第204話 冬期スポーツ
そんなことがあったなんて、俺はまったく知らないのである。
ときどきツッコみに参加していたではないか、とか思ってはならないのである。思っても良いが、それを口に出してはいけないのである。
「ノだ」
「そ、それにしても、ずいぶん長い会議だったな」
「6話にもまたがったおかげで、ケガが治ってしまったではないか」
「そ、そうだな。しかしその間にこんなことになろうとは」
「ああ、全くだ。このあんぽんたんめ!」
「す、すまない。私だってこんなことになるとは思ってなかったのだ」
「思っててやられてたまるか。しかし寒い寒い」
いったいなにがあったのかと言えば……。病室でハチマンとの会話。
「ああ、ベッドで迎えるお正月は退屈だ」
「知ったことか。私こそいい迷惑だよ、まったく。ほれ、雑煮持ってきたやったぞ」
「……これ、誰が作った?」
「やかましいわ!!」
「いや、俺はまだなにも言ってないんだが」
「私じゃないから心配するな! ここの料理人だ」
「それなら良いけど」
「良いのかよ!」
「良いよ? ずるずる。あ、うまい。ずるずるもちーぃい。良く伸びる餅だ。うまいうまい。たしかにこれはハチマンは作っていないな」
「うまいだろ。ここの料理人は……いまどうして私が作ってないと決めつけた?!」
「いや、別に。気にすんな。もちもちもっちもちずるる。うまいうまい」
ミヨシは正月の準備のために、年末から里帰り? している。
俺はここに置いて行かれた形だが、タケウチの連中だって大変なのだ。
ウエモンとスクナにユウコはイズモに行ったきりであり、モナカはホッカイ国だ。ハルミ……はどうでもいいとして、ミヨシまでこちらに来てしまうと料理を作るやつがいない。タケウチの食生活が悲惨の極みになることは想像に難くない。
そのために、やむなくミヨシを一旦タケウチに帰したのである。
それで仕方なくいまはハチマンに世話をさせてやっている。三角巾で腕を吊れば起きられるようにはなったから、せものしわは必要なくなったのは幸いであった。
「させてやっている、じゃないだろ! していただいているとでも言えよ」
問題は右手しか使えないということだ。おにぎりやパン(はないけど)なら問題ないのだが、料理の種類(味噌汁とか雑煮とか)によっては、椀を押さえていてもらう必要があるのだ。そうしないと、ベッドの上がワヤになるのである。いや、何回かワヤにしたのである。
「そもそもお前はぶきっちょなんだよ! 何度も零しやがって。こんなもの片手で食べられるだろ」
「ずるずる。右利きのやつが右で箸を持ったとして、それを自由に扱えると思うな。俺なんか箸で魚の切り身を持ち上げることだって、できないのだぞ」
「不器用自慢をするな!! 私なんかごま粒だってつまめるぞ」
それはすごい。どうでもいいけど無駄にすごい。あぁスガキヤのラーメンフォークスプーンがあったらいいのになぁ、ずるずる。いっそ俺が作るかずるずる。しかしあれ、本家でさえも使ってる人がほとんどいないんだよなぁもちもち。
「あぁ、うまかった。お茶おくれ」
「ほれ、熱いから一気に飲め、ほれほれ」
「熱つ熱つ熱つつっっ。ごらぁ。熱湯を俺の口に持ってくるな! 一気に飲むもんじゃないだろ!! それは片手で飲めるからそこに置け!」
「ちっ」
なんだろう、そのちっがやけに心に染みる。そこに医者のシロがやってきた。
「どうですか、調子は」
「ああ、こいつさえいなければ快適だよ」
「なんだと、コラ」
「ということは、いつもの通りですね。もう痛むことはなくなったのではないですか」
「昨日からトンデケも飲んでない。そのぐらいには痛まなくなったな」
「それは良かった。それでは、今日はその添え木を外しましょう。もう骨自体はくっついています。あとはリハビリですね」
リハビリ? 骨がくっついたのならもう退院じゃないのか?
