第158話 急な呼び出し ホッカイ編完結
現在、タケウチ工房では、金めっきの受注が順調で月に250万を売り上げている。ステンレス包丁では400万。ダマク・ラカスで30万。いずれも好調である。
まだ立ち上げたばかりだが、イテコマシ用の軸とリングは15万。温泉のノズルはまだ追加受注はないようだ。
ニホン刀はトヨタ家だけへの納入でありながら、月2,000万を稼ぎ出している。ただしこちらは、徐々に単価は下がって行くが生産数は増えないので、いずれ1,200万程度になる予定である。
ということで、計:2,695万/月(11月現在)の売り上げである。倒産の危機に瀕していたあのタケウチ工房は、いまや年商3億円を越えようかという大企業となったのである。
これはユウ少年が首になったというヤマシタ工房を遙かに抜いて、チュウノウ市(ハザマ村のある市)でベスト10に入る規模である。しかも高い利益率を誇る超優良企業である。
そしてまだたいした売り上げにはなっていないが、エチ国では小麦栽培を開始している。ホッカイ国ではジャガイモを使ったポテチ。イエローコーンを使った爆裂コーン。エルフのトウヤ里ではイテコマシ用のコマと盤、それに紙袋。エルフのイシカリ隠れ里では木材にエルフ薬。それにビスケットにハチミツだ。
これらはトヨタ家が取り扱うことになる。シキ研はその売り上げの5%を搾取……頂戴することになっている。
「ビスケットじゃなくてユウご飯なノだ?」
「なんかそれ、自分では言いづらい」
これらも来年の収穫によって原料が充分確保できれば、量産に入る予定だ。販売はアズマにマツマエ、カンサイにはグースという販売チャンネルをふたつ確保した。どこまで売り上げを伸ばせるか、それはやつらの頑張りにかかっている。
試験販売をしている現在でも、11月は20万ぐらいの売り上げがありそうである。来月はもっと増えるだろう。そして来年度中にはタケウチ工房の売り上げを抜くことだろう。
それなのに。ああ、それなのに。それなのに、である。
「どうしたノだ?」
「なんで俺には金が入らない?」
「お主はカイゼンさえやれていれば満足なノだろ?」
「そんなわけあるか。金は欲しいよ。ただ、目の前にカイゼンすることがあると、矢も立てもいられずそっちに飛びついてしまうだけだ」
「それは確かにそうなノだ」
「だいたいここの人たちは悲惨すぎるだろ。ちょっと知識がないだけのために、この厳冬期に食事も満足に取れなくて餓死者が出るとか、ほんと勘弁してくれ」
「それはそうなノだが。お主がそういうことを心配しているとは思わなかったノだ」
「心配なんかしていない。カイゼンネタがありすぎて困ってんだ」
「ああ、それなら納得なノだ」
「もっともそのおかげで、シキ研の利益になりそうなネタがいっぱい拾えたのは良かった。良かったのだが」
「ノだが?」
「なんで俺には金が入らない?」
「一回りして元に戻ってきたノだ!?」
そこにやってきたのがモナカであった。
「た、たたたたたた、大変デス大変ですたいへんデスデスユウさんデス」
「落ち着けよ。日本語が不自由な人になってんぞ」
「大変ですよ、大変。所長に青紙が着いたんだそうです」
はい?
「青紙ですよ。すぐに行かないとまずいことになります」
「赤紙ってのはここへ来るときに見たが、青いのもあるんだ? それはどこへ飛ばされるやつだ?」
「どこかは分かりません。赤紙は魔法を使えるのなら誰も出せますが、青紙は国からの呼び出し状です。国の上層部の人しか使えないものなのです。だからこの国の中枢部であることだけは確かです」
ミノ国、ホッカイ国の国というのは、現代日本で言うなら群か県のようなもので、通称である。国盗り物語の国のような意味合いだ。
しかし、いまモナカが言ったのは、このニホン国の国家という意味である。魔人や魔王ではなく、神に属する支配者がたむろだか跋扈だかする国家中枢機能のことである。
「なんでそんなもんが俺んとこに来たんだろう?」
「分かりません。でも、すぐに行かかないと命令違反ということで処分されるかも知れません。すぐにミノ国に戻って下さい」
「なんか気にくわないな。こちらの都合も聞かずに呼び出すのか。何様のつもりだよ」
「いえ、だから、お偉い様のおつもりかと」
それもそうか。
「仕方ない、まずはその内容を確認しなきゃいけないな。おい、ミノウ。久しぶりにミノ国に帰るぞ。カンキチ世話になったな」
「あ、ああ。こちらこそ世話になった。が、いいのか?」
「なにが?」
「俺はお前の眷属だ。お前と一緒に行くのが本来の形だと思うが」
「お前はここの魔王だ。お前を連れて行くわけにはいかないよ。基本、ここでホッカイ国の人のために働いてくれ。これから育てないといけない事業もたくさんあるしな」
「そうか、それは助かる。俺もここを放り出すわけにはいかないと思っていたのだ」
「モナカはシキ研で小麦の状態を確認したら、こちらに戻ってきて雪が溶けるまでカンキチの手伝いを頼みたい」
「はい、分かりました。そうします」
「スクナもモナカと一緒だ。それでいいな」
「私はずっとユウさんと一緒に行く!」
「それはダメだ。お前の冬休みが終わるまでに帰ってこられるかどうか分からん。学業を優先しろ。留年なんかしたら雇ってやらないぞ」
「留年なんかするはずないけど? でも分かった。待ってる。すぐに帰ってきてよ」
いや、そんな可愛いこと言われると照れてしまうがな。だけど、俺の帰る場所ってここなんだろか? 俺の本拠地ってどこだっけ?
