい。イリヒメ様がここを嫌がる理由はひとつではなかったのかも知れない。

 あの人はここのことを知り尽くしていて、それで行きづらいと言ったのではないだろうか。


 それなら最初に教えやがれ!!!


 あ、そうだ。なにも私が苦労することはないのだ。張本人であるこの子に言わせればいいじゃない。


 これらはもともと「この子のもの」なのだから。よし!


「コ、コホン。えーと、ウサネコ。ここにある水晶。どうしてできたのかあんたから言ってちょうだい」

「どうして? って、そんなの決まってるモん。これは、ボクたちのうんこだもん」


 …… ……。うんこ? ってなんだっけ?


「ここはボクらのトイレだモん。3日に1個ぐらい、身体に溜まったものをここで出して」


 うんこ、ってあのうんこかぁぁぁぁぁぁl!!


「それ以外にいったいなにがあるモん?」

「ぎゃぁぁぁぁぁ。そ、そ、そんなものをアイテムボックスの中に入れてしまったノだぁあぁぁ。ああぁ、しかもユウご飯と同じところに入れちゃったぁぁ」


「ぎょぇぇぇぇぇ。我なんか抱きしめてしまたヨヨヨヨヨ。洗わなきゃ洗わなきゃ洗わな」


「ぺぺぺぺぺぺぺぺ。お主らはまだマシゾヨ。我なんか口、口に、口の中に、ぺぺぺぺぺポエポエポエポエポエ」


「俺なんか頬ずりしちゃったじゃねぇかぁぁぁぁ」


 阿鼻叫喚である。だから触るなって言ったのに。


「遅せぇよ!!!」

「あたしはまだ触ってないから、セーフ」

「ハタ坊は、ダンジョン内で丸い水晶を掴まされていたわよね?」

「ぎゃぁぁぁ。アレもかぁぁぁぁ」


「うん、私たちは蚊帳の外で良かったな、クドウ」

「出番が少なくて良かったンゴ」


 どこのなんJ民よ。うんこだけに? やかましいわ!


「ちょっと、我はその辺の川で水浴びしてくるノだ」

「わ、我も行くゾヨ。川より温泉のほうが良いゾヨ」

「それなら、ヤサカよりちょい北の子安神社ってところに温泉が湧いてるヨ、そこに行こうヨ」

「あたしも連れていってくれ」


「そうか、じゃあ、俺もそこに行く。あとのことはスクナ頼んだぞ」


「え? なにその無茶振り」

「じゃ、魔物だけは我がみんなそろって転送するヨ。ユウだけオウミにまかせる。ひょいっ」

「ひょい ノだ」


「いや、そんな、私を置いて……行っちゃったのね」

「ボ、ボクの、別に汚くなんかないのにしくしく」

「そ、そうだよね。水晶だもんね。だけど出てくる場所が場所だけに、ちょっとね」


「うん、まあ、それはそうだけど。ボクらも見られると恥ずかしいからこの隠れた場所でしてるモん」


 この大きな岩の裏側。それはこの子たちのトイレだったんだ。その上に私は立っているのね。


 でも、これは水晶……水晶?


「どうして、これをあんたちが、その、なんだ、出せる、のよ?」

「どうして、って言われても」


「それもそうか。この成分ってなんだろう?」

「それは昔、誰かに聞いたことがあるモん。これは好素とこの辺の岩石をボクらの体内で発酵させて、こちゃこちゃのぐねぐねにしたものだって」


 どう考えても水晶になるとは思えない説明だ。


「それを教えてくれたのは、なんていう人?」

「分からないモん」

「その人、ここに来たの?」

「うん。スクナと同じようにして来たモん」


 ということは、その人もアレをナニしてここに飛んできたのだろう。ここを知っている人は私たちの他にもいるということだ。


「その人は、良くここに来るの?」

「最近は来なくなったモん」

「その人って、ギャルみたいな人じゃなかった?」

「ぎゃる、ってなんだモん?」


「ああ、通じないか。えっとね、なんか服装が派手な人」

「派手かどうか分からないけど、子供だったモん」

「子供? いくつぐらい?」

「人の年齢って分かりにくいけど、スクナよりは少し大きいかなって同じ。10才になるかならないかぐらいだったモん」


「それがどのくらい前のこと?」

「最後にここに来たのは……100年ぐらい?」

「そんな前なの!」

「200年かも知れないモん」


 なんて大雑把な把握だこと。100年単位でしか分からないのでは、当てにしていい情報じゃない。でも、どちらにしてもそんなに長生きするのは、間違いなく人外の……。


 やっぱりイリヒメ様かな? 女神ならそのぐらい前のことでも不思議ではない。でも女神って年を取るのかしら?


