第150話 エルフの黒剣士

 長いトンネルを抜けると、そこは。


「雪国だったノか?」


 雪国だった。


「まじなノか!」


 案内されるままについてゆくと、いくつもある分岐点を右に曲がり左に折れ、そしてまた右に回って壁をよじ登り(なぜに?)、腹ばいになって進んでまた右に曲がり……もう忘れた。


 そんなことを30分ほど繰り返してようやく着いた洞窟の先は。


「雪国だったノだ」

「ああ、雪国だな」

「予想以上に雪国ですね」

「わぁい、すごいすごぉぉい。雪だるまがいくらでも作れるよーー」


 ひとりはしゃいでいるやつがいるが、ついこの間、温泉郷で見た白い悪魔がそこにはうずたかく積もっていた。


 その悪魔を切り開いて道ができている。洞窟の細い道を抜けると、また細い道だった。ただし、壁は雪である。空は抜けるように青い。


「マツ、これはこの間積もった雪なのか?」

「この間? いやここは11月に入るといつもずっとこんな調子だ。今年はまだ少ないほうだな」


「どんだけ豪雪地帯だよ!」

「私の里でもここまでは滅多に積もりませんよ」

「わぁぁい、こんなにたくさんの雪だ雪だ-」


 お前は元気か。イシカリ辺りではここまで積もらないのかな? しかし、問題はそんなことよりもだ。


「寒い寒い寒い」


 上着を洞窟の入り口に置いてきたので、今は厚手の下着を3枚ほど重ね着した上にいつもの作務衣姿だ。ここにずっといたら軽く死ねる。

 俺は外にでた途端、思わずユウコとスクナを抱きしめた。


「「あぁん」」

「ふたりとも、妙な声を出さないように。寒いからもうちょっとくっついてい歩いてくれ」

「「あぁぁん」」


「おかしな連中だ。このぐらい寒いうちには入らないぞ」

「お前は慣れてるからだよ! こんなとこに5分いたら俺は凍死する自信があるぞ」

「そうか。じゃ、遺体は春までそのまま放置しておこう」

「放置するな!! その前にへぇっくしっ、なんか着るものとかないのか」


「もうすぐそこだ。根性のないやつだなぁ。そんなんでどうして魔王様を眷属にできたんだ?」

「そんなこと俺も知らないいっくしょんよ、ぐずずっ」


「ほら、着いたぞ。ここが私たちの里だ」


「……ユウコ。エルフの里ってのはだいたいこういうものか?」

「い、いえ。さすがにここまでは……」


 茅(かやぶき)屋根に薄っぺらい板を張り付けただけの壁。目で見ても隙間があることが分かる。この気候でこんな住居で暮らしてゆけるものなのか。寒冷地仕様のエルフなら大丈夫なのか。お前らは100%化学合成オイルか。キハ56系か。


