第260話 サルトラヘビ?

 不本意ながら、チームは総勢7人となった。不本意なのは道案内係だけであるが。


「不本意なのはこっちのほうだ。まったく、このクソ忙しいときに道案内とか荷物持ちとかぶつぶつぶつ」

「どうせたいした仕事なんかしてないだろ」

「お前に言われたくはねぇよ!! 少しはこの荷物を持ちやがれ!」

「あの、ハチマンさん。落ち着いて。はい、これでもどうぞ」


 スクナが手渡したのは、爆裂コーン1粒である。


「え? あ、はい、どうも。もしゃ。ん? もしゃもしゃ。あ、おいしい!」

「もう少し先まで歩いたら、また差し上げますね」

「そ、そうか。がんばって歩こう」


 ハチマンは村長から預かったイリヒメへの土産を持たされているのである。それが重くて文句を言ったのだ。


 それをスクナがなだめたのである。なるほど、猛獣はそうやって飼い慣らすのか。スクナ、恐ろしい子!


 まだ残る残雪を踏み固めながら、とぼとぼと歩く。途中で疲れたら人型になったハタ坊におんぶしてもらい、寒くなったら仕方なくスクナにつかまりながら少し歩いて、シロトリからおぶってあげましょうかと言われると嫌だと答え、足を滑らせた拍子にナガタキにすがりつこうとして猫パンチを食らい、ハチマンには決して近寄らず近寄らせてもくれず、またハタ坊におんぶされて進み、小1時間ほどかかって疲労困憊でようやくヤサカの里に着いたのである。


「どこに疲労するポイントがあったの?」

「弱いしだらしないし情けないやつだゾヨ」

「うるせー。人外のやつらは黙ってやがれ」


 そして俺たちは里の入り口と思しきところに着いた。着いたのだが、人の姿がまったく見えない。


 この村の人口は数百人という話だったが、どこかに出かけているのか。それともここの人は全員が透明人間なのか。


「そんな人間がいたら怖いわよ」


 ハタ坊でも人間が怖いのか。


「あそこに見える大きな家まで行ってみましょう。誰かいるかも知れません」


 スクナに言われてその後をついて行く俺である。足が重い。雪の積もった道のりはとても過酷であった。そろそろ危険視号が出ている。気がする。


「ユ、ユウさん。まだ寝ちゃダメですよ!?」

「ふぁ?」


 あ、限界が近いな、これ。


「ここからはスクナ。お前が仕切れ。あとの連中はスクナに指示にしたがっふぇ……すこー」


「「「ああっ、落ちた!?」」」


「たった1時間歩いただけなのに?」

「それもほとんど誰かにおぶわれていただけだゾヨ?」

「まだ真っ昼間ですよ?」


 お前ら、誰が誰か分からんぞ。


「ハタ坊。悪いけど、ユウさんを運んでくれる?」

「あいよ。あたしはそのためにここにいる……わけじゃないけど! なにこの体力なし男?! これでも魔王を3人も眷属にした男なの?!」


「「えぇっ?!」」

「な、なにか?」

「魔王を3人って、ミノウ様以外にも眷属がいるんですか、この人?!」


「ひとりはグジョウに置いてきたオウミ。ミノウはもう知ってるな。もうひとりはあたしは会ったことないけどホッカイ国のカンキチって魔王。ちなみに私もユウの眷属よ、魔人だけどね」

「「ひょぇぇぇぇ」」

「あ、あの。まさかイズナ様まで?」


「我は違うゾヨ」

「そうですか」


 ほっとした顔をしたハチマンであった。しかし、次の言葉でまた絶句することになる。


「でもまあ、似たようなものだゾヨ。ユウの部下であるウエモンという魔法使いの眷属になっているからな。だから今日もお手伝いをしているゾヨ」


「「「ひょぇぇぇぇ」」」


(オウミ様にミノウ様にカンキチ様を眷属にしていて、それになんだかんだで、イズナ様もユウさんには一目置いている。魔王が4人。ユウさんと知り合いというだけで自慢なのね。ユウさんって、幸せな人。自覚していないようですけど、あなたほどの幸運の持ち主は、おそらくニホン中にふたりといませんよ)


「それよりも、ユウさんを休ませる場所が必要です。この大きなお家に入ってみましょう。御免下さい!!」


 しばしの沈黙のあと、慌ただしく出てきた小さな子供がひとり。年の頃ならスクナと同じくらいの男の子であった。


「はい、なんでしょうか?」

「あ、私はスクナっていうの。ねぇ、あなたのおうちの人、誰かいるかな?」

「うんっとね。いま、ちょっと忙しいみたいなんだけど、急用?」


「代わりましょう、スクナ殿。坊や、私はシロトリというものです。ハクサン家から来たとそう伝えてくれませんか?」

「えっと。知らない人としゃべっちゃいけないって言われてるんだけど」


 この子は玄関まで出てきて、なにを言っているのやら。でも、ここはひとつ私の才覚で処理をしよう。


「これ、3つあげる。おいしいよ?」

「うん、ありがとう。ぱくぱく、ああっ、ほんとだ! すっごくおいしい!!」


 知らない人と話をするのはダメで、お菓子をもらえうのはいいの?!


