第193話 ダンジョンの下の隠れ里
「ハルミさん、どうしてそんなウソを言わないといけないのですか。帰りたくないのですか。ここではしゃいで魔ネズミ退治していることを知られたくないのですが。楽し過ぎて帰るのを忘れていたことを知られたくないのですか。じつは退治することが楽しくて仕方ないことも秘密ですか。この人が嫌いなのですか。それならこのまま埋めてしまいましょうか」
「それを埋めるなんてとんでもない!」
「ハチマン、たたみかけるはやめろと言ってるだろ。お主のそれはもう暴力に近いぞ」
エルフにもこんなとんでもないやつがいることを、俺はあとから知った。いつかしばいてやると、心に誓った。助けてもらっておいてなんだけど。
「わわわわ私はウソなどどど」
「言ってますよね。その表情筋がなによりも雄弁に語っていますよ?」
思わず自分の顔を押さえるハルミ。まるでムンクの叫びである。だが、表情筋などなくてもその言葉で分かってしまうのだが。ともかく秘密保持には向かない女である。
「良いのですよ。ハルミさんに働いていただけるおかげで、こちらも大変助かっています。いつまでも、いっそ永遠にいてもらいたいぐらいなのです。そのために、この人が邪魔ならいっそここできゅっと」
「永遠にここに、ってのも止めて!」
「ハチマン、やめいと言っておるだろうが! その方もお客さんだ。丁寧にもてなせ」
「へぇい」
「さて、ハルミ殿。お主のキズはもともとたいしたものではなかったが、こちらの都合で引き留める形になってしまった。その男が目覚めたら、次の満月の時には一緒にお帰りいただこうと思う」
この里が「隠れ里」になっているのにはわけがある。ここと地上界とを結ぶ通路は、月に2回しか開かないからだ。
それが新月の日と満月の日である。
その新月の日は、一昨日過ぎてしまった。次は約10日後の満月である。
一昨日、ハルミは帰ろうと思えば帰れたのである。最初は本人もそのつもりであった。
ところが、魔ネズミや魔ウサギを追いかけているうちについつい時間を忘れて、帰ることのできるタイミングを逸してしまった。遠足に行った先で、遊びに夢中になって集合時間に遅れるアレである。それほど狩りが楽しかったのである。
「あ、ああぁ、あ? あれ、ここはどこだ? あいたたたたた。まだ腕が痛い」
「あ、ユウ。目が覚めたのか」
「おっ、ハルミじゃないか。お前は大丈夫だったか?」
「いや、お前のほうが大丈夫じゃないだろ」
「左腕の尺骨と橈骨の両方が折れていました。治癒魔法で骨折自体は直してありますが、骨が完全にくっつくまで動かすことは厳禁です」
「あ、どもです。えっと。あなたはお医者さん?」
「ええ、シロといいます。このエルフの里では唯一の医者です」
「そうか。世話をかけたな。ところでここに魔法を使えるものはいないか?」
「私が使えますが? その骨だって私がくっつけたのですよ」
「あ、そうか。なら、時間統制魔法を知ってるだろ? それで俺の骨だけ時間を進めてくれ。1週間も進めればそれなりにくっつくだろう。なにより、それで痛みはなくなる。まだじんじんと痛むんだ」
「え?」
「え?」
「なにそれ?」
「知らんのか?」
「なんのことやらさっぱり?」
「ユウ。ここは閉ざされた隠れ里だ。私たちの常識は通じないと思ったほうがいい」
「いや、ハルミさんの体力こそ常識外でしたけどね? それに比べてユウさんとやら。もう少し身体を鍛えましょう。あの程度の落下で、しかも下にはハチマンというクッションがあったのに骨折するなんて、華奢過ぎますよ」
「私を緩衝剤みたいにいうな。なんか思い出したら腹が立ってきた。こうしてくれる、ゴン!」
「いっっったぁあぁぁ。このやろう、なにしやんがんだ! まだ骨はくっついてないんだぞ!」
「やかましい! 勝手に落ちてきやがって、下敷きになった私の身にもなれ!」
「それなら落ちないようにしときや……あ、待って待って。そのカナヅチでなにをする気?」
なんでこいつは平気なんだ? 俺はまだしもハルミもこいつの上に落ちたのだろ?
