第182話 魔鉄使い・ウエモン

「そういえばミヨシ。洪水でここに避難していた人たちはどうなったんだ?」

「半分くらいは帰ったわね」

「半分? じゃあ残りは死んだ?」

「殺さないの。この物語では人は死なないのでしょ。うちの社員になったわよ」

「えぇっ!?」


「家を流された人とか、会社を流された人とか、みかちゃんに振られた人とか、いろいろな理由があって帰れなくなった人が20人ぐらいいたのよ」


「ちょっと待て。その、みかちゃんって良く出てくるけど、いったい何者?」

「さぁ? でね。その人たちを住み込みで働いてもらおうと言ったのよ、社長が」


「あのじじい、俺に無断で勝手なことを」

「そりゃ。社長ですものね」


 あ、そうだった。もう俺、ここの株主でさえないんだったなちくしお。


「それじゃぁ結構な労働力の確保になったな」

「それはもうすごいわよ。ステンレス包丁なんかじゃんじゃん作ってるわ。もう月に2,000本とかできそう。めっきラインも増設したし、シキ研に社員寮も増設したし。不謹慎だけど、洪水さまさまって感じなの」


「待てこら! なんでそっちに寮ができるんだよ。みんなタケウチの社員だろ?」

「だって、シキ研って7階建てなのよ。敷地だってここの何倍もあるし、そんな広い場所にユウと侯爵様とレクサスさんだけよ? しかもほとんど誰もいないし」


「え? シキ研ってそんなにでかかったの?!」


 そうだ、思い出した。俺まだシキ研の建屋に入ったことさえなかったのだ。外観だけ見てでっかいなとは思っていたが、そんな高い建物だったとは。一度見ておかなければ。


「誰も使わないのはもったいないから、侯爵様とも相談して7階のユウの執務室を改装して社員寮にしたの」


「社員寮にしたの、じゃねぇよ! 俺の帰る場所がサクッとなくなってんじゃねぇか」

「タケウチの寮は残してあるわよ?」


 ああ、また三畳一間の小さな下宿か。俺、出世したんだよな? 俺の名を冠した研究所の所長だよな? しかもイズモ国の太守様だよな? それが三畳一間のあのタケウチ寮住みなのか。


「もの悲しいノだ」

「お前に同情されたくねぇよ」



 そんなこんなで魔鉄ができあがったんちくしお。


 そしてそれをドリル作りのためのバイト(ノミ)に加工しようとしたヤッサンが、俺たちのいる焼成前室にやって来た。


「ユウ。ダメだこれ」

「ど、どうした、ヤッサン。失敗か?」

「失敗……なのだろうなぁ。ほら、これを見てくれ」


 そこには1本の鉄棒があった。ドリルを加工するためにヤッサンが工夫したはずの棒である。


 ただの棒にしか見えない。色や光沢も普通の鉄である。


 どう見てもただの鉄の棒である。長さは12cm、直径は1cmだそうだ。先端はやや丸くなっているが、これで削れるのは海の砂ぐらいであろう。


「我の魔法の杖にはちょうど良い長さなノだ」

「やかましいよ! 魔法の杖が欲しいアピールすんな」


「失敗もなにも、それはただの金属棒じゃないか。加工しなかったのか?」

「ゼンシンから貰った鉄を叩いて延ばしているいるうちに、勝手にこの形状になったんだ。その後は、どれだけ加熱しても叩いても削っても、この形から変わらないんだ」


「削ってもか?」

「ダイヤモンド砥石で削ってもだ」


 どんだけ硬いんだよ!?


