第207話 仙人・クドウ

「裸になれ」

「はい、分かりました……なんて言うわけないだろ!!」


「俺は寒い。痛い。死ぬ」

「あ、いや、それは、すまんかったけど」


「じゃあ、脱げ。全部脱いで俺の暖房具になれ」

「そそそそそそんなこと、できるわけないだろ!?」

「俺は寒い、痛い。死ぬ」


「私も今年で15才、花も恥じらう15才なのだぞ。あのときとは違うのだ!」

「あのときって?」

「……温泉で……」


「ああ、おっぴろげた股間を俺にぶつけてきたときのこ……」


 ごぉぉぉぉん、という鐘が頭の中で鳴り響いた。ほんの数ヶ月前のことじゃないかと、言う間もなかった。


「それを思い出すんじゃない!! あのとき私がどれだけ恥ずかしい思いをしたか……あれ?」

「くてっ」


「良い感じで気絶してくれたか。さすが私のミノオウハルだ。こういうことにも使えるんだな」


 良い感じじゃないし、そんなふうには使わないでもらいたい。


 ハルミは恥ずかしさのあまり、思わずミノオウハルの持ち手の部分でユウの後頭部を思い切りどついたのである。


「ああ、これで恥ずかしい目にあわずに済んだ、ふぅぅ」


 冷や汗を拭うハルミであった。しかし、火はもう消えかけている。洞窟の温度は下がり始めていた。陽も陰りそろそろ夕闇が迫ってきていた。

 朝までこの状態だったら、ユウの命はないかもしれない。そんな恐怖がハルミを襲った。


「ユウ? 本当は起きているんじゃないのか? つんつん」


 返事がない。ただの死にかけたユウらしい。お前がやったんだろ、というツッコみも聞こえない。


「あぁぁ、困った。こういうときはどうすればいいのだ?」


 戦闘以外のことでは、およそ機転の利かないタイプである。こういうときどうすればまったく分からない。そこにユウが気絶する前に言った言葉がバイブルのように蘇る。


「ユウは裸になれって言ったな。裸になるのか。裸になってユウも裸にしてくっつくのだろうなぁ。。。なるのか? 裸に? 私が? ここで? ああ、そうだ。ユウの着ているもの、まだ乾いていないのではないか。私だって足下はまだ冷たい。うぅぅむ。しかし裸になるのかぁ。死ぬよりはましだけど。ましだけど。ましかなぁ?」


 などと逡巡している間にも、火は消えて室温はどんどん下がっていた。もう猶予はない。


「しかしなぁ。誰もいないと言ったって、うら若き娘が、こんなところで裸になるなんてなぁ」


 猶予がないと言ってるだろうが!


「あれ? いまなんか誰かに殴られた?」


「そうか、猶予もないのか。仕方ない。私だって寒いのだから、ユウはなおさらだろう。仕方ない。脱ぐか。仕方ない、仕方ない」


 こういうとき普通は、気を失っているユウを先に脱がすのだが、脳内がとっちらかっているハルミはまず自分から脱いだ。


 そしてすっぽんぽんになった。しかし、腰には、ふたつの刀を差した(ミヨシが縫ってくれた特製の刀差し帯を締めている)ままである。そこはさすが剣士と言えなくもない。


 と、そこに。


「そこでなにをしている!!」


 という叱責の声が飛んできた。


 ハルミの剣士としての本能が発動する。こういう場合、なにをさておいても臨戦態勢を取るのだ。


 ハルミはミノオウハルを後ろに引いて腰を落とし、抜刀の構えを取る。ただし、素っ裸で。そして声の主に答える。


「何者だ!?」


「それを聞きたいのはこちらの……ちょ、おまっ、そ、それはいったい、誰のコスプレだぁ!!?」

「だ、だ、誰がコスプレだ。これはすっぽんぽんと言ってだな、つまりはあれだ一糸まとわぬすっぱだやかましわ!!!」


 出てきたのは、粗末な着物を着て不思議な帽子をかぶった男の子であった。そして、こちらに剣を向けている。


 まだ距離が遠くてはっきりとは見えないが、それは明らかに敵対行動であった。ハルミはそう判断した。


「素っ裸って自分で言っておいて逆ギレするな! そんなところで火を焚くとかどういう了見だ。成敗してやる!」


(そんなところ?)