「まあ、外してみれば分かります」
そして包帯をハサミでちょっきんこと切り取り、俺の手を肘から固定していた添え木を外す。あ、久しぶりに外気に触れた皮膚が喜んでいる。ちょっとかゆい。
「さて、腕を伸ばしてみてください」
「そんなことぐらい朝飯ま……朝飯……あぁさぁぇぇぁぁぁぁめぇぇぇ。はあはあ。あれ、どうなったんだ。腕が、俺の腕が全然伸びない。なんで? なんでどうしてだ。どうなったんだ」
腕をまっすぐに伸ばすぐらいのことが、全然朝飯前じゃなかった。ってことは、ディナーのあとでか。謎解き自慢の執事じゃねぇよ。
「おい、まさか、なにかに失敗したんだじゃないだろな。ハチマン、まさかお前、毒を盛ってないだろうな!?」
「なにが毒だ! そんなこと当たり前だろうが」
「え?」
「そうですよ、ユウさん。半月も肘を固定していたので、関節が固まったのです。拘縮(こうしゅく)という関節のまわりが固まってしまう現象です。筋力も落ちているでしょうね。これから少しずつ伸ばすストレッチをしてください」
そういうものなのか。なんか左手だけ鉄腕アトムになった気分だ。
「左手を右手で持って、こうやってくいくいと」
「あだだだだ。無理にやらないで。あだだ」
「おっと失礼。想像以上に固まってますね。それでは自分でできる範囲で少しずつ伸ばしてください。ある程度伸びるようになったら退院できます」
そうか。退院したらタケウチに帰れるか。それともイズモか。まあ、どっちでもいい。この退屈な状態から早く復帰しよう。くいくい、あだだ、くいくい。
「それじゃぁ、私はもういらないだろ。あとは自分で勝手にぐぇぇっ。なにをする!!」
「肘が伸びないうちは、俺は要介護者だろ? まだまだ俺の奴隷として仕え……あだだだだだだだだだっ、こ、こら!! 無理して肘を伸ばそうとするな!! いだだだだだだ、痛いって離せ!!」
「こんなもん、一気に伸ばしてしまえば面倒はない。ぐいぐいぐい」
「あだだだだ。お前は一気が好きだなだあだだだだだだ、もう分かったから。もう行ってもいいから、それ以上引っ張るな!」
今日のところはこの辺にしておいてやらぁ、というような表情を見せてハチマンは部屋から出て行った。まったく、危険極まりないやつだ。いつか泣くまで浣腸してやる。
寝ているのも退屈なので、三角巾で腕を吊って立ち上がる。添え木がなくなったせいで、なんとなく不安な感じだ。鎧を外した剣士はきっとこんな感じだろうな。
立ち上がって滑り出し窓(ドアのように開く窓)を開けると、一面の銀世界だ。これはこれでキレイだが、そこでスキーに興じるのはハルミとその手下たちである。
知らないうちに手下を作るなよな。それよりお前は仕事しなくて良いのか、と問いたい。まさか、まだ行方不明になっているつもりじゃないだろな。また、お小言が必要か?
そのときめざとく俺を見つけたのか、ハルミが声をかけてきた。
「あ、ユウじゃないか。もう添え木は外したのか? それなら一緒に滑らないか?」
「そんな位置エネルギーを浪費するだけのスポーツに興味はねぇよ」
「なんだそれは? いいじゃないか、滑るのは楽しいぞ。スキーがだめならソリに乗るというのもいいぞ」
ソリ? ソリってトナカイが引いているというアレか。あれならただ乗っているだけで良さそうだな。どうせ退屈しているのだから、ハルミに運転させて乗ってみるか。
「ハルミはソリに乗れるのか?」
「そりゃ、もちろんだ。スキーだってもう上級者並というお墨付きをもらってるぐらいだ。それに比べればソリなんて滑り落ちるだけの簡単な遊びです?」
最後の? はいったいなんだ。しかし、どんだけ運動神経良いんだよ。初めてまだ1週間ぐらいのはずだがもうスキーは上級者だと。でもそれなら、ソリぐらい乗ってやってもいいかな?
「じゃあ、ちょっとやってみよう。ハルミが運転してくれ」
「運転ってほどのことじゃないが、まかせろ」
自信満々かよ。もう、冬期スポーツのベテランだな。
そう、冬期スポーツに関しては、ハルミはベテランの域に達していた。そう、スポーツに関しては、である。
それが、大きな勘違いを含んでいることに、俺もハルミも気づいていなかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます