第216話 イズモに飛ぶ
「ユウ、ユウ!! 大変だユウ。私はすぐ、イズモに行かなければいけないのだ、一緒に来い!!」
「ふぁあ?」
朝8時57分。俺の就寝時間中に、そんなアホなことを言ってくる魔人はひとりしかいない。
「起きろ、ユウ!! すぐに行くぞ。すぐに着替えろ、いや、もうそのままでもいい。なんならふりちご~ん」
「ふぁあ?」
「ハルミ姉さんってば、朝っぱらから過激なこと言わないの!」
傍若魔人は、俺が寝ぼけている間にミヨシに殴られたようである。しかしなにが起こったのかさっぱり分からない。誰か説明してくれ。
「ふぁあ?」
「それでは通じないと思うノだ」
「ふぁあ」
どうして、9時までのたかが3分が待てないのかと。
「たかが3分ぐらい早起きしても良いと思うのだヨ?」
そして朝ご飯である。
「もぐもぐもぐ。それで、なにがどうしたって?」
「ハルミはどうやら転職の神殿みたいなのヨ」
「もぐっ? ぐっぐっぐっくっぅげほっげほっ」
「それで、次の職業に就くためきゅぅぅぅぅ」
「もげげ、もごごんでるぐぅぅ、のにふぐぅのはなぐぐを」
「落ち着いて。はいユウ、お茶」
「ぐっぐびぐびぐびびび はぁはぁ俺が苦しんでいるときに無視して普通に話をすんな! ありがとう!!」
「だからハルミを連れてイズモに戻るノだ」
「だからそれを説明しろと」
「私のレベルが上がったのだ。上がったら上位職へのクラスチェンジが可能になるだろ? そのときが来たのだ。この私が上位職に就けるのだ。だからすぐに行こう!」
「可能になるだろって、そんな説明いままで1度も聞いたことねぇよ」
そりゃ、いま思い付いたんだもの。その場しのぎの達人より。
「ハルミはいつも大事な部分をすっ飛ばすんだから。ミヨシ、事情は聞いてるか?」
「だいたい聞いてるよ。姉さんね、夜中に毎日出かけてなにをしているのかと思ったら、魔物狩りをしていたのよ」
「魔物狩りを夜中にか? 真っ暗でよくそんなことができるものだな」
「それを助けたのが、ミノオウハルなのよ」
「へぇ。ミノオウハルにそんな隠れた能力があったということか」
「それがややこしくて。なんでもあのグジョウで、ユウたちを助けた仙人がいたそうだけど」
「ああっ!!! 思い出した! そうだ、あのとき、俺たちを助けてくれたクドウという仙人がいたんだ。たしかハルミにぶっ飛ばされて消えたと聞いていたが、そいつがなにかしたのか?」
「ぶ、ぶ、ぶっ飛ばしたの?! その人が、姉さんのミノウオウハルに憑いたみたいよ?」
「仙人が憑くなよ!! 亡霊か! 憑依霊か! ハルミに危険はないのか?」
「それは大丈夫みたい。姉さんにじゃなくて、憑いたのはミノウオウハルのほうよ。だけどそれで、魔物まで斬れるようになったそうなの」
「あれ? ハルミは魔物は斬れなかったっけ?」
「そうだ、斬れなかったのだ。いや、まったく切れないわけではないが、ミノオウハルは魔法防御のかかったものは苦手だったのだ。だから魔物狩りはいつもニホン刀でやっていたのだ」
「そうだったのか。ということはクドウ? そこにいるのか?」
刀に話かけるというまぬけな図である。しかしそこにクドウ仙人がいるというなら仕方がない。これがミヨシに騙されていたのなら、すっごいアホの子だな、俺。
しかし、ちゃんと返事が来た。よかった。
「ユウか。俺はここだ。鞘の中は快適だぞ?」
「か、快適なのか。それは良かったな。あのときは世話になった。しかし、お前はそれで良いのか? もう自由に歩くことも空を飛ぶこともできなくなったのだろう?」
「ああ、かまわない。俺の代わりにハルミが歩いてくれるし、走ってくれる。しかも俺は全然疲れない。むしろありがたいぐらいの話だ」
あらそ。もともとが引きこもり仙人だ。それで問題はないのだろう。本人が気に入っているならそれでいいか。
「それでミノウオウハルにお前が憑いたことで、魔法に対する攻撃力をハルミが得た、ということであってるか?」
「おそらくあっている。この1ヶ月の間いろいろ試したが、俺が見つけた魔物をハルミに斬れと指示すると、その通りに斬れているのだ。俺が見える範囲の魔物ならなんでも斬れる。遠くても威力が全然変わらない。これはすごい刀だな。俺は夜でも昼間のように見えるから、夜の魔物狩りはそれはもう楽しいものだぞ。こんどお主も行くか?」
「俺は行かねぇよ。だけど、ハルミの経験値がやたら溜まった理由は良く分かった。夜ならライバルもいなくて狩り放題だろうな」
「そうなのだ! 夜の狩りはすごいぞ! 狩り放題だ。私はもう楽しくて楽しく楽しくて」
「楽しいのはいいが、仕事はどうしたんだ?」
「え?」
「まさか、あれから1度も行ってないなんてことは」
「あああ、あれは、あれはあれであれはだな。いまはまだしばらく当分お休みでやっとかめなのだ」
「名古屋弁が出てるぞ。行ってないのか」
「……うん」
「それで夜中に起きて魔物退治して、昼間はずっと寝ていると」
「……うん」
なんという元気な引きこもりだこと。
「おい、クドウ。ハルミがこうなったのはお前の影響じゃないのか?」
「おいおい。責任転嫁はよせ。俺はただ行きたくないところに行くべきじゃないと、暗示をかけているだけだ」
「お前のせいじゃねぇか!! よし、ミノオウハルからクドウを追い出そう」
「ちょっ!!! ちょっとちょっと待て待て。なにを、なにをする気だ」
「そうだな、ちょっと窯で」
「窯?」
「アツアツに熱して、もう1回ゼンシンにたたき直してもらおうかぐぇぇぇぇ」
「ユ、ウウ。頼む、それだけは止めてくれ! これは私にとって大切な刀なのだ。もう分身とも言える刀なのだ。寝食を共にする相棒なのだ。私は新たな力を得たのだ。それだけは止めてくれ」
「ぐぅぅぇぇ。それなら仕事に行くぐぇぇぇ。手を離せ!!」
「ユウ。俺の本体はすでに溶岩の中に消えてなくなった。追い出されたら俺は行くところがないのだ。お主のことならなんでも言うことを聞くから、このままにさせてくれないか」
「そうか。それなら、明日からこの女に仕事に行かせろ。それが条件だ」
「うぅ、分かった。そうしよう」
「わぁぁぁぁぁ、せ、せ、センちゃん、そんなの酷いよぉ」
せんちゃん? 誰だ、それ?
