第94話 3年前から生えている

男爵:爵位としては5番目の位であり、貴族としてはほぼ最下層に属する。地方の豪族や郷士を家臣としたものに送られる称号である。

 主従関係を結ぶことにより叙せられることが多いが、主に利益による繋がりであり忠誠心による拘束力は弱い。大企業に対する下請けのようなものである。



 夜が明けた。夜通し飲んでいた連中はまだ酔い潰れている。ハルミなんか兵士たちに混じって泥のように眠っているらしい。どこに埋まっているのかも分からない。

 そのまま土をかけて放置してやろうと思う。いつか芽が出ることもあろう。


 で、男爵の件である。説明しているのは執事の、えっとセレステ? である。


「レクサスです。そんな安っぽい名前で呼ぶのは止めてください」


 高級車には縁がなかったんだよ。


「なるほど。俺にそういうものになれということか」

「はい。その場合、国から年に1,000万が支給されます」


 は?


「それとは別にトヨタ家からも1000万。ミノ国からは500万が支給されます」


 ひ?


「メイド・プール・テニスコート付きの一戸建て30LDKに住むことが許されます」


 ふ?


「妻は3人まで娶れます。愛人はいくらいてもかまいません」


 へ?


「貴族が開催する晩餐会や舞踏会への参加も許されます」


 あ、それはいらない。


 ほ? はどうした、ほ? は。というツッコみは横に置くとして。


「それが、全部俺のものに?!」

「はい、そうです。メリットはそれだけではありません。貴族特権というものがありまして、納税の義務はなくなりますし、多少のおイタは許されます。人々にかしずかれ尊敬されます。料亭では一番良い席に通されます。セクハラし放題、ギャンブルし放題です」


 なるほど。うまいことばかり並べやがって。この俺がそんなものに惹かれるとでも思ってんのか。


「そのメイドさん付きの一軒家についてくわしく」


(そこには惹かれてんじゃないかヨ)

(お主も男の子なのだな。安心したゾヨ)

(メイドは3人は雇うノだ)


 お前ら3人そろってツッコみ乙である。ってオウミはいつのまに現れた?!


「なによ、ユウ。気になるのはそこなの?」

「あ、ミ、ミヨシさん、おはおはおはようございますです」


 ああ、またそのゴミを見るような目つきやめて。ほんの冗談でんがな。


「いいわよね、メイドさんがいたら」


 今回のミヨシはやけにねちっこい。


「いや別に、それほどでもあはは。あ、そうだ。そのときはミヨシも一緒に住もう!」


 え? と言う顔をした後絶句した。始めてなにかに勝利した気分。ただのでまかせだったのだが、有効打になったようだ。ここで追い打ちをかけるような一撃を、


「私はタケウチ工房が一番好き」


 打つ前に反撃された。


「でもまあ、もらっておいて損はないぞ、ユウ」

「そうですよ。ものすごい名誉なことじゃないですか」

「資金集めも、貴族との付き合いがあれば楽だしな」


 じじい、アチラ、コウセイさんである。いちいちもっともなことである。


「だが、断る!」


 がくがくがく、と崩れ落ちる読者が目に浮かぶ。はっはっは。読者がゴミのようだ、わはははは。


「どこに断れる要素があるのよ!! あんたはアホか!!」


 ミ、ミヨシ? お前だけは賛同してくると思ったのに、なぜに?


「アホちゃうわ! よく考えた上でのことだ。エース……さん。それは受けられない」

「エースでいいですよ。理由を教えてください」


「もちろん、研究所は作ってもらう。そして俺がそこの所長になる。そこまではいい。だが、そのサツマイモだかなんだかは、俺は望んでいない。そんな約束もしていない」


「男爵イモのことなら、サツマイモじゃなくてジャガイモですよ」

「あら?」


(顔が赤いノだ)


「ジャガイモでもガジャイモでもなんでもいい。ともかく断る」


(古いネタ出して誤魔化したヨ)


「理由には、なっていないようですが?」


 どうしても聞きたいというなら言おう。と前置きして。


「お前ら、都合のいいことばかりを並び立てくれたな。収入に関してはその通りだろうさ。だが、それは所長としての収入を大きく上回るほどか? 俺が商品開発するんだぞ? 売れて売れて売れまくるのにその程度の収入にしかならないか?」


