第227話 ハルミのふたつ名

「アブクマダンジョンって、危険なところなのか?」

「あそこはまだ全攻略が終わってないのだ。確実に分かっているのは12階層までで、そこから下は未知の世界だ」


「ふぅん。グジョウよりは遥かに危険そうだな。じゃあ俺には無理。こっちで寝てぎゃー」

「ユウも行くの!」

「ぎゃー、殺す気か! ニホン刀を俺に向けるな!!」

「今宵のニホン刀は血に受けておる」


「受けてどうするよ。なんでそこだけBLだ。それを言うなら飢えているだ。ってか飢えるのも止めて」

「表彰式の後で噂に聞いたんだ。あのダンジョン奥には、まだ誰にも退治されたことがない魔物がいて、そいつはすさまじい経験値を持っているらしいのだ」


「ふぅん」

「なんだ、その気のない返事は!」

「誰も退治したことがない魔物が、どうしているって分かったんだ?」


「え? そりゃ。それは、その。経験というか勘というか?」

「勘で分かるかぁ! その話自体が胡散臭いってことに気付けよ。おそらくそれは作り話だ」

「良いではないか、ともかく行こう」


「ともかくで誤魔化すな。お前はどうしてそんなとこに行きたがるんだよ」

「だって、クラスチェンジしちゃったら」

「そりゃ、お前が望んだからだろ?」

「うん。それはそうなんだけど」


「レベルが1になったからなノだ」


「ん? レベルが1って下がったのか?」

「我のときはクラスチェンジにはレベル50が必須だったノだ。いまでもそうか、ハルミ?」


「は、はい。そうです。ちょうど50になったときに、ベルが鳴ったのです」


 ああ、あれか。ち~ん、ってやつか。アマチャンの仕事だな。


「それで思い出した。クラスチェンジでレベルが1に戻るって、そんな設定のゲームがあったっけな」

「ゲーム言うな! これは私の剣士としてのプライドと、もっと大事なものがかかっているのだ」

「そんな大層なこと?!」


「それでレベル1になったハルミは、焦っているノだよ。無理もない。いままでできたはずのことが、急にできなくなったノだから」

「そうなのか?」


「うん……。プライドもそうだけど、一番の理由は、ミノウオウハルなの。私のミノウオウハルが、ミノオウハルが、ちっとも反応してくれなくなったの。斬れないのよ。遠くの鉄どころか、目の前のキャベツでさえも凹むだけなの。こんなこと初めてなの」


 ミノウオウハルが使えなくなったのか。


「逆に考えるんだ。ミノウオウハルも進化して、キャベツを凹ませる刀になったのだと」

「そんな進化いるかぁぁぁ!!」


「なあオウミ。それはレベルが下がったことが原因なのか?」

「我にも分からないノだ。ハルミはクラスチェンジによって、新しいスキルを身につけることができるようになったノだ。しかし、それにはまだステータスが全然足りないノだ。そのあおりを食っていままで使えたものも、使えなくなったと考えるのが普通だと思うノだ」


「オウミでさえも確証がないんだな」

「ノだ。そもそも魔法使いでもないハルミやミヨシが、あの魔刀を使えること自体が不思議だったノだ。だから使えなくなった理由もよく分からないノだ。しかも、あのクドウさえも沈黙しているノだ」


「クドウもか!? クドウのおかげで魔物が斬れるようになったんだろ? それはやっかいなことだな。それでハルミは、まずはレベルを上げてみたいということか?」

「ああ、そうすれば使えるようになるかも知れないだろ?!」

「クラスチェンジの弊害で、使えなくなったのかも知れないけどな」


「い、嫌だっ!! そんなの絶対にいやぁぁぁぁぁぁぁ!」


 嫌とか言われても、俺は知らんがな。


 ハルミがそう騒ぎ立てている真っ最中に、間の悪いやつが部屋に入ってきた。


「ユウ? 無理矢理はダメだぞ!! 男の風上にも置けん所業だ。この国でそれをやったら逮捕してみーつーだぞ!」

「ハニツはいきなり部屋に入っていてなにを分からんことを言ってるのだ。何年も前の合意の上でのエッチのことなんか知るか……じゃなくて、誰がなにをしたってんだよ!!」


「ユウがハルミどのの嫌がることをしていたとしか思えんのだが?」

「俺はなにもしてねぇよ!」

「でもいま大声で、嫌って叫んでいたではないか。ウソをつくと罪は重くなる一方だぞ」

「やかましいわ! 誤解って言ってんだろ。それよりハニツはなにをしに来たんだ?」


「む。誤解なのか? ハルミ? 私はなにを誤解しているのだ? なにがあったのか話してみよ」

「ぐすっぐすっ。ユウが、ぐすっ。私の一番大切なぐすっ。ものをぐすぐす」


「ユウを逮捕せよ!」

「なんでだよ!! 最後まで聞きやがれ!」


 その誤解が解けるまで(もちろんミノオウハルのことは内緒である)小1時間ほどかかった。

 まったく、こんな純真な少年をえん罪で逮捕しようとか、この国に火を付けてやろうかと思ったぞ。


「まぁまぁ。そんな物騒なことを言うな。誤解なのは分かった。それよりハルミ、もう決めたのか?」

「ぐすぐすぐっ。あぁ、その件でしたら、もうしばらくお待ちください。まだ心の整理が」


「なにを決めるって?」

「クラスチェンジのご褒美だ。ハルミのふたつ名だよ。斬鉄の剣士という愛称があることは聞いておるが、これからは正式な名前となる。一生をそれで過ごすのだ。だから慎重に決めろと言ったのだが」


