第128話 くるりんぱっ
「くるりんぱっ。あ、回った」
「でしょ?」
魔法使いでもないのに使える魔法というのが、この世界にはあるのだ。そういえば、召喚魔法もそうだったな。
「やっぱり初級とか上級とかがあるのか?」
「くるるりんぱっにそんなものあるはずないですよ(笑)」
(笑)って言われた。まてよ? ミノウ?
「わ、我のせいではないのだヨ。勝手にマネをされているだけゅぅぅぅ」
「やめろっつただろうが!」
「も、もう、無理なのだ。最近はオウミも言ってるのだヨ。流行ってのは止められないのだヨ」
「流行らせてるお前が言うな」
まったくこいつらときたら、俺をとことん惑わせるつもりか。
「うぅん。でもこれ不思議なコマだね、なんかずっと見てしまう」
「でしょ。モナカもエルフの心意気が分かってきたね」
「……私はユウコの天然ぶりがだんだん分かってきたけど」
「このコマを少し傾けて回すともっと面白いことになるよ」
「どいうこと? やってみてよ」
「ほら、こうしてくるりんぱって」
するとコマはユウコの手から離れると同時に、皿の中で円を描いて走り始めた。地球ゴマなら軸が傾いていてもその場で回り続けるし、真横に倒したってそこから動かない。
「そこは地球ゴマとはとは違うんだなぁ。不思議なコマだ」
「私は小さいときからずっと見てるからなんとも感じないけど、そうなのかな?」
「うん、私も不思議だと思う。ねえ所長。これ売り物にならないかしら?」
「俺もずっとそれを考えているんだが、ただ回り続けるってだけのコマに需要があるだろうか?」
「この動き、なんだかとっても癒されると思うんですけど」
「それだけじゃなぁ。なにか、こう付加価値のようなものが必要だ。モナカも考えてみろ」
「え? 私が? あ、はい。うぅん。難しいなぁ」
傾けて回すとやや不規則な円を描いて回る。それなら、なにかできそうなものだが。
「あっ、あらららら。しまった! コマが落ちちゃった!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
いろいろと工夫していたモナカは、かなり傾いた状態でコマを回した。しかし傾け過ぎたのだ。コマの側面が皿の底に接触してコマは軌道を失った暴走した。その結果として、皿から飛び出しさらにテーブルからも落ちたのだ。
悲鳴は、それを見たユウコである。
「悲鳴を上げるほどのことかよ。こんなのただのコマ……」
「だって、このきなんの木のコマなのですよ! もし、壊れでたりキズがついたりしたら……エルフのバチが当たります!」
「え? それってもしかして私に当たるの? ど、どんなバチが当たるの?!」
「それはえっとそれは、たいへんなバチですよ、モナカなんか、ほんとにそれはそれは。えっとすごいことになっちゃうんだから」
「ユウコ。あなた適当なこと言ってない?」
「え?」
そんなしょーもない女子会は放っておいて、俺の目は落ちたコマに釘付けである。
落ちたコマが、床に開いていた小さな穴――釘の抜けた跡だと思われる――にはまってそこでぐるぐる回っていたのだ。
「なるほど、それで釘付けなノだな」
「誰がうまいこといえとヨ」
眷属どものボケツッコみにも耳を貸さず俺は観察を続ける。コマってのは穴にはまるものなのだ。そして一度はまったらそこから逃げることができない? できないか?
俺は自分の持っていたコマを床の上で回して、はまり込んだモナカのコマにぶつけてみる。
するー。当たらない。
するー。当たらない。
するー。ええい、もう!!
