第27話 これ、めっきですよ?
「その品質で良いのでしたら、その値段でこちらはかまいません」
そう言いながら俺はもうひとつのブレード・ソードを台車から取り出す。
この剣は、作りそのものは素人の俺から見てもちゃちなものだ。
ドレミ伯から預かった剣と比べるまでもなく、明らかに量産品という雑な加工しかされていない。材料だけは鋼を使っているが、刃もろくに立っておらず焼き入れも甘い。鞘にさえ入っていない。
10本でいくらといった、まとめ販売するような大量生産品である。それを
「見てください」
と言っているわけである。恐れ多くも貴族様を相手に。
よっこいせっと、力を入れてそのブロード・ソードをテーブルの上に置く。重いのではない。俺の力が弱いのだ。ほっとけや。
これが並のしろものなら、貴族の怒りを覚悟するところであるが、もちろん、そんなことにはならない。
「こ、これは、なんと美しい」
「おおっ、これは珍しい。純金製のブレード・ソードですか。小刀レベルならともかく、これだけのサイズを金で作るとは、それだけでものすごい値段になりますな。これは売り物ですか?」
「手に取って見ていただいてかまいませんよ」
興味津々で手を伸ばしたのは、伯爵のほうだった。純金でこのサイズのものなら、飾るには適さなくてもへそくりには有効だ。
鞘をかぶせてカモフラージュしておけば、税務署の目ぐらい誤魔化せるだろう。
つまり剣にではなく、金の価値に目が眩んだのだ。そして手に取ってみる。
これなら相当な量の金が……あれ? やけに軽いぞ?
金は鉄の2.5倍の比重がある。若い頃から剣に親しんできた貴族だからこそ、持っただけでその異常さが分かった。この重さで純金はあり得ない。
なにか、混ざり物がしてあるのだろうと伯爵は思った。見た目は純金そのものだが、まったくのインチキ刀に違いない。
子供まで使って俺をだまそうという魂胆か? まったく見下げたやつらだ。伯爵の表情が険しくなる。
「こんなもので、私をだませるとでも思ったのか?」
その声には意図的に怒りが込められている。純金と思わせておいて、混ざり物の入った剣を高値で売りつけようとしたのだろうと、ドレミ伯はそう思ったからだ。
いくらめっき技術が高くても、そんな工房との取り引きなどできるはずはない。ドレミ家は400年に亘ってこの地に根付いている旧家だ。ご先祖様の顔に泥を塗るようなまねは断じてできない。
もちろん、だまされるなど貴族の恥だ。
「これを見て、どう思われましたか?」
「私をだますつもりなのか、と言ったのだ。こんなまがい物で」
「と、言われますと?」
「まだとぼけるのか。こんなもの純金であるはずがない。私も若いころから自ら剣を振るって剣と共に暮らしてきた貴族だ。なめてもらっちゃ困る」
俺はにんまりとしてこう言った。
「その通りです!」
「それなのに、この剣……え?」
「私は、一度もこれが純金などとは言っていません」
「うっ。そ、それは、そうだが。しかし、そう思わせるような素振りをしていたではないか…………ん? まさか。まさかこれ?」
「お察しの通りです。それは普通のブレード・ソードに金めっきを施したものです」
えええええっっ!!!??!??
その声は部屋の外にまで響いていたであろう。その驚き度合いは、俺にとって最大限の賛辞である。
ふっふっふっふふのふ。どうだ貴族よ驚いたかと、表情で言ってみたが、通じるはずはないのであった。
その代わり、隣にいたじじに思い切り頭をどつかれた。痛ったぁぁぁ。この野郎なにすんだとじじいを見たら、もうお前の出番は終わりだ、と帰ってきた。
くそ、おいしいとこを持って行くつもりだな、そうは行くか。俺をそこにいてただ頭をどつかれているだけのフラットとかいう小僧と一緒にするなよ。
「そうです、金めっきです。剣はまだ商品になる前の加工途中品ですが、材質は同じ鋼です」
「金めっき……だと。そうなのか、これが。ほんとに……。信じられない。この光沢はまるで純金ではないか。そうだ、証拠は、証拠はあるのか? ただ金によく似た金属を混ぜただけではないのか」
「そんなすごい技術があったら、めっきなんて商売しませんよ」
「そ、それはそうかも知れないが」
「これはすごい、僕、これが欲しい!」
正直な少年だ。これで、さっきの剣で満足することはなくなったな。計算通りである、むひひひひ。
「お前は黙ってなさい。しかしこれが金めっき。とても信じられない。こちらの剣だって相当なものだと思ったが、これはもう完全に純金の輝きではないか」
「それが、当工房が開発した新技術です」
「うぅむ。しかし……。うぅむ」
開発したのは俺だけどな。しかし、簡単に信じられないという気持ちは分かる。
「お疑いなら、それを削ってみたらどうですか?」
ざまあみろじじいめ。口出ししてやったぞ。
「削る? これをか?」
「はい。めっきなんて表面にうっすら付いているだけのものです。ほんの少しヤスリでも掛けてやれば下地がでてきます。その断面を見てもらえばはっきりします」
「そ、それはそうだが。なんというか」
「ああ、そう、それは、なんというか」
「「もったいない!」」
じじいとドレミ伯がハモった。お前らは前世で双子の兄弟か。
もったいないってなんだよ、下地はただの格安品。その上にうっすら金めっきが付いているだけだぞ? それを削るぐらいのことが、なんでもったいないんだよ。
「いや、ここまでキレイだと。なんていうか、そう」
「ワシもそう思う。ほとんど純金の輝きを持つこれを削るなんて」
「「もったいない!!」」
あぁもう、まだそれかよ。お前らはさだまさしか。目を覚ましやがれ。
「あのこれ、ただの金めっきですよ?」
「「分かっとるわ!」」
あーそーですかー。もしかして分かってないのかと思ったから、言ってみただけなのに。そんなに怒らなくたっていいだろ。すねたろか。
「失礼します」
そこに、お茶のお代わりを持ってミヨシが入ってきた。
ミヨシは弾けるような作り笑顔で、ドギマギするフラットの前からコーヒーカップを下げて、今度は温かいお茶を置いた。
そしてそれを全員分繰り返したあと、テーブル中央にあった大皿にシイの実を補充した。
そのまま流れるような一連の動作で、俺には、はいこれ、と言って手のひらサイズの砥石を渡した。
……なんで俺には砥石?!
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