第100話 とうきょときょきょかきょきょ

「まったく、侯爵はお人好し過ぎますよ。あんな子供に、まんまとしてやられちゃったじゃないですか」

「そういうなよ、レクサス。あんな子供って、うちの研究所所長ではないか。彼の能力がよく分かって良かっただろ」

「まだ就任前です」


「金持ち争わずって言ってだな」

「500万も予算から捻出する私の身にもなってくださいよ」

「ハルミ殿のおかげで余った予算もあるじゃないか」

「全然足りませんって!」



 俺のせいで誰かが怒られているようだが、まあ、知ったことじゃない。そんなことよりも、先ほど届いたこのノズル。さっそく設置だ!


「そんなことで良いのだろうかゾヨ」

「イズナ、お主はまだ慣れておらんのだヨ」

「そうなノだ。これがやつの通常運転なノだ」


 かちゃ。ねじねじねじ。うん、これでよし。じゃあ、アチラ。バルブを開いてくれ。

「はい!」 ぐに。


 ぴゅーーーーーー。


「待った待った、バルブを閉じろ!! 出過ぎだ出過ぎ。うわぁ、暖か冷たっ。冷えたお湯と暖かいお湯とが混ざってかかった。暖か冷たっ!」


「いったいどっちなノだ?」


 高いところまで上がったお湯は冷えて、暖かいお湯と混じって俺たちにかかったのであった。あぁ、作務衣がびしょびしょ。


「あーびっくりしたなぁもう。ユウ、めちゃくちゃ出たぞ、いま」

「ああ、俺もびっくりしたがコウセイさんもびっくりだな。10m以上は上がったように見えたな」


「アチラ。バルブを少しずつ開いてくれ。こちらから合図したらすぐ止めてくれ」

「了解です」 くに……くにに。


「おっと、そこでストップ! いいぞ、アチラもこっちに見においで」


 バルブの元栓は隣の部屋にあるので、バルブ操作者からはこれが見えないのだ。


「おー。噴水が上がってますねぇ」

「なんと、見事なものだ。人工的な噴水なんて見るのは初めてだ」

「そうなのか。アチラもか?」

「はい、初めてです。キレイなものですね。なんか神秘的です。これがずらりと並ぶわけですね。その光景もぜひ見てみたいです」


 いまは2mほどの高さに噴水が上がっている。予定通りに空気を巻き込んでいて、乳白色の水が光を集めて不思議な輝き方をしている。これはこれで良いものだ。LEDがあったら下から照らしてやるんだがな。


 もしかすると、これがこの旅館の売りになるかもしれないな。そうなれば、ここの売り上げも増える。それで噴水が評判になる。タケウチ工房への注文が増えるわはははは、これは良い。


 噴水というのはこの世界にはない技術なのか、それともこいつらが知らないだけか。あとでいろいろ聞いてみる必要がある。あまり知られていないようなら、これは確実に商売のネタになる。


 おっと、いまはそれどころじゃなかった。噴水に触ってみる。高さ1m程度のところに手を当てると、ででででででっ、いでぇぇぇ。水流でけっこう痛い。


 これがたくさん並んでいるところを乗り越えようなどとしたら、タマが潰れて悶絶しそうだ。それに目標は3mだ。水圧はもっと上がる。そしたら性転換ものだな、こりゃ。


「どうだ、ユウとしてはこのぐらいでいいのか?」

「10cm間隔で並べることを考えると、少し水幅が細すぎるような気がする。もう0.1mmくらいノズル経を太くしてもらおう」

「細かいな、おい!」

「そのぐらいの加工精度が必要なんだよ、コウセイさん」


「ということだ、ミヨシ。このことをすぐ工房にいるヤッサンに伝えててくれ。試験は一応成功したが、あと0.1mmノズル径を太くしてくれと。それで量産開始だ。計250個必要だが、できた分だけ明日にも送ってくれと、伝えてくれ」

「おかのした」


 待て? どこで覚えたそれ? ……おい、ミノウ?


