第157話 ハリエンジュハチミツ
「これはうまい、もっともっと作ろうぜ、ユウ。小麦ならまだまだあるぞ」
「そうよそうよ、これはもう今日のご飯にしてもいいぐらいよ、ユウさん」
「ユウさんのご飯で、これがほんとのユウご飯あはははは」
うまいこと言ったつもりか! それご飯じゃないから。薄力粉を使ったためにパンにならなかったビスケットだから。むしろお菓子に近いものだぞ。
「それはいいね、ユウご飯。朝食べてもユウご飯って」
「わはははは。それ最高! このサクサクの食感が、ユウご飯にぴったりだ」
「そうね、これがユウご飯ね。ちょっと小腹が空いたときにもユウご飯」
そうね、じゃないし。勝手に変な名前を、しかもCMふうにつけるなよ。
「朝からも、しっかり食べたいユウご飯」
「昼だって、がっつり食べるユウご飯」
「夜は夜で、しめやかに食べたい夕ご飯」
「だからやめろっての。なんでうまいこと俳句調になってんだよ。おまえらみんな一茶かほいか」
「誰だそれ? まぁまぁ良いではないか。これなら朝昼晩と食べても飽きないよねユウご飯」
「そんなに怒らなくてもユウご飯。うんうん。付け合わせの野菜や肉にも合いそうなユウご飯。ジンギスカンにも合うんじゃないかユウご飯」
「そうだな。さっそく今晩はジンギスカンでユウご飯と行きますか」
「「「「おーーー!!!」」」
も、盛り上がっとる。
誰も聞いちゃくれないのね。俺所長なのに。名前をつける権限ぐらいあってもいいのに。こんちくしお。ぐれてやる。
この世界ではいつもこうやってネーミングされてゆくのだろうか。
思えばあの数々のおかしな呪文――コマを回すくるりんぱっ、回復呪文のほんにょこにょーんなど――にしても、数々のおかしな草木の名前――紙袋の材料になったエロネコグサ、痛み止めのトンデケなど――にしてもそうだ。名前とは思えない適当さなのに、一応はその機能や姿を良く現している。
その乗りでダマク・ラカス、イテコマシもネーミングされたのであろう。
なんでも面白おかしくする。それがこの世界のコンセプト、
かどうかは知らんけど。
格好つけようとすると、徒労に終わる世界なのだな。はぁぁあ、タメイキ。
「もうそれはお前らにまかせた。それよりカンキチ。以前、ここにマメ科の植物を植えたって言ってたな?」
「あ、ああ。あれか。植えたぞ。ただそれが今になって問題になっているんだが」
「根が強すぎて他の作物が育たないんだっけ?」
「そうだ。あれはやたらと地下に根を伸ばして、想像もしていないところからまた生えてくる。土は肥えるんだが、それを他の植物に取られないようにしているみたいだ」
「やっかいな木を植えたものだな」
「マメ科の植物は土を肥やしてくれると聞いのだ。そしてこの寒冷地でも良く育つということで、あれをたくさん植えたのだが、あんな凶暴な植物だとは思わなかった。繁殖力は強いし、駆除しようにもトゲが太いし固いし、近づくと傷だらけになるばかりだ。その上、地面に張り巡らせた根っこは強靱で、クワで耕すこともできない。せいぜいが薪にするぐらいしか使い道がないのにどんどん増えている」
「やっぱりそうか」
「どうした? ひょっとして、あれの駆除方法を知っているのか?」
「いや、そうじゃない。だけど、あれ駆除する必要なんかないぞ。場所を選ぶ必要はあるが、もっと増やしてもいいぐらいだ」
「なんでだよ! あのまま増えていったら大切な農地がなくなってしまうではないか」
「それは場所を限定すればいいだろ。ものすごく痩せた土地とか、人が入れないような山の上とかな」
「まあ、そういう場所なら、俺の爆裂魔法で一気に処理できるが。そんなとこに植えてどうするんだ?」
「気づいていないようだが、その木はハリエンジュという木だと思われる」
「ああ、そんな名前だった」
「それは知ってたのか。それなのに、その有効性には気づかなかったんだな」
「有効性? そんなのがあるのか?」
「今、お前も食べているじゃないか?」
「食べているって、このユウご飯のことか? ハリエンジュで小麦は獲れないぞ?」
「当たり前だよ! そのハチミツのほうだよ」
「ああ、ハチミツか。そういえば春になると花が咲いていたな。それがどうした?」
「このハチミツは、ハリエンジュの花から集めたものだ」
「はぁ? ミツバチなんかどこに飛んでゆくのか分からんだろ。なんでハリエンジュの花から集めたってことが分かるんだ?」
「この味だよ。さっきモナカが言っていた。このハチミツはくどくないし喉が焼けるような感じもしないって」
「うんうん、そうなの。エチ国でハチミツっていえば、喉に強烈な刺激があるって印象があったのよ。薬にしては甘いから仕方ないと思ってたのに、これは癖がないし後味がさわやかなのよ。驚いちゃった」
「そういうものか。俺はハチミツといえばこれしか知らないから、こういうものだと思っていたが」
