第274話 スクナの手業再び

「ネコウサ」

「なんだモん、スクナ?」

「ありがとう」


「え? な、なんだモん。いきなりそんなことを言い出して」

「えへへ。これからもよろしくね」

「うんうん。それは、こちらこそだモん」


 そのとき、ネコウサに殴られて目が覚めたのか、ユウさんがうめき声を上げた。


「もがーー」

「あ、ユウさん、おはよう。目が覚めた?」


「あ、ああ。スクナか。いたたたた。魔物に11発ぐらいぼこぼこにされた夢を見たぞ、いま」


 それ、夢じゃないですけどね。


「えっと。なにがどうなったのか教えて……ああっ!! お前はさっきのイッコウじゃねぇか!」

「ぷっしゃーーー!!!」


「ユウさん、この子は私の眷属になったネコウサよ、心配しないで。それと、ネコウサも戦闘態勢を解いて」

「モん」

「眷属だと? イッコウって眷属に……そういえばしやすいって誰かに聞いたな。そうだったのか。それで、その手は誰にやられたんだ?」


「あ、ああ、これは気にしないで。名誉の負傷よ」

「カッコ良くまとめようとした?!」

「もう血も止まったし、キズは浅いし」


「そ、そうなのか。俺はてっきりそいつがスクナを」

「ボクがやったモん」

「てめぇこのやろう!!! 表に出やがぐぅぅぅ」


「ユウさん。気にしないで、って私は言ったのよ?」

「ぐぇぇぅ。分かった分かった、だから手を離してぐぅぅ。しむ、ロープロープ。しむっ」

「分かってもらえて良かった。じゃ、ネコウサと仲直りの握手」


「「え?」」


「仲直りの握手よ?」 2回言いました。

「「なんで?」」


「私がして、と言ってるのよ?」

「じゃあ、よろしくな、イッコウぎゅっぐぎぎぎぎ」

「ボクの名はネコウサだモん。早く覚えるモんぎゅぅぅぅぐぐぐ」


 握手しながら、お互いの手を思い切り握り合っている。力自慢の男たちが良くやる地味な戦いだ。良い勝負になっているようね。


「ネコウサと良い勝負とか、ユウは人として情けないとは思わんのか」

「むしろ好敵手なノだ」

「良い筋トレ仲間ができたようだヨ」

「これからは、どちらにも身体を鍛えてもらうことにしようゾヨ」


「「やらねぇよモん!!」」


 閑話休題


「それはそうと、スクナ」

「うん?」


「俺が寝ている間になにがあったのか、教えてくれないか。いまいち状況が飲み込めん。イッコウはこいつだけか?」

「その子はイッコウじゃなくて、ネコウサイタチという魔物よ」

「長い名前だな。だけどこいつ、さっきはイッコウって鳴いたぞ?」


 私はイッコウという名の由来を、順を追って説明した。


「そうだったのか。こんななりで、魔ネコにイッコウという言葉を教えて、一揆……というか避難か? も指揮したのか」

「一揆は助けただけだモん。だけどたいしたものだモん?」

「指揮したのが魔ネコではな へっ」

「むかっ。魔ネコだってたくさん集まれば強いんだモん!」


「もう、いちいちケンカしないの!」

「それで、イッコウと鳴く魔ネコは、みんな返したのか?」


「うん、ハタ坊がグジョウに連れて行った。そこから各地に送り届けてもらっているはずよ」

「それじゃ一応はこの問題は決着がついたということだな。もう決算書提出を遅らせる言い訳はなくなったわけだ」

「そうね。すぐにも出させましょう」


「それはいいとして、こちらをどうするかな」

「どうするって?」


「イッコウと鳴く魔ネコは、毎年ここに集まるんだろ?」

「そうだモん」

「そのたびに1割ほど数が減ってしまうそうだが」

「ええ、シロトリさんからそう聞いてます」


「それはどうしてだ?」

「ここが気に入って帰りたがらないやつがいるモん。ボクに強制はできないモん」


「ご立派な指導者がいたもんだな、へん」

「う、うるさいモん! 仕方ないモん!」


「その帰りたがらない理由は聞いたか?」

「だからここが気に入って」

「それだけか?」

「そ? それだけだモん。他にあるわけないモん」


 ユウさんはなにを言おうとしているのだろう。ここに残る子がいるから牧場のイッコウは1割減る。だけど、子供を授かったイッコウが数ヶ月後には子を産むから、毎年3割ぐらいは数が増えている。それが問題なのかしら?


