第272話 好素の宝庫?

「ネコウサ、地下室への入り方を教えてくれ」

「うん。まず、あの岩の上に乗っている小石を手に取るモん」

「これか? ひょい。取ったぞ?」


「それがボクが作った石玉だモん」

「そうなのか。水晶みたいだがまん丸だな。これを持ってどうするんだ?」

「可愛いモん?」

「いや、それはこの際どうでもいいが」


「ハタ坊、可愛いって言ってあげて」

「そ、そうか。そうだったな。キレイに磨かれているし可愛いぞ」

「そうか。それは良かった。じゃ次に行くモん」


「これは関係ないのかよ!!」

「ただ丸くした石だモん。ボクのお気に入りだモん」

「知らねぇよ!! あたしは地下室への入り方を聞いてんだぞ!」


「そ、そんなに怒らないでモん。順番にやらないと思い出せないモん」

「まったく。どういう記憶の仕方をしてんだよ」


 シーケンシャル記憶アクセス。そうやってあまり意味がないところから始めて、最後には一番大切な結論にたどり着く。そういう記憶術だ。


 大切なことを、誰かに知られないようにするため、そして自分では決して忘れないようにするため、そういう記憶術のひとつだ。


 地下室への入り口はこの子にとって、そのぐらい極秘にすべき場所なのだろう。言い方を代えると、そのぐらい複雑な手順が必要ということでもある。


「そしたらその岩と岩の間を見るモん」

「ふむ。隙間があるな。高さは30cmぐらいか。人の姿では覗くことも難しいな」

「そこが入り口モん」


「「「最初からそう言え!!!!」」」


 私まで怒鳴ってしまった。シーケンシャルがなんとかって、不必要な知識をひけらかした私のまめちを返せ。この子に高い知能を期待しちゃダメなんだ。


「よし、ちょっくら行って見てくるノだ。我ならこのサイズでも簡単に入れるノだ」

「待て待て。そのぐらい我だって入れるヨ。我が先ヨ」


 そんなことぐらいで先を争わなくても。


「いや、ここは我が行くノだ。それっ」

「あっ、待て待て待て。我が先に行くヨ。ほれっ」

「「ぎゅぅぅぅぅ」」


「狭いところをふたりで同時に通ろうとするからつっかえるんだろうが! どっちかが引けよ!」

「お、お、お主が引くノだ。我が先に入ろうとしたノだぎゅぅ」

「ここ、ここは我の領地ヨ。お前が遠慮しろヨぎゅぅぅ」

「狭いところはワシも好きなだゾヨぎゅぅぅぅ」


「イズナまで混じってんじゃねぇ!!!」

「ますます窮屈になったじゃないの!」


「スクナ、こいつらはほんとに魔王だろうな?」

「私も疑いたくなるときがあるけど、でも、本物なのよねぇ」


「ボクのほうがもっとしっかりしているモん」

「「いや、それはない!」」

「イッコウ!?」


「ねぇ。ハタ坊も、ミニスカメイドの姿になれば入れるよね?」

「入れないことはない。が、それはここではちょっと……」

「ちょっとって?」

「テレクサイ」


 そういう理由?!


「いや、その前にヨぎゅぅ」

「なんだ、どうした」

「「「助けてぎゅぅぅぅぅ」」」


「3人して詰まってんじゃねぇよ!!」


 どうしてこんなに絡み合ったままで、狭い隙間に入ろうとするのか。ハタ坊と私で、ぎゅんぎゅんに詰まっていた魔王様たちを引っ張り出した。


「ふぅ。これに懲りたらもうやるんじゃないぞ」

「ふざけるのも、時と場所を選んでください!」

「「「きゅぅい」」」


(魔王ってすごく強くてエライと聞いたいたモん、だけど、ここでは人間のほうが威張っているモん。どして?)


「も、もういいモん。ボクが入って見てくる」

「あ、ダメよ、ネコウサ。あんたが行ったら」


 誰もいなかったときに、ショックが大きいでしょう……あーあ、行っちゃった。


「それもこれも、あんたたちがくだらない争いをするからですよ!」

「す、すまんノだ。すぐ追いかけるノだ」

「いや、それなら我が先だヨ」

「また、やるなら参加するゾヨ?」


 もう!! どうしてそうなるの!!