「ということは、ダイヤモンドよりも硬い鉄、ということになるんだが」

「まあ、その通りだな」

「そんなことってあり得るのか」

「まるで異世界なノだ」


「異世界の住人のお前が言うな」

「それでどうしたもんかなと、ユウに相談に来た」

「残りの鉄はどうなった?」


「これで全部だ」

「はぁぁぁ!? ゼンシン、今回はたくさん作ったはずだよな。いったい何キロ作った?」

「僕がヤッサンに渡したときには、約5Kgはありました。それがこの窯の限界なのです。それがこんな……」


 わずか300gほどのちっぽけな鉄の棒になってしまったのか。だが、がっかりするのは早計かもしれない。


「オウミ。オウミヨシのとき、俺が切ろうとした白菜は凹んだだけだったよな?」

「そうなノだ。あのときにはまだ魂が宿って……あっそうか。忘れてたノだ。おい、イズナ」


「なんだゾヨ?」

「これは誰のために作った鉄なノだ?」

「ワシのために決まって……痛い痛い痛い。ぼこぼこ殴るな!!」

「お主のことはどうでもいいノだ。それ以外の人のことだ。魔法をかけるときに誰の顔が浮かんだノだ?」


「魔法をかけるときは、ややこしい呪文のことで精一杯でな、自分のことだって思い浮かべたりは……あ?」

「なにか思い出したかヨ?」


「そうだ。あのとき、ウエモンの悲しそうな顔が浮かんだゾヨ。せっかくの才能を生かせなくて、ずっと落ち込んでいた悲しそうな顔が」

「それだ!! ユウ! すぐウエモンを連れてくるノだ」


「あ、ああ。良く分からんが。ここに呼べばいいんだな」

「私、連れてくるね」


 そうミヨシが言って、エビの天ぷらを口にくわえたままのウエモンを連れてきた。


「まだ、ご飯の途中なのにぽりぽり、なにがあったのよぽり」

「お前はエビのシッポまで食うんだな」

「食べ物は粗末にしちゃいけないのよ。ユウはそんなことも習ってないの!」


 いや俺、叱られるためにウエモンを呼んだわけじゃないんだが。


「ヤッサン、ウエモンにそのバイトを渡すノだ」

「ということだ、ウエモン、ちょっとこれを持ってみろ」

「ぽりり、なにこれ。鉄の棒?」


 それは、ウエモンが受け取った瞬間であった。


「な、なにが起こったノだ?」

「別になにも」


 どどどどどどどっ。


 わはははは。魔王どもがゴミのようだ。


「だから魔王をおちょくるでないノだゾヨ!」

「お前らのほうが分かるんじゃないのか。ウエモンがあれを持ってどうなったのか」

「「「さっぱり分からん」」」


 さいですか。


「これを私にくれるの?」

「ウエモン、それでちょっとこれをひっかいてみてくれ」


 俺はそう言って、ウエモンに鉄の板を渡した。なんかの部品だったのかもしれないが、魔バイト? のテストに使わせてもらおう。


「あ、それはろくろ用の……」

「がりりりりり。あらららら、削れちゃった」

「あぁぁぁ、縦型ろくろの横板があぁぁあ。あれ?」


 横板。つまりはただの鉄板である。中の機構を埃などから守るための軟鉄の部品である。


 それでも厚みは5mmほどあり、簡単に穴が開くようなしろものではない。ましてやただの丸棒を持った貧乳の少女のしたことである。


「がしがしがしがし」


 うん。いつものように足を踏まれてるね。


「ウエモンが削ったとこが、キレイな曲線を描いて突き抜けてる?! まるで模様だ。ウエモン、いまなにをした?」

「削ったというか、私は上をなぞっただけのつもりだったんだけどがしがしがし」


 質問に答えながら俺の足を踏み続けるの止めて。


「イズナ様。これが魂が宿った、ということなのでしょうか?」


 ゼンシンの疑問は尤もである。俺もそれを聞きたい。オウミヨシとミノオウハルのときと違って、このバイトは見た目にはただの鉄でしかないのだから、ここは魔的な心眼とかが必要な状況だろう。


「「「さぁ?」」」


 3人そろってそれかよ?!