 会社の業績に会わせてボーナスが出るのが会社役員というものだ。言い替えれば会社側の人間だ。メグ・ウィットマン(ヒューレット・パッカード社長)は、給料は1ドルだったが、ボーナスで20億円をもらっている。ザッカーバーグ(フェイスブック社長)に至っては4,000億円だ。


 その代わり、会社が利益を出せなければボーナスは0となる。それが会社側の人間というものだ。そんな俺を2,500万程度で買おうなどと……悪くはないか。悪くはない。ないけどな。保険だと思えば。やっぱりもらおうかな。


(日和ってるゾヨ、こやつ)


「ま、まだあるぞ。嫁なんかそんなにたくさんいるものか。あんな面倒なもの、そんなウヨウヨいてなにが楽しい。自分の時間がなくなるだけだろ」


 ミヨシさん、私は面倒じゃないわよって表情は止めなさい。


「それにだ! 仮面舞踏会だの乱交パーティだの」

「誰もそんなこと言ってませんて」

「あれ?」


(もうなにをか言わんやなノだ)


「と、ともかく! そんなものは、俺にとっては罰ゲームだ。普通の人付き合いでさえ嫌なのに、そんな魑魅魍魎が出てくるような場所にいたいわけがないだろ。俺は改善をしていたいんだよ。昨日よりも今日が。今日よりも明日。それが少しずつ良くなるようにするのか改善だ。働きもしないのにただ禄だけを食むようなことはまっぴらだよ」


(メイドさん付き一戸建てには文句は言わないのかヨ?)


「確かに社交会は魑魅魍魎ですね。ユウさんがそうおっしゃるのであれば、無理強いはできません。用意したメイドさんはお引き取り願いましょう」


「え? あ、いや。そ、そうだよね。もう用意してたんだ、あはは。そ、それならひと目見るぐらいはしてもいいかなって」

「ユ ウ !」

「は、は~い」


「まあ、それはウソですけどね」

「また騙したんか!!」


 くっそ、また1本とられた!?


「侯爵。どうしましょう。今さら申請を取り消すのは大変なのですが」

「仕方あるまい。こっちの勇み足だ。取り消し申請をしよう。ユウさんにはこれから研究所で稼いでもらって、それで返してもらうことにしよう」


 あれ? なんだか俺、借金を背負わされた気分なんですけど。ご褒美をもらう流れだったはずなんですけど。どうしてこうなった?


「あ、そうだ。研究所と関連した話だが、すでにひとつネタがあるんだ。この後打ち合わせを」


「まあまあ、いまは社内旅行中だ。仕事の話はなしにしようや」


 じじいはのんきだな。さっきは研修って言ってなかったか? だが、あちらにも事情があるんだ。急がないともう冬が来て。


「しばらくは仕事のことは忘れましょう。予算もまだ余っていることだし、ばーっと遊んで使ってしまいましょう!」


 おいっ。


「侯爵様。その、予算というのはなんですか?」

「ミヨシ殿、この戦争の予算ですよ。まさか1日でケリが付くとは思っていなかったので、ずいぶん余っているんです。残してもどうせ本家に没収されるだけのお金です。それで捕虜の人まで入れて宴会を始めたんですよ。でも、まだまだ残っています。これもハルミ殿のおかげですので……ハルミ殿はどこですか?」


 そろそろ根が生えたころじゃないかな?


「恩人でもあるハルミ殿の希望があれば、なんなりと使ってもらってかまいませんが、まだ起きてらっしゃらない?」


 余った予算でこの大盤振る舞いか、豪勢なことで。しかし、それをなにに使うのかを考えるなら、小麦の生産・開発に費やすってことを考えてくれるといいのになぁ。


「お、おはようござます。です」


 噂をすれば影。斬鉄魔人・ハルミの襲来である。


「おおハルミか。まだ生えてなかったか」

「し、失礼な!! 3年前にはもう生えてるわよ!」


「な、なにが?」

「え?」


 いまお前、すっごい恥ずかしいこと言ったのだが分かっているのだろか。その表情は分かってないな。


「それよりもハルミ。どろどろだぞ」

「あ、ああ。つい飲みながら地べたで寝込んでしまった、あはははは」


 それはこちらで借りた甲冑だろ。ほんとに土の上で寝てたのか、この野生児め。いくらなんでも侯爵の前でそれは失礼じゃないか。


(いつも作務衣のお主に言われたくないと思うのだヨ)