 いまは20才ぐらいに見えたけど、100年か200年で10才分年を取ったとすれば、つじつまは合うけど。かなり強引だけど。


「この話はあまり細かい設定を考えてはいけないって話よ?」

「分かってますけどね。それでも」

「それでも?」


「ときどき、こういう話をしないと、文字数が稼げないって」

「誰がそんなことを?!」  (シー)


「それにしても、ここが魔物のトイレとは驚きましたね」

「シロトリさん、それはどういう意味ですか?」

「いや、私たちの感覚ではトイレは清潔なところとは言えないでしょう。臭いもありますし。でもここは臭くないし汚れてもいません。つまり、有機物がここにはないのですよ」


「そうか。それだから私たちも平気でここにいられるのね。臭かったらダッシュで逃げるし、そもそも入ってくるとき分かるし」

「だから言ってるモん。汚くないって。みんなひどいモん」


「そ、そうだねネコウサ。でも、大きさがいろいろあるのはどうしてなの?」

「大きいのは便秘したときのやつ」


 やっぱりうんこじゃないか!


「でも魔物って代謝ってものがないのでしょう?」

「え?」

「なによ」

「いや、ナガタキ様が初めてまともなことを言ったものだから」


「スクナも大概失礼ね。私だって高等教育を受けているのよ。魔物は空気中にある亜空間物質を取り込んで、自分の分身を作るのよ」

「ええっ?」

「いや、そんな意外そうな顔をされても」

「すみません、続けてください」


「最初の魔物がどうしてできたのかは分からない。それは人間だって同じでしょ。だけど、魔物にはその種別に特有の振動数があってそれがコアになるの。そして取り込んだ亜空間物質を原料に、自分の分身を組み立てるのよ。そうやって自分をコピーして増やすことができるものだから、代謝なんて必要ないのよ。食べる必要も排泄する必要もない。だけど、その子はここにフンをしているという。それが不思議だなって話を」


「フンって言うな!! うんこだモん」

「分かったからネコウサ、その単語を連呼しないで。小さな子が喜んじゃうから」


「喜ぶならいいんじゃ」

「するなっての!」

「イッコウ!」


「私たち動物が食べるものは、微量成分を除けばほぼ有機物よね。それがないと生きてゆけない。だけど魔物にはその必要がないということね」

「そのはずなんだけど、魔王もさっきお菓子みたいなの食べてたわね?」


「そういえば、あの人たちはいつもご飯も食べてるね。果物なんかすごい勢いで食べるわよ。かなり好きみたい。ネコウサたちは、亜人と魔物の中間種だから有機物も食べるのかな?」


「そういえば魔人代表のエルフは私たちと同じもの食べるわね。ネコウサも雑食的なそちら側なのかしら。あっ。そういえば、最初に会ったとき、スクナがなんかあげてたわね?」