「まだ決めてないのか?」

「うぅう。これが使えないと思うと、斬鉄では私にふさわしくないかも知れない。そう思うと決心が付かないのだ……。ユウ、どうしよう?」


 どうしようって言われてもなあ。俺のことじゃないし。ハルミの能力が復活するとは限らない状況だし。


「それには期限はあるのか? ハルミのレベルが上がったら元の能力を取り戻すかも知れないのだが。それまで待ってもらうわけにはいかないか?」


「儀式が終わってから24時間以内と決まっておる。普通は、試練を受ける前に決めておくものだからな。そんなに待ったという例はないのだよ」

「斬鉄のハルミでいいじゃないか。ニホン刀で鉄棒を3本まとめた斬ったのは事実なんだし。それはこれからも変わらん」


「しかし、それは一生付いて回るのだぞ? もし、もしも、この……がなにで〇●したらどうするんだ!?」

「微妙な伏せ字はよせ。俺にも意味が通じんぞ。別にウソではないのだから、いいと思うんだが」


 ハルミの中では、鉄を斬るというのは「離れたところから縦横無尽に鉄を切り刻む」を意味しているようだ。関ヶ原で戦車を斬り刻んだときのように。

 それができなくなったいま、斬鉄のふたつ名は身に余ることになる。今度は一生付いて回る正式名称なのだ。エースがおべんちゃらで付けた名前ではない公的なものだ。


 しかしそれよりも、ミノウオウハルが使えなくなったというショックにハルミは捕らわれている。だから一刻も早くレベル上げをしたくて、ダンジョンへ行くと言い出したのだろう。経験値がいっぱいあるという魔物の噂話に飛びついたのも、同じ理由だ。


 レベルを上げることで、ミノウオウハルは復活するかも知れないという淡い期待はある。しかしそれはオウミでさえも確証がないことだ。


 復活して欲しい。どうして復活しないのだ。なんとかしてくれ、とハルミは暗に俺に言っているのだ。


「それを俺に言われもなぁ」


「しかしハルミ。このままダンジョンに向かってしまうのなら、いまここで決めておかないと、ご褒美であったはずのふたつ名は消えてなくなることになる。それでも良いのか」


「よ、良くはありません。だけど、そんなこと、私には思い付かなくて。あぁもうどうしたら良いものか」

「ダンジョンに向かう前に決めればいい。ダンジョンにはいますぐ行かなくても良いだろ? ここは少し落ち着いて、オウミが隠し持っているポテチでお茶でもしようではないか」


「ノだ?」

「オウミ。知ってるぞ、アイテムボックスの在庫。ありったけ出せ」

「きゅぅぅぅぅぅ」


「いまは羽根をつまんでいないだろ! ややこしい声を出すな!」

「我の、我の隠し資産なノに。ぐずぐずぐず」

「なにが資産だよ。ぐずぐず言ってないでさっさと出せ。こういうときのために俺はいつもは黙認してやってるんだぞ」


「ぐずぐずぐず。分かったノだ。ハルミのために出すノだ。しぶしぶ」

「それじゃ、ハニツはお茶をよろしく」

「なんじゃそれは。まんじゅうのようなものか? まあ良い。おい、タダミ。お茶を用意しなさい」


「「はーい」」


 スセリまで一緒に来た。ポテチに釣られやがったな。


「あら、ポテチとは豪勢ですことぱりぱりぱり」

「あら、スセリ様。このお菓子ご存じなのですか」

「ええ、3時のおやつには欠かせないお菓子ですことよ。ほら、タダミもご馳走になりなさいな」


 まだ稀少なはずのポテチを、どうやって手に入れているのかは聞かないでおこう。このようにして、オウミの隠し資産はあっという間になくなったのであった。これは売れるなと改めて思った。今さらだけど。


「しくしくしく」

「泣くなよ。今年のジャガイモが収穫できたら、嫌というほど食わせてやるから」

「そうか。楽しみにしているノだぱりぱり」


「それで、ハルミ? 決まったか?」

「うっ」チラッ


 なんで俺を見る?!


「なんの話ですの?」

「ハルミのふたつ名だよ。なにがいいと思う?」

「たしか斬鉄とか、聞いたような気がしますけど」


「それ以外でなにかないか」

「そうですわねぇ。これから一生付き合うことになるふたつ名ですから、慎重になるのは分かりますけど」


「ということは、一生変わらない特性を名前につけるべきですわね」

「ちなみに、あんた達はどんなふたつ名を?」

「私は姫を後ろに付けましてよ」


「後ろに? そんなのもありか?」

「昔はみな、そうでしたもの。だから正式名はスセリビメですの」


 感じで書くと須世理姫ということか。なるほど。昔は単純で良かったな。


 ん? 単純? 単純か。そして一生変わらない。単純で変わらない特性なら、それで良いじゃないか。


「ハニツ。それってなにか制限ってあるのか? 文字数が長いとダメとか未成年がダメとか放送禁止用語がダメとか」

「ユウがなにを言っているのか分からんが、別に制限はないぞ?」


「そうか。じゃあ、エロエロ剣士。でどうだ?」

「なっ。おま、お前はなにをアホなことを!! そんなものダメに決まっているであろう!!!!」

「いや、だってお前。エロエロ度7250ってのは一生変わらないステータス……」


 ち~ん。


 あっ。


「決まったノだ」

「決まったな」

「き、決まったのか」

「うむ。決まったようだな」

「カンナギハルミのふたつ名はエロエロ剣士ということに」


「ユ、ユ、ユ、ユウのバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

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