「これでガツンとやって、静かになってもらうかなって」
「分かった、もう黙って寝てるから、そんな物騒なものはしまって!」
「それにしても、なんであんたまであんなところから落ちてくるのよ」
「ハルミと同じだよ。ケシケシンに驚いて闇雲に走ったら穴があったんだ。あ、そういえば!? ハルミ、お前が行方不明になって、みんな大騒ぎしてるぞ。穴から落ちたことは分かったが、その後連絡もせずになにをやってんだ」
「ちょっと、この里でお仕事を」
「それは連絡も入れられないほどのことか?」
「ユウ殿。それは私から説明しよう」
「え、あ? どもです。えっとあなたは?」
「私はここの村長でシズクというものだ。話は少し遡るが良いか?」
「分かった。話してくれ」
「ハルミ殿やユウ殿が落ちてきたあの穴は、ずっと昔からあった穴だ。遙か昔、最初にあそこから落ちたのがこの村の初代村長でな、その人がここから出る方法を見付けて以来、ここはエルフの隠れ里となったのだ」
「出る方法があるんだな」
「ある。ただし、それには満月か新月を待たないといけない。その新月は一昨日終わってしまった。だから、次の満月まで10日ほどはここで過ごしもらうしかないのだ」
「10日もかかるのか。俺のケガの完治と良い勝負だな。それで、ハルミの仕事の話がまだのようだが」
「まあ、そう焦るでない。ここには古来よりネコダマシが自生する場所でな、それを食べる伝書ブタや魔ネズミが生息していた。それに目をつけたのが、そこにいるハチマンだ。ネコダマシを育てると同時に、そこで伝書ブタを放し飼いにする牧場を作ったのだ。それがお主の落ちた場所だ」
「伝書ブタが商売になることに気づいたということか。目端の利いたやつじゃないか」
「伝書ブタはその特有の隠密スキルから、それまで謎の魔物とされてきた。ただ人に害をなすことはないので、ごく一部の人間がペットにする以外は、見向きもされない魔物だった。それが、密書を届けるのに有効であることを発見したのが、そこにいるハチマンなのだよ。そのおかげでここは豊かに地となった。しかし、慢性的に魔ネズミという問題を抱えておるのだ」
「ネコダマシを食べる、ってやつか」
「そうだ。伝書ブタが増えるにつれて、魔ネズミの存在が邪魔になってきたのだよ。エサが同じだからな」
「よくある話だな」
「魔ネズミはすばしっこい。せっかく見付けてもあっとい間に穴に潜る。潜られると我らには手も足もでないので手を焼いていたのだ」
「手も足もでないのに、焼くことはできた痛ぁぁぁい。なにすんだよ、ハチマン!!」
「混ぜっ返すな。黙って聞け」
ちょっと突っ込んだだけなのに、気の短いやつだ。
「そこに、ハルミ殿がやってきたのだ。ハルミ殿は不思議な力で魔ネズミを穴から追い出し、つぎつぎと駆除してくれた。この2日で128匹も退治してくれたのだ」
「ということはハルミ、アレ使ったのか?」
「そりゃ、もちろんだ。私のアレだもの」
「まあ使うのはいいが、その報酬は? あ、ちょっと待った。ハチマン、どうしてそんなでかいハンマーを持って振りかぶってんだ」
「素振りでもしようかと」
「よそでやれ!!」
「報酬なんかもらえるはずがないだろ。私は助けてもらった上にここで世話になっているんだ。魔ネズミ駆除ぐらい手伝って当然だろう」
「お前、本当は経験値が目当てだろ」
「え……それは、まあ、ないとは、言わない、けど。ね?」
「ね? じゃねぇよ! そんなことのためにみんなに心配かけやがって。働くならきちんと契約して、正規の報酬を貰って働け」
「騎士のアルバイトは禁止されてるんだ。それはできん」
くっそ、ハルミなりに理論武装してやがる。
「じゃあ、一昨日帰らなかった理由はなんだ?」
「え?」
「新月だったんだろ? 落ちた次の日になるのか? たいしたケガをしていないのなら、そこで帰ることができたはずじゃないか。帰っていれば、なにも問題は起きなかった。俺も落ちることはなかった。ケガすることもなかった」
「いや、そ、それは、その」
「つまり、すべてはお前のせいだということになる」
「そ、それはいくらなんでも、それは、そうだけど」
「ハルミさん、やっぱりこの男。きゅっといっちゃいませんか?」
「お前は黙ってやが……だからハンマーを振りかぶって構えるな! それ、きゅっなんて可愛いレベルじゃないからな。むしろどっかんレベルだぞ!」
「ハンマーだよ?」
「いや、それ全然うまいこと言えてないから」
「ハチマン、これでも大切な男なんだ、それは勘弁してやってくれ。元はと言えば私が蒔いたタネなのは確かだ」
「「ええっ? そうなのか?」」
「そうなのかって? なにがだ?」
「「この男、ハルミの大切な人なのか?!」」
(あれ? なにこの反応は。そりゃ。タケウチを救った恩人だし、私にミノオウハルを作ってくれたし)
「大切な人だよ?」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
「な? なんでハチマンが泣くのだ??」
「そうか、知らなかった。ぐすぐすぐすっ。ハルミがこんなのに」
「こんなので悪かったな!!」
ものすごい勘違いをしているらしいことは分かっている。しかしこのままのほうが俺の身の安全にとって好都合である。ここは黙っておこう。天然のハルミにはどうせ分からん。
「シズク村長。外と連絡を取ることはできないのか?」
「ああ、残念だができない。それができるのも月に2回だけだ」
そうか。あと10日連絡なしということになるわけだ。外の連中はいったいどう……そうか。ミノウがいるじゃないか。
あいつは俺については来られなかったようだが、落ちたことは知っているはずだ。魔王なのだから、あの高さぐらいなんとでもなるはずだ。そのうち来てくれるだろう。
やつが来ればすぐに連絡はつく。それまで待つことにしよう。いくらあいつがアホでも、そんなに時間がかかるはずはない。
その頃。隠れ里の上のダンジョンでは。
「くるりんぱっ!」
が流行していいたのである。
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