第129話 コマを巡る戦い

「弟子とは言っても、ちっとも言うことなど聞かないやつだったノだ。だからいろいろ教えようにも教えられなかったノだよ」

「その節は大変ご迷惑を」


 クラークが平身抵抗している。あんなでかくて怖い顔したやつがねぇ。


「ユウ、なんか失礼ないこと思っていないか?」

「い、いやいや、思ってないよ? それよりどうするんだ、ミノウから決算書類を買うか?」

「紙代だけといっても、いくらぐらい払えばいいのだ?」


「こっちはオウミのところより人口は倍ぐらいあるそうだが、会社は半分ほどしかないらしいのだヨ。だから紙も半分でいい。オウミからはいくらもらってたっけ?」


 覚えてないのかーい。ってか、個人への税金はないのか、すごいなここ。じゃあ、俺がいくら儲けても税金なしなんだうはうはうは。


(現在のユウの収入はほとんど0だったようなヨ?)


「うちは毎年50万払っているノだ」

「じゃあ、その半分でいいヨ」

「ここの現状を考えると、それでもきついのではないか?」


「ああ、きついな。しかしそのほうがトータルコストは安くなる。お願いしよう」

「まあ、来年にはこの国の収入は倍にはなっているはずだから、楽々払えるようになるだろう」


「ば、倍になる? のか?」

「元が少ないからな、そのぐらいはなるだろう。そのあともしばらくは倍々成長となる見込みだぞ」


「そうなのか。そうなったらいいな」

「これも先行投資だ。初年度は俺の予算で負担してやろう。それでもいいだろ? ミノウ」

「もちろんかまわないのだヨ。よかったな、クラーク」


「お主らにはもう感謝のしようがない。ありがたくその提案には乗らせていただくよ」


 さて、お金の話が済んだところで、ゲーム開始である。


「ちょっと待て、俺のコマは?」

「今は7個しかないので、我慢しろ」

「ひどいな! おい」


「ユウは冷たいのか冷酷なのか分からないときがあるノだ」

「それ、どっちも同じだから」


「じゃ、行くぞ。せーのくるりんぱっ」


 7人の手からコマが一斉に放たれる。最初からまっすぐ中央に向かうコマもある。外側をぐるって回るコマもある。だがそれはいずれもお盆の傾斜に沿って徐々に中央に寄って行く。そこにあるのは、あらかじめ開けておいた穴だ。


 そこに最初に入ったコマが勝ち。そういうルールだ。軸が長いコマだからこそできるゲームだ。


 しかし、周りにはコマがうじゃうじゃとあり、それがうねうねと動いている。入りそうになると他のコマが邪魔をする。一瞬入ったかのように見えたコマも、すぐに横から来たコマに弾き飛ばされる。


 中央穴を独占するには、その競争に勝たないといけない。だがいずれは決着がつく。すこすこすこーん。あ、入った。


「……これは誰のコマだっけ?」

「しーん」


 そんなオノマトペいらないから。


「我のではないかと思うノだ」

「いや、あの山吹色のコマは我のだヨ」

「いえいえ、あれは私のやつですよ?」


 なんだこら、やんのかこら。おうやってやろうじゃないか。ちょっと私まで混ぜないで! ぼかすか、ぺちぱち。俺のだっての。ばかすか、私のですって。ばちぼち……。


 ぜんたーい、止まれ!


「いっち、に」ぴたっ。


 止まった。乗りがいいなお前ら。


「これは俺が悪かった。お前ら、自分のコマに名前でも番号でもなんでもいいので記入しろ。それがお前らの分身コマだ。他のコマと区別がつくようにすればいい」


「ふむふむ。かきかき。これでいいのかヨ?」

「ミしか書いてないじゃないか。分かるからいいけど」


「私はこんなふうにしたよ」

「ユウコは全部を真っ赤に塗りやがった!? 分かりやすくいいけどな」


「私は花柄をあしらってみました」

「モナカのが一番凝ってるな。芸術家かよ」


「俺のコマはないのか」

「しつこいな! あとで作ってやるから待ってろ」


 それぞれが思い思いにコマに自分の印をつけた。ゲーム再開である。


「そーれくるりんぱっ」


 最初から穴をめがけて回したのはユウコだった。一気に入れてしまおう作戦である。しかし、それが成功する確率はほぼない。同じことを考えているものが他にもいるからだ。すぐに別のコマと衝突して軌道が変わるのである。


 出番の少ないジョウは外側から回り込む作戦にでたようだ。最初に起こる中央での戦いで、皆が疲弊した頃に飛び込もうという算段である。

 しかしこれもうまく行かない。すこし軌道が落ちるだけで、やはり他のコマと当たってしまうからだ。直径25cmしかないお盆の上に7つのコマがある中で、孤高を保つことは難しい。


