第142話 洪水の日

「さてと。魔王どもがいなくなったら静かになったな」

「ええ。なにか火が消えたように静かですね」


「あいつらがいないとあちらの情報も取れないなぁ。全員行かせたのは失敗だったか。いまどうなっているのかさっぱり分からん。あ、そうだ。モナカ、魔回線で調べることできないか?」

「ミノ国には魔回線の接点がまだできてないんですよ」


「ああ、そうだったな。エースに言って作らせよう。どうせカンキチもあっちに行っていることだし……って連絡の取りようもないのか?」


「はい。冬場のホッカイ国はあらゆる物資も情報も断絶状態ですから」

「そうか。魔王の便利さに慣れすぎちゃってるな、俺たち。エチ国でなにか情報はないか?」


「一応聞いてみます。ほにゃらかほい」


 ほにゃらかほいとは、魔回線にアクセスするために接点を起動させる呪文である。念のため。


「台風が来ていることは知っているようですが、他国の被害については分からないそうです。エチ国ではちょっと風が強い程度のようですね」


「そうか。すると魔王たちの報告を待つしかないか」

「はい。心配ですね」


「被害によっては、こちらから支援ができるように用意を……できることがなにかあるか?」

「えっと。爆裂コーンとか?」


「被災者に爆裂コーンかぁ。保存食としてはいけるかな。じゃあ、ポテチも提供できるな。ユウコ、エルフの里で紙袋を作ってもらっているが、いまどのくらいあるか分かるか?」