 と怒鳴ろうとしたら、入ったばかりのネコウサが飛び出して来た。


「わぁぁぁおモん」

「どうしたの、ネコウサ!?」

「ヘビ、ヘビ、ヘビがいたモん。助けて」


「あ、ほんとだ。ほれほれ、ちょっきんとな」

「早っ!!」


 ハタ坊によって、ネコウサを追うように出てきた大型のヘビは、首からまっぷたつにされた。いったいなにをどうしたら、そんなことができるのだろう。


「ハ、ハタ坊、ありがとう。私もちょっと驚いた。でもこれ、毒蛇なの?」

「いや、このダンジョンには毒を持った魔物も動物も入れない。そういう結界が作ってあるからな。こいつも大きいだけで、大人しいただのアオダイショウだ。魔物ですらない」


「驚いた驚いた驚いたモん。毒はないけど、こいつはボクらを食べるモん」

「食べる? ヘビがあんたたちを?」

「ずいぶん、仲間が食べられたモん」

「そんなはずはないけどなぁ。魔物は、一般動物の食物連鎖から離れているはずなんだが」


 しかし、ネコウサの仲間を食べるヘビいたということは、穴の中にはなにかいる、もしくは、いた。ということにならないだろうか。


 誰か中に入って調べ……って言うと、またさっきみたいになりそうだ。だから私がいちいち指示しないといけないのね。


 ああっ、だからユウさんはいつもそうしてたのか。威張りたかったわけじゃなくて、そうしないと、この人たちは勝手なことばかりして収拾がつかなくなるから……。


 また少し、ユウさんの気苦労が身に染みた私である。


「えー、こほん。それではミノウ様」

「なんなのだヨ?」

「中に入って様子を見てきてください」

「よっしゃー! 行ってくるヨ」


 ミノウ様が中に入っていった。誰も邪魔をしようとはしないし、我も我もとはならない。これで正解なのだ。この魔王たちを扱うには、こうしないとダメなんだ。


「わぁお。これはすごいヨ。予想以上だヨ。わぁお。オウミもイズナも来て見ろヨ」


 中からミノウ様の声がする。ふたりが私の顔を見る。行っても良い? って聞いてる表情だ。


「順番に入ってください。オウミ様、イズナの順でね」


「「行ってくるノだゾヨ」」


 わぁおお。ほんとだ、これはすごいすごい。素晴らしいノだ。なんとまぁ、こんなところがあるとはゾヨ。おいしいおいしい。


 おいしい? ちょ、ちょっと待ってよ! 中に誰かいるの? 食べちゃダメよ!? 分かってるわよね?!


「そういうおいしいではなノだ。それより、いいもの見つけたから持って行くノだ」


 いいもの? 持って行く? それがおいしいものなの? いったい?


「ほら。もう大丈夫だから、お主ら外に出るヨ。上で待ってるやつがいるヨ」


「〇××△■●●※〇!?」


 どこかで聞いたような声?


「あああああっ。妹だモん!! 生きてたのかぁぁぁぁ!!」


 駆け寄って出てきた子を抱きしめるネコウサ。え? 妹がいたの? 生きてたの!? 良かった! 良かったねっ!!


「よっこらしょっと。あー、おいしかったノだ」

「極上の味であったヨ」

「うむ、これは良いものだゾヨ」


 穴から出てきた魔王たちが、口々にそんなことを言う。いったいなにを食べたのだろう。


「中になにがあったの?」

「スクナ。ここはすごいノだ。好素の宝庫なノだ」


 酵素? 魔王もまんだ健康食品の愛好者なの? それがどうしてこんなとこに?


「好素だヨ、好素。好きな素と書くヨ。我らの大好物なのだヨ」

「ああ、好素ね。で、好素ってなに? それがいったい何になるの?」


「好素には、人が楽しんだり喜んだりして発生するものと、天然由来のものと2種類があるノだ」


「その天然ものがこの穴の中にどっちゃりあったゾヨ。こんなところがあるなんて初めて知ったゾヨ。ここにはエチ国中の天然酵素を全部集めたぐらいあるゾヨ」

「我の領地ながら、いままで知らなかったヨ。ここはすごいとこなのだヨ」


 へぇ、ここってそんなすごいところなんだ。でも、そんなことはどうでも良い。それよりもネコウサ?


「わぁぁぁぁん良かった良かった、死んだと思ってたもん。良かった良かった」

「〇×■●×△■●●※〇?」

「え、そう、そうだったか。おとんとおかんはお前を救うために?」

「■●〇〇※△□」

「そうでもない? え? 自分からヘビの中に入ったモん?」


 なんの話をしてるのかな? おとんとかおかんとか、魔物にもそういうのいるんだ。


「おい、さっき殺したアオダイショウだけどな、この辺がやけに膨らんでいて、もぞもぞ動いていて気持ち悪いのだが」


 と、ハタ坊が言った。

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