第249話 ハンドグラインダーと砥石

「あのー。ユウさん、あのこれ、こんなのができちゃったんですけど……」

「おっ、ゼンシン。もうできたのか。さすがだ。この話は面倒くさいところは進むのが早いな」

「な、なんの話ですか?」


「あ、いや、なんでもない、こっちの話。で、どんな感じ……ってでかいな、おい!!」


 やや太めの鉛筆とか言ったのは誰だよ。これはもう、細めのダイコンというかスクナの二の腕ぐらいはあるぞ。


「え? どうしてそれを」


 昨夜、ずっとぷにぷにして……なんかいないんだからね?


「たたたたただの例え話だよ、このぐらいかなって。いや、このハンドグラインダーが俺の予想よりちょっとだけ太かったものでな」

「そうですよね。でもユウさん、現状ではこのぐらいが限度です。あのベアリングというのを小さくすることができませんでした」


 ゼンシン、泣きそうだ。うむ、相当に無理な注文を出してしまったようだ。ちょっと可哀想になってきた。


 前の世界にあった手持ちリューターが俺の基準だった。だからそのぐらいのものを作れと、つい言ってしまった。そもそも小型化というのは難しいのだ。あれは高度な技術の積み重ねがあってこそ可能になった工作機械だったのだ。


 しかし、これでも手で持てるだけ、床置きのろくろよりは遥かにいい。


「う、うん。ゼンシン、たった半日でよくやった。これで作業は遥かに高度なものになるだろう。こちらの世界にサツマ切子の名声が轟く日が近づいたぞ」

「そ、そうですか。それなら良いのですけど」


「小型化はこれからおいおいやってくれればいい。第1弾としては大成功だよ。それから、次のことなんだが」

「次ですか、はい?」


「せっかくの魔鉄だ。タングステン冶金の入れ物もいいけど、お前専用のノミを作ったらどうだ?」

「ひゃえ?」

「どっから声を出してんだ。魔ノミを作ることを許す、と言ったんだよ」


「ひょぇはひょせにょほひょなひょんきょんきょん!!!」

「お前はどこの世界の何者だ! 落ち着いてしゃべれ」

「ほ、ほん、本当に良いのですか、そんなことしてもらって」


「ああ、お前にはずいぶんいろいろやってもらったらからな。お前なしではできなかったものがふんだんにある。旋盤もボール盤も、このハンドグラインダーもそうだ。お前なしでは、シキ研もタケウチも成り立たないぐらいだ。そのご褒美だと思ってくれ。いつか仏像を彫るのに必要な魔ノミを、いま作ってしまえ。ノミの種類がどのくらいあるのか知らないが、魔鉄が4Kgもあればかなりできるだろ?」


「え、ええ。それはもう。だけど、そんなこと。ほんとに、ありがとうございます! 初めここの正社員になるように言われたとき、本当は迷いもあったんです。だけど、良かった。ユウさんに付いてきて本当良かった。ありがとうございます。僕はきっと、ニホン1の仏師になってみせます!!」


「あ、いや、それはいいけど、仏師はその、こちらの仕事の合間というか、一段落してからにしてくれよ?」

「あははは、もちろん分かってますよ。いまでも週に1体ぐらいは作ってるんです。あれは僕の未来の夢ですから」


 仕事漬けのはずなのに週に1体は仏像を彫っているだと?! まったく努力を怠らない男だ。立派なやつだ。そんなやつに喜んでもらえて、俺も嬉しい。


 しかしこの俺の決断は、少し後になっていろいろと波紋を呼ぶのであるが、それはもう少し後の話である。


「ウエモン、砥石はできたか?」

「おう、24本作った」

「に、24って、お前はすごいな! それがこれか。あれ? 先が丸いのとか、四角いのとかいろいろあるぞ?」


「砥石でガラスを加工するんだろ? いろんな形状が必要かなって思っていろいろ作っておいた。使いやすいのがあれば、今度からそこに書いてあるナンバーで注文してくれ」


 ウエモンの作った砥石は、俺が指示したとんがりタイプが24本の他に、円柱そのままやつ、先端を少し丸くしたやつ、細長いやつ、幅広のやつ、こんなの回せるだろうかってぐらいでかいやつ。計5種類の砥石が用意されていた。しかも軸のところにナンバリング付きだ。発注しやすいようにする工夫だろう。


 俺より先のことを読んでやがる。そう。俺は仕上げ間近の加工で使うものとして、先の尖った砥石を注文したのだ。砥石は一番細かい番手である。しかし、切子加工ではもっと多様なニーズがあるのかも知れない。