「ユウさんヘタ過ぎワロタ」
「所長はコマ回しの才能はありませんね」
やかましいよ! ちょっとユウコ、こっちきてお前のコマをこれに当てて見ろ。
「うん、簡単よ。くるりんぱっ。こちん。 ほらね」
どや顔はどうでもいい。かなり優しく当たったが、はまっていたコマが飛び出すことはなかった。いや、そんなことはどうでもいいのだ。飛び出したっていいじゃないか。穴にはまったという事実が大切なのだ。
「これだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「「「うわぁぁびっくりした!!」」」
「ユウコ。魔木でなくていいから、木でこの皿のようなものを作れるか?」
「え? うん、できるよ。材料と工具があればね」
「ミノウ、ちょっとタケウチに戻って、適当な木を見繕って持ってきてくれないか」
「適当な木ってざっくりな注文なのだヨ」
「そうだなら、一片が30cmで厚みが5cmぐらいのよく乾いた木の板が欲しい。ミヨシに聞けば教えてくれるだろう」
「了解なのだヨ。ついでに今日のご飯ももらってくるヨ」
「どっちがついでか分からんが頼んだ。それとオウミ。コマに使う軸だが、すり減らない固い材料ってなにかないかな?」
「下が木製なら、そんなに固くなくてもいいノではないか」
「今みたいに落ちたりすることもあるから、固いほうがいいのだが」
「そうか。固い材料……あ、そういえば例の魔鉄がまだ余っているノだ」
「あれ? ゼンシンは全部使い切ったって言っていたぞ?」
「それはミノオウハルのほうなのだ。そっちは我らのナイフとフォークで使い果たしたが、オウミヨシのほうはまだひとかたまり残っているノだ。この軸程度ならそれで何本かは取れるノだ」
「それはいい。じゃあちょっと図面を描くから、それを持っていってヤッサンに作ってもらってくれ。1本1,000円で買うと言ってくれ」
「何本作るノだ?」
「とりあえず、10本ぐらい」
「分かったノだ、行ってくる ノシ」
ミノウ!?
「ぴゅーー我も行ってくるのだヨ~~」
逃げやがった。やっぱりお前か! もう、ノシじゃねぇよノシじゃ。
「その前に、ユウコがワロタと言ったのはスルーなのかヨ?」
「やかましい!! さっさと行ってこい!」
ぴゅーー。
「で、あとは工具か。ユウコ、なにが必要だ?」
「エルフの里に帰れば私専用の工具箱があります。それさえあればいいのですが」
「エルフの里か。どうやってそこまで行くかということだが、この雪だよなぁ」
「ミノウ様なら、エルフの里に来たことがあるのですが」
「ああ、そうか。先にそっちに行かせるべきだったな。帰ってくるまで待つか」
「あの、場所さえ教えてもらえれば私がひとっ飛び行ってきましょう」
「おっ、ケントか。しかしこの雪の中……あ、空を飛べば積雪は関係ないか」
「はい、今は雪はあがっていますのでチャンスです。でも場所が分かりません」
「それなら私を乗せていってください、案内します。私もいちど帰りたかったのでちょうどよかった」
そして材料もそろって、とんかんこんかん、がりごりごりらりとコマの闘技場の作成である。
作っているのはユウコである。どうやらその製作現場は誰にも見せてはならないらしい。いったい誰になんの恩返しをしているのやら。
「ユウさん、できたよ。はいこれ」
そこにはミノ杉を材料に作られた丸いお盆のような器があった。これが闘技場である。直径が25cmぐらいで、普通の皿よりは角度がなだらかで浅いお盆である。
そして一番特徴的なのは、中央に穴が開いているということである。
「穴にはまったら回転しなくなりませんか?」
「まあ、いいからやってみよう。さっきとルールは同じだ。コマはいま7個あるので全員でせーので回す。いいな?」
全員。俺、ユウコ、モナカ、ケント、ミノウ、オウミ、ジョウの7人である。
「俺のはないのか!」
クラーク、お前もきたのかよ! 忙しいって言っていたじゃないか。
「うむ、月末は決算処理で忙しいのだが、こっちも気になるではないか」
「決算? それ、毎月やってんのか?」
「ああ、毎月やっておかないと、年度末になってどえらい量になるからな。こういうのも月々の積み重ねが大事だ」
「ん? ミノウ? 例のアレはこっちでは使えないのか?」
「使えるのだヨ?」
「いくら出したら使わせてやれる?」
「紙代だけもらえれば良いヨ」
「だ、そうだぞ、クラーク」
「いったいなんの話をしている?」
「このミノウには、ウソを書けない紙を作るスキルがあるんだ。年度末にそれを配布して、1年間の売り上げとコストを書かせれば、それで利益が分かる。それで決算は終わりだ」
「はぁぁぁぁぁ!?!?!?!」
「わはははは。クラークは魔王としては、まだまだ未熟なノだ」
「いや、お前の弟子だろ」
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