第256話 まさかのヤサカ?

「ナガタキ。聞こう。どうして決算書の再提出を拒んだんだ?」

「ぐっう。うわぁぁぁぁぁん」


 いや、あの。せっかく泣き止んだのに?


「イズモ公。その件は、参謀たる私から説明いたします」


 あんた誰?


「そうなのだ、あんな偉そうなやつはシロトリにまかせて、こっちはイテコマシをするノだ」

「そうだそうだ。あんなのを相手にすることはないのだヨ。続きをやろうず」

「アレはああいう性質なのだゾヨ。気にしたら負けだゾヨ」


 お前ら、俺の眷属(イズナが除くが)のくせしやがって大概だな。今度、ソロバンの珠と一緒にかき混ぜて鏡面研磨してやる。で、シロトリっていうのか、こいつは。


「申し遅れました、私はシロトリ。ハクサン家に代々使える執事でございます」

「そうか。シロトリさん。初めてお目にかかる。それで説明とは?」


「はい。決算書の件ですが」

「できているのだろう?」

「それが、まだなのです」

「まだって、書き写すだけのことがか?」


「いえ、まだその前の段階で止まっているのです」

「あの用紙の意味が分からなかったのではなく?」

「ええ、あの紙を見た瞬間にピンときました。なにしろミノウ様の紙ですから」


 あ、そうか。ここはミノウにとっては準地元だった。ここでは、あの紙も珍しくはなかったな。民間でも使っているぐらいの土地柄だった。


「ということは、決算そのものが終わってないってことか。もう期をまたいでいるぞ?!」


「そうなのですが、じつはこの地方では例年、この季節になるとイッコウ一揆が起こるのです。それが今年は特に酷くて」


 一向一揆って、あの信長も家康も手を焼いたという浄土……待てよ? もう騙されないんだからね。


「えっと、それは誰かが一気飲み大会をやっているとかいう?」

「一気飲み大会って、なんの話ですか?」


「いや、酒の一気飲み大会のことだろ? それは春を喜ぶお祭りかなんかか? 急性アルコール中毒患者が発生したのなら、良い医者を手配できるぞ?」 魔王だけどな。


「そんなわけの分からないことしませんよ! 一気じゃなくて一揆です。反乱です。クーデターです」

「今度は本物かよ!!」


「なんですか、今度はって」

「あ、いや。なんでもない。くっそまた引っかかったか。で、そんな物騒なことが毎年起こるのか?」


「毎年というわけではありませんが、この季節に多いです。春が近づくとどうしても血が騒ぐようで」

「血が騒ぐって、まるで魔物じゃねぇか」

「魔物ですよ?」


「ふぁぁぁ!?」

「イッコウ、っていう小型の魔物で、妖狐の仲間です」

「キツネかよ! なんでイッコウって名前が付いたんだ?」

「イッコウって鳴くからです」


 いままでのネーミングの中では、マシなほうだと言わざるを得ない。


「その妖狐が一揆ってどういうこと?」

「イッコウは、魔物にしては人に懐きやすくて可愛いので、ペットとして人気があります。ただ忠誠心が強すぎて、こうと決めた人以外からはエサを貰うことさえ拒否することがあります」

「犬にもたまにそういうのがいるらしいが。まるでいぬぼくSSのような」


「誰ですか、それ? そんなイッコウを捨てる人が稀にいるのですよ」

「気にしないでくれ。もう亡くなった人だ。しかし、ペットを捨てるなど、そんなやつは死刑にすべきだ!」


「そんな乱暴なこと言わないで下さい。すると、その個体が野生化することがあるのです。そしてそれがイッコウの群れを率いるようになり、この季節に凶暴化して牧場を襲うようになるのです」


「わぁ、それは怖い。なるほどね。それはよく分かったが」

「はい」

「それと決算とどういう関係が?」


「我が国の経常収支は、ほぼそのイッコウに依存しているのです」

「はい?」


「先ほども言いましたが、イッコウは人に良く懐きます。そしてその人に忠誠を誓います。その性質から富裕層に大変好まれるペットなのですよ」


「なるほどね。富裕層ほど人は信じられないだろうからな。癒やしが必要なわけだ」

「しかも、魔物なので眷属化が可能なのです。そのため、孤独なお金持ちさんには特に需要があるのです」

「魔物は眷属にできるんだったな。モナカのぬこのようなものか。人気があるわけだ。それは儲かりそうだな」


「それはもう。個体によりますが、高いものだと1匹100万からします」

「ふぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 うちのニホン刀並みじゃねぇか。


「一般的なイッコウでも10万は下りません。毛並みが金色のゴールデンイッコウや、しぐさの可愛いジャングルアンイッコウなどは30万から。超小型のロゴスキーイッコウは輸入品で品薄なせいもあって200万ほどします」


「……まるでハムスターのようなラインナップだことで」

「1匹どないだっか?」


「口調が大阪商人になってんぞ。いらねぇよ。眷属はこいつらだけで間に合っている」


「ノだ?」

「ヨ?」

「ゾヨ?」


 いや、最後のは違うから。


「なによ?」


 そういやハタ坊もいたっけな!