「ねぇ、なんであの屋根はあんなに尖っているの? そういうお年頃?」

「ちげぇよ。屋根に反抗期はねぇよ。あれは雪を落とすために角度をつけているんだろ」


「イシカリあたりはそれほど雪は降らないからな、こういうのは珍しいか」

「うん、でもなんか格好いいね、あの家の形好き」

「そうか」


「茅葺き屋根か。作るのが大変そうだ」

「3年に1度は葺き替えないといけないから、材料を集めるのが大変だ」

「我は見たことなかったノだ。瓦というのは使わないノか?」

「瓦は高いのですよ。ただで手に入る茅でないととてもとても」


 ああ、またこれである。すべては金だ。この調子じゃエルフは滅びるぞ。


「まあ、中に入れ。囲炉裏に火を入れるように言ってあるから、暖まってくれ」

「おぉ、それは助かる。早く入ろう」


 板の間にムシロを引いただけの部屋の中央に、囲炉裏が切ってある。

 胡座をかいて座り、手をかざすとその部分だけは暖かい。しかし部屋は密閉度が低く、あまり暖かくない。いや、むしろ寒い。足下からは冷たい空気が這い上がってくる。


 タケウチ工房がどれだけ恵まれていたかを痛感した。


「まあ、くつろいでくれ。今、お茶を入れさせる」

「暖房はこれが限界なのか?」

「ああ、来年の春までこのぐらいだぞ。まだ寒いのか?」

「寒い寒い寒いってか冷たい床が冷たいそして寒い」


「まったく軟弱なやつなノだ。我なんかいまだにビキニで平気なノだぞ。ほれ」

「自慢して見せなくていい。それ、ミヨシに作ってもらったやつだろ。フリルまでつけやがって、モデルにでもなるつもりか」

「ステキですよ、オウミ様」


「マツ様はあれからどうされていたのですか?」

「あれから?」

「ええ、200年ぐらい前の人とエルフとの戦争があったと聞いてます。そのときエルフ軍を率いたのがマツ様と習いました」

「ああ、あれか。もう遠い過去のことだが、私は負傷してここの住人に助けられたのだ。戦いがどうなったのかを見届けることもできなかった」


「エルフは負けました。それでもマツ様の奮闘のおかげで、不平等条約は解消されました。エルフは救われたのです」

「ああ、それはあとから聞いた。人もおかしな生き物だ。戦争に勝ったくせに自分から利益を放出するとはな」

「それも、マツ様が人を恐れさせるほどの戦いぶりを見せつけたからですよ。おかげでエルフの生活はずっと楽になったそうです。私の里でもマツ様は英雄として語り継がれています」


 ふむ、歴史にはよくある話のようだ。この話を膨らませて想像すると、一部の人の権力者が圧政を敷いた。それに耐えかねて反乱を起こしたエルフを率いたのがマツだ。


 その騒乱によって、その上の組織(どんなのかは知らんが)まで情報が及び、圧政を止めさせたのだろう。圧政を敷いた権力者は処分されているはずだ。良くて左遷、へたすりゃ打ち首かな。そんなやつは死罪でも一向にかまわん。


 しかしそれも、大規模な反乱があってこその成果だ。マツの活躍は大いに誇っていいだろう。


「ここに魔王がいれば、そんなことになならなかっただろうにな。気の毒なノだ」

「はい、クラーク様がもっと早くここの魔王になっていただけていれば……あれ? まさか、ユウはクラーク様をどこかに連れて行く気ではあるまいな?」


「さぁ?」

「止めてくれ! クラーク様のおかげで今は平穏な暮らしができているのだ。頼むから連れて行かないでくれ」

「分かった分かった。クラークの名前、今はカンキチな。カンキチの気持ちはまだ確認していないが、ここに残るように言っておこう」


「そうか、それだけはぜひ頼む」

「ところで、そろそろ本題に入りたいのだが」

「ん? あ、そうだ。お主らはなにか目的があってここに来たということだな。扉まで切り刻んで」


「それは悪かったってば。ちゃんと弁償するから。ところで、あれは治すのにいくらぐらいかかるんだ?」

「あれは高級な魔岩を加工したものだからな」


 また出たよ。魔木に魔岩か。なんでも魔をつければ良いってものじゃないだろ。


(え? ダメなんですか?)

(作者はもっと異世界のことを勉強すべきなノだ)


「もったいつけるなよ。で、いくら必要だ?」

「そうだな。思い切りふっかけて」

「ふっかけるな! 適正な料金を言え」


「そうだな。7円50銭いただこうか」

「なっ。な?」

「ちょっとふっかけすぎたか。仕方ない。5円に負けといてやろう」


「いや。待て。ここではその5円でいったいなにが買えるんだ?」

「針が1本買えるかな。ここでは作れないから貴重なのだ」


 ユウコとスクナ。そこで泣くな。相手には意味が分からないと思うぞ。そんな里でよくこの厳冬の中、生き残ってきたものだな。


「マツ様。それは、それはいくらなんでも安すぎます。そんな、そんな、そんなことでわぁぁぁぁぁん」

「マツ様。私、寄付するから。毎月のお小遣いからここに寄付するから。もっともっとわぁぁぁぁぁぁん」


「おいおい。お主らはいったいなにを泣いておるのだ? なんだ寄付って」

「やっぱり通じてないようだな。こいつらのことはしばらく放っておいてくれ。その金額で手を打とう」


「「えええっ!!」」


「そうか、それは助かる」

「それから、聞きたいことがあるのだが」

「ああ、いいとも」


(残してきた連中はどうなったノだろう?)