「わ、わ、我ではない……かもしれないヨぉ」

「お前じゃねぇか! あっちのネットで使われている言葉をうかつに人に教えるんじゃねぇよ! ただでさえこちらには共通の文化が多いんだ。ネット語まで混じったら俺がわけが分からんくなるだろが」

「き、き、気をつけるのだヨ」


「ねぇ、ユウ。私も帰っていいかな」

「お、ウエモンか。そうだな、こっちは男手はまだまま必要だが、ロリ枠は必要ないし。でも、なんかすることでもあるのか?」


「ロリ枠言うな! 戻ってちょこれいとの続きをやりたいんだ。温泉はどうせ入れないし。発酵させるためにムシロにくるんで置いてきたやつ、もう終わってるだろうし。ちょこれいとの話をしたらイズナもぜひ見たいって」


「そのほうが良さそうだな。イズナにも手伝ってもらって、早くちょこれいとを完成させてくれ。あの臭いとざらざらな食感は早く改善してくれよ」

「おかのした」


 お前もかよ! ミノウ!! どこ行った? 誰彼かまわず広めるんじゃねぇよ。


「待てよ? イズナはいいのか? 小麦の栽培の件は?」

「もう、連絡はしてあるゾヨ。あと2,3日のうちにはひとりエチ国の技術者がそちらの工房に派遣されることになっておるゾヨ。よろしく頼むのだ」


「そうか。了解した。手配は早いな。それじゃあ待ってるよ。もともとちょこれいとはイズナのご機嫌取りのために作るつもりだったやつだ。完成したらお前の名前をつけて売りだそう」

「おおおっ! そうか。そうなのか。それは嬉しいゾヨ。我もがんばっちゃうゾ」


 しかし良いのかな。ニホンに魔王って7人しかいないんだろ? そのうちの3人がうちの工房に集まることになるんだが。


 まあ、考えてもしたかないか。ときどきおかしなケンカをするが仲が悪わけじゃないし、競争相手ってわけでもないし。


「あ、そうだったゾヨ。小麦の栽培はもう始めないといけないので、今年はいままで通りの田んぼを使ってやることにしたそうだ。お主の話は伝えたから、水はけの良い田んぼを選んで植えるとのことだった」


「そうか。それもそうだな。そんな急に開発できるものではないし、今年はそれでいくか。できたら全部買い取るからな」

「おう! なのだゾヨ。だから我は心置きなくウエモンの側にいるのだ」


 心置きなく自分の領地をほったからかすのね。まるでオウミを見ているような。


「そういえば、オウミはずっとここにいるが、帰らなくていいのか? まだ有給申請でたことがないが?」

「ちょこちょこ帰っているノだ? さくさくさく」

「あ、またナツメを頬張ってるんのか、俺にもくれよ」


「これは我の専用なのだ。ミヨシがこっちに来るときに持ってきてくれたのだ」

「ざくざくざく。これは良いものなのだヨざくざく」

「ミノウも食ってんじゃねぇか!」


「それにしてもお前ら食器の使い方、うまくなったな。最初のころは結局口元ベタベタにしていたのに」

「これも慣れというか、機能が理解できたというか」


 機能?


「うむ、こういう風に切れてくれと思いながら切らないと、うまく切れないのだヨ。このナイフはとくに」


 ああ、そういうことか。そのナイフとフォークも、あのミノオウハルやオウミヨシと同じ魔鉄が原料だったな。作った本人たちだから、それができて当たり前か。


「それで、ちょこちょこ帰っているとはどういうことだ?」

「さすがの我も、長期間ほったらかしにはできないのだ。たまに帰って事務処理をしてまた戻っているノだ」

「どうやって帰ってるんだ?」

「もちろん魔法を使っているのだ。ひょいって」


 ああ、またそれか。前には情報漏洩不許可法度事項がなんとかって言ってたくせに、簡単に帰れるんじゃねぇか。それにしてもその威厳のない魔法の呪文はなんとかならんものか。これではアニメ化されたら、見た子供に嘲笑われるぞ。


「そんなことはないと思うノだ。むしろ喜んで学校でマネすると思うノだ。だからぜひアニメ化するノだ」


 ということなので、よろしくです。


「そうやって帰れるのなら、有給なんか必要なかったか」

「ばか者! それはダメなノだ。必要なノだ。契約なノだ。我の権利なノだ。遊びに行くときに使うノだ」


 はいはい。分かった分かった。別に取り上げたりはしないから心配すんな。


「そこで、我からも問題があるゾヨ、ユウ」

「あぁ、びっくりした。まだいたんかイズナ」

「ああ、ちょっと思い出して帰ってきた。すぐ出発するゾヨ」

「なんだ、問題って」


「我にも、あの食器と刀を作るのだ」

「知らんがな」


「なんでだゾヨ!!!!!」


 金にならない面倒ごとに、もう関わりたくない。俺はこれから小麦やそれを使った食べ物、ちょこれいと、馬車のサスペンション(これはベッドにも使えるかもしれない)、あとノズルの改良などなど膨大な仕事が待っているのだ。


「お前のご主人であるウエモンに頼めばいいだろ」

「ウエモンは知らないって言ったのだ、それでお主に作らせてやろうと思ったのだゾヨ」

「それにしては態度が偉そうだが?」


「そ、そー、それは我は魔王だからな」

「じゃ、そういうことで。俺はこれからノズル径と水圧との関係を調べぐぇっ」


「そんな冷たいこと言うでないゾヨ。我にもあれを作ってくれゾヨ」

「ぐぇぇ。首に抱きつくな!! お前はマフラーか!」

「なぁ、良いではないか。このイズナに奉納すると、とても良い御利益があるのだぞ」


 なぬ、御利益とな? どんな?