「ここが気に入ったのなら、そいつらはここにまだいる、ということだが?」

「それはお前がさっきもごもごががが」


(ネコウサ、それは言っちゃダメ)

(そうだった、分かったモん)


「俺がさっき?」

「あ、ユウさんがさっき気絶している間に」

「あ、ああ、あたしらが退治しちゃったんだ。知らなかったんだよ。あれがイッコウだってこと」


「そうか。じゃあ、事情聴取はできないか。知能のある魔物のようだから、話が聞けるかと思ったが残念だ」

「で、で、でもユウさん。話を聞いてどうするつもりなの?」


「スクナの話を聞いたときに思ったんだ。どうして1割減るのかなって。それはここに残るやつがいるからだとそいつは言うが、それなら魔ネコはここでもっと増えていなきゃおかしいだろ? 俺たちがここに入ってきたときは、魔ネコなんかほとんど見当たらなかったぞ?」


「そうか。毎年1割ずつがここに残るのなら……、ねぇネコウサ。イッコウになった魔ネコはどのくらいここに来るの?」

「毎年200匹はここに来るモん」


「ということは毎年20匹は残るわけだ。魔ネコの寿命は自然界では8年ぐらいだという。ペットにすると25年は生きるらしいが。そんな魔ネコがここで子供を産んで、それが10年も続いたらどうなると思う?」

「ここは魔ネコだらけになるノだ」


「だよな。それなら数百匹ぐらいはいそうなものだ。だけどそうは見えなかった。小さい魔物はたくさんいたが、魔ネコの姿なんかほとんど見なかった。ハルミは見たか?」


「いや、私も魔ネコというかイッコウは見ていないと思う。飛ばした斬撃で一緒に退治してしまった可能性はあるが」


「少なくとも目視では確認していないわけだ。おかしいだろ?」

「そ、そうね。おかしいわね。じゃあ、その1割はどこに行ったのかしら?」


「それを聞きたかったんだが、ウサネコの話はいい加減だし、事情聴取はできないし」

「いい加減で悪かったな。そんなこと、どうでもいいことだモん!」


 確かにどうでもいいことだと、私も思う。それより早く帰って。


「あれ? これはなんだ?」

「ああっ、それはボクのだモん。触るなっぐぇぐぇ」


 ユウさんは、さきほどネコウサが自慢気にハタ坊に見せた丸石を見つけた。手に取ろうとしたらネコウサが突っかかっていった。


 でも、ユウさんはその首根っこを手で押さえるのに成功した。まるで魔王を扱うみたいに手慣れている。


「「「我らはいつもあんなに風に扱われているノかヨゾヨ!!?」


 気づいてなかったんかーい。


「すごい、まるで宝石だ。これは水晶か?」

「それはボクの作品だモん。キレイだろ」

「お前の作品なのか。うむ。見事ものだ、見直したぞ、えっとウサネコ?」


「名前をひっくり返すな! ボクはネコウサだ! そう、手で毎日こすってやるとだんだん丸くなるんだモん」


「手でこすると? ということは、こうなる前の原石がどこかにあるということだな?」

「もちろんあるモん。貯める場所がちゃんと作ってあるモん」

「貯まっている、ではなくて貯めているか。どういうことだ?」


「え? そ、それはその」

「ネコウサ、私もそれ知りたい。教えて」


「分かったモん。でも、その手を離すモん! お前なんかに教えたくない。スクナにだけ教えるモん!」

「分かった分かった。ホレ、スクナ受け取れ」


「ぐるぐるるるるるるる」

「ネコウサ、そんなに怒らないの。その原石? どこにあるのか教えてくれる?」

「うん。スクナになら教える。さっきまでスクナたちがいた裏庭に集めてあるモん」


 裏庭に? そんなのあったかしら?


「モノがモノだけに、おおっぴらには置けないモん。だから目立たない場所にこっそりモん」


 そうか。そこにはお宝が眠っているということだ。こんなキレイな石ならきっと売れる。数が多ければ商売になるかも知れない。ユウさんはきっとそう考えたんだ。


 裏庭に戻って確認してこなければ!


「スクナ、裏庭ってのはなんのことだ?」

「この本殿には裏庭があるのよ。入り口からしか行けないみたい。私たちは最初にそこに飛ばされて……」


 飛ばされた? 飛ばされたっけ。飛ばされたね……あれはそのアレをナニしたんだっけ。まさか、アレをまた?!


「そうか。ホシミヤってのはここだけじゃなかったのか。もしかすると、イッコウはそこにいるのかも知れないな」


「あ、確かにそこにイッコウはたくさんいたぞ、ユウ」

「ハタ坊も、知ってるのか?」

「ああ、あたしたちもスクナの手業で一緒にそこに飛ばされたからな」


「なんだ手業って?」

「ハタ坊!!!」

「あれは見事な手業でございました」

「シロトリさんまでなにを言うのよ!」


「手業というかむしろテコキ」

「ナガタキ様は口をつぐむ!!!」


「おいおい、お前らいつの間にそんな仲良くなったんだ。そんなことはいい。まずは、その裏庭とやらに連れて行ってくれ。この水晶の原石がそこにあるんだろ? 見てみたいぞ」


 そのとき、皆が私を見た。裏庭に入るには、またアレをナニしないといけないのか。


 あーもう、どうしてもう、こんなときばっかり私なのよ。私がいったいなにをしたって言うのよ!!


「いや、だからテコ」

「ナガタキ様、ぶっとばしますよ!!」

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