(そんなもんはあとで良い)

(きゅっ)


「この里とあの洞窟とは、いったいどんな関係があるんだ?」

「あそこはこの里への出入り口のひとつだ。ただし裏側だけどな」


「そこに、以前は軍の備蓄品を置いてあったという話だが」

「ああ、エルフと人間が仲直りした証として、生活圏の接点となるあの洞窟を人間側の倉庫として提供したのだ。そしてその管理をエルフが請け負った。その管理費をエルフの生活の糧にしていたのだが」


「人とエルフとの取り引きがあったのか。それで今は?」

「詳細は分からんが、人間界でなにかがあったようだ。不意に連絡が途絶えた。しかいその後は別の人間が入ってくる様子はなく、ずっとそのままになっている」


「その収入もなくなったわけだな。ということは、この里に管理費を払えば、あそこに物資を置いてもエルフに管理してもらえるということか?」


「なに? あそこを使う気なのか。それなら請け負うぞ。ところでなにを置くつもりだ?」

「主に食料となるものだ。とりあえずジャガイモやトウモロコシは決まっているが、まだ増えるかもしれない。それとそれを加工した……加工? 加工か。エルフって料理は得意だっけ?」


「料理が苦手なエルフはおるまいが、それよりトウモロコシやジャガイモとはまた安価なものばかりだな。管理費のほうが高くつかないか?」

「ちなみに管理費はおいくらでしょう」

「そうだな。ひとりにつき、月に10円でどうだ?」


「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん」」


 お前らやかましい!!! 商談の邪魔をするな!


「なんなんだ、そいつらは?」

「涙腺が弱い生き物なんだよ。放っておいてくれ。それは荷物の出し入れも手伝ってくれると考えて良いか?」


「ああ、良いだろう。荷物は多いのか?」

「そうだな。ざっくりの話だが最初は10数トンになるだろう」


「はぁ!? そんなにか? もう戦争もないのに、いったい誰がそんなに食べるんだ?」

「いや、それは売り物だから。これからだんだん増えて行くことになる。最終的には数100トンレベルになると予測している」

「ほぉぉ。それは剛毅な計画だな。しかし、それだけの量を管理するとなると、人数はどのくらい必要だ?」


「まずは3人を選出してもらいたい。作業や俺のやり方に慣れてもらう必要があるんだ。その3人が育ったら彼らには指導員の役を果たしてもらう。最終的には50人以上が必要となるだろう」


「そんなにか!! それは助かる。ともかく冬場は仕事がなくて困っているのだ」

「じゃあ、3人をまずは選んでおいてくれ。今月末ぐらいには稼働させるので、それまでに頼む」

「それは分かった。それではこちらかも質問があるのだが、良いか?」


「ああ、なんでも聞いてくれ」

「たかがジャガイモやトウモロコシを保管するぐらいで、そんな高級を払って、お主のとこは採算が合うのか?」


「「うわぁぁぁぁぁぁぁん」」


「だからなんなのだ、こいつらは?!」

「いいから放っておいてあげて。そういう年頃なんだよ。採算とかはこちらが心配することだから、気にすんな」


「心配なのだよ。こちらとしては、そういうことはなるべく長く続けてもらいたい。すぐに終わってしまっては困る。というか現在困っているからな」


「その心配はもっともだが、その話をする前にちょっとお願いしたいことがあるんだが」

「なんだ?」

「さっき別れた連中をここに呼べないか?」


「ああ、さっき報告があった。お主ら3人だけじゃなかったんだな。あと3人いたようだが、仲良く風呂に入っているそうだぞ」


「「「はぁぁぁぁっ!?」」」


 こちとらこんな寒い思いをして交渉に当たっているのに、あいつらはぬくぬくと温泉に浸かっていやがるのかという、明らかに非難のニュアンスを込めた『はぁ?!』の三重奏であった。


 ってか、お前らもう涙はいいのか?

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