第270話 龍神様の誕生日

「オラオラオラオラオラ!! えぇぇぇやぁぁぁ!!」


 オラついているハルミの斬撃が飛ぶ。そのたびに魔物が数体消えて行く。


「ふぁぁ?」


 俺はその背中で寝ぼけている。パーティを組んでいるので、俺にも経験値が入っているのだろうけど、あまり興味はない。それより無事に帰れればいいと、ずっと思っているなんまんだぶ。


 そのハルミが次の斬撃を繰り出そうとするほんの少し前、狙った魔物の前に突然現れたものがあった。


 いち早くその前兆を把握していたやつがいた。ミノウである。


「ハルミ、待て! なにか来るヨ!」

「え? ミノウ様? なにかって?」

「分からん。なにかがそこに現れる前兆があるヨ」


 それ、なんてプレドライブ現象?

 それ、なんて超高速跳躍ノだ?


「オウミには分からんのかい!」

「まったく分からんノだ (´・ω・`)」


 ミノウにしかないスキルなのだろうか。ミノウの切羽詰まった言葉で目が覚めた俺は見た。家政婦じゃないけど見た。そこに突然現れたのは1匹の魔物であった。


「イッコウ」


 そいつはそう鳴いた。イッコウだと? それってあの一揆の首謀者じゃないのか? こいつが犯人か! ネコみたいな顔しやがって。こいつさえやっつければ俺は帰れるのか。あんな弱っちいやつ、簡単じゃないか。


「ハルミ、かまわんからやってしまえ!!」

「弱っちいのに、自分で倒そうとは思わんノだな」


 あったり前だい。近づく前に俺が倒れるだろうが。過労で。


「なにをかわいわんやノだ」

「やれやれヨ」


 俺の許可を得て、ハルミは改めてミノオウハルを構え直した。そのときである。


「ハルミ、待て! またなにか来るヨ!」

「え? ミノウ様? なにかって?」

「分からん。なにかがそこに現れる前兆があるヨ」


 またプレドライブかよ。


「今度は人間のようだヨ?」

「「人間?!」」


 そして現れたのは、スクナ一行であった。


「一行でまとめるなよ!」 ハタ坊

「私もいるっての」 誰?

「私たちを忘れないでくださいよ!」 誰?


 ヤサカに着くやいなや俺は眠ってしまったので、こいつらのことなどすっかり忘れているのだ。


「なんだ、大勢いるんだな。肝心のスクナはどこだ?」

「あ、ユウさんだぁ。私はここですよー」

「おおっ。スクナか、無事でなによ……おい!? なんだその腕。血が流れているじゃないか?!」


「あ、いけない。動かしたから傷口が開いちゃった」

「包帯がなかったから仕方ないんだ。ナオールだけでは傷口が塞がらない。でも、もうそんな深い傷じゃ」


「そいつか? そいつがやったのか」

「イッコウ?」

「お前! 俺のスクナになにをしてくれとんじゃぁぁぁぁ」


 え? あれ? そこ怒るとこ? どうして? いや、勘違い……じゃないけど違う。それはこの子のせいじゃ。この子のせいだけど。いま俺のスクナって言った?


 睡眠不足で寝ぼけていたせいもある。ずっとハルミにおぶわれていたので、多少体力が残っていたせいもある。しかし、生まれて初めて俺は逆上したのだ。よくも俺のスクナにケガさせやがったな!


 それは、俺自身でさえ思っていなかった行動となって現れた。


 俺はハルミから飛び降りると、その手からミノオウハルをもぎ取った。


 そしたらなぜか自然と沸いてくる呪文……そう、アイヅのアブクマダンジョンで何者かに教わった呪文。


 どうしてそれをいままで忘れていたのかは分からない。どうしていま思い出したのかも分からない。ミノオウハルを持った瞬間にそれが頭から出てきたのだ。


 その寸前。ダンジョン内は大騒ぎとなった。


「い、いかん。ユウが勘違いしている。みんな、対ショック姿勢を取るのだ。ミノウは我の後ろに隠れるノだ! 早く!」

「お、おう!」


「イズナはネコウサを守るノだ」

「ど、どう、どうやって? ゾヨ」

「口の中にでも入れるノダ。早くっ!」


「あ、病院に運んだときの要領か、ほいゾヨ。むしゃ」

「イッコウイッコウイッコウ!?」


「あとの人間たちは私の後ろに集まって、それからしっかりと目をつぶって。私が結界を張るからその中から動くな!!」

「「「なにがあったのか分からないけど、ハタ坊さんにまかせるっ」」」


「光よ、来い!!!!」


 そのときミノウオウハルから、大きな光の球がぽっかりと浮かんだかと思うと、次の瞬間、爆音をたてて砕け散った。


(ぜ、前回と違う。まるで、威力が桁違いなノだ。我の結界が保たないかも知れないノだ。そのときはミノウ、すまんノだ)

