第237話 遠征
「その7つの領地ってのは、どことどこだ?」
「ヒタチ、サツマ、イワミ、シナノ、アワ、ヒダ。それにミノじゃ」
「ミノも入ってるのか!? 分かった、早速行ってくる。約束を忘れるなよ。だが、その前に準備が必要だ」
「準備だと?」
「いや、それはこっちの話だ。あ、そうだ、ハタ坊は文字は書けるのか?」
「誰にものを言っているのよ。私は姫君なのよ。高等教育を受けているの。歌のひとつやふたつ、軽くひねって」
「よし。それじゃ一緒に来い。オウミ、ちょっとサバエさん家に移動するぞ。転送を頼む。ハルミとアシナはここで待機だ」
「最後まで聞けよ!」
「「う、うん分かった。待ってる」」
「ほいノだ。ひょいっ」
「あらら、行ってしまいましたわね」
「なんというか、こうと決めると素早いやつじゃの。ハルミとアシナは少し休むと良い。タケ、案内してやってくれ。あとで食事を運ばせる。改築したばかりの別室にはシャワーもベッドもあるぞ」
「はい、ありがとうございます。そうさせていただきます」
「ところで、アメノミナカヌシノミコト様。ユウのことですけど」
「どうかしたのか?」
「オウミに聞いたのですけど、ユウはアマテラスの末裔の可能性があると」
「ほひぇぇ?」
「なんですか、変な声を出して」
「いやいや、驚いたのじゃ。アマテラスじゃと?」
「ええ、なんでもアイヅのダンジョンで窮地に陥ったオウミは、咄嗟にユウに光攻撃呪文を教えたそうですの」
「ふむ。さっきやつが言いかけたことじゃな。それでどうなった?」
「あのミノウオウハルを手に持って光攻撃呪文を唱えたら、そこから発生した光が、50階層もあるダンジョン中の魔物を一撃で浄化してしまったそうですわ」
「ほひぇぇ?」
「アメノミナカヌシノミコト様は驚くとその声が出ますのね」
「あ、ああ。そんな、ことが、本当にあるのか? 階層をまたいで攻撃を通すなど、ワシでも無理だと思うのだが」
「ですわね。でも、アマテラス様なら」
「ああ、そうか。光属性か」
「ええ。光に特化した特性を持つあの一族ならあるいは」
「そうか。ダンジョンを住み処とする魔物なら光には特に弱い。だからできた技であろう。しかしそれにしても分厚い壁をどうやって光がすり抜けられるのか。しかも攻撃魔法じゃと……あ? ハルミは……それでか?」
「なんですの?」
「いや、ハルミはクラスチェンジでレベル1に戻っているはずなのじゃが、さっきの話ではすでにレベル28になっているらしい」
「それはきっとパーティを組んでいたからですわね。ユウのおこぼれを貰ったのでしょうね」
「おこぼれでレベル28にもなったのか。ということは本人は」
「レベル88だそうですわ」
「ほひぇぇ?」
「数百年ぶりにレベル100の人間が誕生しそうですわね」
「ああ、そうなるかも知れん。あとダンジョンを5つか6つ破壊するだけじゃな」
「本来なら、ひとりでひとつ攻略することさえ異常なのですけどね。あ、でもアメノミナカヌシノミコト様?」
「なんじゃ?」
「ということは、ユウもクラスチェンジができるのではありませんこと?」
「ああ、そうじゃな!? それなら一旦レベル1に戻せる。……しかしユウの職種はいったいなんじゃろう?」
「確かカイゼン、とか言ってましたわね」
「そんな概念はこの世界にはないぞ」
「ですわねぇ」
「どうしたもんじゃろ?」
「さぁ?」
「いっそ、勇者にしろと言われたほうがまだ楽じゃ」
「それはそれで、問題になりそうですけど」
「そうれもそうか。あの体格ではのう」
一方、サバエさん家に戻ったユウは。
「よし、書けた。スクナとハタ坊。これを書き写してくれ」
コピー機があれば楽なんだがなぁ。
「これを写すんかーい」
「がしがしがしがし」
「汚い字だこと」
どれからどうツッコめばいいのやら。とりあえず、ウエモンは書き写さなくていいからその癖は治せ。
