第143話 魔王たちが大活躍
「洪水から逃げて屋根の上には上がったものの、ちっとも水が引かないわねぇ」
「このまま増水が続いたら、ここもあぶないな」
「まだダイコンを漬けている途中だったのに」
「この後に及んでダイコンの心配なんかするなよ」
「ああ、もうこの街はダメだ、死のう」
「イキロ」
「あらら、隣の屋根では宴会をしてるわよ」
「ああっ、あの野郎。こっそり酒を隠し持ってやがったな。ちょっともらってくる」
「ちょっとあんた、この気候で隣の屋根まで泳いで行く気!?」
「冷たくて行けそうになかった。もう死のう」
「イキロ」
「ねぇパパ、ミカねぇ、お腹が空いたの」
「さっき俺のとっておきキャビアを食べたばかりじゃないか。もう残ってないぞ」
「あんなの食べたうちに入らないもん。ミカねぇ、フォアグラのステーキが食べたいの」
「屋根の上でそれを言われても」
「食べさせてくれないとパパと別れることになっちゃうよ?」
「ま、待て。それは困る。なんとかするから、もう少し待ってくれ」
「もう少しってどのくらい? 1秒? 5秒?」
「75年ぐらい」
「パパはもういつ死んでもいいよ?」
「なあカガミ。こいつら、ほんとに助けないとダメなのか?」
「そりゃあもちろんですよ。お願いしますよ」
「なんだこのゆるふわ被災者は。ものすごくどうでもいい連中としか思えん。ユウやミノウに頼まれたからここまで来たが、なんかモチベーションが上がらんなぁ」
「そ、そんなこと言わないでください。彼らも必死で生きようとしているのですから」
「そうは見えないけどなぁ? まあ、とりあえずあの屋根の上にいるやつらから回収しよう。どんっ!」
「せめて救出と言ってあげて」
「おい、助けに来てやったぞ!!」
「わぁぁぁお、なんか怖い人が飛んで来たぁぁ、誰か助けてぇぇぇ」
「え? いや俺、助けに来た方なのだが」
「わぁぁ、助けに来た方から顔の怖い人が来たぁぁ」
「助けに来た方、というのは方角の話じゃねぇよ。俺は消防署か、国連か。あと、顔が怖いのは放っておきやがれ!」
「お主たち、静かにせよ。いまからカンキチ様が安全なところに運んくださるのだぞ」
「おいおい、隣の屋根を見ろよ。なんか魔物みたいなのがやってきて、やつらを食べようとしているようだぞ」
「いや、あれは魔人だろ。魔人さーん。いいですよー、そいつらは気にくわないから食べちゃってもー」
「なんなら、塩とか胡椒とか出しましょうかー?」
いらねぇよ!! てか食わねぇよ!!
「あ、あの、僕らよりも隣のやつらの方がきっとおいしいですよ?」
「やかましい!! 黙ってこれにつかま……あぁもう、うっとぉしい。お前らみんな気絶しろ、がぁぁぁぁ!!」
「ちょ、ちょっとカンキチ様……あぁあ」
「……」
よし、静かになった。ちょっと威圧しただけで気絶しやがって。相変わらず人間とは軟弱な生き物だ。それじゃ、どろりんぱっ。
どろちんぱっとは、忍術と魔法を組み合わせた転送魔法である。人を生きたまま転送させられるというお約束的ご都合主義な忍術魔法である。
ただし、目に見える範囲にしか転送できないのと、術者の気分によってたまに座標が狂うという欠点があり、そうした場合。
「うわぁぁっぷぷ。ぼぼぼぼ。だぶげでぇぇぇ」
水の中に落ちるやつが現れるのである。しかしそれはまあ、ご愛敬である。
「どばぁぁごぼぼぼぼ!!」
「もちろん、非難の声など俺に届くはずはないのだ」
「カンキチ様! 人を助けに来ておいて溺死させないで!!」
「この土手の上なら安全だ。今日泊まるところがなければ、ここに地図があるからタケウチ工房まで来るが良い。治療が必要ならそこで俺が見てやろう」
「あの、この人たちまだ気を失ってますけど?」
「……のんきなやつらだ。まあいい、地図をここに置いておこう。見りゃ分かるだろ。じゃ、次の屋根だ。どんっ」
「のんきという性格の問題ではないと思うのですが」
こうして順調に? 避難民を助けて回るカンキチとカガミであった。
一方。
「ミノウ様。この辺りです」
「カエデ、この辺りといってもどれがどれだかヨ」
「ええ、全部水没してしまい境目が見えなくなってますね。あのゆったり流れているように見えるのがキソ川です」
「遠いからゆったりと見えるが、あれは濁流だヨ。すごい流れだ。あれを全部吸うのはとても無理だ。先に堤防の修復をしよう。決壊場所はどこだか分かるかヨ?」
「キソ側の堤防が切れたのは、全部で3カ所です。その最大のものがすぐそこに甌穴岩のところです」
「ええと、甌穴とは確か流れてきた石が、岩の穴でぐるぐる回って目を回すってやつだヨな」
「ちょっと違いますけど、だいたいそんなもんです」
いいのか、そんないい加減な認識で!?
