第26話 もう1本のブレード・ソード
第26話 もう1本のブレード・ソード
「できたから取りに来いとか、ちょっと生意気なんじゃないの、ここ?」
「それなのに、どうしてもと言って俺について来ているお前はなんだよ」
タケウチ工房で唯一の応接室である。そこにふたりの貴族が来ている。テーブルの前には、コーヒーとつまみのシイの実が皮を剥いた状態で出されている。
ここでは、これがほぼ最高のおもてなしである。
「ポリポリポリポリ」
「よく喰うやっちゃな。少しは貴族らしく優雅に振る舞えよ」
「庶民のくせに旨いものを喰ってるなぁと思ってポリポリ」
案外、気に入ったようである。
連れてくるんじゃなかったなぁ、とこぼしたのはドレミ伯爵48才である。また、シイの実に執着なのはその第2子息・フラット10才である。
じつは、今回の依頼品は父のドレミ伯から、息子フラットへの誕生日プレゼントなのであった。
最初はごく普通の(それでも高価だが)ブレード・ソードをプレゼントにということであったのだが、フラットはどうせなら同級生たちが誰も持ってないものが良いとわがままを言い出した。
それじゃあ金めっきを施して派手なものにしよう、という話になったのだ。
そして、金めっきをしてくれる工房を当たっては落胆する、ということを何度も繰り返した末に、このタケウチ工房にたどり着いたのであった。
ふたりとも正装ではないが、仕立てたクラッシックなスーツをびしりと着こなし、貴族然とした風貌をしている。
ドレミ伯爵は引き締まった顔に筋肉質の体格。ただ、量こそ豊かだがほぼ真白に染まった髪がその年齢をより上に見せている。一方その息子はというと、ほぼのび太君である。
俺の説明はそれだけかよ?!
本人は気に入らないようであるが、無視である。
およそ、この村には似つかわしくはないこのふたりがここにいる理由は、息子のプレゼントにすべく買ったブロード・ソードに、金めっきができたという伝言を伝書鳩が伝えたからである。
持ってこいと返答することも可能であったが、ここは職人の顔を立てておいたほうが後々のことまで考えると得であろうと、ドレミ伯は考えたのだった。
どこもが無理だと言ったあの金めっきができたというのが本当ならば、ここは抑えておかなければならない工房だ。良い職人は鉄の下駄を履いてでも探せという貴族界のことわざがある。自宅で寝そべっていては、良いものを取り逃がしてしまうのである。
この世界では、職人は大変重宝されている。他の人には真似できない技能・技術を持っていることが、ステータスとなる世界なのである。
特に国家が認めた技能の持ち主は、サー(ナイトの称号)を付けて呼ばれることさえもある。あのデビッド・ベッカムと同じだと考えてもらえば分かりやすいであろう。
武器や防具の職人に関しては、特にその傾向が顕著である。その出来の善し悪しが、自分の命を守ることにも危険にさらすことにもなるからだ。
貴族は、その身体でもって国を守る義務がある。だからこそ、国から与えられる禄を食んでいられるのだ。
職人がその気になれば、気にくわない貴族の注文に対して、こっそり見た目では分からないようなクラック(亀裂)を入れておくことだってできないことではない。
戦いの最中に剣が折れたら。防具が割れたら。それは悲劇である。
それを一番よく知っているのが貴族たちなのである。
人と人との戦乱が収まってはや数世紀。平和が続いている現代ニホンでも、まだその伝統は生きていた。
それは魔物との戦いがあるからだ。ミノウというカリスマ魔王の庇護にあるこの地では分かりにくいが、中央も西も東も、魔物の存在に怯える領民は少なくはないのだ。
扉ががちゃりという音を立てて開けられると、貴族であるふたりも自然に席を立つ。職人に対するそれが礼儀だ。ここには居丈高に振る舞う貴族など、ごくたまにしか存在しない。
しかし、がらがらと音を立てて台車を押しながら入ってきたのは、どう見てものび太君……フラットと同年代と思われる少年であった。
腰を浮かしかけて、固まってしまたふたりに少年は声をかける。
「ど、どもです。私が、今回金ふぇっきを、たた担当させていただだだきました、ユウ・ヒキミです」
緊張のあまり、舌の長さが足りていない様子である。
あ、はあ、ども。なんと返事したら良いものやら戸惑うふたりだが、その後ろから社長が現れた。
「お待たせしてすみませんでしたな、ドレミ伯爵。と、ええとそちらの方は?」
ああ、どうしてもついて行きたいというので連れてきました、息子のフラットです。そうでしたか。フラット様。わざわざこのようなところにご足労いただき、ありがとうございます。
というユウにはまるで縁のない丁寧語的な挨拶がすらすらとなされたあと、おもむろに本題に入る。
「それでは、見せていただけますか」
「はい。ユウ、お出しして」
「は、は、はは、はひ」
そう返事はしたものの、剣を運ぶための専用台車から剣を取り出そうとして、立ち上がったときにテーブルの角に1回。剣をつかんだときに台車のキャスターに1回。抜き取ろうとしたときにも台車のボディに1回。計3回足をぶつけた。
