第176話 ワンタッチソロバン

 そんな話をしたあと、ほったらかしているレンチョンをほったらかしたまま、俺たち3人はオウミの送迎魔法で宮殿に戻った。


 そこにはオオクニが帰っていたが、それもほったらかしてまずはゼンシンとヤッサンのふたりをオウミに送り返してもらった。ドリルのできあがりが楽しみである。


「「「ひどくないですかっ!!」」」


 あれ? なんで「」が3重なのだろう? レンチョンとオオクニも、誰?


「もうひとりは俺だよ! まったく、いきなり呼び出されたと思ったらその仕打ちか」

「ああ、グースか、おひさ」

「おひさ、じゃないだろ。急いで来いっていうから飛んできたのに、いったいどういうことだ? なんでユウコは縛られている?」


「あぁあん」


「まったくですよ。勝手にツブツブ堂からいなくなるものですから探しましたよ。人に手続きをさせておいて、ほったらかしにしないでください。で、なんでユウコさんはまだ縛られてるんですか」


「あはぁん」


「あちこち回ってソロバンを集めてきましたよ。ちょっと珍しいのも見つけてきたけど……ユウコはなんで縛られてるんだ?」


「あぁぁん、助けてぇぇ、あぁははぁん」


 なにその恍惚の表情。


「これは縄酔いというやつですわ。縛り方が上手だと、誰もがこうなりますのよ」


 うん、ちょっと危険なものを感じる。さすがに許してやるかな。


「じゃあ、スセリ。ユウコをほどいてやってくれ」

「あら、もうですか。残念ね、はい、くるんっ」


 背中の結び目をスセリがちょいっとひねっただけで、はらりと縄が落ちた。めでたくユウコはあっという間に自由の身となった。


「すごいな、おい! どうやったんだ、それ」

「別に魔法とかではありませんわ。縛り方を工夫すれば誰でもできることですわよ」


 SMの女王パネェッす。今度教えてもらおう。


「はぁはぁ。もうだめ、私はもう……きゅん」


 あ、落ちた。おーい。ユウコー? ダメだ返事がない。ただの足踏みマットのようだ。


「さて、まずはオオクニから報告を聞こうか。珍しいソロバンがあったって?」

「その、ユウコを足で踏んでるけどいいのか?」

「ああ、大丈夫。俺は気にしないからふみふみふみ」

「ユウコは大丈夫かと聞きたいのだが。ソロバンだけどな、この地域のソロバン生産は、先月は1,800挺だったそうだ」


「たった1,800挺か! 少ないな。ということは日に60挺くらいで珠は7000個か。あの珠作りの最王手の内職では2,000から3,000個と言っていた。平均2,500個として1/3ぐらいをあそこがカバーしているわけか」


