第151話 ぼったくり?

「あー、さっぱりした。いいお湯だった、お前らも入って来いよ」

「オウミ、かじってやれ」

「了解! ノだ。かじかじ」


「ああっ、なにをするんで……かゆっかゆっかゆいかゆい」

「俺たちの苦労も知らず、自分だけ温泉に入っていい気になっていた罰だ」

「なんで俺だけだよ! モナカもシャインも入っているだろ!」


「なんかグースが気にくわなかった」

「もう一回言うぞ。なんでだよ!!!」


 俺たちが床に落ちたあと、取り残されたグースたちは崩れ落ちた壁の向こうを見た。


 そして、その先が温泉であることを知った。幸い? 誰も入っていなかった。湯船を通り抜けて奥のドアを開けると、そこは脱衣所となっていた。


「俺たちは入っちゃいけないとこから入ってきたことになるのかな?」

「あれは、覗き見防止用の書き込みだったのですね」

「あんなこと書いたら、覗いてくれと言っているようなものだがなぁ」


「え? どうしてですか? 開けるなって書いてあったら、開けちゃダメに決まっているでしょ?」

「ユウコの考え方が俺には理解できん。ともかくこの壊れた壁はできる範囲で直しておこう」


 ブロックと化した岩を積み上げてそれなりに壁っぽく補修をした。隙間だらけだが応急処置だ。気にしないでおこう。それよりまずはこの中の様子見だ。あいつらの無事を確認しないとな。そして3人で奥に進んだ。


 脱衣所を抜けたところで入浴にやってきたエルフたちと出くわした。そこで外から来たことを話して意気投合し。


「なんでそこで意気投合できるんだよ!」

「それは俺の人徳というやつだ。そして現在に至るわけだが。ああぁ、かゆいかゆい。これ、回復魔法は効くんだよな?」


「無駄なノだ。我のアレルギー魔法はそんな簡単に解除できないノだ。あと18時間は我慢するのだ」

「18時間も!? もう、ひどいですよ、オウミ様ぽりぽりぽり」


「グース殿。ちょっと見せてみなさい」

「え? あんたはここの長老か。これだが」

「マツと呼んでください。ふむ、じゃこの薬を。ぬりぬりぬり」


「……あ、かゆくなくなった」

「「えっ?」」

「すごいな、その薬。一瞬でかゆみが止まったぞ」

「効いたようですね。では、20銭いただきます」


「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」」


「だから、どうしてお主らはそこでいちいち泣くのだ?」

「それがデフォルトなんだよ、放っておいてあげて。それよりそれはなんて薬だ?」

「これは、カユミナオールという薬で、虫刺されやかぶれに特化したエルフ薬のひとつです」


 なにその安易なネーミング。ダジャレか。


「そんなに良く効く薬なのか?」

「エルフには医者がいませんからね。回復魔法が使えるものもごく少数です。その代わり薬学だけはやたらと発達しております。他にもスリキズナオール、キリキズナオール、サシキズナオールなど各種のバリエーションが」

「それ、全部同じじゃね?」


「とんでもない。それぞれに有効成分が違いますよ。でなければ、ここまでの即効性は得られないでしょう」

「そ、そ、そういうものなのか」


「そうなのです。ただし、そのどれにでも効くという上位互換のナオールという薬もあることはあります。ただ、こちらは稀少植物を使うので大変高価な薬となっておりますが」


「えっと、お前ら。準備はいいか? いくぞ? 聞くぞ? 値段を聞いちゃうぞ? いいな?」

「「うるうるうる」」


「準備はいいようだ。じゃあ聞くが、そのナオールはいくらするんだ?」

「1瓶で約20回分入っています。それで3円です」


「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」」」


 なんでモナカまで一緒になって泣いてんだよ!?


「そのほうらは、なんなのだいったい。増えてるではないか?」

「それも事象の地平面ってやつだ、気にすんな」

「お主の例えは、本質からどんどん遠ざかってるような気がするのだが」


「かゆみが直ってホッとしているグース。これをどう思う?」

「かゆくさせたのは、お前の差し金だろうが。俺もここに来る途中でいろいろ調べてきた。それで不審に思っていたことがあるんだ」

「というと?」


「このエルフ里の規模や気候から考えて、とても自給自足できているとは思えない。ということは、どこかと取引をしているはずだ。それなのに、さっき温泉上がりにちょっと見た限りでは、まだ11月だというのに食料庫には主食らしいものがない」