俺が即興で書いたのは「マニュアル」である。オオクニたちのことだ。アイヅと同じように、ミノウ紙をただ送りつけたのだろう。
だからどう扱っていいのか分からなかった領地の人たちは、過去のやり方で決算を行ったと推測したのだ。
ヒタチ、サツマ、イワミ、シナノ、アワ、ヒダ、ミノ。
いずれも保守性の強い地域である。それだけにいままでのやり方を変えることに抵抗があったものと思われる。
そこにたった1枚の紙が送られてきて、さぞや当惑したことであろう。それも決算間近であっただけになおさらである。
だから気づかないふりをして、「今回はいままで通りで出しておきましょう」などと言い訳をして、従来の方法で提出したのであろう。
そいつらを納得させるため、マニュアルを作って持って行くのだ。これを見て再提出しろと言うだけだ。
おそらくそれだけで終わる。余裕を見て、それぞれに10枚ずつ、計20枚書いてもらった。
「できたぞ」
ハタ坊、早いな! どれどれ。
「おい、これは本当にハタ坊が書いたんだよな?」
「あたりめだ」
「それを言うなら当たり前な。スルメの干物か」
「はーい、私もできたよ。でも、ハタ坊ってすごいね。すっごいキレイな字。ねぇ、ハタ坊、私に字の書き方教えてくれない?」
「え? あ、ああ。まあ。良いけど。良いよ」
ハタ坊がどぎまぎしとる。スクナの人なつっこさは尋常じゃない。それにしても、これは本当に美しい字だ。その上読みやすくて早い。
スクナだってヘタじゃないが、これはレベルが突き抜けているようだ。
「字が書けるのは王族の嗜みだからね。アイヅに来てからは、機織り技術も皆に教えたけど、ついでに文字の書き取りも教えていたわよ」
「ほぉ。機織りの技術もか。だからハタオリヒメという名が付いたのだな。お前を見直さないといけないな」
「それだけじゃないわよ。糸ってのは相場がかなり動くのよ。蚕の成育の良い年もあれば悪い年もある。だから当然、織物の値段も変わる。相場チェックや品質管理に値段交渉もやっていたわ」
「そこまでか!? ダンジョン経営の傍らにそこまでやれるものか」
「小さいころからスパルタ教育を受けたもの。そのぐらい簡単なことよ」
「スパルタって、どんな教育を受けてきたんだ?」
「礼儀作法、読み書きソロバン、茶道、剣道、戦車道、編み物、裁縫、交渉術、算学、化学に物理学、経営術それから」
「待った待った!! お前のすごいのは分かったが、ひとつおかしなものが混じっているぞ」
「てへぺろー」
「オウミ、これはお前の仕業じゃないよな?」
「ち、ち、違うのだ! それは我も初めて知ったノだ。てへぺろ、とはこういうときに使うものか。メモしておくノだ」
「せんでいい! ってか戦車道はスルーかよ」
「メモすんのかーい」
「スクナも乗らなくていいから」
「がし」
「ひょい」
「がっしがし」
「ひょい」
「が……避けるな!!」
「いつまでもやられっぱなしだと思うな!」
まったくこいつらの相手をすると話が進まん。さて、マニュアルもできたことだし、それでは持って行くか。
「あ、あの。ユウさん」
「おっと、なんだスクナ」
「あの、私、そろそろホッカイ国に帰らないといけないの」
「あっ。そうか、そろそろ雪も溶ける季節か?!」
「うん。今年は雪が多かったからいつもよりもうちょっと遅いみたいだけど、あと1,2週間ぐらいで帰らないといけないと思う」
「そうか。学業優先だからなぁ。それは仕方ないな」
「だけど、私まだなにもしてない」
「なにもって、ここでドリルしてたじゃないか」
「あれはウエモンがメインだもの。鉄の棒を削れるのは、ウエモンの魔バイトだけ。私はその補助役に過ぎないもの」
「それでも充分役には立ったぞ。ドリルがあれば、旋盤もボール盤も販売できるんだ。あれは利益率がとても高い。おいしい商品だ」
「うん。それはそうだけど」
なんだろう? スクナはあまり自己主張の強くないキャラだけに、活躍の場が少なかったのは確かだが。