「ただ、ソロバンに関してはハリマのほうが盛んでな、そちらは月に10,000挺は作っているとのことだ」

「お、そこまで調べたのか、それはよくやった。月に10,000挺ということは日に330挺、日に4万個近い珠が必要になるということか。とりあえず、それが目標だな」


「今度の計算は大丈夫なノか?」

「やかましいよ。間違っていれば誰か指摘してくれるさ」

「いいノか、それで?!」


「珠の最王手ってサバエさんとこか? 俺も最初に行ったが、あそこはなんだか廃業したそうにしていたな。値段が安すぎるって」

「まあ、それは俺が改善してやるから問題ない。値段に関しては考えているよ」


「そうか、それなら良かった。あそこが止めてしまうとここの生産体制がボロボロになるぞ」

「単価は半分ほどになるけどな」


「潰すつもりか!!!!」

「別に潰れてもかまわんが、そうはならないとは思うが」

「おま、お前って、いったい。あれ? みんなは非難しないのか? おかしいだろ? こいつの言ってることって」


「間違ったことは言ってませんわよ?」

「大丈夫ですよ。そのためのカイゼンです」

「問題ないノだ」


「あれっ?!! 間違っているの我のほう? いったい我がいない間になにがあったのだ?」

「まあ、それは後回しにして、それより珍しいものってなんだ?」

「あ、そうだった。これだ。これはすごいソロバンだぞ」


 そう言いながらオオクニは1挺のソロバンを取り出した。形は際だって変わっているところはない。ただ、全体がうっすらと光っていた。まるで蛍光塗料を塗ったように。


「なんだ、これ。金属……じゃないよな。かしゃかしゃ。普通のソロバンと重さも感触も同じくらいだ」

「ああっ、これ。魔木でできてるわ!!」


 いきなり起き上がったユウコが、足跡だらけの顔で叫んだ。また魔木かよ。それがどうなるんだ。声を読み取って自動で計算してくれるのか。それならすごいが。


「これ、刺激を与えると初期状態に戻るやつでしょ?」

「なんだ初期状態って? 計算はしてくれないのか」


「そんなことできるはずないでしょ。この木は私の里にもあるわよ。暑さに弱いから寒い地方でしか生えない木なの。この葉っぱつまんで手で刺激を与えると、ピクッてなるのよ。それが面白くてよく近所の子と遊んだものよ」


「それなんてオジギソウ?」

「ネコジタって言うのよ?」


 なるほど。だから暑さに弱いのか、やかましいわ!


「なんだエルフの里で生えている木が材料だったのか。ここにはこれが3挺だけあって、ソロバン名人が家宝にしていると聞いたんだ。だからそこまで行って無理に分けてもらったのだが、もしかしたらいくらでも作れるものだったのか? 1挺だけ手に入れるために、大枚はたいてしまったが良かっただろうか」


「俺が許可したんだからかまわないぞ。そんなに高かったのか?」

「ああ、高かった。勝手に買ってしまってすまなかった。しかし、どうしてもこれは見せたかったものでな」


「気にするな。買ってこいと言ったのは俺だからな。多少の出費は覚悟の上だ。いざとなったら、また予算の増額をしてもらえばいいさ。それに見本がなければマネして作ることもできんだろ」


 レンチョンが、え? という顔をした。2度あることは3度あるんだよ、と表情で言っておいた。


「それでいくらした?」

「3,240円!」

「あ……そ、そうか。それはよくやった。あとでその人の口座に振り込んでおこう。しかしえらく半端な値段になったものだな」


 レンチョンのホットした顔が見えた。ここの物価水準を忘れていた。


「3時間にわたって値段交渉したからな。少しでも安く買おうと思って、その家で皿洗いと便所掃除までしてきたぞ」


 いや、そこまでするほどの値段では……まあ、いい。その努力は認めよう。


「それで、そのソロバンのなにがすごいんだ? ユウコが言うように計算途中でぴくっとなったりしたら、それまでの苦労が水の泡じゃないか」


「そのために、魔法陣が書かれてるんだ。ほら、枠の左上のところ」

「これは汚れじゃなかったのか。魔法陣だと?」


 なんか急に異世界ものみたいになってきた。


(いままでなんだと思っていたノだ?)


「そこに指をあててみろ」

「こうか? びくっ。おおっ?! いま、ビクってなったぞ!」

「ね、なったでしょ?」


 ただのピクッではなかった。それによって珠の初期状態「ご破算で願いましては」が一気にできたのだ。これは素晴らしい。こちらの世界でのワンタッチソロバンだ。


 本来、ソロバンのリセット(ご破算で願いましては)というものは、


① ソロバンを手前に立てて、珠を全部下に揃える。(パシャッという音がする)

② 次に、人さし指を桟に沿って横に動かすことにより、降りている5珠を上げる(じーーという音がする)。


 この2セットが必要である。


 これを、慌てて強くやりすぎると珠が下に戻ってしまうし、4珠に指がかかると形がくずれて、パシャッからやり直しとなる。


 それがこの方式ならその心配が皆無となる。そのうえ早い。ワンタッチでリセットができてしまうのだ。


 これは大きい。特に競技会のように時間制限があるような場合には、ものすごい武器となるだろう。


「これはいい。魔法を使わなくてもできるのが素晴らしいな。これ、うちで作れないか?」

「その権利を持っているものの許可がいるノだ」


「あ、そうか。そういうものだったな。よし、許可を貰いに行こう。特許料も払っていい。で、誰の発明だこれは?」


「「「さぁ?」」」


「言い方を変えよう。どうやって調べればいい?」

「「「さぁ?」」」


 同じかよ!


「俺のとうきょときょきょかきょきょ だかなんだかは、ミノウやオウミが承認してくれたんじゃなかったか?」

「そうなノだ」

「それならもう一度言い方を変えよう。これを承認したやつって……」

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