「いやあ楽しかった。侯爵様、ありがとう。こんな楽しい夜は始めてだった。一生の思い出になる」

「それは良かったです。ハルミ殿の剣技もたっぷり見られましたし、こちらも楽しかったですよ」


 ミノオウハルの秘密が全部バレちゃったけどな。


「ところで、予算が余ってるって聞こえたのだが」

「ええ、余ってますよ。ハルミ殿はなにかご希望がありますか」

「温泉に行こう!」


 お前はどこかのエロ温泉紹介番組か。


「捕虜の兵士たちに聞いたのだ。この近くに鍾乳洞があって」


 おっ? それなら俺も興味があるぞ。


「その近くに露天風呂があるそうじゃないか」


「そうなのですか。レクサス、分かるか?」

「はい、よく知っています。侯爵様はまだおいでなったことがなかったのですね。トヨタ家の別荘地帯でもありますので、ちょうど良い機会かと思います。視察を兼ねて皆で泊まりますか」

「そうか、じゃそう手配してくれ」

「はい。分かりました」


「なあエース。その前に戦後処理をしなくていいのか?」

「こほん!」

「レクサス、かまわないよ。もうユウさんとはタメ口で話せる間柄になったんだ」

「あ、じゃあ、俺のこともさん付けはやめてくれ。名目上、俺は部下になるんだろ?」


「部下にするつもりはありませんが、さん付けをやめるのは了解し……だ。戦後処理はこれからするので、少し付き合ってくれるか、ユウ」

「分かった。助言程度で良いのなら参加する。じゃあ、レクサスは宿の手配よろしくな」

「私はあなたの部下ではありません」


 ですよね? 失礼しました。


 そして楽しい鍾乳洞見学と温泉旅行と相成るのだが、その前にとっても面倒くさい戦後処理である。


 戦争は始めるときより止めるときのほうが難しいのだ。というかややこしいのだ。いろいろな思惑や利益に人情やら人命なんかが混ざり合うからである。


 戦後の政治体制とか賠償金。経済体制とか捕虜の返還。領土の問題などなど、決めないといけないことが山ほどある。その場では決められないことだってある。


 そんなややこしいことに俺は向かない。俺が参加する理由は、あの土地を豊かにしてやるという、イズナとの約束があるからだ。


 豊かにするよ? 搾取しないとは言っていない。


 大切なのは経済成長だ。昨日より今日。今日より明日(デジャブ?)が良くなると思えば、その国の人たちは不幸ではない。未来が描けるからである。経済成長は百難を隠すのだ。


 いまのエチ国はコメの相場暴落から資金不足に陥り、その打開のために他国への侵略を試みた。イズナがそそのかしているという側面もある。

 そしてGDPの数十%(おそらくそんなもん)もの軍事費を費やして、あの戦車を作った。それで民はますます貧しくなっていることだろう。


 その上に、その貴重な戦車を失ってしまったのだ。手足をもがれた状態である。放っておけば、エチ国が財政破綻して難民が大量に発生することになる。


 俺がそれを止めてやるのである。搾取しないとは言っていない。


(そういうことは我の聞いていないところで言うのだゾヨ)


 そのために、エースがエチ国に過酷な講和条件を出したりしないように、あわよくば支援金を出させるように話を持っていこうと、いうのが俺の算段である。


(そういうことなら言っても良いゾヨ)


 俺には小麦が必要なのだ、小麦が。早く、アレが食べたいのだ。


 その会議は宴会場(つまりは外)で行われた。机も椅子もなく、各々が太い丸太とかに座っての会議となった。まずは、エースが口火を切る。


「イズナ軍の総大将であるサバエ卿。そちらからなにかつけたい条件などはありますか」

「はい、ひとつだけお願いしたい義があります」


 サバエ卿か。ということはこの人も伯爵なのかな? 年は30過ぎだろう。筋骨隆々で戦士らしい体つきだ。エースよりももう一回りは大きいな。まるでドワーフのような体型だ。斧とか持ったら似合いそう。それよりも特徴的なのは、あの黒縁メガネだ。エチ国では流行ってんのかな。