「ユウはこれからどこへ行く?」
「ウエモン、ユウさんと言え。これから各国を回って、このマニュアルを置いてくる」
「置いてくるだけではいけないと思うノだ」
「ちゃんと説明もしないといけないでしょう?」
「いや、それはちょっと。なんだ。その。はれほれ」
「どんだけ人見知りなのよ」
「ややや、かましいわ」
「じゃあ、スクナも連れて行け」
「なんだって?」
ウエモンがおかしないことを言い出した。
「ドリルの在庫も溜まったし、スクナの役はサバエさんでも代行が可能だ」
「まじでか?! ドリルの在庫ってどのくらいある?」
「えっとね。汎用タイプは2,705本。長さが35cmの特殊なやつは512本。それにテストで作ったいろいろな長さ・太さのやつは全部で120本」
すごいな! ってかちょっと作り過ぎたか。ほとんどがステンレス綱だから錆びる心配はないが、在庫を持ちすぎるのも良くない。そっちは止めて珠の生産の手伝いでも。
「最近はソロバンの珠作りも手伝ってるぞ。昨日なんか1日で24,000個作ったぞ」
させようと思ったら、もうやっていた。おみそれいたしました。え? 24,000個だと?!
「おいおい。そこまで来たのか!! すっげー。俺の最終予定数をすでに越えているじゃないか」
「私たちが手伝ってだけどね。いろいろ細かい改善もやったよ?」
「そうなのか。その場に立ち会えなくて残念だ。しかしお前ら。もうすっかりサバエさん家の子になってしまったな」
「うん、私たち、お母さんって呼んでる」
「そうか、お父さんも呼んであげてな」
「だからスクナを連れて行け」
「だから、の意味が繋がらないんだが」
「もう分からんちんめ!!」
「はぁぁ!?」
「スクナはずっと前からユウに惚れてるんだよ!! だからホッカイ国に戻る前に、もっといろいろい話とかしたいんだよ!! それなのにエチ国でほったらかしにしているだろうがしがしがし」
「いや、あの。それを言われても。ス、スクナ?」
ひょいって、ウエモン攻撃を避けるわけに行かなくなったこの状況をどうしよう。
「ウ、ウエモンったら。そんなことまで」
と言いながら真っ赤になるスクナである。俺も面と向かってそんなことを言われたことがないので、真っ赤である。ウエモンに踏まれた俺の足も真っ赤である(当社比)。
しかし、俺にはせねばならない仕事がある。
「ハタ坊。お前は人の転送はできるか?」
「そりゃもちろんできるわよ。生き物ならどれだけでもいけるよ」
「どれだけでもか。すごいな」
とチラッとオウミを見る。
「す、すごくなんかないノだ。ハタ坊は生き物だけであろう。我は荷物でも人でも、どちらもで運べるノだ」
「そうなのか?」
「それはそうだね。あたしは神だから生き物だけ。ただ、その生き物が身に付けているものなら一緒に運べるよ」
運んでもらうたびに素っ裸にされてはかなわん。そのぐらいは当然……と思ってちゃいけないのか。
どっちにしても、異世界ならではの機能であり制約だ。ミノウは生き物はだめだが、荷物は大量に運べる。オウミはどちらもそこそこ運べる。カンキチは手荷物レベルだったな。それにハタ坊は生き物なら大勢運べるか。
眷属の使い分けを考えなきゃいけないなぁ。
「分かった。じゃあスクナ。俺と一緒にニホン全国行脚の旅に出るか」
「え? いいの?」
「7つの領地を回る仕事があるんだ。1週間で終わらせる。ハタ坊、お前が転送係だ。俺の護衛にハルミ。スクナの護衛にアシナとしよう。そして交渉はスクナ、お前がメインでやれ。そして最後にもう一度アイヅに行って、ユウコを回収してこよう」
「せめて、保護するって言ってあげるべきなノだ」
かくして、識の魔法を得るための遠征団が結成されたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます