第183話 太守はなりゆきで

「がしがしがしがし」

「まだ続くんか、それ」

「うん照れ隠し」

「照れ隠しでするな!!」


 おっちょこちょいのオウミで始まった俺たちの魔鉄作りは、さらにトンボケのミノウ、スチャラカのイズナが絡むことによって、ますます混迷の度を深めたのであった。


「誰がおっちょこちょいなノだ、ぷんぷん」

「我をオウミごときと一緒にするでな……トンボケってなにヨ?」

「スチャラカの意味を辞書で引いたゾ。お主らの名前、そこに足しておいたゾヨ」


 ああ、懐かしい……だから止めろっての!


「ともかく、いろいろあったものの、無事に目的が達せられたのは重畳である。これでウエモンにガンガンドリルしてもらって、それでガンガン物作りに励むのだ、うわあっはっはっはははは。笑いが止まらん」


「ウエモンがドリルすんのかーい」


「しかしユウさん。問題があります」

「なんだ、ゼンシン?」

「鉄の生産が追いつきません」

「あれれ、そうなのか?」


「ええ、いまはこの窯ひとつでステンレス包丁にニホン刀、それに量は少ないですがコマの軸やリングなども生産しています。そこにろくろの構造用の鉄にドリルとなるとキャパがもう一杯です」


 そうか。しまった、窯というネックがあったんだ。こればっかりは人手を増やしてもどうにもならない。設備を増設する以外にはないな。


「どうせいつか必要になるんだ。もうひとつ窯を作るか」

「しかし、タケウチではそんな場所がもう」

「そうなのか? 確かにこの部屋にもうひとつ窯を入れるというのは無理な相談だが、どこか適当な場所に作れば良いだろ。増設費用ぐらい俺が出すぞ」


「それはやめてくれ、ユウ」


 久々のじじいの登場である。


「どうしてだ?」

「ウチはもうこれ以上、借金を増やせないんだ」

「借金って、金なら俺が……あ、そうか」


 そうだった。俺はいまシキ研の所長だ。タケウチ工房に資本提供する自由はない。エースやその上層部? に許可を取る必要があるだろう。俺の権限はシキ研内にしか及ばないのだ。


 設備ならシキ研で使うからという言い訳も立つが、建屋を作るとなるとそうはいかないのだ。


「ウチは売り上げも増えているのだが、急に人を雇った分の人件費もかかっているんだ。それにあの研究所の建築費用がな……」

「あんなものに金を出すからだ。トヨタに作らせれば良かったものを、賃料欲しさに目が眩みやがって」


「いや、そうでもないのだ。賃料によって定期収入があると、銀行からの借金もしやすくてな」

「それで自分の首を絞めているわけだ」

「うぐぐぐぐぬぬ」


「それならいっそ、シキ研に窯を導入するかな」

「ほぉ。窯を作ったとして、それを誰にやらせるのだ?」


 なんだ、今日のじじいはやけに挑戦的だな。


「そりゃぁ、経験のあるゼンシン……はタケウチの社員か。ヤッサン……もか。モブ弟子ふたりも。その他大勢もか。あれ、設備を作ってもシキ研には人がいないのか」

「そうであろう?」


 くっそなんでそんな自慢気だよ。


「タケウチではないやつは、ユウコ……うん、考えるだけ無駄だな。それにスクナ……は来年には学校に戻っちゃうし。これだけか。そうだ! いい手がある」

「いい手というのはなんだ?」


「ゼンシンとヤッサンをシキ研にヘッドハンティングすればいいのだ。どうだ、ゼンシン、シキ研の社員にならないか?」

「え? いや、そんなこと、急に言われても」


「ヤッサンも一緒にどうだ。給料、倍にするぞ?」

「「えええっ!?」」


 おっ、興味を引いたな。あと一歩だ。


「ふたりには個室を与えよう。ゼンシンには仏像を彫るための魔ノミの提供も考えてごぉぉぉぉぉぉん」


「まったく。私たちの目の前でユウはなにを言ってるのよ」

「「あ、ミヨシ。さん」」

「ミヨシ。さん、じゃないわよ! あんたたちも本気になってんじゃないわよっ!」

「「はっ、はいぃぃ!!」」


(魔ノミにはかなり引かれましたけど)


