第93話 研究所の所長と社長

 こんこん、こんこん。


 ドアを叩く音である。いつも説教とは限らないのである、わははは。


「読者騙して喜んでるのだヨ」

「底抜けに底意地が悪いゾナ」


 やかましいよ。


「で、扉をノックしている人、誰?」

「まだ起きてますか。エースです。よかったら一杯やりませんか」

「やりません」


「おいおい、エースってあの侯爵じゃないのか。出資者だろ。その対応はいくらなんでもひどいヨ」

「ん? 俺が酒を飲まないってのはエースも知っているはずなんだ。宴会嫌いってこともな。それなのにわざわざこんなとこまできて、あの誘い方はおかしいだろ?」

「だからって、来てくれた人にそんな言い方をしなくてもゾネ」


「あっはっは。良いではないですか。カンサイから取り寄せたお好み焼きもありまっせー」


 ありまっせー? なんだそのハイテンション。エースのやつそうとう酔ってんな。しかし、お好み焼きとは久しぶりだ。その誘惑にはあらがいがたい。部屋に入れるぞ。お前らちゃんと隠れてろよ。


「「ほいなノだゾヨ」」


「やぁやぁやぁ。もひとつおまけにやぁやぁやぁ」


 おまけが3つになってるのだが。


「ユウさんはちっとも出てこなもので、私から来ちゃいましたよ。ほら、これお好み焼き。ただし牛肉です。豚肉は嫌いってハルミ殿に聞いたので、特別に作ったもらいましたよーん」


 今度はよーん、ときた。どんだけフランクな侯爵だ。しかし、牛肉ってのはありがたい。豚肉は嫌いというより食えないんだ。お好み焼きを食べるときは、いつも箸で1個1個取り出していたぐらいだ。で、こいつはいったいなにをしに来た?


「下は盛り上がってるようだな」

「ええ、そりゃもう。ハルミ殿があんなに愉快な方だとは思いませんでしたよ」


 ハルミが愉快? そういえば酔ったハルミは見たことがなかったな。俺が宴会に参加しないからか。


「ところで、なんか用か?」

「用がなきゃ、来ちゃいけないんですかね、ここはもともと私の」

「分かった分かった。どこかの倦怠期夫婦じゃないんだから、ここでくだを巻くな」


「あう。良いではないですか、良いではないですか。私とユウさんとの仲ででしょうに」

「どんな仲だよ!! それからそんなにくっつくな、うっとぉしい。自分の立場分かってんのか。仮にも総大将だろ」

「もう戦は終わりましたよ。ハルミ殿がぜんぶ片付けちゃいました。私らはその後にくっついていって、事後処理をしただけでーす」


 なんだすねてんのか? 活躍の場をハルミにとられたから?


「あんな魔剣を作るなんて、ユウさんは卑怯です」


 ……待て。いま、なんて言った?


「あんなものが10本もあれば、私ならこの天下を掌握できますよ。ぜひ、作ってください」


 待て待て待て。魔剣って何のことだ?


「もうとぼけなくていいですよ。下でハルミさんがおもいきり披露してました。あれは不思議な剣……ニホン刀ですね。どうして離れているのに斬れるんですか、しかも鉄がですよ?」


 待て待て待て待て待て。ハルミ、お前は宴会でいったいなにをし……だからくっつなっての!! 


「あれは私の買ったニホン刀とはまるで別物じゃないですかーもうやだー。短くて軽いのに、遠く離れたものまで斬れちゃうなんて、卑怯以外のなにものでもありませんよ」


 待っ……。あのバカ女。ぜんぶバラしやがった。秘密にしておけって言っておいたのに、おだてられて乗せられて自慢げに試し切りをしたのだろう。ああ、宴会に行かせるんじゃんなかった。もう今度は足が壊死するまで正座させてやる。


「戦車を斬るところを見ていても、どうしても長いほうを抜いたようには見えなかったんですよ。それでまさかと思って短いほうを貸してもらえないかといったら、すっごい嫌な顔をされましてねわはははは」


 そりゃ、そうだわな。あれはハルミにしか使えない魔刀だからな。銘まで入っているし。


「私は女の子にあんな顔されたこといままでに一度もないんですよあははは。だからそれなら、この剣を斬ってみてくれと言ったら、即座にすっぱりと斬られちゃいました。あれには驚きました。あれ、ハルミ殿が使った魔法でもなんでもないですよね。そういう刀なんでしょ? 騙しましたね。このトヨタ家の次期当主ともささやかれる誉れ高いエースを騙しましたね」


「誉れ高いかどうかは知らんが、確かに騙したな。だがそれがどうした? 侯爵だって騙してることがいくらでもあるだろ」

「それはもちろんですよ」


 言ってみただけなのに。ほんとに騙してたんかい!


「私はね、騙すのは得意ですけど、騙されるのは大嫌いなんですよ」

「得意と大嫌いを比較するな。わがまま侯爵あるあるだってのは分かったが、それがどうした?」

「だから、もう騙されるのは嫌なんです」


 どきっ。なにを考えているこやつ?