「ではまず、それを聞きましょうか」

「ここにいる兵士たちの無事な帰還。それだけをお願い致します」


 自分のことはさておき兵士の帰還か。エライ大将さんだ。


「分かりました。ケガ人には治療薬を与えた上で、回復魔法をかけて帰還していただきましょう。それからわずかですけど、交通費も支給します」


 交通費? 支給する?


「寛大なご処置。痛み入ります」

「じゃあ、そういうことで終わりましょう」


 はい? そんだけ?


「それでよろしいので?」

「はい、良いですよ」

「じゃあもう、こんな堅苦しいのはなしにして」

「はい、そうですね」


 一杯やりますか!! ってことになった。そしてまた宴会が始まった。これがこちらの世界の戦後処理だそうだ。


 戦争とはいったい……。これ、リクリエーションじゃないのか? 定期的に開催する地方同志の運動会? そんな感じか?


 そういえば、死者が出たとは聞いてないな。多少のケガなら回復魔法で直してしまうだろうし。


 真面目にいろいろ考えていた俺がバカみたい。だがちょっと気になることを聞いてみよう。


「ところで、サバエ卿。あの戦車ですが」

「はい、なんでしょうか」

「まだ作り続けるおつもりですか」

「作者がそろそろ飽きたと言ってましたからな、もう止めることになるかと思います。持ってきたのはすべて鉄ブロックになっちゃいましたしなわははははは」


 笑ってる場合ですよ? 飽きたから止めるって、あーた。そんないい加減な。


「あれはもともと暇つぶしからできたものでしてな。まさか戦争で役に立つものだとは思ってませんでしたわあははは」

「いやいや。なかなかのものでしたよ。ハルミ殿がいなかったら、こちらも大変苦戦をしたことでしょう」


「いやぁ、あれにはまいりましたな。最初にあれを出すなんて、すぐに戦争なんか止めようと言ってるのと同じではないですか。どうですか。そちらの予算はたっぷり余ったでしょ?」

「そりゃもう、おかげさまでたっぷりと余りましたよふふふふ」

「お主も悪よのぉ」


 越後屋と悪代官の会話やめい。


「それを使ってこの後、慰安旅行を兼ねて温泉に行く予定になっております」

「おおっ。そうですか。それはうらやましい。この辺には良い温泉があるのですか」


「ええ、近くにウチの別荘がありましてね。どうです。サバエ卿も一晩泊まっていらしたら。侍大将クラスは20人ぐらいでしたね。そのぐらいならなんとかなりますよ」


 俺はエクシブを見る。なんか顔が引きつっているようだ。


「レクサスです。私はリゾート施設ではありません。それに引きつってなどおりませんよ」


 俺のいた会社がそこの会員だったんだよ。


 なんで戦勝国の総大将が、敗戦国の捕虜(大将たち)を温泉に誘っているのだろう。どうにもこうにも、俺の中の人は混乱している。


「じゃあ、負けた罰ゲームとして、エース殿のお背中は私が流しましょう」

「おお、それはいいですな。ぜひお願いしましょう」


 もう勝手にやってくれ。真面目に考えていた俺は、ただのアホじゃねか。


 この世界、真面目に考えちゃいけないのだ。戦争でさえも、真面目にやっているやつなんかいなかったんや。


「あ、私は真面目にやってますよ?」

「エースは負けず嫌いなだけだろうが!」


 ああ、それなのに「貧しいからだよ」とか格好つけて言っちゃった。エースがエチ国に過酷な条件を出したりしないように、とも言っちゃった。

 ああもう、穴があったら埋まって根を生やしたい。


「だから、私はもう3年も前から」

「ややこしいからもうそのネタはいいっての!」


 こうして天下分け目にならない関ヶ原の合戦は終わった。そしてなぜか次は温泉回である。乞うご期待?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る