 ウエモンはそれを見越して、これだけのものを用意したのだ。


 じつに細やかな気遣いができる女の子なのである。


「がしがしがしがし」


 これさえなきゃね。


「あ、スクナ。これ、もしかしてお前がやらせたのか?」

「ううん。今回は私は作るのを手伝っただけ。それ全部ウエモンの発案よ。ウエモンね、サバエさんところでいろいろ経験を積んだみたいなの。生産体制の構築とか在庫管理とか、なんかウエモンが遠くにいっちゃった気がする」


 サバエさんとこでそんなことを!? どんだけ見込まれてるんだよ。サバエさん、ウエモンを跡取りにしようとか考えてないだろうな。そのうち、重役にでも就任しそうな勢いだ。

 

 ……それも悪くはないか? オオクニ社長にウエモン工場長か。その会社を俺の(暫定だけど)領地に作って育て、イズモを豊かな国にする。それが俺の野望……


 というわけではないが。


「ずこーー。ちち違うノか? 流れからしてそうなると思ってた我のずっこけを返せ!」

「勝手にずっこけるなよ」


 そうすれば、あそこの好素も良いものになるだろう。それもどうでもいいが。


「ずこーー。どうでもいいのかヨ! 我もずっこけたではないかヨ!!」

「お前も勝手にずっこけるな!」


 俺がしたいのはカイゼンだ。その結果にはそれほど興味がない。俺がカイゼンをする以上、悪くなるはずはないからな。


「「またでた、傲慢ユウ人間!! ノだヨ」」


 誰がユウ人間だ。それを言うなら傲慢人間ユウだろ。


 ……だれが傲慢だ!! お前らハクサイと一緒に漬けたろか。


「じゃあ、サツマに戻ってさっそくこの砥石とハンドグラインダーを使ってもらおう。ハタ坊。転送を頼む」

「しゃくしゃくしゃく、あ、ちょっと待って。もう少しだけしゃくしゃく」


「お前はナツメをどんだけ気に入ったんだよ。早くしろよ。そんなに食べたきゃ、持っていけばいいだろ」

「う、うん。このポテチもうまくて、ぱりぽり。こんな食べ物アイヅにはなかったから、ぽりぽり」


「そりゃ、ポテチは俺が作ったものだからな。でも、ナツメはないまでも、果物ぐらいはあっただろ。アイヅは結構裕福な領地だったようだが」


「あそこが裕福に見えるのは、こういうものにお金を使わないからよ。ぽりぽりざざざっ。あぁあ、終わっちゃった」

「アイヅにはお菓子の類いはないのか?」


 それなら売れるかも知れないと思ったのだが。


「アイヅでは、食事以外になにかを食べることなんて、盆と正月、それにお客さんが来たときだけよ。そういう贅沢を慎むのが美徳だと思ってるの」


 それじゃお菓子は売れないな。


「そういう土地柄ということか。ちょっと堅苦しい領地だな。うちの魔王たちには向かない領地だ」

「「向かないノだヨ!」」


 なんかやらかしたときの罰として、アイヅ流しって手もあるかな?


「「物騒なことを考えるでないノだヨ!!」


 質実剛健。それを地で行く領主、それがハニツだ。アイヅは平地は少なく耕作期間も短い。これといった産業も資源もない。夏は猛烈に暑いが期間は短く作物は育たない。その分冬は長く雪に閉ざされる。豊かな恵みが期待できるミノやオワリとは大違いだ。


 そんな厳しい環境で暮らして行くには、人がそれに寄り添うしかない。我慢強く頑固な正義感。そういう気質が育って当然であろう。


 暗君がひとりでもでたら、国が滅びかねないほど過酷な地だ。だからこそ、血筋ではなく能力で領主が決められるという方式が根付いたのだろう。


 そして国力をため、いざというときに備えている。そういう国の人たち、俺は嫌いじゃない。今後もアイヅの発展には大いに寄与しようと思っている。


 話が逸れちゃった。それじゃ、サツマへ飛ぶぞ。ハタ坊、頼む。


「私はアイヅとはいっても中通りだけどね。そっちもひっくるめてよろしく頼むよ。ひょいっ」



*福島県は、奥羽山脈と阿武隈山地で縦に3分割されている。海岸側から浜通り、中通り、会津と呼ばれる。それぞれで、ものすごく気候が違う。住民気質も違う。でも、全部ひっくるめて、作者は福島が大好きである。

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