(物騒なことを言うな。これがアレか? 光の公子の魔法か)

(そ、そう、そうなノだ。ちょっといま、話かけるでないノだ。我でも必死なノだ)


 光の粒子は、あらゆる闇を切り裂くように幾重にも重なって飛び散り、部屋中の魔物たちに降り注ぎ、そして彼らを消し去った。


 雷鳴を伴った光の粒子は、それで満足することなく、ニュートリノと化して壁も天井も床も突き抜けた。そしてあっという間にダンジョン全体を光で埋め尽くした。


 神社の本殿を構成するあらゆる物質が、一瞬だが光に置換されたのである。


 それをホシミヤの外から見ている者たちがいた。近隣の村人たちである。


「なんかいま、空が光ったぞ?」

「ああ、俺も見た。ホシミヤ様の方向だな」

「どうしたんだ、雷でも落ちたのか?」


「この晴天にか? そんなことありえんだろ」

「じゃあ、あの光はいったい……おおおっ、今度は音が来たぞ!?」


 光の次に、きぃぃぃぃぃぃんという甲高い音が村を襲ったのである。


「痛っ、耳が痛たたたた」

「なんだこの耳障りな音は痛痛痛」

「まるで、龍が鳴いているみたいだ痛痛痛たたた」


 音が収まると、村人は得体の知れない現象に、なんだかんだと噂話を始めた。もちろん、根拠のある話などひとつもない。


「龍の泣き声なのか、あれが」

「ワシは初めて聞いたが、間違いないだろう。あれは龍神様のお声だ」


 根拠がなくても、自信たっぷりのようである。こうして伝説は作られる。創作されるといったほうが良いだろう。


「りゅ、龍神様が降臨したのか?! どうしてこんな日に?」

「そろそろ、田の準備をしろ、とかそういう意味か?」

「それなら毎年のことだろう。あっ! そうだ!!」


「なんだ、なにか心当たりでもあるのか?」

「ついこの前だ。オンタケが大爆発しただろ?!」


 あーあーあ。あれか。あれはすごかったな。そうだ、きっとそれだ。それで?


「あの噴火は、龍神様が目覚めたという証しだったんじゃないのか?」

「証しか。それがどうして今ごろになって?」

「噴火で卵が生まれたんじゃないか。それでいま、雛が孵ったと?!」


「ということは?」

「あれは龍神様の産声、ということになるな」

「なるほど。それなら説明がつくな!」


 いい加減な連中である。ともかく、それで分かったような気になることが大切なのである。


 それから毎年その日は、龍神様誕生祭として祝われることになるのである。



 一方、ダンジョンの中では。


「うわぁぁぁお。ま、眩しい!! なんだなんだこれ。なんも見えねぇ。ここはどこだ。アレはナニ。ナニはアレ。お金なんかはちょっとでいいのだぁぁ。だめだ。俺はここで気を失う流れだ。あぁん、もうだめ……くたっ」


(コピペノだ?)

(内緒です)


 それからしばらくの間、光の爆風は続いた。その暴力に必死に耐える魔王たちとハタ坊。それは彼らが感じているよりは短い時間で済んだ。


 やがて光は収束し、ダンジョンは日常を取り戻した。しかし、中にいたほとんどの魔物を煙に変えた。


「お、終わったノか?」

「終わったみたい、だな。あー、驚いた。あのときとは桁違いのエネルギーだったぞ?」

「それはきっとユウのレベルが上がっているからなノだ。だから威力も倍増したようなノだ」


「ヨヨヨ。死ぬ死ぬかと死ぬか死ぬかと思ったヨヨヨ、こここ、こんな驚いたのは何百年ぶりかなのヨ、怖かったヨ、怖かった怖かった怖かったヨヨヨのヨ。オウミ、ありがとう!!」


「ミノウには光の攻撃はきつかっただろうな。でも無事でよかったノだ。あ、羽根がちょっと焦げているノだ」

「だぁぁぁ、我の大事な羽根がぁぁぁぁ」

「まあ、命があってよかったと思いなよ。人間たちは大丈夫か?」


「いま、のは、いったい、なんだったので?」

「ユウさんがなんか呪文を唱えてたようが気がしたけど」

「私、まだ目が良く見えません」


「だからしっかり目をつぶっておけと言ったのに。ナオール塗ってやる。しばらく目をつぶってろ」

「も、申し訳ない。ハタ坊様とやら」


「こ、これが、ユウの力なのか……」


 ハルミはこの光の洪水がユウの仕業だと知った。そして自分のレベルが36になっているのを確認した。


 前回、自分のレベルを1から一気に28に上げたのは、ユウだったのだということにも気がついた。


 私がレベル36なら、ユウはいったいいくつになっているのだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る