「別に永久の別れってわけじゃない。ちょっと行ってくるだけだ。心配すんな」
「うん、ぐすっ」
「カンキチ、もし、食料などが不足したらすぐミノウに連絡を取ってくれ。ミノ国は洪水で被害が出たとはいっても、交通が回復すればもともと裕福な土地だ。ここへの支援物資ぐらいすぐに送れる」
「分かった、そのときはよろしく頼む」
「私は一緒に行くからね!!」
そう宣言したのはユウコだった。
「いや、お前がいないとエルフの里との連絡が」
「そんなものどうでもいい!」
いや、そんななものとか言うな。お前の生まれ育った場所は、イテコマシ用のコマや紙袋の製作現場だぞ。
「私はユウさんに買われたんだもん。一緒にいなきゃダメなの!!」
「買った覚えはねぇよ!! 雇っただけだ!」
「夜の伽付きで私はユウに譲渡されたのよ!!」
いや、就寝前のお伽噺付きで譲渡されても……え? 譲渡?
「待て、それじゃ人身売買になってしまうだろ。そんなもの違法……だよな? オウミ?」
「ならないノだ」
「なんでだ?」
「この場合、ユウコとお主が納得してそういう形になったノであろう? それなら我とお主との契約と似たようなものなノだ。だから問題はない。むしろ、連れて行かないと契約違反で罰則が」
「分かった分かった分かった。連れて行くよ。連れて行けばいいんだろ」
「わぁい( ̄ー ̄)えへへ、よろしくね、ユウ」
いつのまにか呼び捨てにされている。もう嫁にでもなった気分かよ。だがオウミの罰則よりはずっとマシだ(知らんけど)。おっぱいもあることだし、連れて行くとしよう。
「もう、仕方ないな。ただし、青紙の内容によってはミノ国に置いて行くこともあり得るんだ。それは覚悟しておいてくれ」
「分かった、そのときはミノ国で待ってる」
「そうすると、エルフの里との連絡や納品関係だが」
「あ、それは私がやりましょう。場所も分かっていますし、私ならひとっ飛びです」
「そうか、じゃ、ケントよろしく頼む」
「ユウコが行くならやっぱり私も行く!!」
ああ、また面倒なことになってきた。
「スクナ、お前は学業優先だって言っただろ」
「だって2月までやることないもん!」
「だから勉強……あ」
「もう卒業に必要な単位は全部取得済みだもん。あとは卒論だけだもん。だから連れていってわぁぁぁぁん」
いや、泣かれても。
「両親は反対しないか?」
「お母さんは私の味方だもん。良いと言うに決まってるもんぐすっ」
「シャインは……まあ、大丈夫か」
「うん、ぼこぼこに」
「分かったから、それはもう止めたげて。じゃあお前も来い。ただし、ユウコと同じで青紙の内容次第ではミノ国に置いて行くこともある。それは覚悟しておけよ」
「うん、分かった。ありがとう」
「ユウコ、ヘンなことされたらすぐ私に連絡するのよ!?」
「うん、分かってる。モナカも元気でね」
ヘンなことってどんなことですかね? ユウコも分かったとか言ってるけど、ほんとにこのふたりの話は通じているのだろうか。
カンキチ(当時はクラーク)のちょっとこちらに遊びに来て下さいませんか魔法(赤紙)で呼び出されて、ここに来たのがひと月ほど前だ。わずかな期間だが、いろいろなことがあった。
カンキチが欲しがったニホン刀の代わりに、ポテチとフライドポテト、そして爆裂コーンという商品を立ち上げた。
これでホッカイ国の財政が改善すれば、人々の暮らしは良くなる。それは魔王の好物である好素がたくさん放出されることに繋がるのだ。
最初、人間を滅ぼしたいなどと物騒なことを言ったカンキチであったが、もうそんなことをする理由はなくなった。これからは魔王らしい魔王になってくれるだろう。
来春からは、ジャガイモとイエローコーンの増産を、シャインたちの協力を得て開始する。将来的には小麦もここで作りたいと思っている。ハリエンジュハチミツもやがてここの主力商品になってゆくだろう。
さらに、偶然知り合ったエルフ里・トウヤでは、イテコマシ用のコマに盤、それにポテチを入れる紙袋の生産を開始した。そしてついでにユウコを譲り受けた。……ほんとにいいんだろなこれ。
ちょっとだけ背徳感を覚えるのは、俺に前の世界の記憶があるからだろうか。
そしてこれまた偶然知り合ったエルフの隠れ里・イシカリからは、材木やエルフ薬の数々を仕入れることが決まった。
ホッカイ国の経済は、これで劇的に改善するだろう。炭の作り方はエルフに教わるそうだし、食料も金さえあればいくらでも買える。ユウご飯という斜め上の保存食もできた。
あとは生産量を増やして行くだけだ。
「もう、ここで俺がやることはないよな、オウミ」
「また始まったノだ?」
「いや、言ってみただけだ。俺にはシキ研がある。そこが俺の帰る場所だよな」
「その通りなのだ。ここには時々来ればいいノだ。だからいなくなることなど、考えるべきではないノだ」
「分かってるよ。言ってみただけ、って言っただろ?」
「うむ、分かればよろしいノだ」
(ちょっと様子が変なノだ? こういうやつだったか?)
その後、オウミの転送魔法によって、俺、ユウコ、スクナ、モナカの4人は順番にミノ国に帰るのであった。
※ 異世界でカイゼン 北の大地(ホッカイ国)編の完結です。
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