「願い事が叶ったり事故に遭わなくなったりするのだゾヨ」

「なにその大願成就と家内安全」

「うむ。お守りというのだ。特別に1個20円にしておいてやるから買うが良いゾヨ」

「俺に売りつけるな!!」


 あぶないあぶない。ついイズナ詐欺に遭うところだった。


「じゃあ、そゆことで俺はお湯の流れの調査をぐぇっ」

「待つのだ、そんな急いでどこへ行く。なぁ、頼むゾヨ、作ってくれよ。そうじゃないと我は」

「我は?」


「仲間はずれにされているのだゾヨ、こいつらに」

「なんでだよ!」

「「そんなことしてないノだヨ?」」


「なにをいうか、お主らいつもふたりでチャンバラごっこをやって遊んでいるではないか!」

「あ、ああ。それはやってるノだ。それがどうした?」

「そのニホン刀ってのがないから、我は入れてもらえないのだゾヨ。ミノウなんか我のほうが付き合いは長いのに、チャンバラが始まると我なんかほったらかしだ」


 やれやれ。魔王がチャンバラごっこして遊ぶなよ。理由はなんとなく分かったけど。


「ナツメを食べるときだって、これ見よがしに我の目の前で食器を使いおって、我をバカにするのだわぁぁぁぁぁぁん」


 魔王が泣くなっての。


「分かったよ。最初からそういう態度にでれば考えてやったのに。また鉄を作るところから始めないといけないから、そのときはお前も強力しろよ」

「おおっ。作ってくれるのか。嬉しいのだ。なんでもやるのだ。そのときは言ってくれ」


 そんなに欲しいものかな。ただの食器なのに。それに見本があるのだから、それを真似て自分でいくらでも作れそうなものだが。


「あれはお主の発明なのであろう?」

「ん? ああ、そうかな。そうだな。いろいろ間に突発事故が混じってるようだが、発案は俺だ」

「だからだゾヨ」

「なにが?」


「お主があれを作る権利を持っているのだゾヨ」

「持っている? そりゃそうかもしれんが」

「だから、お主の許可がないとあれと同じものは作れないのだゾヨ」


 え? なにそれ。


「それを、とうきょときょきょかきょきょ、と言うのだゾヨ」

「早口言葉かよ! しかも全然言えてねぇぞ。東京特許許可局だろ」

「それをお主が持っているから、他の者ではそれが作れないのだ。こちらの世界での魔的ルールなのだ」


 あちらでいうところのとうきょときょ……違う、特許のことか。それがこちらでは申請などしなくても、作った段階で自然に特許と同等の権利が……? 申請しなくても?


「おい、ミノウ。お前なんかしてないか?」

「ざくざく、なんの話だヨ? ざっくざく」

「オウミも?」

「どうしたノだ? さくさく」


 いくらなんでも作っただけで、そんな権利が手にはいるとは思えない。


「お前ら、俺に黙って申請とかしてくれてたんじゃないのか? エースはそれをどこかで知ったんじゃないのか? だから俺を所長にしようなんて提案に飛びついたんじゃ」


「申請ってなんなノだ? さくさく」

「あれのことではないかヨ?」

「ああ、あれか。あの呪文ノことか」

「きっとそうだ。ユウが作ったものを見て我らは喜んだであろう?」

「喜んだ……たしかにそうだったな。オウミヨシのときも、オウミが一緒になって喜んでいたな。そういえば、ミノオウハルのときもそうか。え? それが申請ってか登録したことになるのか?」


 どこに呪文の要素があるんだか。


「我らが魔王であることを、思い知ったノだ?」

「ああ、思い知ったよ。お前らにはそんなすごい機能があったんだな。これからはもっと大切に酷使することにする」


「待え待て。大切に、のあとのセリフは全然変わっていないようなのだヨ!」

「それと、機能とか言うのは止めて欲しいノだ。我らは洗濯機ではないノだ」


 ユウの発明家としての権利は、こうして守られているというお話でした。いま思い付いたんだろ! ってツッコみはなしの方向で。

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