第275話 存在しない場所

「まずはここから出るノだ。表には我らの転送魔法で行けるノだ」

「そうか、転送魔法があったわね。それならハタ坊、私たちを裏庭に直接転送して」

「あ、それは無理だ」


「どうしてよ!」

「あそこは特殊な場所のようでな、私の転送場所に設定できなかったんだ」

「どういうことだ?」


「ユウは行ったことがないから分からんだろうが、おそらくあそこは『存在しない場所』だ」

「いやいやいや、私たち、確かにそこに行ったわよ?」


「そう、特殊な方法で行くことはできる。だが存在はしない。あの道祖神にそのカラクリがあると思うのだが、あたしにも良く分からん」


「我らでも行けない場所なノか?」

「魔王でもおそらくは無理だろうな。あそこは転送ポイントとして登録ができないようだ。まるで、この世ならざる空間みたいだった」


 なにそれ怖い。


「あれ? でもハタ坊はイッコウたちを運んで帰って来てたじゃない?」

「ああ、だから知ってるんだよ。出ることは簡単だが、直接中には入れなかったからな。入り口に転送して、そこから裏庭に入ったんだ。あたしは別にあんなものばっさばっさするぐらいは平気だし。むしろちょっと楽しかったし」


 楽しんでる場合じゃないわよ! あっ?


「それならハタ坊がアレをナニしてくれればいいじゃないの」

「それであたしは入れるよ? だけど、ひとりで入ってどうしろと?」


「え?」

「あのときのこと、覚えているか。スクナは、どういう理屈か分からんがみんなを一斉に運んだだろ。先にダンジョンに入っていた人まで巻き込んで。その上にラスボス相当であったそのネコウサまで一緒にな。しかも気絶までさせていた」


 そうだった。もう12話も前のことだから、読者も忘れているだろうけど、私も忘れていた(あ、作者も忘れて コラッ)。


 あのとき、私より先にダンジョンに入った人も、その周りにいた魔物も、一緒に裏庭に飛ばしちゃったのだ。その中にネコウサがいたのだ。

 あれはいったいどういうことだったのだろう?


「なんの話か分からん。スクナ、まずは俺をそこに連れて行ってくれよ」

「う、うん。そうだね、ユウさん。じゃあ、本殿の入り口に戻りましょう。ハタ坊、お願い」


「了解した。お前らも一緒に行くか?」

「◎××■☆○▼⊿□○○」

「あ、ボクらはここから飛べるから先に行ってるもん」


「そうなの? じゃあ、私も連れて」

「ごめん、スクナ。自分だけしか行けないモん。スクナたちは入り口からさっきみたいに入って来てモん」


 さっきみたい、が嫌だから言ったのに。もう、融通の利かないダンジョンね!


「ダンジョンに文句を言ってどうするよ」


「人間たちはあたしが運ぼう。魔王どもは……魔王どもは、どこに行った?」

「あれ? さっきまでここにいたが。消えた? まさかダンジョンに吸収された?!」


「そんなことがあるわけないモん。魔王様たちは、さっきの地下室で宴会してるモん」


「このアホタレども!!!!」

「「「きゅぅぅぅぅぅぅ」」」


 ああ、ユウさんが戻ってくると私は楽だ。


「いやあ、あまりに良い好素なので、存分に味わおうと思ってヨ」

「エチ国ではこんな場所ないから、ちょっとした温泉気分ゾヨ」

「我は悪くないノだ。誘われたから、ちょっとお茶とお菓子を出しただけなノだ」

「そういうことは仕事が終わってからにしろ!!」


 あははは、怒られてる怒られてる。魔王なのにユウさんに頭が上がらないのね。イズナは眷属でもないのに。

 でも、ああやって魔王は躾ければいいのか。もう様付けは禁止しよう。ユウさんのように、手下だと思って接しよう。


「「「それはちょっと酷いと思うノだゾヨ!!」」」

「決定事項です」

「「「きゅぅぅぅ」」」


 そして入り口に戻ってきた。


 ホシミヤ神社の鳥居前である。


 石造りの狛犬が2匹、私たちを睨んでいる。向かって右が大きく開けた阿形。左は口を閉じた吽形。これは仁王像と同じ形式である。


 それを軽く撫でながら中に入ると、キレイに砂利が敷き詰められた参道がある。

 じゃがじゃがと音を立て歩いて行くと、まもなくそれは現れた。本殿の真ん前である。


「「「「さぁ、スクナ。出番なノだゾヨ!!」」」

「「「そうだぞ、そらやれ、ほれやれ、はれほれひれはれ」」」


「みんな、やかましいから! わくわくした目でこっち見んな!!