 まさかこんなにすぐ口に入れるとは思わなか……ハチマンさん? 私にもくれって顔をしてますけど、いまはそれどころじゃないでしょ!


「坊や。おうちの人に伝言してくれるだけでいいのよ。ハクサン家から人が来たって言ってきてくれない?」

「あと3つくれたら言ってくる」


 ちゃっかりしてるわね! はいはい、あと3つあげるわよ。ハチマンさんは、私にもついでにって顔で手を出さない!!


 そしてその子がどたどたと中に入ってゆき、しばらくすると、この家の人と思われる女性が出てきた。


「どどどどどっ。なにやらおいしいお菓子がもらえると聞いて」


 あんたは大人でしょ!! ってか誰よ?!


「おや。イリヒメ様ではありませんか!!」

「おやおやおや。そういうお主はナガタキ殿ではありませんか。大きくなられて見違えましたぞ。この雪の中をよくおいでくださった。ただいま取り込んでおりまして、お出迎えもできず申し訳ない」


 この人がハルミさんを助けたというイリヒメさん?! オオクニ様とは系統の違うニホンで最も古い神々の一族の女神様だそうだけど。おもてたんとちょと違う。


 まるで盛ったようにふっくらした短い金髪に、足のほとんどが見えている短いスカート。両肩を出して胸なんか半分くらい出したトップスを着て。これはまるで私のいた世界のギャルファッションだ。



読者 :「えっ」

スクナ:「あっ、今のは読まなかったことにしてね ギロッ」



「イリヒメ様もお元気そうでなりよりです。ということはこちらはイリヒメ様のお宅なのですね。お忙しいところ申し訳ありません。今日は調査のためにやってまいりました」

「調査とな。それはもしかすると?」


「おそらくいま、イリヒメ様を多忙にさせているあの事件のことではないかと思われます」

「なんと! 昨夜の事件のことが、もうハクサン家に伝わっているのですか?!」


「今朝、一報が届きました。全部逃げられたとのことですね?」

「なんとか3頭だけは残っていますが、残りは」

「ご同情申し上げます」


「朝から捜索隊を派遣して情報収集に当たっているところです」

「そうでしたか。その詳細を伺いに来たのですが、なにか私たちにお手伝いできることはありませんか?」


「まだ調査を始めたばかりで詳細といっても……。ナガタキ殿のお言葉は嬉しいのですが、今のところ捜索の手は足りております。ただ」

「ただ?」


「あ、いえ。1箇所だけ我らには行きづらいところがありまして」

「といいますと?」

「ホシミヤですよ」


 ああ、あそこか。なるほど、という顔をしたナガタキとシロトリであった。


 さっぱり意味が分からない私は、ただ呆然と突っ立っているだけだった。この人たちにとって、そこがどういう場所であるのか、私は知らなかった。


 しかし、そういう場所こそ、私たちが行くべき場所ではないのかという気がした。


「行きづらいといいますと、どういうことでしょうか?」

「そこは恐ろしい魔物が出るとされているところです」

「魔物ならどのダンジョンだって出るじゃないの」 とハタ坊。


「それが、いままで何人もの英雄や魔法使いが退治に出かけたのですが、退治して帰ってきたものがひとりもいないのです」

「ええっ?」


「どうやら、魔物なのに修法がまったく効かないらしいのです。しかも強力な魔法使いでもあるらしく、上級クラスの魔法使いでも刃が立たないのです」

「そ、そんな恐ろしい魔物がいるのですか?」


「ああ、それなら我も聞いたことがあるヨ」

「それは魔王様よりも強いのですか?」


「さぁ? 我は会ったことないゾヨ。ハタ坊は知ってるか?」

「ホシミヤといえば、あの有名なやつのことではないか。聞いたことはある。でも会ったことはないな」


「その魔物の名前はなんと言うのですか?」

「「「サルトラヘビだ」」」


 なにその複合魔物?!


「サルの顔をして、胴体はタヌキのよう。そしてトラの手足を持ち、尾はヘビだ」

「違うぞ、それはヌエのことだゾヨ。サルトラヘビは頭がサルで胴はトラ。尾がヘビだゾヨ」


「だからそれは同じものじゃないかぎこぎこがこ」

「な、なんだとこのやろう、全然違うヨぽかぽかぱんぽこ」

「アホ抜かせ。ただの地方ごとの伝承の違いだろう。胴体はタヌキだと言っているがぎがぎが」

「手足はトラではないかゾヨぱかぽかぽんたす」

「それは誰かが見間違えたのだぎがぎりぎりぎり」

「見間違いで済めば魔王はいらないゾヨぱかぽこぺんぺん」


 あぁもう。魔王様がこうなったら止められる人はユウさんしかいないのに。どうしよう?!

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