「流通しているハチミツは、レンゲソウからとったものが多い。ミノが発祥らしいけどな。それはモナカが言ったように、コクはあるのだが味がくどい。そして喉がひりつくようになるんだ」
「ミツバチが集めるんだから、花なんてみな同じだと思ってた。そこいらの花をやたらめったら集めるわけじゃないのか」
「花の種類が豊富なところでは、そういうハチミツもある。でもここは違うだろ? ハチが活動する季節に咲き誇る花は少ないだろ?」
「たしかに。俺の生まれ故郷のイガと違って、ここにはびっくりするぐらい花は少ないな」
「だから、かなり純粋にハリエンジュの花から採取したハチミツが取れるんだよ。これは、売りになるぞ」
「これも、売れるのか?」
「モナカが言っていたように、これだけ口当たりの良い甘さを持つハチミツは他にはない。俺が売ってやるから、養蜂業を育ててどんどん作れ」
「ようほうひょう?」
「養蜂業だ。ミツバチを育てるんだよ。って育てていないのか?」
「ハチなんかどうやって? 今のハチミツは巣を探して身体中をぼこぼこに腫らして泣きながら採取するのだが」
「お労しや。ミツバチはめったなことでは刺さないが、それでも巣を獲ろうとすれば刺すわな」
「ハチの巣を探して獲る専門家がいるが、冬と夏とでは、容貌がまるで違う。変身でもしたのかってぐらい違う」
「お気の毒なことで。巣を獲るときは、煙でいぶしてやれと言っておいてくれ。煙を吸うとミツバチは大人しくなるぞ」
「おお? そうなのか。それは伝えておこう。喜ぶだろう」
「ともかく、ミツバチは飼えるんだ。そうやってハチミツを獲れば、もっといい商売になると教えてやってくれ。獲れたハチミツは俺が全部買い取るから」
「そうか分かった。それもホッカイ国の名産になりそうだな」
「間違いなくなるだろう。このハチミツはそうとううまい。このビスケ……ユウご飯にはとても会う。セットで売りだそうかと思ってる」
ユウご飯自体にはそれほどの味はない。コメと同じだ。だからこそ主食になり得るのだが、これをお菓子にするには多少の工夫が必要だ。
このハチミツを薄くぬって2枚を貼り合わせれば、いちいち手作業で塗らなくてもそのまま食べられる。甜菜糖がもっと増えればクリームやあんこを作って挟むという手もある。
いずれにしても、うはうは売れることであろう。
「ねえユウさん。どうして普通のハチミツって喉が焼けるように感じるのでしょう?」
「モナカらしい質問だな。お前はそういうことのほうに興味を持つんだなぁ」
「なんか、気になるんです」
「お前は、ちたんだえるか」
「誰ですか?」
「今のは忘れてくれ。ハリエンジュのハチミツは果糖の率が高いんだよ」
「果糖って一番甘い糖類ですよね」
「良く知ってるな。そう、すっきりした甘みを持つ糖類だ」
「えっと? それならハリエンジュのほうがくどくなりそうなものですが?」
「くどく感じたり、喉がひりつくように感じたりするるのは、甘さのせいじゃない」
「え? そうなのですか?」
「砂糖を入れすぎた料理を食べても、甘すぎると感じることはあっても喉がひりつくことはないだろ?」
「あ、そうか。そうですね。それならどうして?」
「浸透圧だよ」
「はぁ?」
「ブドウ糖は浸透圧が高いんだよ。果糖の5倍くらいある」
「へぇ。そんなに違うものなの?」
スクナも混じってきた。化学講座をやっている気分だ。
(あ、作者は一応化学が専門でして)
(聞いてないっての)
「普通のハチミツは、その高い浸透圧が喉の水分を奪っちゃうんだよ。そのときにひりつく感じを受けるんだ。ハリエンジュハチミツにはそれが少ない。個人差もあるが、乾燥した季節ではそのひりつきはけっこうきついものがあるだろうな」
「私がハチミツが苦手だったのは、喉の水分が足りてないからですかね?」
「モナカが足りてないのは水じゃなくてお酒じゃないの?」
「こ、こら! スクナ。それを言うな!!」
「モナカは酒好きだったかのか?」
「そりゃもう、寮ではうわばみモナカで通ってたって、お父さんがゆってた」
「ああ、もう。口止めしておくんだった……」
「だから微生物の研究をしたんでしょ? 自分がお酒を飲むために」
「あぁぁぁ、そこまでもうバレてるぅぅぅぅ」
そうだったのか。いずれ、モナカには酒の醸造でもさせようか。全部自分で飲んだりして。
「俺はまったく飲まないから、酒に付き合えなくてすまんな。ま、そんなわけでハリエンジュハチミツは果糖が多いので、寒くても固まりにくいという特徴もある。良くできたハチミツなんだよ。ここのブランドハチミツとして育てようと思ってる」
「ユウご飯の前のユウ講座でした?」
「豆知識だけどな」
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