第99話 3人寄れば
「というわけでだな、ミヨシ」
「つーん」
「ハルミはすでに、働いているぞ?」
「つーん」
「お前にも頼みたい仕事があるんだが」
「つーん」
困った、返事がぜんぶつんつんゼミになっている。
「ミヨシのおっぱいは、ハルミより大きかったよ?」
「つーーーーーん!!」
なぜだろう、褒めてあげたのにつんが倍角になったような気がする。
「お主は明らかに傷口に塩を塗っているノだ」
そうなのか。ってことは尻はハルミのほうがでかかった、なんて言ったら地雷だよな?
「当たり前なのだヨ!!」
あっそ。
「ミヨシ。そこから出てこないのなら、もう二度とオウミに会えなくするけど、それでもいいのか?」
「!!!」
反応が変わった。ちょっと気を引けたかな?
「オウミは俺の眷属だ。俺が命令すれば逆らえない。お前がずっとその調子なら」
「もうご飯作ってあげないよ?」
あ、すみませんでした。いまの話はなしで。
ハルミは脳筋単細胞だから簡単だったが、ミヨシは難しい。困らせようとすると、こっちのほうが困るハメになるという無限回廊。
「みんなで楽しそうに騒いでいたら、きっと釣られて出てくるゾヨ」
「おおっ。それはいい。我は酒を持ってくるノきゅぅ?」
お前らはなにか理由をつけて飲みたいだけだろ。いまどきそんな天照大神的作戦なんかうまくいくか。
でも、ご飯を作る気はあるんだよなぁ。それならこういう手はどうだろう?
「ミヨシは刺身が得意料理だったよな?」
「つーん」
つんつんつのだのてーゆーごか、お前は。そこに戻るんかい。
「生魚ってのは、切り直すと臭みが出てくる。そのぐらいのことは経験で知っているだろ」
「つーん」
「だから刺身にするときは、一切りで終わらせないといけない。だが、お前が持っているオウミヨシは出刃包丁といって、魚を3枚におろすのにはとても良い構造なのだが、刺身には向かない。長さが足りないんだ。切れ味が抜群なのとそれは別問題だ」
「……」
聞いてくれているようだ。
「小さい魚なら問題はないが、マグロのような大きな魚だと長さが足りない。いまは2回に分けて切っているだろ? それを一度に切れる包丁がある。もっと細身で長さのある包丁だ。名前はそのままずばり、刺身包丁というんだが」
がらっ。
あ、出てきた、お前ら出番……
「作ってくれるの? その刺身包丁とかってのを。私の専用だよね? 私だけの包丁だよね。それだと臭みのない刺身ができるの? ほんとに? 絶対に作ってよね」
は必要なかったむぎゅう。抱きつかれた。
「気が進まないから、良かったノだ」
「ミヨシはそういうのには弱いのかヨ」
「あ、ああ、約束する。約束するからちょっと離れろ。その弾力は楽しいけど先に用事を片付けてからだ。ミヨシにしてもらいたい仕事があるんだ」
包丁の長さが足りないと、魚を一気に引ききれない場合がある。一気に引けないということは、結果として包丁を前後に動かすことになり、壊さなくてもいい細胞を壊してしまうのだ。細胞さんも働いているのだ、壊してはいけない。血小板ちゃんは特に。
それが魚を生臭くし、さらに見映えまで悪くしてしまうのである。その刺身は価値(旨さ)が半減する。
壊れる細胞の数を最小限度に抑えるためには、一気に切るだけの長さが必要なのである。そうして生まれたのが刺身包丁である。いつもの豆である。
そして風呂場の現状をミヨシに説明する。あぁなってこうなって。それからどしたのとなってこうなったと。
「うんうん、分かった。じゃ、すぐにも行ってくるね」
「ああ頼んだ。図面はヤッサンに渡してある。オウミもゼンシンと一緒に行ってくれ」
「了解なノだ」
これから必要なアイテムを作ってもらうために、この3人と1魔王を工房に帰すのである。
そのアイテムを作るにはステンレスが必要で、かなり高い加工技術も必要だ。そして数も必要だ。
残りの人間はこちらで風呂場の整備作業に当たってもらう。その間に、できたアイテムを順次持ってきてもらうという予定だ。
作るのは、オウミとヤッサン、ゼンシンだけだが、できたものを運ぶ人が必要だ。伝書ブタでは重いものは運べない。
だからミヨシには、その日にできた分だけ馬車で運んでもらうのだ。
「ヤッサンとゼンシン。こいうやつを作ってもらいたい。材料は一番防錆(ぼうせい)性の高いステンレスを使ってくれ」
「なるほどそうやって壁を作るのか。すごいことを考えるな、ユウは。その使い道を考えるとステンレスが最適だな。最初に作ったやつでいいだろ。クロム鋼を30%入れたやつ」
「ああ、それでいい。今回は鉄としての強度はそんなにいらない。しかし強力な防錆力が必要なんだ。メインテナンスで適宜交換はしてもらうが、なるべく長く使ってもらいたいからな」