「え? まったくか?」

「ああ、まったくだ。聞くところによると、業者がときどき来てここの商品と引き換えに食料を持って来てくれるという話だ」

「そうか、それならいいじゃないか」


「ところが、引き換えるという商品は鬼のように積まれていた。それも高価な木材ばかりだ」

「その分の食料をくれるなら、かまわないと思うが」

「それが適正な取り引きなら、な」

「……そうか。それが、こいつらが泣くほどこの里が貧しい理由……」


「ああ、そうだ。そいつはぼったくっているんじゃないかと思う」

「さっき針は5円と言っていたが、それは相場から考えて高いのか?」

「いや、針ならそのぐらいだろう。糸の値段も聞いたが俺の知る適正料金だった。だからそいつはここで売ることで儲ける気はないようだ」


「ここで売ること以外か。なるほど」

「全部見たわけではないが、ここに卸す商品は適正価格だと思われる。少なくともぼったくってはいない。問題は買い取る値段だ」

「もうなんとなく見えてきたな。安すぎるのだろう」


「そうだ。食料はそのつど人を雇って運ばせているらしい。これだけ雪が降ると値段は跳ね上がると言っていた」

「人件費がかかるんだろうな」

「そしてこの里が売る品目は、主にカラマツ、トドマツなどの材木だ」

「おそまつさんは?」


「なんだそれは? 材木は筏ににして川を流してゆくそうだが、それでも人件費はかかる。まあ、それはいい。問題はそれらの人件費が全部エルフの負担となっていることだ」


「ひどいなそれは。ただでさえ安く買いたたかれているのに、その上に送料まで売り手の負担か」

「最近になってハチミツや鮭とばなんかも買ってもらっているらしいが、それも信じられないほど安い値段だった。これではろくなものが買えまい」


「マツ。ここに出入りしている商人はひとりだけか?」

「はい、ひとりだけです。え? 彼がそんな非道な商売を?」

「しているようだな。マツは気づいていないようだが、お前の金銭感覚は何十年も前のものだ。しかし買っているものは現代のものだ。その間にインフレが起こっているんだよ。物価が上がっているんだ」


「へぇ」

「ピント来ないようだが、それがこの里を貧しくしてるんだよ。その商人は今度いつ来るのか分かるか?」

「食料がなくなったので、そろそろ来るころかと思うが」


「大事な食料がなくなろうとしているのに、なんでそんなにのんきなんだよ!」

「ユウさん、エルフとはそういう生き物です」

「はぁはぁ。エルフと書いてのんきと読んでやりたい」

「いやあ、それほどでも」

「いや、褒めたのと違うから」


 そんなんだから餓死者を出すんだぞ、もう。


「あれ? おかしいぞ。なあ、オウミ。お前の領地ではなんか犯罪をするとすぐお前には分かるって言ってなかったか?」

「ざくざくざく、分かるノだざく」

「だよな、ってなにを食ってんだ?」


「鮭とばがあると聞いてさっそくもらってきたノだ。これはうまいざくざく」

「それもエルフの貴重な食料の一部だ、遠慮しておけよ」


「そうなのか! くれと言ったら気持ち良くくれたもノでな。余っているわけではなかったノか。それはすまないことをした。お代はユウにつけてくれノだ」


「魔王が人間に払わせるなよ。いまの話で、その商人は魔王的には問題のないやつなのか?」

「いや、我なら公正取引法違反で逮捕なノだ」

「いつそんな法律を作ったんだ?! でも、それなら犯罪ってことだよな。なんでカンキチはそれを見逃してるんだ?」


「カンキチはまだ取り締まる魔法を知らないノであろうなざくざくざく」

「ざくはもういいから、ちょっとミノ国に戻ってカンキチをここに連れて来てくれ。大急ぎだ」

「了解ざくノだ」


 食いながら返事をするな……行ったか。


「うちの鮭とばを気に入っていただけでうれしいです」

「いや、マツ。喜んでいる場合じゃない。その商人をとっ捕まえて処分だ。お前らもそんな簡単にぼったくられるんじゃねぇよ」

「うむ、しかし、そんな悪いやつではないと思うのだが……」


 だからぼったくりを……それより金額を教えてやればいいか。


「なあグース。もしお前がここのカラマツを買うとしたら1本いくらだ?」

「ものにもよるが、平均的な値段でいうなら1本1,000円ぐらいだろう。それをエチ国まで運べば3,000円ぐらいになる。オワリで売るなら4,000円だな」


「はぁっ?! せ、1,000円って。そ、それは一山をまるまる売ったときの値段ですよね?」

「違う、1本だ。一山いくらってバナナのたたき売りか。いまどきそんな適当な商売はするやつはいないぞ」


「1本が? たかがカラマツですよ? 薪にするぐらいしか使い道のないというカラマツですよ?」

「確かにカラマツは割れやすいしヤニも多くて建築資材としては使いにくい。だが弾力も強度もあって腐りにくいという特徴もある。だから道などを整備するときには大変適した材料なんだ。オワリ国では頻繁に使われているぞ。売るなら俺に売ってくれ」