「水が多すぎてよく見えないが、あの辺りだな。まずはでかい岩をあそこに運ぶヨ。ちょうどあの甌穴岩が使えそうだ。あの岩はなくなるけどいいヨな?」
「え? そ、それはダメですよ!」
「なにか問題かヨ?」
「景観保護条例にひっかかります」
「そんなことを言っている場合かぁぁぁ ヨ」
「そ、そう、そうですよね。あとから私が叱られなければ良いです。すべてミノウ様におまかせします。それと全責任も」
「なら、止めとこうかヨ?」
「すみません。私が間違ってました。助けてください」
「ヨ」
そんなアホなことを言い合いながらも、大きな岩で堤防の決壊箇所を塞ぐミノウ。そして隙間には上流から流れてきた流木を敷き詰め最後に土で固める。土属性を持つ魔王ならではの離れ業である。
「よし、これであそこからの流出はなくなったヨ」
「はい。しかしすでに流れてしまった水がまだ」
「それはまかせるのだヨ。きゅぅぅぅぅ」
どこかで聞いた声だと思っても黙っているように。
「おおっ、すごい!! みるみる水かさが減って行く!!」
「きゅぅぅぅぅぅぅぅ」
「ああ、もう土の部分が見えてきました。
「きゅぃ。ここはもういいだろう。次に行くぞヨ」
「はい!」
そんなこんなで堤防を修復して回るミノウとカエデである。
一方、氾濫の仕方に不審なことがあるとミヨシに聞いて、山に原因探しに行ったオウミは。
「あぁぁ、またここにもあるノだ。もうべちべちべち」
「わぁぁまたか。ここもだべちべちべち」
「うわぁぁ、ここなんか3連続なノだべちべちべち」
「オウミ様、なんでしょうね、これ。やたらと小さな堤防がいくつもいくつも」
「もう、作るならでかいのを1個作るノだ。こんな小さいのをたくさん作りやがって。壊すのが面倒くさいノだ、ああここにもあるぺちぺち」
「洪水が起こっているときに、小さいとは言えダムを壊して大丈夫でしょうか」
「オリベ。我がそんな粗忽なことするとでも思っているノか。壊すたびに地下水脈をいじって、水を西のダイニチ川に逃がしているのだぺちぺち」
「おお、さすがですオウミ様。それではあそこから漏れている水はいったいなんでしょうか」
「あぁぁ、しまったノだ。忘れていたノだぺちぺちぺち」
ほんとに大丈夫かしら。
「でも、どうしてこんなにたくさんのダムがあるのでしょうね」
「壊していて気づいたノだ。これはおそらくアレの仕業なノだぺちぺち」
「アレ? ってなんですか」
「アレといったらアレなノだ。いま集中しているので話しかけるでないノだ」
「あ、すみません。それにしても、この多数のダムと洪水との関係が分かりませんね」
「ダムで水を止めたから、そこから地下に染み込んだノだ。ここの土地は地下がスカスカの岩でできているから、ただでさえ染み込みやすいノだ」
集中していたのではなかったのでしょうか。
「そういえばそうですね。泥岩の層がこの下にあるとか学校で習いました」
「そうなのだ。だから水の豊富な土地なのだが、そこへこんな子ダムをいっぱい作るものだから、水が上を流れずにどんどん染みこんでぐちょぐちょになっていたノだ。そこへこの大雨が降って、溜まった地下水が押し出されるように鉄砲水となっていっきに噴き出したノであろう」
「はぁぁ、すごいです。そんなことまでお分かりになるのですね」
「多分、なノだ」
オウミ様、それを言わなきゃカッコ良かったのに。
魔王たちの奮闘は、それから三日三晩夜を徹して続いた。
「昼寝はしてたのだヨ?」
「それは言わなくてもいいの」
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