 相手が剣を構えたのを見て、ハルミの剣士としての本能に火が点いた。ほとんど本能だけで生きているやつである。素っ裸であったとしても。


 しかし相手も剣士の端くれのようである。こちらも闘争心に火が点いたようである。ただ、


「あ、あの、目にやり場に困ってしまうのだが」

「ぐっ。お主は私を愚弄するのだな!」

「い、いや、そんなつもりは。せめてパンツぐらい履いたらどうだ」


「私が履いている隙に、切りつけるつもりであろう。そうはいくか!」

「俺がそんな卑怯なことをするものか! しかし、こちら着物で武装をしているのに、お前が、その、なんだ、アレでは不公平かなと思ってだな」


「その着物が武装なのか? そうか。そうだな。じゃあ、こうしてくれる」


 そこまで言われたら、普通の神経ならばじゃあ服を着るよ、ということになるのだろうが、この女だけは意識が高いというよりぶっ飛んでいる。そして手にはミノオウハルを持っている。


 そのミノオウハルをその子に向けて放ったのだ。


「うぉぉあおれおあれれれ?」


 ハルミが刀を振ったのは見えた。しかしその後は、なにがなんだか分からなかったようだ。


 いつのまにか自分の着ている服が、帽子を除いてズタズタにされたのだ。


「はぁぁぁ!? お前は、魔物か? 妖魔のたぐいか?! どうしてそこから斬撃が届くのだ?!」

「さぁこれで対等だろ? さぁ、来い!」


「うっ、ぐっ」

「なんだ? どうした? 来ないのか?」

「ぐぐぐ。おま、お前が、これを、これを切ったのか。俺の着物を?!」

「ああ、そうだ。これで立場は同じ……あれ? 泣いてるのか?」


「だだだだ、誰が泣くものかうあわぁぁぁぁぁぁん。俺の一張羅をこの魔物に切られてしまったわぁぁぁぁぁ」


(それ、魔物じゃなくて魔人だけどな)


「思い切り泣いているようなのだが?」

「ううう、うるさいわ!! わぁぁぁぁぁぁぁ」


 と言いながら剣を捨て、両手をぐるぐる回しながらハルミに殴りかかってきた。幼児がよくやるアレである。


「いや、剣を捨ててどうするよ! 私は立ち会いをすると思って、ちょとちょとちょと。抱きついてくるな!! キモい! 触る……あれぇ?」


「なんだよ、ぐずずずっ、お前なんかこうしてこうしてこうして、ぶるんぶるんぶるんわぁぁぁぁん。当たれよ!! わぁぁぁぁんぶるんぶるん」


 ぐるぐる回した手が、すべて空振りしている音である。


「お主。ちっこいな」 ボソッ

「ちっこくないわぁぁぁぁぁん」

「しかし、私の髪の長さよりも短いではないか」

「お前のアンダヘーアよりは大きいわっ ぐえっぇぇぇぇ」


「そんなものと比較するな!!」


 遠くにいたと思っていたそいつは、じつは結構近くにいたのだ。暗くてよく見えないことに加えて、小さかったために遠くにいるように感じたのだった。


 それは身長は50cmほどのこびとであった。ハルミはその襟首を掴んで持ち上げた。


「ぐえぇぇぇ、ぐ、ぐ、ぐるじい。死ぬ」

「あ、すまんかった。だが、もう失礼なことは言うなよ」

「お前の、ぼいんぼいんの身体のほうがよほど失礼ぐぇぇぇぇ」


「分かったのか!!」

「分かった分かった。もう言わないからだずげでぐぇ」


「よし。それならいい。で、ここはどこだ? お前は誰だ?」

「ここはクズの洞窟だ。俺はクドウ。これでも仙人だぞ」


「雪ん子にしか見えんのだが」

「う、う、う、うるさいな! 小さいからってバカにすんな!」

「自分で小さいと言っているではないか」

「うがぁぁぁぁ」


 しゃべればしゃべるほど、深みにはまって行くクドウであった。


「それで、お主はここでなにをしていた?」

「だから、それはこっちのセリフだ。人の家の前で火など焚くものだから煙くてしょうがないだろうが。無神経にもほどがあるぞ」

「人の家の前? ここはお主の家か?」


(やはりそうか。これで俺も助かりそうだ。しかしハルミのやつ、どうでもいいことをしゃべっていて、俺のことをすっかり忘れてやがる。今度の剣技大会には素っ裸で出場させてやる)


「最初からそう言っているだろ!」

「いや、それはいま初めて聞いたぞ?」

「心の中でさっき言っただろ!」

「心の中で言ったのは、言ったうちには入らん!」


「いーや、入るね」

「入らん!!」

「俺が入ると言ったら入ぎゅぅぅぅぅ。分かった、はいりばぜん」


「分かればよろしい」

「くそ、不法侵入者が威張ってんじゃねぇよ!!」


(もうだめだ、これ以上黙っているとマジで死ぬ)