その上で、こうこうこういう形状が必要で、こうしてこうなってこうこうと。俺が知る限りの知識を伝授した。
あとは、ヤッサンとゼンシンの腕が頼りである。
「なんかそのパターンばっかりなノだ」
「それでお主が作ったと威張られると、釈然としないのだヨ」
やかましいよ。
いま、ヤッサンが作ろうとしているのはバブリングウォーターノズルと呼ばれるものである。
早い話が小さな空気の泡を巻き込んだ噴水を作るためのノズルである。通常の噴水と違って、吹き上げる水の中に多量の空気を巻き込みながら吹き上げるのだ。
それによって、噴水は一定の太さを保ったまま持ち上がり、さらに一番上の部分では広がって水流の層となる。そこからおちてゆく水と登って行く水とがぶつかり全体に複雑な膜を作る。それが視界を遮断するのだ。
男湯と女湯の境目にこれを設置するのが俺の計画だ。有り余るほどの湧水(湯)があるからこそできる技である。噴水によるカーテンだと思えばかなり近いであろう。
噴水はノズルで巻き込んだマイクロバブルを多量に含んでいるために乳白色となり、光を通さない膜となる。吹き出たお湯はそのまま流れて湯船に入り排水されてゆく。
ただ、冬場には湯船の温度が下がり過ぎる可能性があるので、噴水から直接排水するルートも確保しておく。それは季節に応じて切り替えればいいだろう。
噴水を作るためのポンプは、壁の配管にお湯を通すためにすでに稼働しているものがあるのでそのまま使うことにする。
噴水の高さはせいぜい3mあれば良い。家庭用水道の圧力でもノズル次第で20mぐらいは飛ばせるのだから、3mなら楽勝であろう。
1/3だけ再建する壁から風呂のエッジ(岩が置いてある)までは10mほどである。間隔は10cmで2列作る予定なので、ぜんぶ埋めるためにノズルは、単純計算で200本必要となる計算だ。
それを壁のあったところにずらりと並べる。現在、壁の下を通っている配管にノズルを設置するためのネジ穴を開ける作業中である。
同時に、下の配管も下流に行くに従って細くなるように改良もしている。取り替え工事をすると余計なコストと時間がかかるので、中に少しだけ細い管を挿入して固定している。
水圧の一番かかる上流で高さを3mに設定すると、下流のほうは圧力が逃げている分だけ高さが足りなくなることが予想される。それを補うために下流は管を細くして圧力を高めようというわけだ。どのぐらいの細さが最適なのかはお湯を流してみてから決める。とりあえずは、だいたいである。
その手の作業はタケウチ工房の連中はお手の物であるし、エースも知っている範囲で助言をくれている。ヤッサンの弟子もどき(あ、いたんだ?)もがんばっている。
((忘れるとはひどいっすよ!!))
俺のいた世界では、マイクロバブルの噴水をディスプレイにして映像を映し出すなんてこともやっていた。それに比べれば、視界を遮るだけの水壁など簡単なものだ。
俺が作るわけじゃないから、知らんけど。
「またそれかヨ」
「もうツッコむのも飽きたノだ」
それだけじゃないぞ。壁の再建費用は700万だ。エースが500万負担すると言った。それからこの旅館からは、俺の設計・改善費として300万頂戴することになっている。
すると、残りはどうなる?
「100万余るノだ。ノだ? あれ? まさかお主」
「この後に及んで、儲けるつもりだったのかヨ!?」
もちろんだとも。200本作るから1本5,000だな。温泉の水を通す以上ノズルはそのうち詰まって交換が必要となる。それも含めれば将来に亘って売り上げを確保できる。悪い商売じゃないだろ?
「おかしい、なんか釈然としないゾヨ」
「そ、そうなのだ。なんか計算がおかしい気がするノだ」
「我たち、なにか間違っていたりするのかヨ?」
「そ、そうなのか? 考えてみよう。エースは別に責任はないのに、500万を支払うことになっているノだろ?」
「そうだったな。しかもエースが得るものはなにもないヨ」
「そして一番の被害者である旅館は、300万を捻出することになっているゾヨ」
「でも、旅館はそれでも儲かるって話だったヨ?」
「それは、かもしれない、って話なノだ。先行投資っていうか」
「それはトヨタ家が慰安旅行にここを使うというのが前提だったゾヨ」
「まあ、損にはならないようなノだけど」
「ところがだ。本来は加害者側で、一番費用負担が重くて当然のタケウチ工房はといえばヨ」
「100万の仕事をもらっただけになるゾヨ」
「さらにこのあとも、ノズルの追加発注でおいしい商売ができるノだ」
「「「あれぇ???」」」
お前ら、意外と賢いのな。魔王も3人寄れば文殊になるんか。
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