第48話 仏師な刀工
「あ、どうも。僕はゼンシンです。仏師をやってます」
と言われても?
「私が以前に言ったことがあっただろ? 紹介したい刀工があるって」
んなこと聞いたっけ?
「もう忘れたのか。15話でユウがステンレスってのがあるって言ったときに、私はそう言ったぞ」
んーーと。えーーと。んーーと。
「忘れた」
忘れたんかーい、といつものツッコミを受けるのは想定内であるが、それはちょと理不尽だ。
「そんなこと、覚えていられるはずないだろ。ここの従業員のことかと思ってスルーしちゃったよ」
「まあまあ、それでこの子がその刀工だ」
「本人は仏師とか言っちゃってますけど?」
「本業はそうらしいのだが、刀工としてもとても才能のある子なのだ。私はこの子が作った剣を一度だけ使わせてもらったことがあってな」
とハルミが語ったことによると、出会いは修練場だった。そこは8才から13才までの剣士を目指す少年少女が集まる場所である。
それは去年のことだった。ハルミは13歳で、最年長として後輩の指導に当たっていた。師範代という役職に付いていた。
そこにある日突然、まだ10才のみすぼらしい少年がやってきた。
やってきただけで特になにもせずに彼は、じっと少年少女らが剣の修行(と言っても遊んでいるようなものだが)に励む姿を見ていた。
修練場は国が設置した施設であり、入会も退会も自由である。来る者は拒まず去る者は追わず。そういう精神で運営されている。
そして管理人はいるものの、剣技の指導をすることはごく稀である。指導するのは主に練習方法である。
武術の場合、この年代の子に技術を教えることはあまり意味がない。まずは、剣を振るための身体作りが優先なのだ。
しかし、そんな練習ばかりでは子供たちが飽きてしまう。あるいは嫌いになってしまう。筋トレが大好きな変態はハルミぐらいなものだ。
そのために、いろいろなゲームを使って競争させるようにしている。子供たちは遊び感覚で運動をし、必要な体力や筋力を身につけて行くのだ。
そういう自由な風土であるため、たまに見知らぬ人間が現れても、誰もそれほど気にしなかった。そのときも、誰かの知り合いが見学にでも来ているのだろうと皆が思っていた。
しばらくすると彼は突然しゃがみ込み、手のひらサイズのメモ用紙を取り出した。そして鉛筆でスケッチを始めた。誰かと話そうとも視線を合わせようともしない。ただ熱心に紙になにかを描いていた。
そんな少年を不思議に思ったハルミは、そっと近づいて後ろからメモ用紙をのぞき込んだ。そして驚きを隠せずに言った。
「見事なものだな」
「!!!!」
いきなり話しかけられて、今度は少年が驚いた。慌ててメモ帖を閉じ逃げようとした。しかし、簡単に逃がすようでは師範代は勤まらない。ハルミは素早い反応で、少年の首筋をつかんで捕まえた。
「大丈夫だ、逃げることはない。ずっとここにいてかまわないんだぞ」
え? いいの? という表情を見せた少年は大人しくなった。そしてハルミとの会話である。
「これはミヨコ(剣士見習い9才)の持っている剣だな?」
少年は黙ってひとりの少女を指さす。
「やはりそうか。どうして手で持っている部分までこんな詳細に分かるんだ?」
「え、一度見ればだいたいは覚えちゃうから」
蚊の鳴くような声であった。聞き取りにくい声をハルミは根気よく聞いた。
少年のスケッチはすべて剣であった。不思議に思ったハルミはどうして剣ばかりを描いているのかと聞いた。
「不動明王の剣を彫りたくて」
「彫りたい? 絵を描きたいのではないのか?」
「うん、僕は仏師になりたい」
彼も孤児であった。しかし、山をひとつ越えた隣の町の施設にいる。ここまで大人の足でも4時間はかかるぐらいの距離だ。それなのにどうしてわざわざこんなとこまで来たのだろう。
「僕の町では、剣を扱う人が見つからなかったから」
少年は答えた。不動明王が持つ宝剣は魔を払う剣である。しかし、人が持つ剣とは趣が大いに異なる。剣に刃は必要なく色も金色である。
少年はそれに疑問を感じた。人の代わりに魔と戦ってくれる不動明王の剣に、どうして刃がついていないのか。そして、どうしてあんな派手な金色でなければならないのか。
もっと戦いに向いた剣をつけてあげるべきではないのか。仏師を志す少年はそう思った。
そう思ったら居ても立ってもいられず、人が使う本物の剣を見たくなった。しかし戦乱の絶えて久しい現代では、そのような剣を見られる場所がない。
そして人づてに尋ねて、この修練場に来たというわけだった。
しかし、ここでも本物の剣は使ってないぞと教えると、ものすごくがっかりした顔をした。その落胆ぶりがあまりに気の毒であったので、ハルミはタケウチ工房に連れてきたのだ。
言うまでももなく、タケウチ工房には剣はたくさんあった。少年はなめるように剣を観察し、そしてスケッチした。そのまま陽が落ち夜になった。
少年はゼンシンと名乗った。しかしそれ以外のことは話そうとしない。隠しているというよりも、興味がないという体であった。
だが、少年に職人気質を見た社長は、しばらくここで働いて行けと言って、ゼンシンに部屋と仕事を与えた。実際の指導はヤッサンである。