「ハルミ。そいつに医者を呼んでもらうように頼んでくれ。なんかもう足がなくなったように冷たい」


 黙っていると永遠に放置されかねないので、とうとう俺は自分から言うことにした。もうすこし、あの尻を見ていたかったのだが、命には代えられん。


「あ、そうだった。ユウ、起きていたのか。そうだ、クドウとやら。この近くに医者はいないか。こいつが足の骨を折っているんだ。すぐに治療しないと命が危ない」


「お前はそれだけの危機の前で、なにをのんきに刀を振るっていたんだよ!! それを早く言わんか!!」

「あ、す、すまん。呼んでもらえるか」


「俺には医術の心得がある。その患者のところに連れて行け」

「あ、ああ。分かった。おいユウ。このクドウというのが医者らしい。見てもらえ」


「で、どうしたんだ?」

「足の骨が折れているんだ。それと身体中が冷たい。意識がまた飛びそう」

「ふむふむ。足は単純骨折だな。ふむふむ。おや、左腕もおかしなことになっとる。こっちも折れているな。それにしても、様子がおかしい。最近ここをなんかしたか?」


「ああ、左腕も折ったんだ。1週間ほど前に」

「そうなのか」

「それも2回続けて」

「はぁ? はぁ。それでか。この不思議な骨のくっつき方は。よし、俺が直してやろう。おい、そこの痴女。こいつを奥に運べ」


「だだだだ、誰が痴女だ!! 私はそんなものでは」

「素っ裸でその男に襲いかかろうとしていたではないか」


「ハルミ、どういうことだ?」

「ち、ちが、違う違う、私がそんなことをするものか。ユウが気を失ったから」

「俺を殴って気絶させたの、確かお前だったよな?」


「あ、いや。それはそう。そう言われればそうと言えるかもしれないが、いや、そうでもないような」

「なに言ってるのか分からねぇよ! さっきお前にどつかれた跡がこの頭に残っているぞ!」


「ほぉ。あ、ほんとだ。なにやら固い刀の鞘のようなもので殴った跡がこぶになっているな。これぐらいはすぐに直してやろう。ちょちょいのちょい」


「どうして殴ったものまで分かるんだ?!」

「こんなこぶを作りやが……あれ? 痛くないぞ? クドウ、治してくれたのか。お前すごいな!」

「この程度のケガならすぐ直せる。俺は仙人だからな」


「「仙人様!?!?!?!?!」」

「ああ、そうだ。さっき言ったであろうが」


「そそそれはそれは、お構いもせずに失礼なことをしました」

「お構い過ぎだ! 相当に失礼なやつであったわ。まあ良いものをさんざんみせてもらったからな。それをもって治療費としてやろう」


 ハルミは、そう言われて久しぶりに我に返った。そしていままで時間、ずっと裸だったことを改めて思い出した。その途端に押し寄せてくる羞恥心に抗うことができなかった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「こ、こらぁっ!!! 俺を置いてどこかへ走って行くなぁぁぁ!!!??」


 あぁぁぁ、あぁあ。洞窟から出て行きやがった。素っ裸のままだぞ、いいのか!? ストリーキングかよ。公然わいせつ罪で補導されないか? それとも迷惑防止条例か?


 あれがグジョウのダンジョンで、落ちたり岩を切り刻んだりしたときのハルミの行動なわけだな。関ヶ原で敵に単騎突入して行ったのもアレか。


 あれはハルミの性質なのだ。猪突猛進、向こう見ずで直情径行。考えなしの腕力自慢女。なるほど、行方不明になるわけである。


「ということなのだが、クドウ仙人とやら。俺の治療を頼めるか。その着物の弁償は俺がする」

「ああ、仕方ない。俺ではお前を運べないから、寒いがここでやろう。ちょっと痛いが我慢しろよ」

「え? それはいったいどういう、わちゃちゃちゃちゃぁぁぁ。そ、それはちょっとひどいひぃぃぃぃぃぃぃ。ぎゃぁぁぁぁぁぁ、わぁぁぁっぁあ。どわぁぁぁぁぁぁぁ。ひゅぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 くてっ。


「あ、落ちたか。根性のないやつだ。まあ良い、このほうが静かだし楽だ。ちょいちょいのほいほいっと。この左手の骨折は3回目になるようだ。こんな短期間に3度骨折とは、面白いやっちゃ。こきこきこき。ほいほいのほいっと。よし、手はこれでいい。足もちょいちょいっとぺきぱきぺき。これでいいだろう。あと異常はないかな。おや? こやつ? もしかしたら」


 そうして夜は更けて行くのであった。ハルミの行方はいかに?

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