「オウミ。オウミヨシを作ったとき、どうして魂が宿ってないことが分かったんだ?」

「ああ、あれは、そう言ったら格好いいかなと思って言ってみただけなノだ。まさか本当に当たるとは思ってなきゅぅぅぅぅ」

「適当なことを言っただけか!!」


 魂とか宿るとか、適当だったのかよ。それをいままでずっと信じて来た俺たちって。


「それにしても、ウエモンがその鉄に穴を開けたのは事実だ。魂うんうんはともかくとして、そのバイト? はウエモンにしか使えないのではないか?」

「ヤッサン、俺もそう思う。ウエモン、次はこの鉄棒に縦に線を入れてみろ」


 そう言いながら、ドリルのために作っておいた銑鉄の棒をウエモンに渡す。あ、そうだ。


「ちょっと待った。ウエモン、どうせなら、こういう形に削れないか?」


 そう言って俺の描いたドリルの図面を見せる。


「へったクソな絵」

「やかましいわ、ほっとけ!」

「でも、どういうふうに作って欲しいかということは、良く分かりますよ。作り手にとっては、ただキレイな図面よりもありがたいです」


 ゼンシンは分かっているではないか。


「まあ、そういうことにしておいてあげる。これは、溝がねじれてこう、なんていうか、ぐにぐにってなってるのね」


「そうそう、そのぐにぐにだ。できるか?」

「難しいなぁ。片手でこれを持ってもう片手でこっちを回さないといけないのか」

「じゃあ、その回す係を僕がやろう。ウエモンは、ただ縦にそのバイトを引いてくれればいい」


「うん、じゃあそれでやってみる」

「ちょっと待ってね。この長さでは無理だから、こちらのパイプに取り付けて、それで回す」


 バイトは細い。そして短い。だからゼンシンはそれをもっと太い金属のパイプに差し込んだ。隙間は和紙で埋めて固定した。


 そしてパイプをV字型のブロックの上に置き、ぐるぐる回して見せた。


「こんな感じで回すから、適当な速度ですっと上から下にそのバイトを当ててくれ」

「うん、分かった。こうね」


 初めての共同作業です?


 最初にウエモンがバイトをドリル用の銑鉄棒にそっと当てる。それを見てゼンシンがパイプゆっくりを回し始めると、ウエモンが下に向かってバイトを走らせた。


「「「「「おおおっ!!!!」」」」


「す、すごい。銑鉄が削れている。しかも、きちんと溝になって!!」

「あれれ、私、この棒を当てて動かしただけなのに、どうしてこんな簡単に削れるの???」


 俺は近づいて切粉を見る。きりこ、である、接吻ではないのでご注意を。


「誰に注意しているノだ?」


 返りもバリもない。しかし、ぐるぐるとらせん状に削られた切粉がそこにあった。ということは?


「ヤッサン、そっちはどうだ?」

「ああ、見事なまでの溝ができている。回転させたのも削ったのも手動だから、溝形状は完璧とは言えないが。これなら削りカスを排出する役にはたちそうだ」


「そうか、できたか。すごいぞウエモン。お前はこの世界にたったひとり、鉄を自在に加工できる少女になったんだ」

「おめでとう、ウエモン!! もう落ち込んでいなくていいゾヨ。これはお主にしかできない仕事なのだゾヨ」


「その通りだ。よかったな、これでウエモンの能力を生かした仕事ができた。しかもウエモンにしかできないというおまけ付きだ。もう誰にも遠慮することなく、ユウの足を踏んでいいぞ」


 待てこら。ヤッサンは余計なことを!!


「うん、そうするがしがしがし」


 いや、お前最初から遠慮なんかしてな痛い痛いっ。いつもより数倍痛い。止めろってば。せめて遠慮しろ!!


 かくして、魔鉄は完成したのである。そしてその魔鉄使い・ウエモンは、タケウチに欠かせない人材となったのである。


「がしがしがし」

「お前は嬉しくてもそれやんのか?」

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