 タケウチの血筋、怖いっす。ってことで、俺は頭痛と共におねむとなりましたぐでっ。



 開けて次の日。まだ頭の頭痛がこぶになってイテテのテでございます。


「自業自得よ、フン」


 だからその凶悪なフンは止めて。ばくばくばくもしゃもしゃ。ああ、久しぶりのミヨシの朝ご飯はうまい! ここは食生活だけは満ち足りているなぁもっしもっし。


「ユウは、今日はゆっくりできるんでしょ?」

「もっさもっさ。食べたらもっさすぐにもっさボール盤の設置に向かわないともっさいけなんだもしゃも」

「もう、あちらの用事は終わったんじゃないの?」


「終わったというかもすもす、まだ始まったばかりというかずずずぅっ」

「なにそれ? ウエモンの作ったバイト? と関係あるの?」


「おおありだよ。あのバイトのために魔鉄を作ったんだ。まさかあんな形になるとは思わなかったけどもっしぐびびび。ご馳走さまっ。おいしかった!!」


「また、なんか変なことに巻き込まれてないよね?」

「またってなんだよ。巻き込まれた……っていえば、そういえばまだ言ってなかったっけ?」


「なにを?」

「俺、イズモ国の太守になった」


「「「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ????!!!?!?!?!?!」」」」」」」


 なんだろう。いままで一番「」の数が多い気がする。


「なんだ、みんないたのか」

「いや、最初からいるって。お前が食べるのに夢中で気づかなかっただけだろ。そんなことよりも、ユウ。太守って言葉の意味を知ってるのか?」

「ソウ。久しぶり。だが、俺をいったいなんだと思ってんだ。俺だって大学出てるんだぞ。そのぐらい」


「3流大学なのだヨ」

「やかましいよ! Fランクよりは少しマシだろうが」


「男爵の称号を貰いに行ったと聞いてたが?」

「コウセイさんもお久しぶり。それはきっぱり断ってきた」


「そっちはきっぱり断って、太守にはなったんですか?」

「アチラも久しぶり。そう。太守ならほぼトップだからな」


「トップなら良かったのか、この男は」

「ハルミはなんで怒ってるんだ? 俺は人に指図されるのが大嫌いなんだよ。男爵なんて貴族では最下層だぞ。どんな因縁付けられるか分かったもんじゃない」


「だ、だから、だからといって、どうしていきなり太守様なんかになれるんですか!? いくらユウさんが規格外でも外れすぎですよ」

「おお、モナカはこっちに来てたのか。小麦の栽培は順調か?」

「はい、小麦はいまのところ問題ありません。それより、本当なのですか、イズモ国の太守って」

「なんかなりゆきでそうなった。まあ、そんなに長くやるつもりはない。あそこは財政がぼろぼろだからな、建て直すまでの一時的なものだ」


 なりゆきとか言ってるよ、この男はもう。一時的だって太守様なんだよな。俺たち太守様にこんな普通に話をしてて大丈夫か。機嫌を損ねたら首をはねられたりしないか。この話は人が死なないから大丈夫でしょ。だけど権力者だぞ。イズモ国では最上位じゃじゃからな。ということはミノでいったらハクサン家と同等の地位ってことか? ひぇぇぇ。トヨタ家よりも格上ということじゃな。どどどどどうしてそーなった? ワシらにわかるわけがないであろう。なんて恐れ多いことをしでかしたんだよ。


「しでかしてねぇよ! ひそひそ話すんのは止めろ! なっちまったもんは仕方ないだろ。別にいままで通りでかまわん。普通にしゃべれ普通に」

「うん、分かった。がしがしがしがし」


 お前はもう少し遠慮しろ。


「ところでイズナはいるか?」

「ここにいるゾヨ」

「おっ。ウエモンの胸の谷間か。そんな狭いとこでもお前は好きなのか?」


「狭いながらも楽しい我が家だゾひゃあははははは、ウエモン、シッポをつかむでないゾヨ」

「なんか悪口に聞こえたぞ?」

「気のせいだゾヨ」


「もう分かってるとは思うが、お前用のニホン刀は無期延期な」

「ひゃぁぁぁぁ!? ゾヨ」

「だって魔鉄がもうないんだから、仕方ないだろ?」

「作り方は分かったから、もう一度やればいいゾヨ」


「お前の呪文ぼろぼろじゃないか。それに魔鉄なんてものはそうそう作るものじゃない。諦めろ」

「うぅぅぅぅわぁぁぁぁん。ウエモぉぉん」


 だから魔王が8才の子供に泣きつくな。


「ユウさん、縦型ろくろ完成しましたよ!」

「おおっ、そうか。じゃあ昨日のドリルを持って早速設置に行こう。立ち上げ試験はゼンシンがやってくれ。俺も立ち会う」

「はい。もちろんです。ヤッサンはどうしますか?」


「俺は特にすることはないから今回はこちらで仕事をしている。ニホン刀の仕上げがたくさん残ってるんだ。そのドリルは俺の仕事じゃないしな」

「そうだな。じゃあ、ゼンシンだけ連れて行こう。オウミ、また頼む」


「あ、ちょっと待ってよ。ねぇ、イズナの鉄、もう一度だけ作らせてあげてよ」

「もう、がしがしを止めると誓うか?」

「え?」


「じゃあ、行くぞ。オウミ頼む」

「ほいノだ」

「待てというとるのきゃぁぁぁぁぁぁ」

「あ、バカ。離せ。お前呪文の途中で」

「じゃあ、私も」

「スクナまでおいっ!」

「ひょい」


 ひょい、とは、オウミが得意とする転送魔法である。上級に属する魔法であるらしい。


 しかしオウミがこれを使うと、生きた者を連れて行けるのである。その能力をユウに評価されて、いまでは送迎部長としての地位を確固たるものにしているオウミなのである。


「なにをいまごろそんな解説をしているノだ?」

「この魔法、3人が限度って言ってなかったっけ?」

「我を見くびるでないのだ。やればできるのだ」


「お前、最初から過少申告してたな?」

「ぴゅ~ノだ」


 というようなわけで、俺とオウミ、ゼンシンの主力メンバーに加えて、おまけ(ウエモン、イズナ、スクナ)がいろいろくっついて、再び舞台はイズモ国に移るのである。

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