第49話 ニホン刀を作る
「まさかさらってきたのか?」
「馬鹿こけ! そんなことできるか。この子のいる孤児院まで行って、しばらく貸してくれないかと頼んできたんだ」
「未成年略取?」
「ちゃんと本人も納得ずくだ」
「幼児虐待?」
「虐待などしておらん!!」
それで朝からいなかったのか。しかしこれは大ヒットだ。偉いぞハルミ。今この工房は空前の人手不足だ。猫の手でもうさ耳でもプニほっぺでも欲しいところに、ウチで働いた経験のある労働者など求めても得られるものではない。大変ありがたい話だ。
「じゃあそこの坊主頭の坊主、さっそくいだだだ。なんで腕をつねるんだ、ハルミ」
「坊主じゃないだろ。ユウとひとつしか違わないのだぞ。アチラと同い年だ。ゼンシンって呼んでやってくれ」
「そうか、そんなことはどうでもいいじゃないか。じゃあゼンシンとやら、お前にはすぐにもステンレス包丁を作ってもらいだぁぁぁぁぁぁぁ」
「誰がそんなことをさせるために、往復7時間もかけて連れてきたと思ってこらこらこら、胸を揉むな、胸を!!」
痛くされると、手が胸に伸びる条件反射。夏はバッタと一点突破。
(何の話なノだ?)
(いや、なんかゴロが似てるかなって思って)
「あー痛かった。手首が折れるかと思ったぞ。馬鹿力女め」
「痛いのはこっちもだ!! 力一杯つかみおってもう。ああ、もうブラジャーがズレてしまったじゃないか」
「それはいけない、俺が直してあげ痛いん」
レイピアのツカで思い切り殴られた。
「ケンカはよくありませんよ?」
冷静か。11才の坊主が大人に……大人なのか俺? まあいい、年上に悟ったように説教たれてんじゃねぇよ。頭髪だけじゃなくて、お前は心も坊主か。上手に屏風の絵を描く坊主か。柱に縛り付けてその涙でネズミの絵を描かせたろか。
(いろいろ混ぜたノだな)
「よいしょよいしょっと。やっと直った。この子は私の刀を作る専用だからな。それ以外のことは一切やらせないからな。そのためだけに連れた来たんだからなっ」
分かった分かった。分かったからブラジャーのズレを直すのは、どこかひと目につかないところでやって欲しいものだ。坊主がガン見してるぞ。
(お主もなー)
「坊主……じゃない、ゼンシンは刀を作った経験はあるんだよな。一通りなんでもできると思っていいか?」
「はい、未熟ですけど、製造工程はまだ覚えています。なんでも新しい剣を作ると聞かされてますが」
ふむ。ヤッサンのようにはいかないだろうが、どうせあれこれ試さないといけないのだから、一通りできるのならこいつにすべてを託そう。最後の仕上げだけをヤッサンにしてもらえば良いだろう。
「ニホン刀という刀を作るつもりなんだ」
「ニホン刀? ですか。この国の名前を冠した剣ですね。それはどういうものですか?」
「剣ではなく刀と呼んでくれ。まず、ニホン刀は片刃だ」
「なるほど、包丁のようなものですね。それが特徴ですか?」
「いうなれば、世界一よく斬れる剣だ」
横で聞いていたハルミの目が妖しげにきらめく。正直言って怖い。こういう話題をこいつの前でするのは危険かもしれない。
「では、片刃になったロング・ソードだと思えば良いでしょうか?」
「違うな。あれは斬るのではなくて、相手を叩いてねじふせたついでにできれば傷もつけてやろう、とそんな武器だ」
「え? そうなのですか? それでも刃をつけますよね?」
「ああ、そりゃ一応は武器だからな。だが、ソードの刃はそれほどするどくはない」
「そうなんです。それが不思議でした。もっと刃を立てればいいのにと思ったことがあります」
「使う側のことを考えると、そうもいかないんだろうな。何回も敵と打ち合うと、立てた刃なんかすぐにボロボロだ」
「あそうか。不動明王が妖魔を絶つみたいにはいかないわけですね」
「例えがなんかおかしい。ボロボロになるぐらいなら最初から刃なんかないほうがいい、という考えなのだろう。だが、それでは鉄を斬ることはできない」
「確かに斬りにくいですが、でもどちらにしても、鉄を斬るなんてそんなこと」
「それができるのがニホン刀なのだよ」
「ちょ、ちょ、ちょっとユウ。そこんとことこもっとくわしく」
あぁもう、お前は話に入ってくんな。邪魔だっての。自分から胸を押しつけてくんな。また揉みしだくぞ。「とこ」をひとつ余分に言って気持ちを強調したつもりか。
「ということことは、鉄に秘密があるということことですね?」
「鉄にもある。だが、それだけじゃない。ってお前までことを余分につけるな」
(意外とノリのいい男なノだ)
「だけど……だけど……。鉄を斬る? それは鋼でもなかなかできませんよね。鋼は硬いから、鉄にぶつければ多少は斬れても刃が欠けてしまう。ヘタすれば割れる。じゃあ、どうすればいい?」
なんか自分の世界に引きこもった?
「材質だけじゃないとしたら、考えられることはいったい……、構造を変えるということでしょうか?」
「げっ。ゼンシンは知ってたのか?」
「いえ、いまふと思ったんです。同じ強度の鉄ならそんなことできるはずはないのです。だけど」
「だけど」
「複数の鉄を組み合わせたら?」
もうバレちまったよ。天才か。
「ということで、その秘密の製法をお前にだけ教えてやる。とはいっても、俺も完全な配合や作り方までは分からない。いろいろ試行錯誤ということになる。やってくれるな?」
「やってくれるよな?」
ハルミが相乗りしてきた。
「はい、分かりました。光栄です。ぜひやらせてください!!」
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