第259話 魔王の事象改変能力
「待て!! ハルミ。焦って走るとろくなことが……」
ごわぁぁぁぁぉぉぉぉぉん。
またやりおった。ここは村長シズクの家である。ケシケシン(大型のムカデ型魔物)なんかいるはずがないのだ。しかしその単語を聞いただけで、恐怖に駆られたハルミはいきなり走り出し。
「豆腐の角に頭ぶつけたノだ」
違げぇよ! どっかのバカじゃねぇ……ここのバカだけど。ハルミがぶつかったのは柱の角、それも極太の大黒柱であった。エッジは削ってあるものの、角は角である。ハルミのおでこには大きなコブたんができた。
その衝撃は柱から梁へと伝わり、壁や屋根までを揺らした。ほとんど震度5強の世界であった。
そして当のハルミはその場に寝転んだ。
「倒れ込んだ、だと思うノだ」
大丈夫かねぇ、こんなのが聖騎士とやらになっても。パロの聖騎士(ベック)公はもっと格好良かったぞ。
「また知らない名前が出てきたノだ?」
もうちょっと落ち着きというか、騎士らしい行動が取れないものだろうか。そういう教育をどこかで受けさせることはできないものか。茶道だか華道だか、そんな修行はないものか。なんなら戦車道でもいい。
これでは、どこに嫁に出しても恥ずかしい女でしかない。
ただ今回は、これでちょうど良かったのかも知れない。ハルミをここに置いて行く口実ができたのだから。
「ああっ、シズク様。見て下さい。この柱に大きなヒビが!!」
「おいおい。大丈夫か、この家が倒れたりしないだろうな」
「大丈夫だ……と言いたいところだが。いまの揺れ方は尋常じゃかったな」
「シズク様。すぐ、専門の者に調べさせましょう」
「そうだな。ハチマン手配をしてくれ。あーあ、200年ものの木曽ヒノキの大黒柱にヒビを入れるとは。どんだけ固いおなごだ。表面だけのヒビなら良いが」
「こ、交換が必要だったら、代金はシキ研で補償するから言ってくれ」
「それは助かる。しかし、柱が中まで割れていたら、家屋全体のリフォームが必要になるかも知れんなぁ」
「そのときは、お安くしときまっせ?」
トヨタ家の本業である。まいどあり。エース出番だぞ。
柱の代金はハルミの給料から天引きしておこう。しかしこれでハルミをヤサカまで連れて行かなくて良くなったのは朗報である。
「戦力を減らしてどうして朗報なノか?」
「イッコウを探すなら人手は多いほうが良いヨ?」
「ハルミが勝手に気絶してくれたのは好都合なんだよ。今回は人数が多すぎるから減らしたかったんだ。まだこれからヤサカまでの道案内も加える必要があるしな」
「別に人数なんか多くてもいいじゃないの」
「多いと誰がしゃべっているのか分からんだろ?」
「「「そういう理由?!」」」
#結構深刻な問題ですよ? 作者的に。
「ということで、これからヤサカの里に向かうメンバーを発表する」
「それ、なんて乃木坂選抜メンバーヨ?」
「センターは俺な。次に七福神痛いん」
「ユウさん、ふざけてないで普通に発表して下さい」
「スクナのツッコみが怖くて痛ーい魚の目。えーと。まず俺と、それに眷属代表でハタ坊。今回はお前が俺の護衛役だ」
「魚の目ってなによ? 私は了解よ」
「「ユウ。我らは?」」
「オウミとミノウはここで待機だ。ただイズナだけは、スクナについて一緒に来てくれ」
「分かったゾヨ」
「「ぶぅぶぅぶぅノだヨ」」
「お前らはアシナと一緒にいて、ハルミが起きたら適当に相手してやってくれ」
「「きゅぅぅノだヨ」」
「ハルミさんの介護はまかせて」
介護言うな。それを言うなら看病だ。おでこのコブを病気というのはちょっと違うかも知れないが。
ハルミに懐いているアシナだから、置いて行ったほうが良いだろうという判断である。
「ユ、ユウさん……」
「なんだ、スクナ。なにか不満か?」
「ううん、置いて行かれると思ったから。ありがとう!」
いや、感謝されることじゃないのだ。またごたつくのを避けたかっただけ、というこちらの都合だ。イズナが付いていれば危険はないだろうしな。
ヤサカでの情報収集のあと、ダンジョンに向かう必要ができた場合は、里に置いて行くことになるかも知れない。そこまでは一緒にいよう。
「それに、ナガタキとシロトリ。お前らは1セットだったな。イッコウのことはお前らが詳しいようだし、被害を受けた当事国の人間でもあるし、ヤサカは大切な取引先のようだし。先頭に立って働いてもらうからそのつもりでな」
「がってんでさ!」
ちょっと待てナガタキ。ハクサン家の当主が、どこでそんな言葉を覚えた?
「ナガタキ様。それはちょっとはしゃぎすぎですよ」
「良いではないか、シロトリ。ここではイズモ公がトップで私はその配下に過ぎない。私はワクワクしているのだ。かしこまるほうがおかしい。そうだろ? ユウ、さん」
「あ、ああ。まあ。お前がそれで良ければ」
「がってんでさ!!」
なんか言葉の使い方が間違っている気もするが? まあいいや。これで選抜メンバー5名と2眷属が決まった。
「それでシズク村長。ヤサカまでの道案内を頼める人を1名お願いしたいのだが。ハチマン以外で」
「むかっ。誰がお前の案内などしてやるものか!」
「なるべく頼りになるやつが良いのだが、ハチマンは論外で」
「うるさいわ! だからやらないと言っているだろう」
「口うるさくなくて、従順で有能なやつはいないか?」
「私を見ながら言うな!!」
「じゃあ、ハチマン、行ってこい」
「「はぁぁぁ!?」」
「なんか予測が付いたノだ」
ヤサカに移動したあと、さきほど俺が何気なく言った「ハルミが起きたら適当に相手してやってくれ」という魔王たちへの言葉が、魔王どもの事象改変能力(都合の良いように言葉を解釈する)によって、あとから意外な展開を産むことになるのである。
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