「私もあれからずっと帰ってないので分かりません。調べてきます」

「じゃあ、ケント。送ってやってくれ。それで持てるだけ持って来てくれ。それとジョウ、ポテチの在庫はどのくらいある? いまから作るとしてどのくらい生産可能だ?」


「ポテチの在庫はほぼありません。皆さんで食べてしまいました。ジャガイモの在庫はこれから調べてきます。少々お待ちください」


 支援物資にお菓子か。ミノ国のほうが遙かに豊かだからあまり意味はないかもしれないが、ないよりはマシだろう。ほかにできることもないしな。


「準備はそのぐらいか」

「ええ。申し訳ありませんけど、こちらには財力も人材も」

「分かってるさ。できる範囲でできることをすればいい」

「それはそうですけど」

「ミノ国の被害状況がはっきりしたらまた対策を練ろう。それまではお前ら!」


「「「は、はい!?」」」


「ゲームしようず」

「しょ、所長!! そんな、そんなことしている場合ですか!」

「そうですよ。あちらは大変なことになっているのに」


「その通り」

「いや、その通りじゃないのですが」

「じゃあ、ケントはここにいてなにかできるのか?」


「え? あ、いや。それは」

「できないなら気に病むだけ無駄だ。やれることはない。それなら遊んでいたほうがマシだろ?」


「いや、あの。それはそうでもあるような えっと?」

「モナカ、なんでそこで私を見るのよ えぇ?」

「ユウコさん、だからって私を睨まれても 困ります?」

「ジョウまで私を見ないでください よ?」

「えぇ? ケントさん。なんで私に返ってくるのですか?」


 一回りして元に戻っとる。無限ループかよ。


 いつもなら、ここで魔王のツッコミがあるのだけどなぁ。ちょっと寂しい。


「じゃ、行くぞ。くるりんぱっ」


 というかけ声とともに、イテコマシの本日分の開始である。ちなみに、魔王がいないので1日2時間という制限は廃止である。



 そんなころ、ミノ国では。


カエデ「おおっ。ミノウ様。お戻りくださいましたか」

カガミ「お待ちしておりました」

オリベ「どこに行っとったんじゃい!」


 これがミノウが留守の(カカオの実の中で居眠りしていた)間にミノ国を管理していたミノ国の魔人三人衆である。東濃のカエデ、中農のカガミ、西濃のオリベである。


「いま、帰ったのだヨ。オリベは相変わらず口が悪い女だな。嫁にいけないぞヨ。それで、状況はどうなっているか教えてくれヨ」


カガミ「はい。えっと、こちらの方々は?」

「ああ、まだ紹介してなかったか。こちらのちっこいのががオウミ。ニオノウミの魔王だ。で、こちらのおもろい顔したやつがカンキチ。ホッカイ国の魔王だ」


「我はちっこくないノだ ヽ(`Д´)ノ」

「誰がおもろい顔だヽ(`Д´)ノ」


カガミ「なんかものすごく怒ってますけど。え? みなさんが魔王様?? なのですか???」

「その辺はもう読者も飽きていると思うので飛ばすのだヨ。それで被害について報告してくれヨ」


「はい。一番大きな被害はキソ川の氾濫です。トウノウ部であふれてオワリ国にまで水が流れています」

「ということは、イルカ池は」

「はい、すでにキソ川の一部になってしまいました」


「そ、それほどかヨ!!」

「ふむ。じゃあ、まずはその流れを止めてくるノだ。我にまかすのだ」

「その前に水の量を減らそう。カガミ、あふれている現場に案内しろ」

「いや、まずはあふれている水をどこかに逃がしてやるほうが先なノだ」


「いや、そんなことを言っていたらヨぺちぽち」

「ただ水を減らしても水害は直らないノだぱこぱこ」


「あの、魔王様。そんな幼稚な争いをしている場合ではありませんけど」

「「はっ!? ノだヨ」」


「ミ、ミヨシではないか。よくぞ無事だったノだ」

「ここは高台にありますので、直接には水は来てません。しかし、下流は大変なことになっています」


「うむ。それは分かった。しかし、それまでこいつらはなにをしていたヨ?」


「魔人の方々は、ただここでうろうろするばかりで、うっとおしいったらありませんでした」

「「「ひどい!!」」」


「こいつらは水害の事前対策はできても、災害には慣れていないからヨ。我がいるかぎり洪水なんか起こらないはずだったし。しかしミヨシもすっかりユウに染まっているのだヨ。それはいい。それでどうすれば良いと思う?」


「まずは避難所の開設です。この地域の人たちだけでも救わないと。なんなら建物だけあってまだ使われいないそこの研究所を使ってもいいと思います」

「そうなノだ。あそこは大きいし大人数を収容できるノだ。エースはどうしたノだ?」


「侯爵様たちは、ちょうどオワリ国に帰ったとこでした。こちらに戻ってくる道は、現在すべて川になってます。しばらくは来られないでしょう」

「それは好都合なのだヨ。で、避難所を作ってどうするヨ?」


(あぁもう、なんで私が仕切らないといけないのよ! ユウ、早く帰ってきなさいよもう!)


「ええと、まだ取り残されている人や行き場のない人を救出して、そこに移動するように言ってください。食料などは私たちで準備します」

「分かったノだ。まずは避難を優先すると。問題はどうやって人を運ぶのかということなノだが」


「それは俺にまかせてもらおう。俺はイガの生まれだ。多少だが、忍術も使える。ケントに飛び方も教わってきた。ある程度の人数はまとめて運べるぞ」


「えっと。そんな面白い顔をした小鳥が? 人を運ぶ?」

「ミヨシ、そいつはクラークだぞ。ユウの眷属になってそんなおもろい顔になったが、元はあの怖い顔のクラークだヨ」


「えっと、ユウの眷属に!? クラーク様が? またですか!? それで怖い顔からおもろい顔になったと?!」


「その、怖いとかおもろいとか止めてもらえるか。人を運ぶときは怖い顔に……違う!!! 人型に戻ってするから大丈夫だってなにを言わせんだ」


「ユウはまた眷属を増やしたのね。しかもまた魔王様を……。あの子はいったいどこまで行くのかしら。イズナ様もいれたら4人がここにいることになる。もしかしたらこの国の魔王を全部眷属にしたりして? まさかね」

「そんなことより、助けが必要な被災者はどこにいる?」


「ああ、そうでした。この下の港街には多くの人が住んでいます。建物の上や少しでも高いところに避難している人がいるはずです」

「すぐに救出に向かおう。それともし薬があるなら用意しておいてくれ。俺も持ってはきたが、足りないかもしれない」


「それは私が準備する」

「ウエモン、お願いね。それとミノウ様。被害が一番大きいのはトウノウです、雨は小降りになりましたが、まだ降り続いています。キソガワに入る支流もあふれそうになっています。その水をできるだけ抜いてください」

「分かったのだ。トウノウならカエデが詳しい。お主も一緒に来いヨ」


「それにオウミ様、今回の氾濫は、いつもとちょっと様子がおかしいのです。不自然に山に水が溜まっていて、それが一気にあふれてのではないかと思います。オウミ様は、その調査をお願いします。できたら、その水はもっと西側のほうに逃がしてください。セイノウはまだ余裕があります」

「分かったノだ。すぐに行ってくる。オリベ、道案内を頼むノだ」


「私たちは、被災者の受け入れ準備をするわよ。コウセイさんとゼンシンとアチラはありったけの蒲団や毛布や衣類を研究所に運んで」


「「「はい!!」」」


「食べ物はこちらの食堂で食べてもらうから、ウエモン、料理の準備もお願いね」

「うん。まずはご飯をいっぱい炊こう」


「「あの、俺たちは?」」

「え? ああ、あなたたちはヤッサンの指示で研究所の中の片付けをお願いします」

「「いま一瞬、誰だっけって顔をしたよね?」」


「それでハルミ姉さんには、その体力を見込んで大事なお願いがあるの」

「おう、なんでも言ってくれ」


「街まで降りて、なんでもいいから食料になるものを調達してきて。ここに現金が7万円あります。全部使ってもいいから持てるだけの食料を」

「わ、分かった。片手に1トンぐらいなら持てる自信がある。行ってくる!」


 1トンってすごいわね! ……いや、それでもまだ足りないかもしれない。この雨が長引くようなことがあったら、私たちの分だって足りなくなる。


 もし、長引いたら、もうお金がない。森の木の実だって限界がある。どうすればいいだろう。ユウ、助けに来て! せめて私の側にいて!


 洪水で情報収集もままならない中、ミノ国の夜は深々と更けて行くのであった。

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