 まったくもう。ユウさんまで一緒になって言いやがって。ユウさんを躾ける方法ってないものかしら。


「なんか怖いこと考えてるノだ」


 そして私は道祖神のナニの前に立つ。あぁもう、なんか見ているだけで腹が立ってきた。ハルミさんみたいにぶん殴ってやろうかしら。


「そんなことしても、ダンジョン内に飛ばされるだけだと思うわよ」


 あぁ、そうだった。あのとき私がやった方法が、偶然にも裏庭に飛ぶために必要な儀式だったのだ。その以外の触り方をすると、ダンジョンの方に飛ばされるのだろう。


 ……おかしな儀式を設定するなぁぁぁぁ!!!


 まったく、どこのどいつかしら。みつけたらタダじゃおかないんだからね。


「さぁ、スクナ。早くっ早くっ早くっ」

「くっ」


 ナガタキ様もタダじゃおかないんだから。


 あぁ、もう目をつぶってやっちゃおう。もうこれが最後だからね。もう二度と絶対にやらないからね。ばっさばっさばっさばっさ。


 わぁぁぁぁぁぁぁ。2回目だけどやはり気が遠くなりそうだった。ハタ坊の転送とはまたちょっと違う感覚。あぁ、少し酔った。


「おぇぇぇぇぇぇ」


 と、思い切り酔って吐いているのはユウさんである。内臓も弱いのかしら。あんなに食べるくせに。ああっ?


「思った通りなノだ」

「うむ、そうだと思ったヨ」

「あははは。最初と同じだね」


 そこには、丸まって転がるネコウサたちがいた。


「ちょっと!? ネコウサ。大丈夫? 生きてる?!」

「いき、いき、生きてるモん、もうちょっと静かに入ってきて欲しいモん」

「ご、ごめん。だけど、静かに入る方法なんて知らないから」


 というより、これ以外にここに来る方法がないから仕方ないのだ。


「ここがうぅぅ、ホシミヤのおえぇぇ、裏庭なのかぇ」

「うん、そう。ユウさんもしっかりして」


「ウサネコたちとユウが回復するまで、少し休もうか」

「うん、そうね。そうしましょう。ネコウサだけどね」

「あ、そうだった。もうどっちでも良くね?」

「良くないから!」


 後ろには本堂が見える。見上げる空は青い。前方には深い森があり、その手前には作為的に配置された奇っ怪な形の石群。そして敷かれた砂利には幾筋もの線が引かれている。枯山水と呼ばれる禅寺の庭園様式である。


 どう見てもごく一般的な庭園にしか見えない。ここがどうして『存在しない場所』なのだろうか。


 ちなみにいつものまめちを少々。禅宗では偶像崇拝を禁止している。仏像など拝むな、それより座禅を組め、という宗派である。

 だから通常、禅宗の寺には仏像はない(通常じゃない禅寺は多数あるけど)。


 しかしそれでは寺の売りがない。売りがないと観光客がやってこない。やってこないと儲からない。そんな理由から(個人の感想である)作られたのがこの枯山水に代表される庭なのである。

 それを見事に作り込むことによって、仏像の代わりに客を呼ぶアイテムとしたのである。


 で、ここはいったい誰がこんなふうに庭を管理しているのだろうか? めったなことで人が入れる場所じゃないと思うのだが。


「ああ、気持ち悪かった。ナオールは、耳に塗ると酔い止めにも効くんだな。楽になったよ」

「三半規管を正常にしてくれるのよ。もう大丈夫そうね。ネコウサは?」

「大丈夫だモん。そんなやつに負けないモん」

「お前は俺にケンカ売ってんのか!? おぉっ?」

「なんだモん?!」


「いい加減にしなさい!!」

「「はーい」」


「それではネコウサ。その水晶の原石? ってのがある場所に案内して」

「分かったモん。こっちだモん」


 そこで私たちが見たものは。


「続くノだ」

「楽しみだヨ」

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