「だから、ユウさん」

「は、はい?」

「私のものになってください」


 どわぁぁぁぁぁぁっ。落ち着け侯爵。くっついてくるなっての。自分の立場をわきまえろ!! お前はオワリ国ではその名も知られた誉れが高いとやらのトヨタ侯爵エースだろ。


「俺にはそんな趣味はねぇよ!!」


 こいつも正座させて小1時間説教しないといけないのかよ。


「ユウ様。侯爵様にもそちらの趣味はございませんよ」


 はえ? おおっ。救いの神が入ってきた。そなたの名はえっと、なんとか執事殿。お願い、これ引き剥がして。


「執事のレクサスです。さあ、侯爵様。お戯れもその辺にしましょう」

「レクサスか。まだ、肝心なことを言ってないのだ。もうちょっと待て」


 肝心なこと? 俺が欲しい以外にか? それよりも早く離れろっての。


「約束通り、ユウさん専用の研究所を作りますよ。そこの初代・所長に就任してください」

「ああ、あの約束か。イズナ軍を撤退させた成功報酬だったな。了解した。遠慮なくもらうよ。もうすでにいくつかの開発商品のネタがある。帰ったらさっそくやらせてもらう」


「そして、研究所の社長には私が就任します」


 なんですと!? 俺は所長でエースが社長? トヨタの全額出資だから、誰か上には誰かが来るだろうと覚悟はしていたが、本人自ら就任とは意外過ぎるやろ。


「おいおい。そんなことしてトヨタ家の家業のほうは大丈夫なのか?」

「それは、本家の跡取りにやらせますよ。私はもともと養子なのでね。これでなん軋轢もなく跡取りを譲れる。私も好きなことができる。ただし、利益さえ出せばの話ですけどね。でもそれはユウさんがいれば大丈夫でしょう」


「お前、養子だったのか」

「こほん! ユウ様?」

「あ、すんまへん。侯爵は養子だったのか」


「お前でいいですよ、もう。ぼかぁ、疲れたんですよ。なまじっか……ものすごく優秀だったもので、面倒なことを一切押しつけられて、そのくせうまくいってもいかなくても本家の人たちには悪く言われる。戦争となると真っ先にかり出される。もうこんな生活飽き飽きしてたんです」


 一人称がぼくになってんぞ。それが本性なのか。それでも自分は優秀だってことをアピールするのは忘れないのな。


「ぼかぁ決めたんです。跡取りなんかにはならないと。そのかわり、こっちで利益を出してやるから勝手にやらせろ。そう宣言するつもりです。だから、ユウさん、僕のものになって」


 だからそこが怖いっての!! もう少し穏やかな言い方はないのか。あと、変態チック止めろ!


「侯爵様は、ユウ様に頼りたいのですよ。この方はいつもひとりで考えてひとりで行動し、その全責任をひとりで負ってきました。あのトヨタ家をですよ? 侯爵様とまともなお話ができる人間がいなかったのです。この方は飛び抜けて優秀なのですから」


「そんな優秀な人が、こんな田舎の村で暮らすつもりなのか?」

「それが一番の希望なのです。私からもお願いです。どうか良い話し相手になってあげてください」

「そのぐらいのことなら別にいいけど……」


「ありがとうユウさん。今日のところはそれだけで充分です。それでお礼として受け取ってもらいたいものがある。レクサス、頼む」

「お礼として? 研究所の他にまだなんかあるん?」


「ユウ様に、トヨタ家から男爵の爵位が送られることになります」


 はい?


「もうすでに申請はしてあります。あとは国の審査待ちですが、トヨタ家が申請して通らないことはありません。時間の問題です。今回のお礼とこれからの誼を通じる証として、どうかお受け取りください」


 お受け取りくださいって。そんな通販で買ったものにハンコを押すようなこと言われても。


「男爵っていったいなに?」


 どわぁぁぁぁぁぁぁっ。とずっこけた連中が、ドアを突き破って部屋の中に入ってきたのは、その直後だった。


「「「知らんのかい!!」」」


 と全員にツッコまれた。


「な、なんでお前らはこっちに来てんだよ!!?」


「戦争が終わって宴会をやるって聞いたものではな。取るものも取りあえずやってきたのだ。工房は社内研修ということにしてお休みにしたわはははは」


 じじいのくせに行動が早いな。ってことは、全員いるのか?


「みんないるよ。費用はぜんぶ侯爵様持ちだって聞いたから、全員できちゃった」

「あ、ミヨシか。ちょうどいい。ちょこいれいとの件だがな」


「今日は休みだ。無粋なことを言うなよユウ」

「そうだぞ、仕事の話はしばらく抜きだ」

「戦争を1日で終わらせた英雄に乾杯しましょう」


「英雄はワシの孫娘だけどな。なんでも戦車とかいうものをばったばったと切り捨てたらしいではないか」

「たぬきなのん!」

「ハルミ姉さん、すごかったらしいじゃないの。見たかったなぁ」

「斬鉄の剣士・ハルミが伝説になったそうじゃないか。俺も鼻が高いよ」

「魔人扱いまでされているそうですね」

「タケウチ工房もこれで安泰ですね」


 みんなが口々に感想を述べているのだが、いま、たぬきって言ったやつ、怒らないから出ておいで。


 で。男爵ってなに? 芋にそんな種類があったことを覚えているが、そんなんないにょにゃぁぁ あれ?


「どした、ユウ?」

「あ、そろそろ、そんな時間か?」

「そうか。男爵の説明は次稿に持ち越しだな」


「ふぁぁ?」

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