第238話 七五三
「オウミはミノ国に帰って、ミヨシに俺たちの服を調達してくれと、言ってきてくれ」
「服なら着ているではないノか?」
「アイヅには殴り込みだからいつもの作務衣で行ったが、今度からはここの使者として行くことになる。だから正装だ。全員スーツを着用するぞ。ミヨシならサイズは分かっていると思う」
「おいおい! 護衛である私もか? スーツではダンジョンで動きにくいのだが」
「ダンジョンには行かねぇよ! しかしスーツでは動きにくいか。シオンはスーツ着て暴れ回っているけどなぁ」
「誰?」
「あ、なんでもない。そうだな。護衛のふたりは和装になっているから、ある意味正装だろう。そのままでもいいや。じゃあ、俺とスクナだけだな」
服が来るまで珠作りの現場見学でもしていよう。スクナ、案内してくれ。
「はい。こちらにどうぞ。ずいぶん工程がシンプルになりましたよ」
「シンプルに? そうか、それは楽しみだ」
「これが旋盤です。ここに加工する角材を横向きにセットします。このとき、角材の下に支え棒を起きます」
支え棒? ってなにかと見たら、Yの字型になったただのつっかえ棒であった。
「これをどうすんだ?」
「角材の片方は機械のチャックで固定できるでしょ? だけどそれだけでは不安定だから、下からこれで支えるの」
「だけど、それじゃ角材を回転をさせられない。ということは外周加工ができないんじゃ?」
「外周加工をやろうと思うと大変なのよ。だから、まずはこの長いドリルを角材の長手方法に通すの」
「ふむふむ。やってみてくれないか」
「ウエモン、よろしく」
「おう。まず、こうしてああして、こうすれば、ほら、ドリルが角材の中央に通るだろ?」
「お、おぉ。なるほど、通るな。通ってしまったら、つっかえ棒は外してしまえばいいのか。そしたら回転させられるな」
「その通りよ。そしたら、今度はドリルを両側からチャックすれば、角材はドリルと一緒に回ってくれるのよ」
「ふむふむ、なるほど。分かったぞ。最初のドリルは穴が通ったら今度は回転軸になるわけだ。そうすると、角材もドリルも交換する必要がないわけだな。そのままで珠の加工に入れると」
「そうなの。これはウエモンの発見なのよ。そしたら今度はドリルごと回転させて、このV字バイトを当てると」
ガガガガッという音を立てて角材が丸く削られてゆく……のかと思いきや。
「もう丸く削る必要なんかないよね?」
「なるほど。V字バイトを当てれば、自然に珠の外周形状になるもんな。全体を丸く削っておく必要なんかないわけだ」
「その通りだ。そうすると、ほらほれひれほれ。どんどん珠ができて行くだろ?」
お前ら、すごいな!! 立派な改善じゃないか! いままでのデータをまとめると。
最初の1個当たりの工数はこのようであった。
・ノコギリで2cm角に切る 5秒(角材の状態で)
・ノミで削る 25秒
・穴開け 20秒
・磨き 5秒
計 55秒(2,000個/日)
これが俺の改善で24秒(5,600個/日)になり、さらにチームスクエモンが9.2秒(12,000個/日)にした。
それをさらにチームスクエモンの改善2(下記)により5.7秒(20,000個/日)にした、ということだった。
・角材の前加工 0秒 不要になった
・丸棒にドリルをぶち込む 0.2秒(34個取れる)
・ノコギリで2cm角に切る 0秒 不要になった
・V字バイトで削る 0.5秒(34個取れる)
・ノミで削る 0秒 不要になった
・穴開け 0秒 不要になった
・磨き 5秒
計 5.7秒
ただし、この生産数量はふたりで16時間稼働(寝る食う以外はすべて仕事)での計算である。長く続けてもらうためにはそんブラックな仕事を続けていてはこちらも困るのだ。
いつ倒れるか分からないからである(ちなみに、昨日24,000個作ったというのは、チーム・スクエモンのお手伝いがあっての結果である)。
「あと残るは磨き工程だが。これについてはどうなんだ?」
「「うっ」」
「まだアイデアはなしか?」
「「うっ」」
「返事が変わってないぞ。それなら俺がアイデアを出そう。この磨きは現状1個1個やっているだろ?」
「1個1個しかできないの。がしがしがし」
「ウエモンは都合の悪いときにもそれかよ! そこまでは分かっているわけだな。で、お前ら福引きってやったことないか?」
「福引きって、あの年末にポイントためてぎゃらぎゃら回すと球が出てくるやつでしょ?」