「お盛んなことで」

「それ、意味が違うから。俺は性豪じゃないから」

「まあ、愛人……じゃなくて眷属はいくらでも持てますからね。それでその捨てられたイッコウが問題なのですが」


「愛人って言いかけやがったな。で、捨てられたイッコウがどうしたって?」

「5年ほど前に捨てられたうちの1匹が、大変なカリスマイッコウだったようでして。そいつが野生のイッコウを率いて群れを作ったのです。そしてこの時期になると決まってイッコウ牧場を襲うようになったのです」


「襲うって人を襲うわけじゃなかったのか」

「人に危害を加えることはめったにありません。なにしろこの話は人の死なない」

「ああ、分かった分かった、そのくだりはもう聞き飽きてるから次を話してくれ」


「物語で……あ、はい。で、昨夜も大がかりなイッコウ一揆が起こって、我が国で3番目の規模を誇る牧場から、ほとんどのイッコウが逃げ出してしまったのです。先月からこれで27件目の被害です」


「それは酷いな。それで決算は?」

「……いったいいままで私はなにをお話して来たのでしょう。その被害金額が確定しないので、決算書が作れないと言ったのですけど」


「ああ、そこに繋がるのか。そんなもんいまの時点で分かっている限りを盛り込めば」

「こうしている現在も、被害は拡大を続けているのですよ」

「現在も?」


 そこに急報が入った。


「シロトリ様! またイッコウです。今度はグジョウがやられました!!」

「ほらね?」

「ほらね、とか言ってる場合じゃないだろ。なんとかしろ……え? グジョウ?」


「グジョウは小さい牧場ですが、あそこはレアなイッコウが育つ土地なのです。ああ、また被害が大きくなるのか」


 と頭を抱えたシロトリであった。グジョウ、と言えば思い出す。ついこの間行ったばかりだ。そしてやたら骨を折ったっけ。あ、思い出したら古傷が痛むずきずき。


「グジョウって、伝書ブタの牧場もなかったか?」

「おや、良くご存じで。そこのすぐ側です。エルフのヤサカ族という方たちがいて、そこと契約を結んでイッコウを育てていたのです。しかし、そこまでやられたとなると……」


 ヤサカってイリヒメとかいう女神が治める村だ。ここででてくるとは、まさかのヤサカ。以前、グジョウのダンジョンを飛び出して迷子になったハルミが、命を助けられたことがあった(197話)な。


 俺は会っていないが、ハルミを助けたぐらいなのだから善意の人たちなのであろう。そこも被害にあっているということだ。


 これは、冒険者編としては、助けに行かないといけない場面か。


「シロトリ。イッコウってのは、普段はどこに生息している?」

「暗いところを好むので、森の奥やダンジョン内です。眷属化した個体はそうでもないですが」

「ということは、暗闇でも働けるものが必要ということになるか。ハルミ、話は聞いたな?」


「ああ、イリヒメには世話になった。恩返しをしたいと思っていたのだ」

「お前の剣、というかクドウには働いてもらおう。それからオウミ、ミノウ。お前らも来い」

「「分かったノだヨ」」


「あたしも行くよ。ダンジョンならお手の物だ」

「そうだな。ハタ坊も頼む。スクナ」

「はい!! 私も」

「お前は留守番だ。シロトリ、こいつの世話をたのひゅぅひゅひゅ?」


「そういうことを言うのは、この口かこのほっぺか!」

「いひゃひゃひゃい。ひゃなへっての。おまへは留守はんしてほ」

「嫌だ! 一緒に行く!!」


「こちょこちょこちょこちょ」

「きゃははははいやだぁぁぁ、あはははは、ひぃぃふぅふぅへへひゅぁぁ」


「ほうみ、ふくなをこうほく(拘束)ひほ」

「気が進まないのだ。でも命令ならするのだ、ほれ」


「あぁぁぁん、オウミ様のバカぁ!!」

「我を恨むでないノだ。すべてはユウの責任なのだ」

「ほうだぞ、ふくな……手を縛られたからって足の指を俺の口に突っ込むな! どんだけ根性だしてんだ。ぺっぺ。しょっぱい足の指しやがって」


「うぅぅう。私も行くもん。もう、これが最期だもん。これでお別れなのに。だって、最期くらい一緒にいたいもん。ミノウ様?」

「いや、そこで我を呼ばれてもヨ」

「オウミ様?」

「いや、そこで我を呼ばれてもノだ」


「イズナ様?」

「我は残る側のようだゾヨ」

「これ、ほどいてくれないとウエモンに言いつけるからね」


「いや、だってそれはその」

「イズナ様はユウさんとは無関係でしょ?」

「無関係だゾヨ」

「それならいいじゃない!」


「イズナはそのニホン刀をどうしたんだったっけな?」

「うがごげごごごごゾヨゾヨ」

「スクナ、諦めろ。イズナとここで待て」


「嫌っ! 後からでも追いかけるから。絶対に追いかけるから」

「ユウ、スクナがここまで言ってるんだ。連れて行ってやろう。私が守るから大丈夫だ」

「ハ、ハルミさん!!」


「ふぅ。後から追いかけて来られるほうがかえって危険か。オウミ、拘束を解いてやってくれ」

「ほいノだ」

「ユウさんっ」


「泣く子とスクナには勝てないな。みんなで行こう。アシナもイズナも来てくれ。イズナはスクナにずっと付いててくれ」

「了解だゾヨ。まかせるゾヨ」

「あぁ、良かった。忘れられてるかと思いましたよ」 アシナの弁である。


「イズナはもう、ダムとか作っちゃだめだヨ」

「ここでそれを言うでないゾヨ!」

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