「カラマツをお主なら、1本1,000円で買ってくれるというのですか?! そ、それが本当ならもうここは餓死者などでなくなる……しかしそれは本当の話ですか?! だとすると騙されていたということに……しかし私は、あの商人に命を助けられたのです……」


「助けられた?」

「私がキズを負って行き倒れていたのを、拾ってここまで運んでくれたのがその商人なのです。その彼がそんなことをするなんて」

「心底の悪人ではないのかもしれない。しかしこれは犯罪行為だ。魔王が裁定すべき案件なんだよ」


「そう、なのか。私たちは騙されていたのか」

「納得いかないようだな。そいつの言い分を聞いてからだが、ぼったくられていたのは間違いない。裁判官が魔王だから言い逃れはできまい。さて、どうなりまするやら」


「ということは、さっきお主が言ったひとり10円という管理費というのも、ぼったくりではないのか?」

「ひゃへえ?」


「ユウ。ぼったくりは許さんぞ!!」

「わぉぉ、カンキチか。びっくりしたぁえぇぜぇじょでおふじこ」

「そこまで動揺するのは、やましいことがあるノだ?」


「いやいやいや、全然ない全然ないまったくないちっともないないないカンキチ良く来たな」

「良く来たな、じゃないぞ、いきなり呼び出しおって。こっちにも都合ってものがあるんだ」


「いや、お前にも重大な関わりのある用件なんだ。それにすぐ終わる。オウミ、例の公正取引法違反? 的なやつをカンキチに教えてやってくれ。話はそれからだ」


「カンキチ、お主はまだ統治魔法を身につけておらんノだな? だから犯罪者を見逃していたノだ。もしエルフが亡んでいたらお主の責任だ。魔王の座を剥奪されるとこだったノだぞ」」

「なんだって? お師匠……オウミ。それっていったい?」


「ああもう、お主は知らないことが多すぎなノだ。いいからまずはこれを覚えろ」

「ああ、分かった。ともかくその統治魔法というのを伝授してくれ」


「終わったノだ」

「早いな、おい」


 神妙な顔で教わった呪文を唱えるカンキチ。


「こ、こんなことが。魔王というのはこんなことができるのか」


 感心している場合じゃないのだが。


「分かったようなノだ。それができて初めて魔王が名乗れるのだ。お主はいままでまだ見習いだったノだ」


 魔王に見習いがあるんか。おや? カンキチの様子が変だぞ。カンキチはいまは人型をしている。つい先ほどまで患者を診ていたからだろう。そのカンキチから妙な光がこぼれている。


「おい、カンキチ。なんかお前、眩しいぞ」

「あれ、なんか身体がおかしい。なんか全身がかゆいようなむずむずするような?」

「オウミ様。カンキチ様もかじったんですか?」

「かじってないかじってない。これは進化の過程なノだ。もうじき一皮むけるノだ」

 

 ヘビの脱皮かよ!


「あっ、あっ、あっ。これは?!」


 その直後。ぱぁぁんという音をたてて部屋中に金粉が舞ったように見えた。それはカンキチの身体から飛び出て部屋中に拡散した。

 俺たちはどうすることもできず、ただそれをじっと見ていた。それは1分ほど続いた。


「終わったノだ」


 というオウミの言葉で我に返った。そこには、小鳥サイズになった両津……じゃないカンキチがいた。そして、オウミやミノウのような眩しい光をまとっていた。紫色の。


「わはははははは、なんだそれカンキチあはははは」

「あはははは、こんな、こんな色初めてみたノだあはははは」

「くっ。いえ、私は、べ、別に、それが、にあ、にあ、似合っているとあははははは、思いまひーひーすー」


 さすがは色物枠。真の魔王になったいまでも笑わせてくれるとは。しかし、これでカンキチはめでたく改1となったのであった。


「お前らたいがい失礼だな。俺の姿のどこがおかしいのだ」

「クラーク様!!! 進化されたのですね! その神々しいお姿。こんな場面に立ち会うことができた自分はとても幸運です。できることでしたら、どうかそのおそばにいることをお許しください」


 マツだけは感動している。ユウコもそうだが、エルフの美的感覚ってのはちょっとおかしいのかな。


「私はおかしくありません!」


 そこへ、のこのことやってきた飛んで火に入る噂の商人が登場する。


「まいど! 儲かってまっか」

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