もはや満身創痍である。心が。
「わははは。坊や、そんなに緊張しなくても良いのだよ。取りって食ったりしないから」
わはははは。と応接室に笑いが広がり和やかな空気が構築される。
お前にこんな特技があったとは、大笑いだな。とじじいが俺に表情で言う。ぐぬの音もでない俺であった。
こうなるから嫌だったんだ。どうして忘れていたんだろう。全部コウセイさんに任せれば良かったのに、俺のバカ。
人前に出ることを極端に嫌っていた自分を、今さらながらに思い出した。極度のあがり症であり赤面症である、人間嫌いなのである。足の震えが止まらない。こんちくしお。
どうにかこうにか、剣を取り出してテーブルにそっと置くユウ。
「どうぞ、ご覧下さい」
社長は慣れているので落ち着いているが、ユウはまだドキドキだ。商品に自信はある。だが、自分の性格には自信がないのだ。
「フラット、お前が抜いてみろ」
そうドレミ伯爵が言うと、嬉々としてフラットが剣を手に取りり、柄に手をかけた。普段から鍛えているのだろう、ユウと違って簡単にブレード・ソードを持ち上げた。
そしてそっと鞘から引き抜くと、明らかになる黄金の輝き。抜ききったときには、どちらからともなく感嘆の声がもれた。
「おぉぉぉ、す、すごい! ここまでになるとは。父上、この輝き、まさしく黄金ですよ!!。これ、僕がもらっていいんですよね」
その刃先に頬ずりしかねないほど舞い上がっているフラットを、伯爵は苦虫をかみつぶした表情で見る。ここに誰もいなければ叱り飛ばしている、そんな表情である。
「あ、めっきはしてあっても切れ味は変わっていません。そんなに身体に近づけると危険ですよ、フラット様」
「あ、ああ。すまぬ。つい、我を忘れてしまった。これは素晴らしい。ここまでキレイになるとは思っても 痛いっ」
伯爵がフラットの頭をどついた。お前はちょっと黙ってなさいという意味のげんこつだ。
「ひにいっていただだだけで、あいたっ」
舌かんだ。
お前もしばらく黙ってろ、とじじいに言われたぐぬぬ。
「気に入っていただけたようで、幸いです。それで値段なのですが」
「値段交渉をしたいとのことだったな? 確かにこの品質なら1万では足りないかもしれぬが、約束は約束だろ?」
貴族は、そんな甘いものではないのである。
「はい、それについては最初のお約束通りの金額でかまいません」
貴族親子は、あれ? という顔をした。てっきり、もっとふっかけてくると思っていたのだ。
ドレミ伯爵が、息子の喜びようを見て人前にもかかわらずげんこつを食らわせたのは、貴族教育のためである。これから交渉をするというのに、我を忘れて喜ぶなど貴族としての矜持が足りないのである。
めっきの単価など決まっているようで決まっていない。客が喜ぶなら高くそうでなければ安い。それが市場価格というものだ。
こちらが必要以上に喜んで見せれば、相手にそれだけの交渉カードを与えてしまうことになる。簡単に言えば、値段の引き上げをされてしまうのだ。
しかしこの場合に関しては、それは杞憂であったようだ。ドレミ伯は安堵した。
「そうか、それは良かった。しかしこの品質なら、当家にはまだめっきして欲しい剣があるのだが、それもこの値段で良いということだな?」
じじいが俺を見る。俺の出番だ。腹をくくった。
「その品質で良いのでしたら、その値段でかまいません」
いままで緊張でまともにしゃべることもできなかった子供が、急に大人びたことを言い出したので、ふたりとも驚いた。
相手は子供だ。しかし子供だからといって、この場にいる以上は、その発言は重要だ。
ドレミ伯はしめた、と思った。この子から、この値段で良いという言質を取れた。
ということは、これからもこの値段でこの品質の金めっきをさせられるということだ。子供の言うことだからという言い訳はきかない。それなら、この場に連れてきてはいけないのだ。
この金めっきなら、他の貴族に倍の値段で売れるであろうとドレミ伯はそろばんをはじいていた。その脳裏には、貴族仲間の顔が次々を浮かぶ。
ドレミ伯と同じように、剣をコレクションしている貴族は多い。彼らから私が注文を取れば良い。イヤミ伯でも10本は持っているはずだ。
おちゃらけでその地位を得たと言われるガッチャン男爵も二桁は下るまい。
いつも私を目の敵にするコスミ伯爵のコレクションは50本を越えているという噂だ。ご機嫌を取るのもよし、彼にだけ知らん顔をして嫌がらせするのもよし、うっししししし。
「「「???」」」
「あ、ああ、すまない。ちょっと考え事をしていたものでな。ところで、当家には金めっきして欲しい剣があと30本ほどあるのだ。それもお願いしたいのだが良いかな」
「その前に、ちょっとこれを見ていただけませんか」
もうおどおどはしていない。舌をかんだりもしない。やっとスイッチが入ったのである。タケウチ工房の皆がよく知る、自信満々のいつものユウである。
その豹変ぶりに少し戸惑いながら、ふたりはユウを見た。
ユウは台車から、もう1本のブレード・ソードを取り出した。
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