「そう、それそれ。ガラポンというか正式名称は新井式回転抽選器(まめち)っていうんだがな。このソロバンの珠をそれに入れてみたらどうなると思う?」
「外ればかりがぼろぼろ出てくるちくしょう」
「お前はそういうイメージか! 当たったことないのかよ。そうじゃなくて、この場合は出口不要だからは塞いでおくんだ。ソロバンの珠をその中に入れてごしゃごしゃ回すのが目的だ」
「ごしゃごしゃ回したら……どうなるの?」
「中で珠同士が当たって角が削れて行くと思わないか?」
「あっ。なるほど!! んー。だけど、あんな軽い珠同士が当たったぐらいで削れるかな? 結構固いよ、これ」
「それより、逆にキズが付きそうだぞ」
「スクナの質問に先に答えると、珠だけじゃダメだと思う。丸くて固いものを一緒に入れて回せばいいじゃないか。玉石的なやつを」
「あ、なるほど」
「ウエモンの質問には、中に糠を入れて回せばいいだろう。どうせ照りを出すのに糠を使うんだろ? それならなら、最初から入れておけば良いじゃないか。その粘りがクッションになってキズは防げる」
「おおっ!」
「ただし、なにをどれだけ入れて、どのくらいの時間を回せばいいか。それはやってみないと分からない。ガラポンの大きさも決めないといけないしな。それを考えて見ろ。とりあえずは、いまあるガラポンをいくつか買って試してもいいぞ」
「分かった。買ってくる。どこで売ってる?」
「それは俺にも分からん。サバエさんにでも聞いて見てくれ。それともイズナは知らないか?」
「見たことはあるが、売っているとこは見たことないゾヨ」
「そうか。お母ちゃんに聞く。いろいろ実験してみる」
「よし、それでやってくれ。どんな条件が一番うまく行くか、いろいろ試してみるがいい」
「分かった。ふたりが帰ってくるまでに結果を出す」
「威勢がいいな、おい。失敗してもその結果は必ず記録に残せよ。それがうまく行けば一度に1,000個ぐらいは処理できるだろう。磨き工程も大幅に短縮できるはずだ」
「まかせろ。スクナがいなくても、やってみせる」
……こいつ。もうじき帰ることになるスクナに、あとのことは心配ないぞと言いたいのか。案外良いやつなんだな。
「がしがしがしがし」
これさえなきゃね。
そして、ミヨシの手配で俺たちの服がやってきた。
俺のは紋付き羽織袴の上下セット。それに白い足袋に下駄を履いて、白い扇子に木製の守り刀。
スクナのは肩上げした赤い花柄をちりばめた振り袖、紅白の組み紐に紅白の帯。赤い花をかたどった髪飾りに手荷物には匂い袋か。さすがミヨシである。なかなか気が利いて……
ねぇよ!!! これは正装じゃねぇ! あ、いや、正装だけども。これ七五三の正装だから!!! スクナはともかく俺まで混ぜるな危険!!
俺たちは12才と6才だぞ。俺は小柄だからそう見えなくもないがやかましいわ!
結構似合うだけに余計に腹が立つ。返品だ返品!! 普通にスーツを買ってこい!! フォーマルなやつを!
「と伝えてくれはぁはぁ」
「わ、分かったノだ。なに用と言えばいいノだ?」
「俺のは結婚式に参列する人用でいい。スクナはもうドレスにしてもらおう。派手過ぎないやつで」
「最初にソレを言うノだ。行ってくるノだ」
「俺だってこっちのドレスコードなんか知らないんだよ。あっちのだって知らんかったけど!」
それにしたって七五三は失礼だろうが。
「ユウさん、私これ結構好きだよ」
「着てみたのか。ああ、可愛いよ。とっても似合ってる。だけどそれで渉外に行くのはちょっと」
「ありがとう。私、嬉しいぽろぽろぽろ」
ちょっ!! なんで泣く? 泣くイベントがどこにあった???
「だって、なんか嬉しくて、おかしいねぽろぽろ、あははは、涙が止まらないあはは。あれ、どうしたんだろ私ぽろぽろ」
「お、おい。スクナ。どうしたんだよ」 おろおろおろ。
困った。こんな事態は想定外である。女の子に目の前で泣かれるなんて生まれて初めてである。こんなところを誰かに見られたら、俺が泣かせたみたいじゃないか。困った困ったこまくらちえこ(誰だよ)。ええいもう!!
俺は思わずスクナを抱き寄せた。それだけで良かったのだ。しばらくそうしていればスクナも泣き止んだに違いない。だけど、俺は余計なことをしてしまった。
続く
「ここで?!」
「お主、スクナになにをしたノだノだノだ?」
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