第21話 70点のめっき

「お代わり!!」

「それはもう、いいだろ!」


 朝はミソ汁に決まってる、ぐびぐびぐび。ここにはミソもショウユもある。しかしソースはない。うん、古き良き日本の文化だ。だんだんここのカラクリが分かってきたね。


 ……たまに、突き放されるときもあるけど。


 刺身と卵焼き、漬物にミソ汁でおいしく朝ご飯をいただいて、さあいよいよニッケルめっきだ。


「者ども、準備はいいかー!?」

「お、おー」


 あまり気合いの入っていない声でアチラが答える。眠いんか。見学させてくれと言ったコウセイさんに至ってはほぼ無表情。乗りが悪いこと限りなし。


「さ、さてと。では、いよいよテストサンプルの小剣にニッケルめっきをする。アチラ始めてくれ」


 剣とは言っても柄(ツカ・握るところ)は外してある。そんなところまでめっきしても仕方ないし、柄の材質は木と革だ。そもそもめっきはつかない。


 柄に差し込む部分をタングというらしいが、そこにマイナスの電極を取り付けニッケルめっき浴に沈める。

 ニッケルイオンはプラスなので(金も同じだ)、電流を流すとマイナスの電極に付着する。そのために被めっき物はマイナス側につけるのだ。


 今回は試験のために小剣を5本用意した。ニッケルめっきが時間でどのように変化するのかを見るためだ。


 ではいよいよ開始だ。


「ホバーセット! パイルダーーーオン!!」

「「?????」」


 コ、コホン。すまん。ひとりで盛り上がってしまった。


「えっと、電流オンで照」

「はい」

「時間はどのくらいする予定だ?」

「最初のが20分で、その後10分刻みで行きます。コウセイさんはこの間決めた最適条件で金めっきをしてください」


「了解した。ところで、ニッケルめっきの後、すぐに金めっきラインの投入して良いか? それとも一度乾燥させるか?」


「今回は、ニッケルめっきの状態を観察したいので、結果的に乾燥した状態で金めっきしてもらうことになりますが、本来ならそのまま流したいところですね」


「ニッケルめっきの観察は俺にもさせてくれ。なにしろ誰も見たことがないしろものだから」


 そうだった。俺が当たり前のように設備を作ってニッケルめっきを始めたが、こちらの人はニッケルめっきなんて概念さえなかったのだ。工房のベテランであるコウセイさんが見たことなくて当然であろう。


 そして20分後。記念すべき最初の1本が出てきた。水洗浄を2槽分やってめっき液を落とし、キレイな布で水分を拭き取る。


「こ、これがニッケルめっきなのか……」

「すごい、すごいキレイです……」


 その小剣は銀色に光輝き、それはそれは美しい光沢を放っていた。


 ニッケルめっきなんて俺も初体験なんだが、どうしてこーなった? 俺が昔読んだ本では、光沢がでるなんて書いてなかったぞ。


「こんなにキレイになるものなのか。ニッケルってすごいな」

「僕はニッケルのチップした見たことありません。あれなんかただの灰色の薄汚い石ころなのに、めっきするとこんなに美しいものになるんですか」


「ユウ、これだけでも、商売になるんじゃないか?」

「金と違ってニッケルは酸には弱い。この光沢は長持ちはしないでしょうね。観賞用にはちょっと無理があります」


 ほえぇぇ、ほょょょょょ、へぇぇぇぇぇ。と多様な感嘆符が並ぶ中。


「では、コウセイさん、これを金めっき槽に」

「え? あ、そうだった。こちらが本命だったな」


 一発目でこんなにうまく行くとは思わなかった。ミノウ様のご加護か? それならこの工房がつぶれかけるわけはないか。


 こううまく行くと、なにかを忘れていることがありそでなさそで。心配ばかりがほらほら黄色いサクランボ。


 それから10分刻みで次々とニッケルめっきをした。外観ではどれもさほど変化は見られなかった。あえて言うなら、時間が長くなると黒っぽく見えるようになった。しかし、上に金めっきをかけるとどうなるか分からないので、そのまま進めた。


 そして待望の金めっきである。


「ユウ、最初の1本ができたぞ!」


 金めっきまで終わり、乾燥させたものをコウセイさんが渡してくれた。そして観察会である。


「うん、一応、できてるね」

「だな。文句は言われないレベルにはなったな」


 俺とコウセイさんのやや沈んだ会話である。


「ふたりとも、もっと感動してくださいよ。これで充分でしょ。すごいですよ、今までのとは段違いにキレイです。剥がれもまったくありませんし」


 アチラはもっと感動しているようだが。


「確かに今までのとは比べものにならないぐらい良くできている。これならどうにかこうにか、客に渡せるレベルだ」

「そうだな。一応全体に金めっきはかかったし、剥がれもボイドもない。ただ」


 そう、ただ。金の色がくすんでいるのだ。


「これでも満足できないなんて、さすがユウさん」


 おかしなところで感心するな。本当の金の色を知っていれば、当然の感想なんだ。輝き具合がまるで違う。


「これだと、1万はとれても10万は厳しいな」


 10万とるつもりだったのかよ!? とふたりは驚いているが、もちろんそのつもりだよ?

 しかし、これではなぁ。


 その後、最長70分のニッケルめっきをしたものまで作成したが、一番初めのものを越える品質のものは現れなかった。むしろ50分を越えるとニッケルが黒っぽくなった分、それがそのまま金めっき後の色に反映してしまうことが分かった。ニッケルめっきは40分ぐらいまでが適当のようだ。


「この前にやった実験計画法では、評価の基準が『金めっきがつく』ことだった。そういう意味ではこれは100点満点だ。だが、商品として考えた場合、それは最低の基準を満たしたに過ぎない。基準を『美しい金めっき』にすると、これはせいぜい70点ぐらいだろうな」


「同意だな。ほんものの金の光沢を見たことある俺の目には、これは明らかに劣化した金色だ」


「そういうことでしたか。僕はまだ金なんて遠目でしか見たことなかったもので。でも、とりあえず明日の納品には間に合ったということですね?」


 アチラは現実的なやつだ。確かにその通り。この品質で良いのなら納品はできるだろう。もう、あれこれ試験をする余裕はそれほどない。

 どうする? この条件でやっちゃうか? 


 客から預かった剣は1本きりだ。それにめっきをしてしまえば、もう取り返しはつかない。しかしそれは70点のめっきだ。それでもこの世界なら自慢して良いレベルであろう。しかし。うぅむ、悩むな。


「アチラ、コウセイさん。提案がある」

「ああ、なんだ?」

「昼飯食おう」

「「またそっちかよ!?!」」


 どうしてこの身体はこんなに腹が減るのか。実に効率の悪い身体である。しかし、腹が減っては戦はできぬ。良い考えも浮かばない。まずは食べよう。

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