「あ、そうだ! つい忘れてしまったが、そんなことよりもユウ。私とイズモに行くだの」
「話が最初に戻ってんぞ! お前のレベルが上がったのと、それとなんの関係があるんだよ?!」
「ハルミは経験値が溜まって、クラスチェンジが可能なところまできたのだヨ。しかし、そのためには転職の神……イズモの神殿で必要な義務を果たせねばならないのだ。その手伝いをユウに頼んでいるのだヨ」
「いま転職って聞こえたのだが」
「気のせいだヨ?」
「絶対に気のせいじゃない。しかし、自分のことなんだから、ひとりで行けばいいではないか。俺は忙しぐぇぇぇ だからいちいち首を絞めるな!!」
「良いではないか、どうせ暇なのだろう」
「俺の話は聞く気なしか! 俺はまだこれからいろいろと」
「冬の間は、それほどすることはないでしょう、所長」
「ああベータか。そうはいってもな、俺がここを離れたら」
ベータとはすでに周知の仲である。あれから1ヶ月も経っているからな。その辺の描写は省略ということで。
「たいして問題はないだろ、ユウ。お前もこのところ休みらしい休みを取ってないのではないか? あっちにも良い温泉があるらしいぞ」
「エースは人ごとだからそう言うが、休みなら取りたいがこいつのお供で行ったら面倒なことになる予感しかしない」
「ユウはそもそもイズモの太守のくせに ボソッ」
「ハルミ、なんかそれっぽいこと言ったか?!」
「今年になってから1度も行ってないのだろ? 太守のくせにボソッ」
「ハルミはそのボソッ攻撃止めろ。その理由のほとんどがお前のせいだろうが!」
「だから、私のせいでイズモに行かせてやると言っておるのだ」
「なにが行かせてやるだ。恩に着せやがってこのやろう。うまいことこじつけたつもりか」
「ちょうど良いではないか。ワシらも休みを取って、イズモ見学としゃれ込もうではないか」
「じじいは温泉って聞くとすぐに行きたがるやつだな」
「そういえば、今日は会社の創立記念日だったような?」
「ソウ、それいま作っただろ。お前までそっちに染まりやがったのか」
「じゃ、シキ研も休みにするか!」
「エースも乗ってんじゃねぇよ! お前はいつからそんなキャラになったんだ。100人も部下をいきなり休みにしてどうすんだ」
「私、まだイズモに行ったことないのよ。出かけるときはいつもハルミ姉さんばっかりでずるい」
「お前を連れて行くと、他の連中が餓死するだろ」
「あら。いまは料理人も増えたから、問題ないわよ?」
ああ、そうだった。深刻な人手不足はもう解消されたんだったな。むしろ多過ぎて人件費がまかなかまかまかもやもや。金が足りないのだ。そのためにも稼がないといけないのが俺の立場なのだが。
「ウエモンとスクナはイズモに行ったままよね」
「ゼンシンなんかしょっちゅう行ってるわよね」
「だけど、私はどこにも連れて行ってくれないわよね」
ミヨシのよねよね3連続攻撃である。これに耐えられやつがいたら怒らないから出ておいで。ってか出てきやがって助けてくださいお願いします。
「じゃあ、みんなで行ってくれば?」
し~ん。
あれ? 俺、なんか空気読んでないこと言っただろうか?
「よっしゃーー!! 所長のお許しが出たぞ。みんなで行こう!」
いやいやいや。お許しはしてない。俺だけ置いて勝手に行けと。
「じゃあ、今日は臨時休業ってことで、みんなに連絡するわね」
「おい、すぐにめっきラインを止めよう。窯はまだ温度上げる前か? ならすぐに……」
こいつらマジだ。このままだと本当にタケウチもシキ研も臨時休業になってしまう。
「ハルミ、オウミ。こっちに来い。すぐに飛ぶ」
「どこへ飛ぶノだ?」
「お前は話を聞いてなかったのかよ! イズモに決まってんだろ!」
また社員旅行になってしまいそうだったので、慌てて俺はハルミとオウミだけ連れて、イズモに飛んだのであった。なんか前にも似たようなことがあったような。
「ところで、俺はイズモでいったいなにをするんだ?」
「お主は話を聞いてなかったノか」
「お前に言われたくねぇよ!!」
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