「行けーー。私のコマー」

「あぁ、今入りそうだったのに、邪魔されたヨ-」

「ああぁぁ、私の倒れちゃったぁ。誰よ!」

「きゃぁぁぁ」

「誰って言われても。コマのしたことだし」

「あぁぁ、ダメだ。ぬるぽ」

「あぁぁ、入るノだ、はいあぁぁぁ邪魔されたぁぁぁ」

「きゃぁぁぁ」

「そこよそこ。そこですっぽり入っちゃいなさい!」

「いけいけいけいけ、ガッ」

「がんばれー。俺の分身コマ!」

「きゃぁぁぁ」

「あぁぁそこまで行ってどうして入らないかなぁ」

「かすったぁぁ」

「あぁ、もうだめぽ」

「きゃぁぁぁ」

「よっしゃーー!! 入った!!!ヨ」


 いろいろ気になる発言があったし、定期的に悲鳴上げているやつもいたが、記念すべき第1回大会の優勝はミノウでした。ぱちぱちぱちぱち。


 予想以上の大盛り上がり。お前らがこんなに楽しそうしているとこ、ここへ来てから初めて見たぞ。


「というお遊びなわけだ。これならある程度の人数で一度に遊べるし、コマを独自に工夫したり装飾を施したり、いろんな楽しみ方が」


「「「「そんなこといいから、早く次をやろう!」」」」


 そこまで夢中かよ!? じゃあ、2回目行くでー。


「あっあっ。入るかぁぁぁ。惜しい」

「なんで私の邪魔をするのよ、もう」

「きゃぁぁぁ」

「まだまだ、もうちょっとがんばれ!」

「そこだ、そこから入るあぁぁぁ、だめか」

「きゃぁぁぁ」

「あぁ、なんでそこではじくノだ!!」

「よっしゃーーー入ったあぁぁ!! 俺の勝ち!」


 待て? なんでクラークが混じってる?


「クラークのやつ、ケントのコマを強奪したノだ。けしからんノだ」

「そうだそうだ。今の勝負は無効だヨ」

「やかましい! 俺の勝ちにケチをつけるな!」


 うむ。クラークまで盛り上がっとる。これは売れる。


「なあ、ユウコ。このお盆というか盤って量産は可能か?」

「そうですね。冬の間はエルフも暇なので、最大なら日に100個ぐらい作れると思いますよ」

「そうか。冬の間というと4ヶ月くらいか。120日×100=1.2万台か。いい線だな」


「え? これも私たちに作らせてもらえるのですか?!」

「ああ、それしかないと思う。そもそもこのコマはエルフにしか作れないのだから、ついでに盤もってことになるだろ。これはセット販売が前提だからな」


「ありがとうございます。里のものも喜びます。でも、あのコマの軸はどうしましょう?」

「ここにある7本で魔鉄はすべて使い尽くしたから、これからはステンレスで作ろう。うちには錆びない鉄というものがあるんだ。それなら長く使える」


「「「錆びない鉄だと?!」」」


 クラーク、ケント、ジョウのそろい踏みである。お前ら仲がいいのな。


「この世にそんなものがあるのか。ホッカイ国は田舎だとは思っていたが、それほど遅れているとは……」

「クラーク、それは違うノだ。ニホン中でも、錆びない鉄があるのはユウのとこだけなノだ」

「え? そうなのですか?」


「ああ、あれも俺が作ったものだ。それで作った包丁はうちの主力商品だよ。1本買わない? お高くしておくけど」

「所長、ここで高値で売る商売ですか?!」


「ユウを赤紙で呼んだのは、俺にとってはとてつもない幸運だったな。ユウの存在を教えてくれたシャインには感謝しかない」

「いや、ステンレス包丁をお前にやるとは言ってないけど」


「勘違いするな。それも含めてユウという人間と知り合ったことが幸運だったという意味だ。よし、俺は決心した!」


「ねぇ、そんなことより続きやろうよ」

「そうなノだ。クラークがインチキした2回目はノーゲームにするべききなノだ」

「早く早く、次なのだ次こそ我が勝つのだヨ」

「私のコマ、キズだらけになっちゃった」


「俺の重大決心よりも、そっちが大事かよ!!」


「「「「「そりゃ、もう」」」」」


 なんだ重大決心って? しかし放っておくとやかましいので、とりあえず3回目行くぞ。くるりんぱっ。


 コマをケントに返して、コマ回しに熱中する連中からも離れて、クラークは言った。


「俺をユウの眷属にしてくれ」

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