「あっ。そうだ。この子、ユウご飯を食べていた。ネコウサ、覚えているよね?」

「あ、あれはおいしかったモん。まだある?」

「あとであげるね。それより教えて。ネコウサたちはいつもなにを食べているの?」


「特になにも?」


 あらららららら。私とナガタキ様、シロトリさん、それにハルミさんにアシナ(まだいたの?)が一斉にコケた。


「私、なんのためにここにいるのかしら。自分のキャラの薄さが恨めしい」

「アシナ、愚痴と作者への苦情はあとで聞くからね。それよりネコウサは、なにも食べなくて平気なの?」


「特に問題ないモん。でも、さっきのあれはおいしかった」

「あれば食べるけど、生きて行く上では必要ない、ということかな?」

「ねえ、ネコウサ、さっき岩と好素があんたの体内で混ざるとか言ってたわね」


「そう、聞いたことがあるという話だモん」

「ということは、岩を食べたりするわけ?」

「岩はときどき囓ってるモん」

「岩を食べてるってこと?」

「そんなつもりはないモん。ただ、気分が悪くなったとき、囓るとすっきりするモん」


「すっきりうんこが出るんじゃない?」

「そういえばそうだモん」

「ナガタキ様。どういうことでしょう? 岩が便秘薬?」

「私の推察を言ってもいい?」

「ぜひ聞かせてください」


「このダンジョンには好素というものがたくさんあるって、魔王さんたちが言ってたでしょ?」

「地下室にはたくさんあるみたいね。私にはさっぱり分からないけど」

「地下にたっぷりあるなら、ダンジョン内にもそれが漏れ出ているわよね」

「ええ、それはそうでしょうね」


「で、この子たちは日常的にそれに触れている」

「ふむふむ。そうでしょうね」

「で、それが溜まると体調不良を起こす」


「溜まるのか。それが気分が悪くなることに繋がるのね」

「そういうこと。体内好素が溜まった時に岩を囓ると、体内の好素が岩と反応――この子は発酵って言ったけど――して、こちゃこちゃのぐねぐねにしたもの、つまり水晶になるんじゃないの?」


「そうやって溜まり過ぎた好素を排出しているということね。好素が溜まりすぎると、この子にとってなにか悪い影響があるのかしら?」


「気分が悪くなると言っているから、放置すると命に関わるのかも知れないね。こんなに好素の多い場所はめったにないのでしょう? 好素って必要なものだけどここは多すぎるのよ。人にも炭水化物は必要だけど多すぎると弊害があるように」


「なるほど。ナガタキ様、まるで学者さんみたいね」

「えへん。だから体内に溜まり過ぎた好素を、体外に排出するために岩石を囓っている。それを水晶の形でうんこにしている」

「そこは排出している、でいいでしょう!」

「でも、そう考えると、いろいろつじつまが合うでしょ?」


 確かに、それは説得力のある説だ。地下に豊富な好素があるのなら、ダンジョン中に漂っていて当然だ。

 密度はきっと薄いのだろうけど、そこで暮らす魔物はそれを日常的に吸収してしまう。


 だから魔ネコは、ここへ来ることによって発情の条件を満たすのだ。それもたまに来るから良いのだろう。ウサネコのようにずっとここにいるものは、こうやって水晶として排出することで体内の好素バランスを調整しているのだ。


「魔ネコが、集団脱走してここに来るのも、やはり好素が目当てなのね」

「魔ネコ自身はそこまで理解はしていないかも知れない。だけどここに来れば交尾する条件が整うということを、経験で知っているのでしょうね。それで毎年ここに集まるようになったと」


「そういえば、このダンジョンはびっくりするぐらいたくさんの魔物がいましたね? こんな魔物密度の濃い場所を、私はいままで見たことありません」

「シロトリの言う通りよ。魔ネコに限らず、魔物を育てるのに絶好の環境がここにはあるのよ。それが好素の存在だとすれば、ここに魔物がやたらと多いのも説明がつくわね」


「だから言ったモん。ボクのそれは汚くないモん」


 なにをどう言ったのか分からないけど、結論だけは間違っていないようだ。


 この水晶――と言って良いのかどうかは不明だけど(見た目はともかく製造過程が違い過ぎる)――は、このダンジョン内の好素と岩石を原料に、ウサネコたちの体内で固めたものだ。


 だからこれに有機物は含まれていない。つまり、人間の感覚で言うところの汚いものではない……ああっ!?


「と、と、ということはナガタキ様、さっき私、とんでもないことを」

「そ、そうね。食べさせてしまったわね、有機物を」

「モん?」


 次にネコウサが排泄する水晶は、ちょっと問題があるかも知れない。不純物的な意味で。


「排泄とかうんことか言わないでもらいたい。これらは、ワシらの生成物であるぞ」

「と、おとんが○×語で言ってるモん」


「最初にうんこって言ったのウサネコでしょうが!」

「せ、生成物か。それならイメージも悪くないわね」

「そうだよね。生成物か。そ、それなら触れるよねあははは」


 有機物さえ食べなければなー。

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