第20話 ムニエル

「「お代わり!!」」


「ダブルで来たわね。でも大丈夫よ。今日はヒラメとサンマがタダだったのでいっぱいもらってきちゃった。サンマは塩焼き、ヒラメはムニエルにしてみたの。がんがん食べてね」


 なんかまた不思議な単語を聞いたぞ。どこかで見たような気はしてたんだ。これがムニエルっていう料理か。


 魚の切り身に小麦粉をまぶして、バターでカリッと焼いただけの素朴な料理だ。バターの風味が食欲をそそる。淡泊な白身のヒラメにはよく合う料理だ。って、サンマは前の世界でも大衆魚だったが、ヒラメってタダで貰えるような魚なのか?


 俺の知るムニエルは、もっと上品な人がフォークとナイフで格好つけて少しずつ食べるものだったのだが。


 それがここでは大皿にずらりと並べて、ハシでがんがん突っついてむしり取るように食べている。しかしそれがうまい。焼き加減も塩加減も絶妙だ。さすがはミヨシ料理長。これもお代わり!


 しかし、ムニエルって確かフランス料理だよな。なんでそれをミヨシが知ってるのだろう。


 ここには不思議なことがたくさんある。その中でも特に不思議なのは、俺の知っている元の世界の文化が普通にここで普及しているってことだ。どうやってできた文明なのだろう。


 それはともかくとして。これだけの魚がなんでタダ?


「前の日に獲れすぎて売れ残ったんだって。もう肥料にするしかないなんて言っていたので、じゃあちょうだいって言ったらくれた、えへ」


 なるほど。獲れすぎるのも考えものだな。鮮度が落ちると刺身にはできないが、焼いたり煮たりすれば食べられる。それなのに肥料にしちゃうとか、どんだけ贅沢な食生活だよ。


 それにしても、それを躊躇なくもらってこられるミヨシも、ハルミとは違う意味で変態だ。いよっ主婦の鏡。あ、まだ独身だったか。


「金めっき浴の調整は終わったぞ。もういつでも使える。そちらはどうだ?」

「ふぁいふぁいはおわっは。ふいほわっはら、ふぇっきする」


「すまん、聞いた俺が悪かった。話は食べてからにしよう」

「ふぉーい」


 食べるのとしゃべるのは一緒にはできないという宇宙の真理を、俺は身体でもって実践したのであった。


「ふぃぃ。5杯が限度か。今日はこのぐらいにしといたろ。満腹満腹」

「ワシの若い頃には、いそうろう2杯目にはそっと出し。って言ったもんだがな」


「いそうろうって言うな。俺はここの社員だろ」

「まだ、役所に届け出をしていないから、正式にはまだ社員というか丁稚ではない」


「そんなややこしい手続きがいるのか、もさもさもっさ」

「成人すれば、個人と会社との契約だけになるが、ユウはまだ未成年だ。役所の管轄なんだよ。それだけ法に守られているわけだ」

「縛られてもいるけどな」


 デザートのナツメをもさもさかじりながら、じじいとどうでも良い適当な会話(嫌味の掛け合い)を交わす。これが、普通の食後風景だ。


 ナツメは梨によく似た味の小ぶりな果物だ。元の世界ではあまりみかけなかったが、こちらでは一年中採れるありふれた果物であるらしい。実の割に種がでかいのは欠点だが、味は濃くてなかなかにうまい、もさもっさ。


「ユウ、もういいだろ。金めっき浴はいつでも使えるぞ。そっちはどんな具合だ」

「建浴は一応終わった。安定するまでしばらく放置だ。めっきがどうなるのかは、やってみないとわからない。食い終わったらアチラとトライしてみるよ」

「待て待て、ユウ。それはダメだ」


「なんでだよ」

「アチラの今日の仕事はこれでおしまいだ。これ以上仕事させると児童虐待の罪に問われかねない。アチラはな」


 俺は良いのかよ!


「ユウはまだ丁稚でもなんでもないから、好きにして良いぞ」


 10万株の株主に対してその仕打ち?! くっそじじいめ。次の株主総会でつるし上げてやる。


 とは言っても、アチラがいないと何もできない俺だ。それじゃあ、とコウセイさんに振ろうとすると。


「すまん、俺は今日、娘と約束があってな。もう帰らないといけないんだ」


 と、多少薄くなった前髪をかき上げてそう言った。娘よりその髪を大事にしろよ、と言いかけて止めた。気の毒すぎて言えなかった。


 じゃあ、ソウは? 村の人たちと会合という名の飲み会に行った? あ、そう。


 じじい……はいいや。


 うん、誰も会社が倒産する心配なんかしてないね。なんか俺だけ一生懸命になってて、アホみたい。


 仕方ない。


 寝る。

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