ゼンシンはタケウチ工房で、仏像ではなく剣を作る修行を始めたのであった。そして1週間が経った。
「ねえ、ヤッサン、あのゼンシンは使い物になりそう?」
「ハルミか、あれはな、なんと言ったらいいか」
「ダメなのか?」
「いや、そうじゃない。あれは、ひとつの才能だな」
「才能っていうと?」
「見本を見せただけで、それと同じ剣をそっくりに作っちゃうんだよ」
「はぁ?」
「まるで写し取ったように。小さなキズや色のくすみまで正確に複写する」
「すごい才能じゃないか!」
「確かいすごい。すごいのだが、それがなんの役に立つのかと言うと」
「ああそうか。ウチで作っているような量産品の剣に、そこまでこだわる必要はないか」
「そうだ。不必要なことまでゼンシンはやってしまうんだ。ここではゼンシンの才能は生かせない」
「もったいないことだなぁ」
「それでな、もっと創造的というか芸術の分野なら才能を発揮するかもしれないと思って、1本だけ最初から最後まで作らせてみた。それがこれだ」
それが例の1本であった。見た目にはなんの変哲もないロング・ソードに見えた。
「芸術品には見えないな。で、どうなんだ、専門家の目から見てこの剣の出来映は」
「よく分からん。これは複写じゃなくて、自分の思うままに作ってみろと言って作らせたやつなんだが、量産品とあまり変わりがないような、そうでもないような」
「なんだ、ヤッサンも評価に困ってるのか。珍しいな」
「そうなんだ。ただ、いつも俺たちが作るものに比べると、少し軽く感じるんだ。だが重さを量ると違いはない。どういうことかよく分からん」
「ヤッサンが分からんを連呼するのは珍しいな。ちょっと持たせてもらっていいか?」
「ああいいぞ。なんなら試し切りでもしてみるか。剣技会に使った丸太なら用意できるが」
「ぐっ、あれか」
「すまん、思い出させてしまったか。まあ、誰にでもひとつやふたつ、恥ずかしい思い出くらいあるさ」
ついこの間行われた競技会のことである。長さが2m、直径10cmほどの丸太(重量はほぼ60kgあったと思われる)を、5mもふっとばしたという事件は、この街の語り草となっている。本人たちにすればとても恥ずかしい意味で。
丸太が斬れずに倒れるというのは、この年代の剣技ではよくあることだ。それなら見慣れている観客の注意を引くことはない。
だが、丸太が見事な円を描いてふっとぶ様は、すべての観客を魅了した。お笑い的な意味で。
丸太を飛ばそうと思ったら、刃がある程度は食い込まないといけない。その程度には刃は鋭かったのだ。
だが、材質の強度がないために、ハルミのレイピアは丸太に食い込んだ後、いい具合に曲がってしまった。それにハルミの馬鹿力が作用して、5mもの飛距離を生んだのである。
恥ずかしい思いをしたのは、ヤッサンも同じである。
そもそも、突き刺すということを前提に作られているレイピアで、丸太を斬るということ自体が無謀な挑戦なのである。しかし、観客はそのときの絵面の面白さに夢中になって、本質的なことは全く脳裏に残らなかったのである。
「リベンジだと思ってやってみよう。準備をお願いしていいか」
「ああ、いいとも。ゼンシンにも立ち会わせよう。自分の作品の結果に責任を持つのが刀工というものだからな」
そして準備が終わった。
「こっちはいいぞ。どうだ、ロング・ソードを持った感触は」
「おかしい。普段持っているレイピアとそんなに違わない感じだ。長さが同じでも幅は太いのに、不思議な感触だ」
「軽く感じるというのは、俺の錯覚ではなかったようだな。重量ならそちらのほうが1kg近くは重いはずだ」
「え? これで1kgも違うのか!? とてもそうは思えないのだが。まあいいや、とりあえず斬ってみよう」
「振ったときに軽く感じるのは、おそらく重心が持ち手側にあるからです」
そのとき、相変わらずのぼそぼそ声でゼンシンが言ったが、誰にもその声は届かなかった。ハルミが試技を始めていたからである。
やぁ!! という威勢のいいかけ声とともにハルミが剣を一閃すると、がしゃぽんっ! というばんだい的な音を立ててまっぷたつに折れた。斬れてはいない。折れたのである。
両方とも。
「か、刀が折れちゃった……」
「まて、ハルミ。丸太も折れてるぞ?」
「どういうこと、これ。リベンジした気分にはなれないけど、一応丸太は切ったことになるのかな」
「ひ、引き分けか?」
「そんな判定あり?!」
「刃がなまくらでした。僕の腕が未熟だったんです。それと、剣が折れたのは鉄の強度不足です。でも、ハルミさんの剣の速度が強度不足を補ってくれました。それで丸太も折れたんです」
その言葉を最後に、ゼンシンはタケウチ工房を去った。
ゼンシンは誰かに説明することもなく、黙って孤児院を出てきていたのだ。
そして気持ちの赴くまま修練場に来て、誘われるままタケウチ工房に住み着いたのだった。
ゼンシンが突然いなくなったことで、隣町の孤児院では大騒ぎになった。そして1週間後、ようやくタケウチ工房にいる噂をききつけて、迎えに来たのだった。
その少年がいま、俺の目の前にいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます