第203話 兄弟対決!
「しかし、残念ながらそれだけのためにアルファ様をシキ研に迎えることはできません」
レクサスはそう言った。実はこの言葉には、たいした意味はない。しかし、意味を作る(でっち上げる)ことはいくらでも可能である。
例えば、15才の少年の作った人脈が当てになるとは限らないではないか。その相手は本当に動いてくれるのか。また、営業は全国を駆け回る職種だ。病弱なアルファにそんな体力があるとは思えない。さらに言えば、侯爵がトヨタ本家を離脱したあと、総統候補として最有力になるアルファ様まで、ミノ国に引っ張って良いのか。
などなど。そんなもっともらしい理屈は、いくらでも考えつくレクサスである。だが、それを言う必要はおそらくないだろうと、レクサスは思っている。
「レクサス。どうしても、ですか」
「はい、どうしても、です」
(アルファ様のこの言い方。やはりそうだ。この人は最初から)
「私がこんなに頼んでいるのにですか?」
「はい。どうあってもです」
アルファは、そこで一息いれた。
「では、私ではなくベータだったらどうなのですか?」
(やっぱりそう来たか! 私は間違っていなかった。この人は最初からベータ様のために)
「ベータ様? ですか。それは、ええと。どうしましょう。侯爵様?」
ええっ、俺なの、そこ? という顔をした。しかし、ここはレクサスが答えてはいけない場面である。あなたしかいませんよ、返事はひとつしかありませんけどね。というメッセージを目で送るレクサスである。しかし、それが通じるかどうかは別問題である。
「べ、ベータ様。あなたはどうしてミノ国に来たいとおっしゃったのでしょう?」
(先に誘ったのはあなたの方でしたけどね)
「え? 僕。僕は、だって。これから刻々と変わって行く時代の流れに」
「あ、そういうのはいらないから」
「対応す……はい、もう止めます。だって。だって。だって」
(はい? なんでそこで涙ぐむんですか、ベータ様??)
「エース。酷いよ!! そんな大事なこと、僕に黙って決めてしまうなんて! いつか僕と一緒に研究所を作るんだって言ってたじゃないか。それなのに、勝手にユウとかって人と研究所を立ち上げた上に、僕を置いて行くつもりだったの? 僕はエースのなんなの? 自分だけミノ国で自由に研究できればいいの? 僕のことなんか、僕のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
(いや、あの、その。そこまで侯爵様のことを!? いや、俺も知らなかったぞ? という顔をしないでください!)
ミギキチの怒号の代わりに、今度はベータの泣き声が会場を支配した。
ベータ様はそんなにエースについて行きたかったのか。あんな聡明なのにやはり10才の子供なのだな。なんか可哀想になってきた。ミノ国に行かせてやりたくなったな。
(公爵様、みんなはどうして俺を見ているの? という顔もしないでください)
ミギキチはここでようやく気がついた。この寸劇の意味を。そして長男の顔をじっと見つめた。
お前は、最初からこうするつもりだったんだな。はいそうです、ごめんなさい。エースにはダシにされ息子には騙される、今日は散々な日だ、まったく。
「あー。内輪の話に皆を巻き込んで済まなかったな。ときにアルファ。シキ研はお前をいらないと言っているのだが、それでも行きたいと言うのか?」
「いえ総統。断られては仕方ありません。僕は諦めます」
あれ? やけに簡単に諦めちゃったぞ? アルファ様はそんなあっさりした人だったっけ? もともと無茶な要求だったけどな。俺がそんなことさせるものか。ヌカタ卿はちょっと黙ってて。
「ということは、長男である私が残るのですから、次男に過ぎないベータはミノ国に行っても良いのではありませんか?」
は(゚-゚)? 皆がこんな顔になった。どうしてそうなった?
アルファは続ける。
「元服はこちらでなければできないわけではありません。勉強も剣技も、エースが見てくれることでしょう。どうしても心配なら学士をひとりぐらいつければ良いことです。ベータはもともとエースには良く懐いていました。それに優秀です。きっとシキ研で役に立つ仕事をしてくれることでしょう。それは将来、トヨタ家にも役に立つ仕事となるはずです」
「……ワシはお前を見そこなっていたようだ。子供というのは、知らないうちに大人になって行くものだなぁ。それでは、エースよ!」
「は、はいっ!」
「ワシはまだお前の口から聞いておらんぞ。ベータは受け入れてくれるのか?」
「ええ、それはもう、願ってもないことです。是非にもお願いします」
「エース。弟が面倒をかけるが、よろしく頼む」
「はい。この命に代えましても」
「よし、それではベータのミノ国行きを認めよう。ただし、これから2年限定の留学扱いとする。元服はこちらでさせる。それからあとのことについては、そのときの状況を見てから決める。それで良いな、ベータ」
「は、はい、お父様、ありがとうございます」
そう言ってベータは再び泣き崩れた。
ミギキチはただ流れに乗せられてベータの留学に同意したわけではない。頑固の扉を開けた鍵は、アルファの成長である。
教育はさせていたとはいっても、それはただの知識の伝達である。
まさか自分なりの人脈を作る活動をしていたとは、ミギキチは思いもよらなかった。商売を広げようと思うなら、人脈はなによりも大切だ。
アルファは自分が自由になるお金と有り余る時間を使って、様々な伝手をたどり、あちこちの地方の情報収集をしていたのだ。
どこでどんな商品が売れているのか、作られているのか。雨は多いのか、少ないのか。洪水や干ばつは起こっていないか。政変は起こってないか。そこの貴族はどんな人柄か。人々はどんな暮らしぶりか。
全国各地に人を派遣して、毎日情報収集に明け暮れていたのである。
さきほどアルファが言った人脈とは、そうした活動の中で自然にできた人間関係の一部である。
バックにトヨタ家がついているからこそできた人脈ではあるが、並大抵の努力でできる人脈ではない。
アルファがボンクラなら、そんなことを考えもしないであろう。将来役に立つと思えばこその活動である。
アルファという人間は、必要と思うことのためになら、自分から行動を起こす人間であるということが分かった。ミギキチはそのことが一番嬉しかったのだ。
自分とはタイプは違うものの、アルファは次期総統となる才覚を間違いなく持っている。そのことに安堵して、ベータを出しても良い気になったのだ。
それはアルファの策略ではあったのだが、もうそんなことはどうでも良くなっていた。気持ち良くしてやられた、そんな気分であった。
それでもトヨタ家は、エースとベータを同時に失うことには変わりはない。それはトヨタ家の屋台骨を揺るがすほどの大問題である。自分の中に渦巻く寂寥感を隠して、総統の勤めを果たさねばならない。
「それではエース。ここで人事を言い渡す」
「はいっ!」
「シキ研の社長にはベータを当てよ。エースはその補佐をすること。そうだな、副社長とでもしておこうか」
「おと……総統! そんなの無理です。いまの僕にはそんな才覚はありません。アルファ兄様とは違います!」
「まだ才覚がないと思うのなら、努力してそうなるように務めよ。それから、さっきアルファが言った人脈を使うことは許さん。あれはアルファのものだ。ベータ。お前はお前のやり方でこれからの2年、シキ研を立派な会社にして見せろ。そのぐらいの覚悟がないのなら、ミノ国に行きたいなどと言うな」
「うっ、ぐぅぅ」
(あっちゃー、レクサス。アルファ様のおいしいところをもらい損ねてしまったようだぞ。流通さえあればすぐにでも利益を出せるのに、ミギキチ様に釘を刺されてしまった)
目の前に見せられた果実が大きかっただけに、それがなくなったことによる落胆である。
(ちょっと怒らせ過ぎましたね。でも、大丈夫ですよ)
(大丈夫とは?)
(その人脈とやら、私がこっそりいただいてきます)
(そんなことができるのか?)
(知らなければなんともなりませんが、いま、そういうものがあるということが分かったのです。それならいくらでも手はあります)
ちらっとアルファがレクサスを見た。そう簡単に手に入ると思うなよ、という目である。
レクサスもアルファを見返す。なんとかしてみせますよ、という目である。
ふたりは見つめ合って、片方の頬だけで笑った。エースの知らないところで、もう「競争」は始まっているのだ。
「競争ってなんなノだ?」
「本家をアルファに継がせシキ研をベータにまかせるということは、どっちが優れた経営者なのか競争をしろ、ということだろうな」
「えぇと、つまりだな、それはだな。なんなノだ??」
「分からんのかい。パズルのピースがはまるように、なんもかんもがうまくいった、ってことだよ」
「そうなノか。しかし10才の子供に2年で結果を出せ、なんて無理難題ではないノか?」
「そのために、エースを補佐につけたんだろう。そんなことより、シキ研には俺がいるんだぞ。なにが問題だ?」
「お主はぶれないやつなノだ」
「ところで侯爵様。ベータ様と一緒に研究所を作ると約束したそうですが、本当の話なのですか?」
「ずっと考えていたんだが、それはおそらく5年ほど前のことだと思われる」
「そんな前!? ベータ様はまだ5才児ですよ?」
「そんなときにちらっと言ったことを、約束と言われてもなぁ。良く覚えていたものだな」
「子供相手にでも、うかつなことは言えませんね。それと」
「ん?」
「ミギキチ様は侯爵様も手放す気はないようですよ?」
「え? どうしてだ? 私はもうシキ研の……あっ!?」
「副社長でしょ? シキ研の社長、副社長はトヨタ家からの派遣役職にするおつもりのようです。なにしろ社長がベータ様なのですから」
「あっちゃぁぁぁ。最後の最後であのおっさんにやられたか?! レクサス、なんとかならないか」
「それは無理です」
エースはシキ研を、自分の会社にするつもりであった。トヨタの子会社という位置づけにして、経営権は自分が握るつもりであった。そのために私財投入も考えていた。それでトヨタ家の影響(指図)を受けなくて済む。そう思っていた。
しかし、自分の上に社長を作られてしまった。しかもそれが御曹司のベータである。
現状ではトヨタ家100%出資の会社なのだから、トヨタ家は経営陣を送り込めるのである。そこに本家筋のベータが社長として来てしまった。これは、シキ研の経営権はトヨタ家が持つという意思表示に他ならない。
結局エースは、ミギキチという観音菩薩の手のひらから、飛び立つことはできなかった孫悟空なのであった。
ちなみに、ユウはシキ研の所長である。こちらはシキ研(という子会社)の組織でのトップではあるが、出資者であるトヨタ家(のベータやエース)に雇われているという形態である。
つまりは上司がふたりになってしまった、ということになる。しかし、ユウの性格はそんなことには頓着しない。
結局このあと、ベータもエースも、ついでにレクサスも。ユウに振り回されることになるのである。
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